| もし、私が、風邪や、けがで、病院に入院をした時は、いつも家に 訪問している,ヘルパーは、病院には、訪問はできないみたい。
重度障害者と言うのは、私のような、あった事もない人、医者や、
看護士には、介助は、無理です。 たとえ、骨を折れて、
入院をしても、ベットで、上向きでは、食べられない、飲みのもさえ、
つまります。息ができなるだろう、、、たぶん。
私は、ベットに寝たままでと、ヘルパーも、食事介助は、大変かもしれない。
それも、私と会って事もない、人では介護は。たとえ、座れても、
私とってでは、一番恐ろしい事。
体のどこかが、痛い時、姿勢が悪いだけで、食事ができなくなる時がある。
私は、出来れば、入院はしない。家にいたいと、思っている。
最後までと思うけど。
最後まで、隣にいてくれる介助者を、自分で見つられたら、生きて行けそう。
そのために、私だけの、介助者を、探して行きたい。
私の、介助者への、想いは、一緒に生きて、いければ良いと思う。
それは、たとえば、介助者が、何か悩んでいるときや、大変なとき、
一緒に、悩み、考えてきたい。
そうして、行ければ、私の言葉や、介助のやり方も、わかっていくと思う。
私も、介助者の、考え方が分かるから、介助をまかせても良いと、思うと、
楽になる私。だから、もしも、どうして、入院をする時があっても。
家で、寝込んでいる時も、隣には、私の介助者がいて欲しいなー。
それは、甘えだろうか?、、、。
ここからは、ちょっと、私が2004年、8月まで、生活をしていた
場所の事を書いてみます。
障害者の療護施設にいました。
ここの大人の療護施設には看護士は、いますが、医者はいませんので、
風邪で熱が出ると、水枕をするくらいで、あとは、薬を飲むぐらいです。
二日くらいたっても、熱が下がなかったり、
風邪が悪くなったら、医者を呼びのです。
ここに、入っている人、生活してる人の中の、3分の1の人は、
自分で、食事、着替え、言語障害もない、ただ、歩いて、
ちょっと足が、悪い人も、生活していましたが、その人たちは、
親とか、周りの人に、あなたは、なにもできないと、
思いこまされてたように、見えました。その人達の考えていこうと
思っていますが。
あと2の人達の事を。とりあえず、今は、私の障害の状態が、
にてる人、友人の事を、書いていきたいと思う。
多くの、私の友人は、重度障害者で、話し食事、大変、寝たきり人がいて、
そんな友人は、いつも、介助にしていた、施設の職員や、なれた場所から、
出されて、食事介助も、 出来ない、風邪が悪くなって、療護施設から、
一般の病院へに、入院されて、介助のやり方も、知らない人の中で。
寝た事もない病室のベットから、落ちて、亡くなったとか、
食事介助も、うまくいけなく、病院から戻っていたら、
やせて帰って来た友人を、私の目の前を、多く通って行き。
それを私が、みたくなって、どうしもできない自分にはらが立って来て、
自分自身が壊れて、行くのが、分かりました。だから、私は、
障害者療護施設から、出て、地域の中に出るのを決めたかも。
もしかしたら、友人の中から、逃げて来ただけかも。
私の今の思いは、今も、こんな友人が、どこかで生きている事を、多く人に、
教えていきたいと思う。
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