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2012年5月春韓国002
韓国・鄭 銀淑著『韓国・下町人情紀行』伝統の村青鶴洞、
忠武キムパプ発祥の統営とトンピラン壁画村。

第二話/青鶴洞は何処に?
2012「青鶴洞」
みなみやま、何故か、不思議な白い韓服と伝統帽子の白髭長髪の老人と同行する。
2012「青鶴洞」 2012「青鶴洞」

2012年5月2日
韓国も平日である。
朝、やはり目覚めてしまった。散々迷ったが、青鶴洞へ向かう決心をした。
2012「   」 2012「  」
地下鉄1号線で西面へ。2号線に乗り換える。
すでに、二号線ではスクリーンドアが稼動している。
何でも早い韓国の変化である。
2012「地下鉄   」 2012「  」
そして、ササンで降りて、スズさん情報にあった新しい西部バスターミナルへ。
きれいに整備されている。
さっそく、晋州までのチケットを購入。
待ち時間はほとんどなかった。
ただし、表示が少し変わっていて、西部ボストミナルよりも表示の沙上(ササン)が多くなっている。
市外バスだったが、車両は少し古いが三人がけ。
ゆったりと旅が始まった。
まだ昨日の酒が残っている感じだった。
2012「沙上(ササン)→晋州   」 2012「  」
2012「   」 2012「  」
高速道路を降りて、晋州バスターミナルまでは少し、時間がかかる。
晋州の鉄道駅も少し見えた気がした。
すでに、KTXが晋州まで行く工事をしているようだ。
時刻表には、すでにチャンウオン昌原中央駅ができ、馬山(マサン)駅までKTXが走っている。

晋州(チンジュ)

晋州もゆっくり滞在したことがない町だ。
泊まったことはあるのだが。
交通の要地(結節点)であるには違いない。

2012「晋州バスターミナル 」


ここの晋州市外バスターミナルは、他の都市とは違って古いままである。
ここで河東行きの切符を買う。
言葉が通じないので、窓口のアジュンマの「何番の窓口へ!」強い言葉が返ってくる。
それが聞き取れないので戸惑うのだが。
気後れもするが、親切すぎるよりはいいかもしれないと思う。
「日本人だよ!」と窓口のアジュンマやキサ(技士=運転手)アジョシが他の人に話す言葉が聞こえてくるのもまた愛嬌だ。
晋州は、3泊以上はしているぞ・・・。

河東(ハドン)

河東(ハドン)駅前を通り過ぎた。

みなみやま2006年2月 冬の韓国・南海・宝城・地方巡り旅行記その4河東から順天まで来てしまう!


2012「Korail河東駅   」 2012「Korail河東駅     」
当時と河東(ハドン)駅は変わっていない。

2012「    」
これが新しい河東(ハドン)市外バスターミナルだ。
「韓国・鄭 銀淑著『韓国・下町人情紀行』伝統の村青鶴洞」の当時とはずいぶん雰囲気が違う。

2007春当時の河東発市外バス時刻表

2007春の韓国みなみやま晋州・求礼華厳寺・麗水・順天旅行記
第3章超ローカルな河東・双渓寺、求禮・華厳寺、求禮口駅。


新しい河東(ハドン)バスターミナルはにぎわっていた。
「花開(ファゲ)市場(チャント)」へ行くおばさんたちが多いのだ。
青鶴洞行きの郡内バスは、ちょうど11時発。
切符は手に入れた。
発車までには時間が、まだ少しある。
河東(ハドン)在来市場を見学することにした。
入り口はこんなゲートまであった。
2012「河東(ハドン)在来市場   入り口    」 2012「河東(ハドン)在来市場   」

2012「    」 2012「   」
2012「   」
市場もにぎやかである。
理由を考えてみたが、近隣の村から野菜の苗を買いに来ている村人が多かったからだ。

青鶴洞行きの郡内バスの乗客もそんなハルモニ、アジュモニが多かった。

さて、時間になったので河東(ハドン)バスターミナルへ戻る。
バス乗り場は、、「花開(ファゲ)市場(チャント)」行きの乗客で混雑していた。
青鶴洞行きのバスも満員だった。
そこで、不思議な白い韓服と伝統帽子の白髭長髪の老人を見かけた。
本の中に出てくるあの老人である。同じバスに乗った。

バスの乗り場でであった老夫婦、青鶴洞へ畑を見に行くというということだった。
だと思う。(笑)
50分ほどかかったと思うが、その老夫婦も手前のバス停で降りてしまった。
終点まで乗っていたのは、あの不思議な白髭の老人とみなみやまだけだった。
2012「郡内バス    」

