咲楽
sakura-9


桜巡り 宇陀市(榛原区篠楽)2008.4.12
猟路(かりじ)の桜
 明日香藤原京の古(いにしえ)、宮廷遊猟の地は主に宇陀の山野であった。殊に宇陀川芳野川合流点一帯の湿原は猟路の池(つづみ)と呼ばれ、格好の狩場であった。今に浦の付く小字七箇所、水に関わる地名を多数伝えているのはその証左である。
 猟路の池の所在について諸説はあるが、柿本人麻呂や詠み人知らずの歌の景況はこの地が最も相応しいと近時万葉学説の定説となっている。この、古典的に由緒ある地を後世に伝えんと区民相諮り記念の桜を植樹、猟路の桜と名付ける所以である。
(現地案内板より)

長皇子の猟路(かりぢ)の池に遊びし時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌一首 并せて短歌

やすみしし 我が大君 高光る 我が日の皇子の 馬並めて 御狩立たせる 若薦を 猟路の小野に 鹿こそば い匍ひ拝め 鶉こそ い匍ひ廻(もとほ)れ 鹿じもの い匍ひ拝み 鶉なす い匍ひもとほり かしこみと 仕へまつりて ひさかたの 天見るごとく 真澄鏡 仰ぎて見れど 春草の いやめづらしき 我が大君かも(3-239)

大君は神にしませば真木の立つ荒山中(あらやまなか)に海を成すかも(3-241)

遠つ人 猟路の池に 住む鳥の 立ちても居ても 君をしそ思ふ(12-3089)

○「猟地の池」候補地 宇陀市の他に桜井市鹿路(ろくろ)とする説もある。


その1

その2

その3

その4

その5

その6

その7

その8

その9

その10

その11

その12

その13

その14

その15
(2008.4.13落王 撮影)
大和富士(額井岳)と猟路の桜並木

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