
昇る朝日に気が付いて、真っ先に死にたいと言う言葉が頭に浮かんだ。
理由は特にない。世の中のあらゆるものに対してとにかく申し訳なくて、起きたばかりだと言うのに胸が痞えて苦しかった。全身がバラバラになったかのように五体の関節が軋む。首が重い。体に頭が付いていることに酷く違和感がある。咽喉が渇き、口内に粘液が張り巡らされている不快感に飲みこまれる。背中から湧きあがるのはコンクリートでも流しこまれたのかと言うほどの硬直。ああ、そのまま火でも付けたら、いい具合に燃えてしまうんじゃないか。朝の陽射しも眩しい。涼しげな色を見せる空とは対照的な粘着質の熱が、カーテン越しにどろりと侵入してくる。光なんて眩しいだけだ。熱に晒された肌が、私の肌が、じわりじわりと光に浸食される。悲しくもないのに自然と涙が出てきた。瞼と眼球の隙間から現れる塩辛いそれは、つっと頬に垂れ、顎に垂れ、やがて色素も厚さも薄い首の皮膚を濡らす。もう片方の瞳の奥からもぼろぼろとはしたない液が流れゆく。気持ち悪い。女々しい自分が、何もできない自分が、ここから動けない自分がすごく、気持ち悪い。脳の片隅で恐ろしく冷静な自分がこちらを見て冷たく言い放つ。私はそれを聞いて再度思う。ああ、もういっそ死にたい。
やるせない気分のままベッドから上体を起こした。視界が真っ白の掛け布団から、同じく白いフローリングへと移る。気だるい気分は今日も健在か、などと気を抜いたら、また涙がごそっと零れ落ちた。もう自分では留めようがないほどに溢れてくるそれは妙にサラサラしていて熱帯魚に与える小さな餌のようだった。溢れだすものを飲みこもうと思っても留めることができない。自分の気色悪さにだんだん腹が立ってくるが、その腹立たしさすら、今はひたすらに悲しい。とりあえず、涙を拭きとるためにテーブル脇にあったティッシュ箱に手を伸ばす。そのまま二、三枚を引き抜いて、ぐしゃぐしゃに汚れた顔に押し付ける。
こうした朝を迎えるのは、もう何度目か知らない。部屋に漂うエタノールの香りと、ベッドに付着した自分の体臭を嗅ぎながら目覚める朝には、新しい希望など存在しない。私は生きているのではなく、ここでただ存在しているだけものになってしまった。何か苦しいことがあったわけでもないのに、自分が自分でいることを保てなくなってしまった。今はもう、夢を見ることさえ満足にない。夜が来るのが恐ろしく、朝を迎えるのも恐ろしい。明日を生きるのが、怖い。
夜中の間に乱れてしまった着衣を軽く整えて、脈を落ち着けるために深く息を吸い込んだ。気を抜くとまた涙が出そうだったから、めいっぱい自分に「大丈夫」と言い聞かせる。そうだ、大丈夫だ、私にはあのノートがある。ベッドの脇に置かれた棚に手を伸ばす。薄茶色の引き出しをゆっくり引きよせてその中に左手を入れると、つるりとした感覚があった。表面がプラスチックでコーティングされたB5サイズのノート。よく使うから引き出しに仕舞っても一番上に置いてある、探せばすぐに見つかる、ごく普通のどこにでもある大学ノート。最近は本当にこれがないと落ち着かない。最近の私はこれがないと生きていけない。
引っ張りだしたノートの表紙には何も書かれていない。中表紙にも裏表紙にも何も書かれてはいない。書かれているのは、罫線がいくつも引いてある、ノートの中身部分だけだ。だがきっとそこに記入されている文字量は、どこの誰が使っている大学ノートより多いだろう。三十一行の罫線を完全に無視した形でびっしりと書き込まれた文字列。一文字当たりおそらく五平方ミリメートルほどしか使っていないそれが、まるで呪いか何かのように横へ横へと連なっている。支離滅裂な文章と見間違えてもおかしくはない、目を動かしているのも億劫なくらい細かい字。これが私の思い出であり、記録であり、ほぼ全てだ。ここには一年前の私と彼女の姿がありのまま書かれている。読めば即座に当時のことを思い出すことが出来る。私と彼女、どちらが先にお互いを求めたのか、それはもう今となっては定かではない。しかし、訳も分からず自壊した私に対して、彼女は実に生真面目で朗らかで優しい人だった。彼女と接している時だけは、他の何ものにも代えがたい幸福感が味わえた。そして私はその関係がずっと続くと思っていた。いや、ずっとではないかもしれない、大学を卒業したら、もう会えないかもしれないと言う危惧はあった。しかし、まさかそれがたった半年の関係になってしまうなんて、彼女と一緒にいた当時は全く予想していなかった。彼女は大学一年の前期に私と出会い、夏休みまで行動を共にし、最後には何の連絡も寄こさず私の前から、姿を消した。
私は並んだ文字の羅列に目を通す。そこには、自分の頭蓋骨を切り開いて脳を取り出し、小学校の水道で洗う夢の光景が淡々と書かれている……
***
昔から、長時間近くを見過ぎると、目が痛くなった。目が痛くなると、頭も肩も痛くなった。そうするともう、全身が疲れてしまう。そんな体質なもんだから、ちょっと頭を開けて、洗ってみよう、なんて発想になったのだと思う。
整然と並んだ机で黙々と黒板を写す作業。そう、授業は内容を理解するものではなく、作業だ。授業中もその後も、目の奥はずっしり重い。眼精疲労は、目の周辺にある輪状筋が長い間収縮しすぎることから起きると言う。だとしたら、この目の痛みも元を正せば筋肉の収縮だということか。英語の時間だと言うのに頭の中で生物の授業がフラッシュバックする。輪状筋がチン小帯を引っ張るのだったかな。水晶体はどういう動きをするのだったか。
至近距離で文字を書いていた紙から顔を上げた。ぼやける視界の向こうで、黒板に書かれた白い文字がゆるゆると踊っている。板書は既に試験範囲の内容を網羅したらしく、生徒は担任がぼそぼそと聞きにくい声で話を続けるのを適当に聞き流している。まだ続けるのか、とあきれ気味に左手で頬杖を突き、再度ノートに視線を落とす。勉強のしすぎのためか、頭が割れるように痛い。肩こりも激しく、腕を回すと筋肉と筋と骨が擦れる音がゴリゴリ聞こえる。授業の内容は頭に入らない、しかしノートだけは取る。取り続ける。
休み時間に入ったのはそれから間もなくだった。チャイムの音が授業終了を知らせ、教室から次々に生徒たちが散っていく。頭の重さと目の奥の疲労感は授業が終わってもなおしつこくまとわりついていた。病気ではない。たかだか授業を受けた程度でこんな疲労感を覚えるなんて、どこか変なのではないか。立つと現実味もなく目眩すらする上、全身は重く重力に逆らうのも難しい。自分の体がまるで言うことをきかない、上手く動かない。仕方がないので、体を引きずりながら窓際のガラス戸を開けてベランダに出た。休み時間の喧騒が嘘のように、外は静かだった。よく晴れた外の空気に体を晒すと、袖からすっと、冷たい風が入ってくる。熱さえ持とうとしている重い体が、冷却される。しかし頭はまだ重い。ところどころに、血液が行き届いてないのではないかとさえ思う痛みが走る。少し時間を置くたびに頭が押さえ付けられる。上下左右縦横から内側に何か刷り込ませるように力をくわえられている気さえする。ぎゅっぎゅっと、収縮していく脳みそ。私の脳みそ。
その時丁度、ベランダに備えられた水道が目に入った。蛇口が四つほど上を向いて取りつけられている、どこの小学校にもある石造りの水道。おそらくしっかり閉め切られなかったのであろう、一番右端の蛇口からは、細く微弱な水道水がだらしなくちろちろと流れ出ている。
不意に、私はそれを見るなり、そうか、頭が痛むなら水で洗えばいいのだ、と思いついた。重くて仕方がない瞼に一度手を当てて、鼻と目の間を緩く揉み解した。若干痛みが取れたので、その手を後頭部に持って行って、パカッと頭蓋骨を割って開いた。力はほとんど入れていない。体が外気に触れたときと同じく、頭蓋骨と脳の間にすっと冷たい風が入る。
頭蓋の内側をもぞもぞ探って取り出した自分の脳は片手に収まるほど小さかった。血液と同じ黒を混ぜたような赤い色の球体にびろびろと襞がいくつも付いている。鶏のトサカにそっくりだ、と脈絡なく思った。ああ、こんなに血が付いてちゃあ、そりゃあ痛いのも当然だ。近くを見てばかりで目を酷使したせいで、頭も遂にガタを迎えてしまったんだ、何と言う恐ろしいことだ。このままだと死ぬところだった、危ない。
