あかんべーのおとめ

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やってきった思い。これからの思い。

   桜

 

  

大学や、町中どかに、出ていって私の、

 

 

 

 

今の生活を、伝えたいと思っています。

 

 

 

てつだって、もらえる人(介助者)

を募集しています。

 

前橋市内で、自立生活をしています。

私(女)は、脳性まひという障害を持っています。

食事介助、トイレ介助、着替え介助、出かける時の介助  (送迎、出かける先での)などが必要です。

 

介助者にして欲しいことは、

  食事介助,トイレ、着替え、家事、外出介助(買い物、

  研修、遊び、送迎)などです。

  例えば、トイレだけ、食事介助だけでも、30分くらい、かまいません。

  また,書き物の代筆、本や文書を読んだり、

文章をパソコンに打ち込むことが、できる人も、

大歓迎です。

 

私の生活は、介助者が、いなけば、生きていけません。でも、生きていきます。

そして私は、あなたの生きている中で、なにが、疑問、悩みなのか、一緒に、分かり合って生きて行ければ、良いと思っています。

 

主な時間は、6時00〜24時00ごろ迄の数時間。

             (泊まりを、お願いする場合もあります。)《必要な、時間を、連絡をさせていただきます。》

 月に1〜2回くらいでも良いです。

なお、最初は、詳しく、話し合いをしますので、安心してください。

できれば連絡は、メールでお願いします。言語障害が、あるので。

 

 

 

 

 

これが、今までの生活。

 

今の生活。

 

これからのやって行きたい事です。

こんにちは。
 
私は、親元から離れて、7歳から、30年くらいまで、療護施設にいました。

その隣にある、養護学校を、小、中、高と、通い、その隣の、大人の療護施設にいました。 そして、2004年の8月に、自立生活を、やり始めました。
 
 

どうして私が、自立生活を、やり始めたのか。

多くの、友人は、重度障害者で、話し食事、大変、寝たきりの人でした。
その中で、私も生活をしてきました。
 
ある友人は、風邪が悪くなって、いつも、介助していた、施設の職員や、なれた場所から、出されました。そして、食事介助も、出来ない、一般の病院に、入院されて、介助のやり方も、知らない人の中で、  寝た事もない病室のベットから、落ちて、亡くなりました。 別の人は、食事介助も、うまくいけなく、病院から戻ってきたら、やせて帰って来ました。

そんな友人たちが、私の目の前を、多く通って行ったりしました。今も、こんな友人たちが、生きている事を、地域に出て、多くの人に伝えたいと思い、自立生活を、始めました。

 今の、私の生活は、つなわたりのようなものです。夜、6時からか、8時から3時間だけ、ヘルパーさんが来て、食事〈準備、食事の介助、片付け〉お風呂、べットに寝かせて、帰ってもらうのですが、それからは、トイレも、行けませんし。水も飲むことも、ヘルパーさんが来る、朝8時くらいまでは、できません。
ある、冬の夜中、身体の上に掛けてあった、掛け布団と、毛布がべットの下に、落ちてしまったのです。私は、布団も自分では、持ち上げられませんので、べットから、ころがって、落ち、電気カーペットの上で、朝まで 寝ていたときもあります。

でも、私は、自立生活を、続けたいのです。

 

  これから私は、したいことがあるからです。  

その一つは、施設に入っている障害者の仲間を、施設から地域へと、つれ出して、あげる場所を作りたいのです。

施設の中では、差別だらけで、食べ物、食事時間も、 決まっていたり、外出も、あまりできないのです。
もう、一つは、いろいろの、社会の中の、問題を、考えていきたいと、 思っています。
 
そのために、私の生活介助をする中で、一緒に生きて行ける、介助者「人」を、求めています。