2012「郡内バス   」 2012「青鶴洞バス停前食堂    」青鶴洞バス停前食堂 」">

2012「青鶴洞バス停前食堂    」
郡内バスを降りる。
運転手も顔見知りのようだ。みなみやまは歩き始めた。
が、みなみやま、何故か、不思議な白い韓服と伝統帽子の白髭長髪の老人と同行することにした。
ゆっくりとした足取りだ。
沈黙が続く。
それでも、自然と言葉が出た。
どこから来たのかと。
東京か?と確かに聞かれた。違う。京都からだと。
それで話は途切れた。言葉がわからないからだ。
それでも、先に行かずゆっくりっとした足取りで青鶴洞へ山道を登っていった。
2012「青鶴洞へ向かう途中の石橋    」青鶴洞へ向かう途中の石橋

青鶴洞へ向かう急な山道は石橋を渡る。 2012「   」 2012「    」
途中ですれ違う車や来訪者が老人に挨拶をしていく。
トラックの若者は、老人と車を止めて立ち話。
青年は村人のようだ。
みなみやまを不思議な目で見ていたようだった。(汗)
しかし、不審な目をされなかったのは老人と同行していたからだろうか。
道が大きくカーブする谷川に石碑が並んでいた。
全て漢語である。漢字ではないがほっとする。

2012「青鶴何処 在   」「青鶴何処 在 」

2012「白衣大聖地   」「白衣大聖地 」
2012「山高前水方    」 山高水長(さんこうすいちょう) 意味
山が高くそびえ、川が長く流れるさま。高潔な人の功績や徳望が崇高で、長く人に仰がれることの形容。
また、人の品性が高大で高潔なことの形容に用いられることもある。
▽「山高」は山がどっしり高くそびえる意で、功績や徳望の高さを人から仰がれるたとえ。
「水長」は川の水が絶えることなく流れる意で、長く尽きることのないたとえ。
「山やまのごとく高たかく水みずのごとく長ながし」と訓読する。
山高水長 出典
范仲淹はんちゅうえん「厳先生祠堂記げんせんせいしどうのき」

「goo辞書から引用」

2012「智異山かと聞いた方向   」

山道の途中で山々が見えたので「智異山」かと聞くとそうだという。
老人は、1人何かを語っていたが、みなみやまには理解できず。
それでも、何も違和感がないのは石碑の漢語のせいか。
やがて、青鶴洞マウルの入り口にたどり着いた。
2012「土産屋   」土産屋

村の食堂 2012「 村の食堂   」 2012「 村の食堂  」
2012「仙区霊符天下勝地   」仙区霊符天下勝地 2012「桃色花    」

2012「村長宅   」村長宅
途中でハルモニに出会ったが、老人に挨拶をして自宅に戻った。
老人は、ここが自分の家だといって草屋(チョガ)に向かっていった。
みなみやまも挨拶をして、お別れした。
不思議な時間だった。
2012「桃源有仙霊   」桃源有仙霊
そのまま、マウルの急坂道を登りきると天祭堂にたどり着いた。
人は誰もいなかったが、山門を入ると奥に天祭堂があった。
山を背にしている天祭堂で青鶴洞は終わりのようだった。

2012「天祭堂山門    」天祭堂山門 2012「 天祭堂山門  」

天祭堂 2012「天祭堂    」 2012「天祭堂   」

2012「天祭堂紹介文    」

2012「天祭堂   」 2012「天祭堂    」 天祭堂の境内

再び、坂道を今度は下る。
人がいない平日のマウルはさびしい感じだった。
2012「青鶴洞石碑   」 2012「青鶴洞石碑    」
2012「 草屋  」 草屋 2012「草屋    」
2012「犬    」
唯一相手をしてくれたのは、人間ではなく村の子犬だった。
一生懸命尻尾を振っている。この犬も、漢語を理解するのだろうか?(笑)

ここで、青鶴洞とはお別れにした。
バス停前の食堂まで行くと、若いアジュマが迎えてくれた。
キサ(技士)も食堂の中でテレビのドラマを見ていた。

河東行きの帰りのバスは、12時40分発だった。
バス代は、運転手のアジョシに直接払った。
2012「郡内バス車内   」
後ろに見える山門の端っこは「青鶴洞」の額があるゲートだ。写真は撮れずじまい。
2012「車窓    」車窓
2012「小学校   」 小学校
郡内バスは、再び、急坂の山道を河東(ハドン)へ向かって走り続けた。






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