私は手に持った自分の脳を右端の蛇口から細く流れる水でゆっくりと洗っていった。最初のうちはわずかな水量でも上手く血液を洗い流すことができたが、そのうち脳からの出血量が増えて来てしまったのでそれに合わせて水の量も増やした。最終的には洗濯物をしているかのようにじゃぶじゃぶ濯いで脳に付着した血液を取り除いた。脳はそれなりに頑丈なのか、透明な水をスポンジのように吸い込んでその色を赤へと変化させていった。赤い部分が減っていくと、今度は脳の中心部と思しき綺麗なピンク色が現れた。ゼラチン質のぶよぶよした脳の中心部。それが見えていくに従って、今まで重かった頭が急に軽くなっていった。気持ちがよくなっていった。もうそろそろ頭洗うのもおしまいにしようか、と手の中の脳を見た。そこで恐ろしいことに気付いた。
「あれ、どうやって戻すんだっけ」
頭蓋骨は、脳を出すときに割ってしまった。脳なんて、一度取り出したら簡単に戻せるようなものではない。神経や血管が大量に通っている、人間の中で最も重要な器官なのだ。それにもし運良く頭の中に脳を戻すことができたとしても、蓋となっていた頭蓋骨は既に砕けてしまった。完全に元に戻すことは不可能だ。私はこれから脳を露出させたまま生きなくてはならない。
そう考えていたら、目の前がだんだん暗くなっていった。頭だけが変に冴えて異常に軽い。何だこれ、何で昼間なのにだんだん暗くなっているんだ、まだ外は明るいぞ、と思っていても、瞼のシャッターの下降は止まらない。物の輪郭がぼやけ、色彩を失い明度を低下させていく。何だこれ、怖い、そう思ってやっと分かった。これは死だ。脳を取り出して元に戻せなかったから、体が脳の指令を受け取れなくなって機能を停止させようとしているのだ。死ぬ、このままだと死ぬ。嫌だ、死にたくない、でも脳は戻せない。目の前が暗闇で覆われてしまう。頭から重さが消え失せる、同時に熱も消え失せる。体の熱は指から触れている水に奪われて、いつの間にか人間の基準値を大幅に下回っている。生ぬるい。自分が徐々に生きているものではなくなっていく感覚。ぬるい、を経て外気と同化していく感覚。寒い。体から力が抜けていく。手からずるりと脳が零れ落ちる。落としたら死ぬ、嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない。
そこで目が覚めた。
***
「え? ベランダの水道で脳を取り出して洗った?」
私が夢の話をすると、向かい側に座っていた敦子はカレーライスを口に運ぶ手を止め、素っ頓狂な声でそう尋ねた。
「そう。しかもね、それがまたすごい設定で」
「へえ」
敦子は私の方に視線を向けたまま止めていた手を再度動かす。口に入れたカレーをもぐもぐ咀嚼し、飲みこんでからもう一口分をスプーンですくう。
昼休み直前の食堂にはまだほとんど人はいなかった。私と敦子、それから数人の学生と、厨房で暇そうに掃除をしている調理師の人たちだけが、黙々と各々の作業や食事に没頭している。彼らとの距離間では、元々声の大きい敦子と私の会話は変に目立って注目されそうだった。それでも私は構わず話を続ける。
「授業中に頭が痛くなったから洗いに行こう、って思ったんだけど、そのとき考えてたことは高校の生物の話なのに、いざベランダに出てみたら水道があって。どう考えても小学校だったんだよね、あそこ」
ベランダに水道があったのは、私の経験では確か小学校だけだった。一年生が利用していた一階は外の水道と兼用だったが、中学年以上が利用する二階、三階には各クラスのベランダに一つずつ、水飲み用の水道があった。風の強い日には泥が溜まり、日差しの強い日には水がしばしば干上がることもあったが、なぜか同級生たちはトイレの水道よりベランダの方をよく利用していた。私も、どちらかといえばベランダの方をよく利用していたような気がする。
「しかもそこで突然、ああ、頭が痛ければ脳を洗えばいいんだ、っていう発想に辿りついて」
「どうしてそうなったのよ」
「そのために頭蓋骨を手でかち割っちゃったり」
矛盾しかない現実離れした夢での体験に思わず笑いがこみあげてくる。それにつられた敦子も、相変わらず面白い夢をみるね、とぴんと来ない景色を想像して笑う。
「とりあえずホント、何やってるか自分でもわからなくってさ。しかも脳の大きさ、手のひらサイズだし、色は真っ赤なんだよね」
鶏のトサカみたいに、と説明し、私は持っていた箸を机に置いて、茶碗を持つ形を右手で作った。この点には間違いがいくつもある。当たり前だがヒトの脳の大きさは片手でつかめる大きさや重さではない。大きさは頭部の三分の一は優に占めるし、重さに至っては体重の約二%とさえ言われている。少なくとも脳の重さだけで一キロくらいはある。それに、確かに人間の脳には血が通ってはいるが、きれいな赤やピンク色ではない。標本などにある通りのくすんだオレンジ色だ。脳は分化の過程から外胚葉系に分類されるので、色も同胚葉から分化する表皮、つまり肌色に似ているのだろう。もちろん形も鶏のトサカではなく、れっきとした迷路型だ。つまりイメージとしては人体模型そのままなのである。
一通り考察を交えてその夢のことを語ると、敦子も確かにその時点でいろいろ気付いてもおかしくないかも、と話に乗って来た。
「脳って、神経細胞の集まりだから普通はオレンジの下にある色は灰白質で灰色だし」
実際に脳を取りだすと、頭蓋骨と脳の間を覆う液体でぬるぬるしているはずだし、ダンベルみたいに重いから戻すよりもまず取りだす方が難しいでしょ。敦子は持っていたスプーンの腹でカレーのジャガイモをすり潰す。その上にルーをぽたぽた垂らして口の中に運ぶ。
「そもそも、脳を取り出して洗っても、全身が機能してる、っていうだけ十分おかしいけど。脳そのものを全く別物に造り変えるのが夢らしいね。夢ではどんなことも可能ってことか。どっちにしろ、芽衣ちゃんの夢は摩訶不思議で面白い」
敦子はまたこちらを見つめてにこっと笑う。摩訶不思議、なんて単語、過去十八年間の人との会話で聞いたのは初めてだ。どうしてそんな表現がぽんぽん思いつくのだろう。敦子のこういうところに、自分は惹かれたのだろうと実感する。
敦子と出会ったのは今年の春、大学入学して一週間にも満たない天候も暖かな時期だった。私の入学した学校の理学部生物学科は、男女比こそほぼ一対一であったが、元々の人数が三十人ほどとやや少なめであったためか、仲間内での結束力がとても強かった。高校まででさえ友達が出来なかった私が、入学当初から積極的に人に話しかけるなど出来るはずもなく、オリエンテーションの際、学科別で分けられる席順では最後列右端になってしまったことも相まって学科内で一人取り残される寸前まで行ってしまった。そればかりでなく、私と彼らの会話の波長が合わなかったのも大きな原因の一つだと思う。いつの間にか形成された友人の輪の中に一人交われない子がいる、と気付いた心優しい何人かが私に話し掛けてくれることは少なくはなかったが、決まって彼らは数日もしないうちに私の元から去っていった。以前小耳にはさんだ風の噂では、「あの子は気持ち悪い夢の話しかしない。気味が悪いにもほどがある。絶対に近づかない方がいい」と陰で言われていたとのことらしい。事実かどうかは知らないが、確かにあの時の私は夢の話が会話の大半を占めていたため、その事実が否定しきれない以上彼らとの交流は諦めざるを得なかった。
しかし、そんな中でも奇跡的に私と会話が成立する者がいた。それが敦子だ。後で聞いたところではどうやら敦子も学科の子たちと話が合わなかったらしい。黒髪ロング、いつもふわふわした触り心地のよさそうな服を着ていてお淑やかな見た目。人あたりが良さそうなにこやかな笑みを浮かべ、おっとりした口調の物腰はまさに理想的な女性像そのものと言っても過言ではない。にもかかわらず、実は敦子にはそんな外見とは裏腹に、やたらと面白いものを求め、冒険が好きだった。それが入学当初から早くも同学科の子たちの繰り返す日常的な会話に倦怠感を覚え、どこかに面白いことを言っている奴はいないのかと探した結果、夢の話ばかりする私に辿りついたとのことだった、らしい。彼女の思考回路は良く分からないが、私も話し相手が出来たこと自体には文句はないのでそのまま会話を続けた。すると意外にも敦子は私の会話に面白いほど食いついてきた。私の夢は他の学科の子が言うように限りなく悪夢に違いなかったが、朝登校したばかりであっても、食事をしている時であっても、敦子は私の話を聞いてある時は学問的に、またある時は物語の一節を引用しながら私の話に真面目に返答した。それによって私は彼女の知識の幅の広さを実感し、彼女とであれば付きあっていけるであろうと確信した。
敦子がにこにこしながら食事を続けるのを尻目に、私もテーブルに置いていた箸を再度手に取った。今日の昼食はラーメンだ。あんまりゆっくりしていると麺がスープを吸って伸びてしまう。そう考えて焦って箸先を碗の中に突っ込むと、ワカメとメンマの間から、黄色く細長い中華麺がぬるりと現れた。
「おお」
ふと、とある発想が浮かぶ。
「ん?」
思わず私が声を上げると敦子が目だけをこちらに向けて来る。対を為す食器が器用に麺を掬い上げると、やっぱりそうだ、そうだこれだと思い当る。
「この、ぐるぐるした感じが、何とも脳みそっぽい」
ほら、と私は腕の限界まで箸を持ち上げてめいっぱい麺を見せびらかす。途中でスープから完全に離れた麺は、腕から受ける振動によって、スープをぽたぽた落とす。
私の主張を受けて、敦子はまたにっこり笑った。
「そうね。丁度、味噌ラーメンだしね」
***
「脳血管には問題ありません、大丈夫でしょう」
突然の担当医の言葉に、心臓が撥ねるのを感じ、ふと我に返った。ここはどこだ、と辺りを見回す。白い壁に白色蛍光灯。脳を輪切りにしたCT写真が、医師の見つめるレントゲン板で光っていた。治療をされていたのか。
何かを思い返している間に、目の前にあることがどんどん変わっていってしまったらしい。初めてのことではないから驚きこそしないが、唐突に自分に返る感覚や、目に移るものが全て嘘であるかのような感覚には未だ慣れない。私にとっては、夢や回想の方がよほどリアルで、先ほどまで見ていた脳の話こそ、先ほどまでの私にとっては現実だった。寧ろ、今この瞬間ここにいる私は現実、でよいのだろうか。そもそも現実とは何だろう。存在していることが現実、でよいのであろうか。私は今存在しているのだろうか。
医者は訥々と何かを述べているが私の頭には何一つとしてその言葉が残らなかった。ただ一つ、脳、という単語には意識の一部がぴくりと反応するのが分かる。雑音の中に脳、という言葉が混じって聞こえるが、それ以外はよく分からない。まくしたてるように、あるいは呟くように、私と言う人間に向かって何らかの音を発し続ける医師。白い蛍光灯、白いレントゲン板、白い部屋の中に、白い服を着た医師がどんどん溶け込んでいくのがわかる。目の前の光景が白に覆われてしまいそうで、私は途端に不安になる。
「先生」
早鐘を打つ心臓を宥めるかのようにゆっくり息を吸って、尋ねた。
「あなたは、何なんですか?」
化け物だったら多分、今言ったことを理解できても、私が言葉を聞き取れないはずだ。聞き取れなかったらこれは夢だと分かる。記憶の中の敦子が、夢ではおよそどんなことでも可能なのだと言っていた。とすれば目の前の医師が私に何をしようとも、おそらく私は彼を倒すことが出来るだろう。医師は私よりも二回りも大きい熊のような体格をしているが、きっと大丈夫だ。私は彼に対抗できる力がある。夢であれば、体格差なんて大したものではない。
医師が何かを言っている。だがやはり脳、という単語以外には何も聞き取ることが出来ない。夢だ、これは夢で確定だ。目の前の医師は、化け物だ。急激に膨張する不安を感じ、私は座っていた椅子から飛び跳ねて部屋の隅まで退却した。驚いて目を丸くする相手に、近寄るな! と叫んで右手を床と平行になるように上げる。筋肉などまるで付いていない、細くて短い腕が相手に弓を番えるかのようにすっと伸ばされている。相手はこちらを一瞥したが、やがてこれまた熊のような動きで席を立つと、危惧していた通りゆっくりこちらに近づいてきた。伸ばした腕に自然と力が入る。自分が未知なる生き物と対峙しているのだという意識が、その感覚をより鋭敏にした。大丈夫、所詮は夢だ。相手がどれだけ自分より大きくとも、意識がこちらにある以上は、私が負けるはずがない。もし負けたとしても、夢なら醒めればそれで終わりだ。ぐっと右手に力を入れると、自然と左手が拳を作った。それと同時に、左手にすれた感触を持つ何かがあるのに気付いた。
それはどこにでもある大学ノートだった。何も書かれていない表紙の色は青、表紙を開けて最初に出現する中表紙にもやはり何も書かれていない。しかし次のページをめくるとシャーペンで書かれた濃い筆圧の文字がずらりと並んでいる。これは、敦子との思い出だ。夢の話だけがひたすらに綴られる、私の記憶だ。その中の一つ、日付は明記されていないがおそらく五月くらいの内容に目が止まる。
熊のような相手は私がノートに気を取られた一瞬の隙を狙って距離を詰めてきていた。しまった、と思った頃には遅かった。相手は私に飛びかかろうと両手を広げてこちらに急接近してきた。あまりの不意打ちの恐ろしさに、私は思わず伸ばしていた右手を素早く振り下ろした。それは手刀という言葉どおりの鋭さで、ぼんやりと浮かぶ白い空間を一刀両断した。
***
痛みはなかった。だが体はしっかり真っ二つに切断されてしまった。
ちょうどあばら骨の真下、へその中心をきっかり二つに分けた場所、そこを父に、首切り包丁でぶった切られた。体の脇から入り込んだ刃物はいともたやすく細胞と細胞の間を通り抜けて私の体を二つにした。その光景が何度も何度も脳裏に飛来する。その光景に驚いて口を開く自分、体の中から抜けていく冷たい刃物。次の瞬間、私の体の断面からは信じられないほどの量の血液が染み出していた。真っ赤な液体が水よりも遅い速度で、子供の頃窓にくっつけて遊んでいたスライムよりも速い速度で床に広がっていくのを私は目撃した。当たり前だが自分の致死量の血液を見たのはこれが初めてだった。赤い液体はそのまま、台所の蛍光灯に当てられて出来た私の黒い影をムカデのような動きで侵食していった。確実に自分の家だと分かる場所で死を迎えるのは何とも言い難い気分ではあるが、他の場所よりはずっといいのかもしれない、とも思う。
首切り包丁を肩に担ぐ父を上目に見ながら、私は抜け落ちた体の下半分が自分の背後に崩れさる音を聞いた。どすっと変に重量感を伴うそれがつい先ほどまで自分の体の一部だったということを認識するまでに数秒を要した。一秒未満の出来事だったが、下半身が床に安定するまでのその僅かな時間に、私は確実にその肉体がバウンドして落ち窪むのを知覚していた。斬られた感触はなかったものの、神経系だけは正常に機能するらしく、今は胴体をぶつ切りにされる感覚だけがひたすら生々しい。腹の内側から感じる床の冷たさはじわじわと私の体温を食い殺して死の音を耳元へと近づけてくる。体内を血液が巡る音、静かにそれが消えゆく音。どちらも耳の穴を指でふさいだ時に聞こえる脈の音にそっくりだった。破れそうなほど鼓動する心臓が送りだす血液はもう二度と同じ場所には帰って来ない。それを予期して、自分の内側が着地したフローリングからの冷たさに、一層拍車がかかった。
一体どこに人間を真っ二つにするだけの力があるのだろうと見上げた父の背中はそれだけ見たら筋肉質でとてもたくましいように思えた。しかし全体のバランスが全くと言っていいほど取れていない。足が短く、背も小さい。顔は陰に隠れて見えなかったが、おそらくそれほど顎も尖らず、頬がこけ、目元に黒い隈が浮かぶ、いつもの父であろう。首元の細さといい、華奢な腕のラインといい、それらのパーツは上半身と何一つかみ合っていない。どこをどう間違えたらこんな体になるのだろうというほど生物的に美しくない形を、さながら蛞蝓のようにぶよぶよ動かしながら、父は首切り包丁を持って台所を後にした。残されたのは生体反応をグラフに示せば漸近線を描くであろう、今まさに死を迎えようとしている上半分の私と、指令が行き届かずにもう死んでしまったであろう、背後に存在する下半分の肉塊だけだ。
体内が直に触れるフローリングが冷たい。寒さと眠気と痛みが急に腹部からせりあがって咽喉をぐっと圧迫し、そのせいで私は慟哭することさえも許されずにただただ苦痛に身をよじる。右手を動かせば左腹部から、首を捻れば臍の真ん中から、体液は自然の摂理に従って少しも遠慮することなく自由に零れ落ちた。血だまりは相変わらずゆっくりとその面積を拡張している。それに伴って寒気も増していく、視界も徐々に黒く染まっていく。瞼が重いということはない。ひたすらに静謐に、それでいながら脈の速度だけは速く、床と体が徐々に同化していくのを私は感じていた。血液の流出は体の自由を奪い、それが不意に魂の拠り所は実は体液にあるのではないかという連想を働かせた。血液は体温保持の役目を担っていると聞いたことがある。ああ、だから寒いのか、と一部で納得するが、もう遅い。音が遠くなり、視界が黒く塗りつぶされ、頭が冷たくなっていく。死ぬ、もう私は死ぬ。様々な記憶が一瞬のうちに巡る。友達は少なかった、いじめにもあった、死ぬほど勉強した、いい高校に入った、喜んだ、悲しんだ、でもそれだけだった。最後に自分の中に誇れるものなど何一つなかった。自分の思い出らしきものなど、死ぬ間際に思い出すような立派な思い出など、私には何一つなかった。結局自分の人生はその程度でしかなかった。私の人生って何だったんだろう、こんなもので終わってしまってよかったのだろうか。嫌だ、そんなの本当は嫌だった、私はもっと立派な人生を歩むはずだった。もっと胸を張って他人に自慢出来て、自分でもそれを大切に思えるような経験をいくつもして、最期はいろいろ考えながら眠るように逝くつもりだった。なのに今死に向かうこの瞬間、私は何一つとして楽しかったことを思い出せない。あるのは全部辛い記憶ばかりで、まるで自分の人生と言う箱には、最初から何も入っていなかったような、最後まで何も入らなかったような、そんな感覚しか残らない。嫌だ、こんな人生で本当によかったのか、いいはずがない、なのに私は死に向かう。鼓動がどんどん小さくなる。頭がすっと冷めていく。ぬるい、体がぬるくて、寒い。脈が消える、命が消える。嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない。
そこで目が覚めた。
***
目の前を何人ものサラリーマンが通り過ぎる。一様に真っ黒のスーツを身に付けた彼らは毎日忙しそうに駅の階段を上り下りし、時には駅構内をゆっくり歩く他の人々にぶつかっても謝りもせずにずんずん進んで行ってしまう。
五月下旬の駅のプラットフォーム。今日も変わらないそんなサラリーマンの歩行スピードを片目で目撃しつつ、私は昨日見た夢の話を敦子に話していた。暴かれた体の内側が床に触れる冷たさや、死の間際に感じた人生の虚しさなど、とりあえず覚えていたことから、要領も得ずにとめどなく語っていた。いざ語り始めると、話はどんどん具体的に思い出すことが出来、より描写が事細かになっていった。
敦子はそれを黙って聞いている。たまに頷きはするが、外見はあくまでも静かに優しく穏やかだった。私の語る夢の話を、まるでクラシック音楽でも聴くかのように優雅に受け止める。あまりにも自然だと、かえってその態度に不安を覚えてしまう、ということも私としてはなきにしもあらずだが、夢の話をまともに聞いてくれるのは今のところ彼女だけだ。今不安を口にして、万が一にも敦子を失ってしまったら、私は如何にして今後を過ごせばいいか分からない。
「そうかあ、体が地面に触れる夢、ねえ」
だがそんな私の疑念はすぐに彼女の相槌代わりの笑顔に打ち消される。あくまでゆったりとした声で、敦子は私の会話を簡潔にまとめて、そうねえ、と返す。
「確かに割と冷たいよね、家の床」
本当に伝えたかったのはそこではないのだが敦子は遠い目をして独り言のように呟いた。彼女の視線の先には、向かい側のホームで電車を待つ人々がまばらに並んでいた。朝ほどではないが、夕方六時の駅にもそこそこ人がいるものだ、と思いながら私は話を続けた。
「うん、それで、死に際を経験して初めて自分の人生ってなんだったんだろう、って思ってさ。夢の中の話に経験って使うのもなんか変だけど。自分に誇れるものが何一つなかったな、って思ったら、何か寂しくなっちゃって」
うん、と頷きはするが、相変わらず聞いているのか聞いていないのか分からない表情を、敦子は続けている。壁があるというほどではないが、私も彼女のこういうところは良く分からないな、などと思ってしまう。
敦子と語り合うようになってまもなく一カ月が経とうとしていたが、彼女に関して私が知り得たことは、実は彼女と関わりない子たちと大差ないのではないかと思うほどしかない。敦子はあまり自分のことを語ろうとしなかった。どちらかと言うと、普段の会話も私が前日の晩に見た夢をほぼ一方的に話し、敦子がその解説をする形が多かったからだ。私が敦子と出会って今日までに知り得た情報と言えば、家が同じ方面(とはいえ、私と敦子の家が近いということではない。敦子の家は大学のある県内にあり、私の家は県外にあるので距離自体は大分離れている)ということと、学科では唯一私と同じ帰宅部である、ということだけだった。敦子がサークルに属さない理由は良く分からないが、私は人づきあいが苦手だと言う理由だけでサークルを回避したから、おそらく似たような理由だろうと勝手に憶測している。もしかしたら何か他の理由なのかもしれないが、私にはそれについて根掘り葉掘り聞こうと言う気はまるで起きなかった。別にそれについて尋ねたところで何を今更、という印象しか持たれそうになかったからだ。
そのためなのか彼女との間にはある種何か越え難い線引きがあるような気がしてならなかったのだったが、私はそれをあえて無視しようと決め込んでいた。万が一、こうして私が話している間に彼女が何か思いもよらぬことに考えを巡らせているとしても、それは少しも不思議ではない。私も人の話を聞くときはそのような態度を取ることがしばしばある。私たちにはお互いに理解し合えない決定的なものが存在していることを何となく了解し、それが存在しているからこそお互いと付き合えるのだと、勝手に決め付けて勝手に納得していた。
「生きていた、意味ねえ」
敦子の目はまだ線路越しのホームを見つめたままだった。私も釣られてそちらを見たまま、彼女の話に耳を傾ける。
「多分、人間に限らず、生き物が生きてる意味なんて、あるわけないよ」
最初に結論を言ってしまう語り口調は敦子の専売特許みたいなものだ。これほどにまで簡潔かつ相手に配慮しない物言いをする人を、私は彼女以外に知らない。
「それはきっと、あらゆるものの存在に意味がないのと同じようなものだと思う。突き詰めて言うなら、宇宙の存在自体に意味を見いだせるか、って究極的な問題を引き合いに出さなくちゃならなくなるけど」
そこで敦子は息を吸い直した。
「唯一存在に意味があるものを挙げるとするなら、それは道具かな。道具は目的がなければ作られないし、目的のない道具は作りだす価値すらないからね。でも逆説的な事に、道具に命は宿らないの。命あるものに意味がないのと同じように、意味を与えられた道具は、目的以外の全て――生きることそのものを許されていないんだよ」
向かい側のホームには電車が滑り込んできていた。無機質にレールを踏み鳴らす音を立てながら、列車はきっかり決まった位置で停止した。キキッと甲高い音で、レールの鉄とタイヤ部分の鉄がこすれ合う。駅員のアナウンスとともに、ホームで列を作って待っていた人々が次々に電車に乗り込んでいく。
私は呆然としながら敦子の話を聞いていた。
「さっきの話の芽衣ちゃんの夢が、もし私の身に降りかかったとしたら、私はそんな風に考えていろいろ諦めるかな。人間は生き物だから、目的なんてなくてもいいんじゃない? 目的を持ちながら生きてるなんて、そんなの本来命が宿らないはずの道具に生き物が限りなく近づいているだけってことになるでしょ。それでもし人生の終わりに悔いることがあっても、それはそれで人間らしい死の訪れ方だとも思うけどな」
一息に言って、敦子はふう、とため息をついた。東から吹いてきた風がその長髪を揺らし、彼女の視界を一時的に奪った。風の吹いてきた方向を見ると、暮れなずむ夕日が長く伸びた線路を赤く輝かせていた。まだ春だと言うのに、どこか物寂しい空気が渦巻いているのを、私は感じとった。
「そんなもん、なのかなあ」
それだけの言葉を絞りだすために、私は何度も息を吸ったり吐いたりした。高校時代に習った、ニーチェの思想に超人主義と言うものがあったのを思い出す。人が生きている目的などありはしない。だから人は生きている意味を自分なりに模索し、そのために生きることを選ぶのが一般的であるが、意味がないことそのものをありのままに受け入れることが出来る人間が理想として掲げられる、それを超人と呼ぶ。後に自分で調べてみて、ニーチェ自身の理想はどうやら超人とは程遠いところにあったようだと知ったが、この超人という発想はまさに今の敦子にこそふさわしい、と私は直感した。彼女の周りから発せられる雰囲気も、見た目から受ける印象も超人思想とは全く縁もゆかりもなさそうな清らかで尊いものであったが、なぜか今の敦子は何もかもを諦めてしまった虚、そんな言葉がぴったりだった。
向かい側で止まっていた列車はまだ発進していなかった。どうやら特急列車の待ち合わせを行なっているらしい。そういえば、先ほどから敦子と夢についての語り合いをしてはいるものの、まだ何かいい忘れていたような気がして私はまた昨日の夢を回想していた。瑣末なことだったかもしれないが、言い忘れるとどことなくすっきりしない。数秒考え直して、ああそうか、と思いつく。
「そうだ。私の体を真っ二つにした犯人、あれはね」
ちょうどやってきた急行列車の警笛音が、駅の端から端を駆け抜けた。ブオオオオ、と地を鳴らす強者の轟が、一瞬のうちに駅の音を全てかき消した。
「……だったの。それも何か変だよね。あの人、絶対にそんなことするような人じゃないのに」
敦子と至近距離で話していた私の声は、確かに彼女に届いた、と思った。だが敦子は大きな瞳を僅かにこちらに向けて、首を少し傾けた。
「ごめん、今何か言った?」
やはり電車のせいで聞こえなかったのか。警笛音は短かったが、それでも私の夢の話を邪魔するのには十分な長さだった。敦子が聞き取れなかったとしても不思議ではない。私はもう一度、やや大きめの声で私を殺した犯人を告げた。しかし、それでも敦子は優しいほほ笑みを浮かべたまま「ごめん、よく聞こえない」と私に返した。
何かがおかしかった。明らかに聞こえるように、どんなに大きな声でそれを言っても、敦子はそこだけ「聞こえない」と言う。薄い紅が塗られた唇は弧を描いたまま綺麗な形で「聞こえない」を繰り返す。あれ、聞こえない、ごめん、聞こえない、もう一回言ってくれない? ……その後、私が何度繰り返しても敦子は私の言葉を聞き取ってはくれなかった。無視されたわけではないが、ここまで通じないと何か変な勘繰りをしてしまうのは事実であって、私はそれ以上その話をするのを止めようとした。最後に笑いながら「もしかして、ふざけてる?」と冗談めかして言うと、敦子もそのままの笑顔のまま「ごめん、ごめん。つい悪乗りした。大分ふざけてたよ」とようやく答えてくれた。
***
気付いたときには辺りはもう真っ暗になっていた。部屋の窓から見る中庭の景色は、昼間と違ってずいぶんと青白い。空から降り注ぐ月光と必要以上に取りつけられた街頭に照らされて、アスファルトで塗り固められた地面は、部屋の中からでもその石の一つ一つがはっきり見えるほどの光を反射している。それを見て、まだ夜が続いていることを知る。部屋に佇んで見る中庭は、いやがおうにも自分が眠れない体になってしまったことを私に示す。
つい最近まで、夢を見ないのは幸せなことだと思っていた。眠れない夜が来る、その事実を知らなかった頃に、私は毎日悪夢を見ては「夢なんて見られなくなってしまえばいいのに」とよく思っていた。
小さい頃から、私は悪夢ばかり見てきた。
ある時には交通事故で身が切り刻まれる夢。またある時は悪質なストーカーにしつこく追い回されてコンクリート詰めにされる夢。四肢を捥がれたこともあるし、瞳を串刺しにされたこともある。体の中に手を突っ込まれて意識があるまま内臓をかき回され肺を握りつぶされた夢、業火に身を焼かれ続けて自分が燃えカスになるまで死ねなかった夢も見た。その多種多様性は、もちろん自分の体が踏みにじられる、というものだけにはとどまらない。強盗に脅されて自分が殺人の幇助をするものや、悪魔にそそのかされて自らが見知らぬ人を殺す内容のものもあった。
そうした夢は毎晩のように繰り返され、毎晩のように私に死の感覚や精神的な苦痛を強いてきた。何度も私を蝕む悪夢は日に日にリアリティを増していき、中学に上がる頃には大分現実味を帯びたシナリオまで用意されていた。実際には顔も知らない人間が突然自分の恋人役として現れる。実際には見たこともない人物が生き別れの弟だと名乗り出る。何より奇妙なのは、夢の中の私が、そうして現れる彼らを何の違和感もなく受け入れていることだった。私の立ち位置も、夢の登場人物の場合によっていくらでも変わった。だがそのどれもが、最後には破滅に向かい、私が死ぬか、相手が死ぬか、もっと汚い後味を残して終わるかのどれかしかなかった。
夢は所詮、夢。目が覚めてしまえば現実が目の前に立ちふさがるし、そうした中では夢のことなど覚え続けていることは出来ない、と多くの人々は言う。私も最初のうちは確かにそうだと思っていた。だから夢から目覚めることそのものに感謝をしていたし、夢が終わることを幸福とさえ思っていた。夜明けや朝に希望を見出すことも出来た。しかし古今東西、夢の存在を奇妙に思わない人はまずいない。夢を見ることは現実的に不可能な事を人々が経験する最も手軽な方法であり、その非現実性ゆえに夢は多くの人々を魅了してきた。また普段できない事象を経験することは、非現実を操り人々を楽しませる創作家たちにも大きな影響を与えた。夢にインスパイアされた彼らはあらゆる手段で夢を表現しようと試みてきた。ある者はその方法に音楽を用い、またある者は美術を用い、またある者は文学を用いてその独特の世界観を何とか再現できないものかと趣向を凝らし続けてきた。
私も、最初はそんな世界に五万といる夢に魅了された者たちの一人でしかなかった。日常的な睡眠の果てに見る非日常的な夢。幻惑させられた私はその夢の詳細と夢を見ている時の心情の変化を、この大学ノートに綴ることにした。悪夢ともなれば、尚更後味の悪い夢が脳裏に深く映像を焼き込んで、目覚めた後も尚様々な思いを去来させる。そうしたものを不定形に漂わせておくことが、私にはなぜか出来なかった。変なものに昔から興味があった、というのも一つの理由だろう、だがそれよりも単純に、夢そのものへの興味・関心の方が大きかったような気がする。なぜ夢の中ではああも変な事ばかり起きるのか、なぜ夢の中では知らない記憶を知っているつもりになるのか。その手掛かりに、このノートがいつか役に立つ日が来れば良いだろうと、最初はそんな気持ちで夢の詳細を記していた。
ところがいつからだっただろうか、毎日記す夢がいつしか日常と大差ないものに変化したのは。いや、日常が夢に近づいたわけではない。眠れないのだ。夢なのか現実なのか判断付かなくなった。夜になっても頭が冴えてしまって、布団の中でうずくまっていても手汗ばかりかいて一向に眠りに落ちることが出来ない。何度寝返りを打っても、体の節々がキリキリ痛むだけ。関節が軋む音、筋組織が伸びる音が、耳に伝わる脈のリズムと調和していつまで経っても鳴りやまない。布団を掛けていれば指と胴体の真ん中がじわりと汗ばんできて、それが余計に気になって眠ることが出来ない。
私はそれに気づいてから、以前自分が夢なんて見なければいいのに、と言っていたことを思い直した。あの時の自分は単に悪夢から逃れたいという意図であんなことを考えたのだろうが、今から思えば毎晩眠れずに、布団の中で自分の鼓動を何時間も聞き続けて過ごす方がよほど地獄だ。あの時の私にはそれが分からなかった。毎晩心身を刻まれる体験をするくらいなら、眠れない方がマシだと考えていた。
時計の秒針がベッドの片隅でカチカチと正確な速度で時を刻む。信じられないくらい一定のリズムでアナログな音を部屋に響かせるそれは、昔見た一つの夢を私に思い起こさせた。該当のページを見つけるために、箪笥にしまっておいたノートをパラパラめくる。秒針は未だ正確にリズムを刻んでいる。カッチカッチカッチ。見つけたページにはやはりしつこいくらいの量の文字が書きつけられている。この日に見た夢のせいもあって、筆圧も一文字当たりに割り当てられたスペースも他のページとは比べ物にならないくらい整っていた。時計は未だに正確なリズムを刻んでいる。カチカチカチ。夢の内容は、大学のレポートを打っている時に、パソコンが言うことをきかなかった、というものだ。この日の私はいつにもまして文章がすらすら出てきて、課題も大した文字数ではないからあっという間に終わるだろう、なんて考えていた。カタカタカタ、と思いつくままに文章を打ち込んでいく私。時計は未だに正確なリズムを刻んでいる。カチカチカチ。カタカタカタ。驚くべき速度で文字を打ち込む私。指が止まらない。思考が止まらない。腱鞘炎にでもなるのではないかと思うほどの文字の入力。だがその矢先、急に文字が入力しているものとは別のものに変化した。どこのキーを叩いても、その文字しか表示されない。時計は未だに正確なリズムを刻んでいる。カチカチカチ。私は不審に思いながらもまたキーを叩き始める、だがやはりどこを押してもその文字しか出ない。仕方がないので強制終了しようとした。それでもパソコンのディスプレイはひたすらその文字の入力を続けていた。点滅するカーソルは驚くべきスピードで自動的に文字を入力しながら戸惑う私をよそに右へと進んでいく。行数と紙の枚数が恐ろしいほどの規則的な速度で増加していく。時計は未だに正確なリズムを刻んでいる。カッカッカッカ。もう速度がわからない。一定のはずの機械のリズムはどんどん加速してその文字を吐きだしていく。部屋にあった時計までもがその文字の増殖速度と同じように加速してきたかのように思えてくる。死ね、という単語を、夢の中のパソコンはひたすら入力し続けていた。レポートが中断された部分を見てみると変わりようがよくわかる。だと考え死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死句読点が付かない。ただ同じ文字列を繰り返すパソコン。もう時計も正確なリズムではない。カカカカカカカカカカカカカカカカ。
「死ね」
ヒュっ、と思わずノートを時計に向かって力いっぱい投げ捨てた。ノートの角が時計の文字盤を透けて見せるガラス面に命中して、秒針はまた正確な動きを再開した。もうカッカッカ、ともカカカカ、とも死ね、とも言わなくなった。ほっと胸をなでおろし、投げてしまったノートを拾った。これがないとわたしは生きていけないのに。投げてしまってごめんなさい、と心の中で彼女に詫びた。
***
夏休みに泊まりで旅行に出かけないか、と敦子を誘ったのは、必修の試験が終わったちょうどその日だった。大学の夏休みは、八月の頭くらいから九月の終わりまである。それだけの間家に引きこもっていては、冷房代も嵩むし何より体がなまってしまう。だからサークルにも入っていない私は遊びに出るとしたら敦子を連れてどこかに出かけるくらいのことしか思いつかなかったのだ。
話を持ちかけると、敦子は一度、バイトがある、と断りかけたが、手帳を見直して日程さえ合えば大丈夫か、と旅行の案に賛成してくれた。そのとき私は彼女が珍しく自分のことを話したのが、少し気になった。
「敦子、バイトしてたんだ」
「うん、まあ、適当に」
聞けば飲食店のバイトだと言う。鮮やかにカラーリングされた鳥のマークが目印のファミリーレストランで、高校の時から働いていたのだそうだ。今はそれに加えもう一つ、塾のバイトも掛け持ちしているらしい。夏休みともなると、夏期講習が入ってくるから、どの程度休みがとれるか分からないが、一応検討してみる、とも付け加えた。
「そういえば、芽衣ちゃんはバイトしてないの?」
「ああ、私はそういうの、よく分からないからさ」
敦子は冗談っぽく笑って「何それ」と言った。
「手続きが面倒だし、そこまでお金欲しいとも思わないし。まあどちらかと言うと、バイトはお金より社会勉強だと思うけどさ。まだちょっと覚悟が出来てないと言うか」
実際家が大学から離れていると、通学時間がそれなりにかかるので時間を見つけるのが難しい。忙しい、という意味ではなく、帰宅時間が不規則だから何曜日の何時に自分の時間が作れるのかが良く分からなくなる。
バイトはシフト制だと聞いている。生活が不規則で予定も毎週不確定気味なのに、そういう決まった時間に決まった場所に出向かなくてはならない仕事が私に務まるのだろうか。もしミスをしたら、仕事だから当然その責任を負わなくてはならない。職場にいる人たちとも、上手くやっていけるとは限らないだろう。それに私にはそこまでしてお金を貰う理由がない。例え働くにしてもボランティアやお手伝い程度で十分だ、と思う。だから暫くバイトはしないことにした
それを告げると敦子はきょとんと首を傾げて、笑う。
「バイトするのに覚悟なんていらないって」
「そうかなあ」
「そうそう。働きたいって気持ちだけで十分」
その気持ちがあるかどうかも私には怪しいのだが、あえてそこは聞き流しておく。どっちにしろ、今の私にはバイトは無理だなあ、などと小声で言っていると、敦子は、要は挑戦、と言って、私の肩を叩いた。そのときたまたま、敦子のポケットからアンテナ部分が顔を出した携帯が、服の肌を滑るようにして床に転がり落ちた。
「あ、ごめん」
着地に弾む携帯を見て敦子はすぐにそれをしゃがんで取った。だがそれとほぼ同時に携帯のバイブレーションが作動した。しゃがみ込んでいた敦子はよほどびっくりしたらしくやや目を丸くして、携帯のフラップを開いた。そのとき一瞬だけ、敦子の表情が強張った。片手を上げて困ったような表情をした彼女は、ちょっとごめん、と小声で私に謝って、携帯の通話ボタンを押した。
携帯からは、何やら男の声が漏れて聞こえていた。敦子はそれに合わせて、「ああ、申し訳ございません」と心から謝罪の意を表した声で電話の相手に丁寧に応答していた。会話の内容は、相手の男性の声が割れていたためによく分からなかった。だが敦子の必死の対応や敬語の口調から察するに、相手は敦子と大して親しくもない者だろう。何か良からぬことが起きたのだろうか。
電話が終わると、敦子はふう、とため息をついて携帯を服のポケットの中に仕舞った。キツい言葉でも掛けられたのか、背中が小刻みに振るえている。一瞬声をかけるのさえ躊躇われたが、大丈夫、と言うと、敦子は静かにゆっくり頷いた。
「バイトの人? 今の」
敦子はもう一度頷く。南向きの窓から射す光が、彼女の顔に深い影を作っている。まずい、と思う。こんな敦子を見たのは初めてだった。状況が良く分からないだけにどうすればいいのか私が惑っていると、そういえば、とまるで今までのことが全て嘘だったかのような高い声で、敦子が私を振り返った。
「芽衣ちゃん、今日、誕生日でしょ」
「え?」
思わず間抜けた声で返す。今の状況でどうしたら「そういえば」に繋がるのか分からなかったが、どんなことであれ敦子がまたいつもの調子に戻ってくれたことに、私は安堵せざるを得なかった。と同時に、敦子が言った言葉の内容を理解する。そうか、今日は誕生日だったのか。自分でもそんなこと、すっかり忘れていた。
敦子は机の足元に置いてあったバッグに手を突っ込んでいそいそと中身を漁った。取りだしたのは派手な赤いバラ模様の手提げ袋だった。
「はいこれ。お誕生日おめでとう」
敦子はその袋を私に渡すと鞄のジッパーを閉めた。ありがとう、と言って私はそれを受け取ったが、手にしてみるとそれが手提げ袋にしてはずいぶんと変な形をしているのに気付いた。そもそも小さくて手提げ袋には適さない大きさだ。両手の平で支えることが出来るサイズでほぼ完全な横長の直方体。上部には取っ手が取り付けられており、表面はビニール製、中はナイロン製だった。ナイロンで作られた部分には、鉛筆でも突き刺せそうな小さなポケットがいくつもついている。このサイズと形で中に入れるものは何かと言われたら、私はお弁当くらいしか思いつかないが、それにしは少し深さがありすぎるし、内側にポケットがいくつもついている理由もわからない。第一、私は昼食にお弁当など持ってくるタマではない。それはいつも学食で食事を共にする敦子が一番よく知っているはずだ。さすがの敦子も、誕生日に送り主が貰って困るようなものをあげるほど、常識をわきまえていないわけではないはず。
プレゼントが何なのか分からない私は、ありがとう、以上の言葉をどう返していいものか、やや悩んだ。これは何、と素直に聞き返してもよかったが、向こうは私がこれを何なのか知っているのを前提に選んで来てくれたのだろうから、その期待を安易に裏切ることも出来ない。とりあえず、袋の中を開けてみて何が入りそうかをもう一度考えてみる。だがやはり、少し底の深いお弁当入れにしか見えない。
「えっと」
私はどぎまぎしながらその袋の取っ手部分を持ち上げて、敦子に尋ねた。
「これって、お弁当箱入れ、でいいんだよね」
そうでないことは重々承知だった。が、それ以外に気の利いた言葉が何一つ思い浮かばなかった。会話を進めるためだから、別に何でもよかったがそれ以外には言うことがなかったのでそう言ったまでだ。予想通り、敦子は違うよ、と笑った。
「化粧品入れだよ。さすがにメイク用品は買ってあげられなかったけど」
敦子は再度私の手からその袋を受け取って口を開ける。その後数分間、袋に着いたたくさんのポケットに何を入れるのかを丁寧に一つ一つ解説されたが、生憎私は化粧をしないので一向に話が分からなかった。何がしか固有名詞を挙げられる度に、それは何だ、何に使うものだ、と尋ねて敦子の解説の進行を妨げた。彼女も私が化粧を知らないのはよく理解していたようで、その質問にもいちいちしっかり受け答えした。敦子による化粧品講座の間、私はこうも同級生にいろいろ教えられる自分を少し恥ずかしくも思った。どうして自分と敦子は、同じ年齢で同じ大学で勉強している友人同士なのに、こんなに知識と経験に差が大きいのだろう。これだけ適当な生き方をしている私などに、どうして敦子のように綺麗で頭の良い子が付いてきてくれるのだろう――
こういうとき、私は条件反射的に人を疑ってしまう。どうしてそうなるのかは自分でもよく分からないが、おそらく中学時代にそういう偽善者っぽい顔をした連中が、いつも酷いことをしていたという印象をもったのが原因だとは思う。対面するときはいつも笑顔を浮かべているのに、裏では腹の探り合いをしている、女子同士の微妙な緊張感。「あの子とは友達?」と教室で聞けば、躊躇いもなく頷くのに、一緒に下校していると「あいつ、ほんとうっざいよね」死ね、と軽々しく友人の一人を罵る。自分が陰口を言われる立場だったら、などと想定するまでもなかった。寧ろ陰口を言われないで過ごす女子なんていないんだろうな、程度にしか思わなかった。しかし、そういう関係に背を向けていたい気持ちもどこかにあり、知らず知らずの間に私は他人と距離を置くようになっていた。そうして人と離れている間に、だんだんと人と必要以上に関わりたくないと言う気持ちになっていった。いつしか人を避けているのが常、人が嫌いなのかと錯覚するほど、自分でも自分のことがよくわからなくなってしまった。
だから敦子が私と話していたときも、最初は必要以上に接近しないようにはしていた。元を正せば、敦子は夢の話聞きたさに私に近づいてきた。だとすれば、彼女の私への興味が尽きたら、私たちの関係が終わってしまうだろうと言うことは目に見えている。幸か不幸か(全てが終わってしまった現在から見れば、当時のこの考えは確実に不幸だった)、私の悪夢は毎日尽きることなく、敦子と夢の話を続けられてはいたが、それもいつ終わってしまうかはわからない。私は悪夢から一刻も早く逃れたい一方だったが、敦子との関係を考えるのであればこのまま悪夢を見続けるのも悪くないと思ったこともある。それじゃあ、いっそ夢なんて見なければいい、とも何度も思った。今日は疲れていたみたいだから、夢は見なかったよ。そう言い続ければ敦子も私に夢の話以外の何かを求めるのではないか。本当の意味で彼女と友人関係を築けるようになるのではないか、そう考えるところもあった。
夢を見ることと見ないこと、いずれにしても敦子との関係に与える影響は大きなものであろう。あんな悪夢、見られないのであれば見られない方が絶対良いに決まっている。寧ろ見たいと思ったことなど一度もない。敦子との関係が、夢が尽きても続く保証があるのならば、私は一刻も早く悪夢を脱したいと願い続ける。願って脱せるようなものではないとは分かっているが、そう願わずにはいられない。いくらか夢と付き合っていてもいいか、と思うのは、夢の話題がなければ敦子は離れていくだろう、という不信感を私が少なからず敦子に抱いているからなのかもしれない。おそらく私は、敦子に捨てられるのが怖いのだ。夢の話以外に、敦子を繋ぎとめておくものが今の私には何もない。
私が勝手な思考に陥っている間に、敦子の化粧品講座は既に終了していた。わかった? とこちらを覗きこむ敦子に対して、何も話を聞いていなかった私はとりあえず首を縦に振っておくことにした。そのうち芽衣ちゃんにもお化粧する日が来るだろうから、と言って、敦子はまた美しく笑った。その笑みをどう受け取ればいいのか、最早私には判断つかなかった。
***
気が付くと朝を迎えていた。寝ていたわけではない。一度ノートを投げつけた部屋の時計が、その後息を吹き返すように何回か「死ね」と告げてきてあまりにもうるさかったから、夜通しかけて鳴らないように分解してやったのだ。もちろんこの部屋にドライバーなどと言う高等な道具はどこにもないから、分解は全て素手で行った。まず部屋の壁に時計を叩きつけて、文字盤部分を保護するガラスを割り砕いた。次いであられもなくさらされる時計の針を根こそぎ引っこ抜いた、そしてそのプラスチック片をゴミ箱に捨てた。見事文字盤だけになった時計は、道具として使い物にならなくなった。時を刻むためだけに作られた時計はその用途を奪われて何とも無残な姿で冷たく私を見つめていた。それがまた気に入らなかったので、それからさらに時間をかけてじっくりと中身を解体してやった。手で触れる機械質の様々なパーツは奥に入り込んで取り出しにくいものなどもあったが、そこは壁や床に本体を叩きつけて割るなどの工夫で何とか乗り越えることが出来た。部品一つ一つバラバラに解体された時計は日が昇る頃には既に原型をとどめていなかった。これにはもう、存在する価値がない。ざまあみろ、と私はその壊れた時計に向かって言ってやった。
それから暫くして、正午を少し回っただろうと思われる時刻になった。部屋の時計は壊してしまったが、外で鳴る正午の鐘のおかげで現在の時刻がどのくらいなのかはわかった。食事が咽喉を通らない私のために用意された、昼食代わりの点滴を受けて例のノートを見返しながら過ごしていると、突然白い部屋の白い開き戸がすっと開いた。また敵でも来たか、などと一瞬身構えたが、すぐにそのシルエットを見て思い直す。その影は紛れもなく私の母のものだった。
「……芽衣ちゃん」
なぜこんなところに、という疑問が最初に浮かんだ。しかしそんなことより、もっと重要な問題があった。
「何しに来たの」
我ながら、久々の来客に対して失礼な発言だとは思う。だが今はあまり人には会いたくない気分だった。敦子との思い出に浸り、敦子との会話を振り返り、自分が彼女とどのように接していたのかを一刻も早く思い出さねばならないのだ。そうでないと私はまた眠れない夜を過ごすことになる。敦子と付き合っていた時見ていた悪夢が訪れるような夜よりも、もっと恐ろしい夜を、また過ごすことになってしまう。
「そんな言い方はないでしょう。久々に様子見に来たって言うのに」
案の定母はそんな私の真意も知らずにやや拗ねた調子で返事をした。胸に突き刺さる言葉に、ごめん、と謝ってしまいそうになるのをぐっと堪える。母はそれも気にも留めず「それに」と付け加えて会話を続ける。
「何しにも何も。今日は芽衣ちゃんの誕生日でしょう」
「は?」
「だからね、今日はお母さん、芽衣ちゃんの顔を見に来て、お祝いをしてあげようと思ったんだ」
何を笑えない冗談を言っているのか、と思った。
母からすれば、入院していても娘の誕生日を祝うことは当然なのかもしれない。だが私からすれば、その母の優しさこそが毒なのだ。他人から優しくされると言うことがどれほど怖いことか、母のような人には分からないのだろう。
優しさが怖い。誰に対しても平等に与えられる優しさなどないと信じ切っていた私は、誰かの優しさにいつも反発した態度を取ってしまう。
世の中はギブアンドテイクで出来ているというのは通説だったか、都市伝説だったか。とにかくその言葉を最初に聞いた時、私はひどく附に落ちたものだった。全ての物事は貸し借りの関係にあり、与えられたものは必ず返さなくてはならない。その話の延長上に対人関係も含まれている、ということだ。つまり相手から与えられた優しさや好意、善意などは自分も相手に喜ばれるような形で返さなくてはならない。それが世の中では常識として成り立っているのだと知って、そうなのかもしれない、と納得してしまった。
そこからはもう、他人の優しさがとても怖いものに感じられた。他人から与えられる、何でもない一言や気軽に振り撒かれる笑顔などに、全て自分も答えなくてはいけないような気がしてきた。もちろん家族とて例外ではない。特に母については入院に際して多大な迷惑をかけ、しかもことあるごとに過度の苛立ちをぶつけてしまった。口に出さないだけで、申し訳ない、とは確かに思っている。この部屋に来てからと言うもの、私の着替えや必要なものを持ってきてくれるのはいつも母だ。だから労いの言葉や母が来たことを喜ぶ返事が出来ればそれに越したことはないし、事実そうしておきたいと思う心もある。しかし、取ってしまう態度はいつもそれとは裏腹に冷たく、母を傷つけるようなものばかりだった。それでも母は優しかった。これだけ壊れている娘に対しても自分の出来ることは何かと考えしっかり世話をしてくれる。私の放つ刺のような一言一言にも、怒ることなく穏やかに受け止めて返事をする。結局は私がそれも申し訳なく感じて、自分をも不甲斐なく思い、さらに母に当たり散らす結果に終わることも多かったが。
今の私には母の優しさを受け止めるだけの強さがない。敦子の時もそうだった。優しくされるのが怖かった。私は与えられた優しさに見返りを与えられるほど出来た人間ではなかった。優しい人たちが自分に優しくする分、それに対して自分が与えられるものが何もない気がして、それを何とか否定する口実をずっと考えていた。何度も何度も考えて、それでも全く答えが出なかった。どう考えていっても結局私は、優しさすら毒に感じて自壊していく、弱虫な生き物でしかないのだと思い知らされるだけだった。
「止めてよ」
私の中の弱虫がむくむくと動きだす。心を縫うように這っていくその感覚に、全身には悪寒が走り聞こえるはずのない足音までもが聞こえてくる気がした。虫は節足動物なのに、どうして足音が聞こえるんだろうね、と今すぐ敦子に問いただしたい。彼女ならきっと上手い答えを見つけられるだろう。
「止めてよ、そういうの、気持ち悪い」
努めて冷たく、まるでヒトではないかのように、私は繰り返した。声が聞こえているはずなのに、母は少し黙っていた。なぜ怒ろうとしないのだろう。怒って私に幻滅して、もういい、好きにしろ、これからは自分で何もかもやっていけ、入院代も出さない、と一蹴してくれればどんなに楽になるのか分からないだろうか。優しさなんていらない。理不尽なくらい厳しく叱りつけて、もっと私を苦しめて欲しい。私を放っておいてほしい。そうすれば少しは自分で努力しようと言う気が起きるだろう。あるいはもう自分では何も出来ないと諦めて、誰も知らないどこかでひっそりと野垂れ死ぬかもしれない。だがいずれも自業自得の結果だから私はその運命をあっさりと受け入れる。縋るものがなければ、優しくする人がいなければ、その見返りのために苦しむことなどない。
母は知らない間に手提げや見舞品などを置いて完全に居座る体勢を作っていた。
「駄目、今日はせっかくの誕生日なんだから」
私の浴びせた冷たい言葉はまるで効果がなかった。
「って言っても、芽衣ちゃん食べ物食べられないって先生から聞いたし、許可なしには外出もできないから、誕生日でも何か特別な事なんて、あんまり出来そうにないと思うけど」
それが分かっているならなぜ母はわざわざ見舞いになど来たのだろう。母がいたところで私の気が休まるなんてことはあり得ないし、寧ろ久々の人との接触に若干緊張感すら覚えるくらいだと言うのも予想が出来たはずなのに。
「じゃあ、何か欲しいものとかないかな。ちょっと高いものでもいいよ、特別! 今日は芽衣ちゃんのために奮発しちゃう」
体をくねらせんばかりに一人で盛り上がる母を尻目に、はあ、とため息をつく。欲しいものと言われても、元から物欲に乏しい私には咄嗟に思いつくものはない。第一、小学生ならともかく、満二十歳にもなって親から誕生日プレゼント、なんて痛々しいにもほどがある。そもそも過去の誕生日を振り返って人と一緒に祝ったこと自体が、数えるほどしかない。
「あ」
そこまで考えて私は重要なことを思い出した。
「何? 欲しいもの、思いついた?」
母が意気揚々と私の顔を覗きこむ。私は動じることなく、思い出したことを述べる。
「そういえば、去年の誕生日プレゼントって、まだ家のどこかにある?」
敦子からもらった化粧品袋のことだ。ノートを見ながら思い出を振り返っていて気付いたが、彼女から貰ったものはあれが最初で最後だった。何でもいい、敦子のことを思い出せる品があるのならば、それをこの部屋に置いておきたかった。彼女が失踪した原因を知るためにノートを見てはいたが、彼女を思い出すことが出来るものは、この部屋にはいつも私の手元にある夢を綴った一冊のノートしかなかったからだ。
母は一瞬去年の誕生日プレゼントが何のことなのか分かっていないようだったが、私が「敦子からもらった奴」というと、すぐに化粧品袋だと気が付いた。
「分かった、じゃあすぐに家に帰って持ってくるよ」
「いや、そんなに急がなくてもいい」
単純に、急かすのは悪い、と思ったからだった。自宅からここまでは確か車で走って十五分はかかる。わざわざ今日中に私のところまで二往復してもらわなくても、一端家に帰って明日出直してきてくれればそれでよかった。しかし母は私の制止を意にも解さず、ベッドの周りに置いておいた手提げを肩にかけて早々に部屋を出ていく準備を整えた。
「駄目、誕生日なんだから思いっきり我が儘言いなさい」
そう言い残してさっさと白い扉の向こうに消えて行ってしまった。その言葉に反論すら許されなかった私は、母がいなくなった後の部屋で「ごめん」と小さく呟いた。
***
夏休みの旅行はその後の話し合いで東京のとある水族館に行くことになった。敦子はバイトをしていたがそれでもあまりお金は溜まらないと言うし、私も私で親に高額の旅行代をせびるのも気がひけたので、交通費もあまりかからない首都圏ということで話がまとまった。ホテルの方も、オフシーズンだったので都内でも手軽に安く予約が取れた。水族館を選んだのも、都内のアミューズメントパークは値段も高いし人も多いから、という理由だった。私も敦子も、人ごみの中ではしゃぐタイプではなかった。落ち着いた静かな場所でゆっくり時間を過ごす方が好きだった。
予想通り九月の水族館に人はほとんどいなかった。大方、七月後半から八月いっぱいにかけて休みである小学生が、水族館の主な客層なのだろう。館内は全体的に照明が少なく、フロア同士の継ぎ目接ぎ目にある僅かな空間から外の光が漏れる以外には、唯一水槽の明かりだけが頼りだった。
水槽に囲まれた青い光の中を敦子と一緒に進んだ。その途中、私たちと同世代の男女一組が熱帯魚の水槽の前で足を止めていた。人がいないのをいいことに、その男女は共に腕を組み合って同じ水槽をしげしげと眺めている。私たちが同じフロアに入っても、こちらに気づいている様子はない。
気まずくさせるのも申し訳なかったので、私は敦子と目配せをして足音を忍ばせた。敦子も分かっている、といった様子で私の前を静かに歩き始める。
敦子の歩調には躊躇いがなかった。私が何となく背後のカップルが気になって何度か振り返りするのに対して、敦子は力強い足取りで迷うことなく前に進み続けた。彼女の歩幅は妙に大きく、通路の突きあたり、先ほどの二人からは見えない位置に来るとすぐに胸を張って先を急ぐように小走りになった。
「ちょっと待って」
熱帯魚のフロアを抜けた敦子はなおも素早く館内を進んでいった。何が気にくわなかったのか分からない私はただ彼女に付いていくのに精一杯で水槽の魚たちを見る暇もなかった。
「待って」
声をかけるが敦子は止まらない。競歩でもしているのかと思うほどの速度で水槽に目もくれずに前進していく。何がどうなっているのか分からない。気まぐれ、と呼べるものならばそう呼んでもいいと思う。だがこのときの敦子の気まぐれはあまりに突発的で私には理解できなかった。敦子の背中が遠のいていく。自動ドアが開いた先は、もう建物の出口だった。建物から出れば、もう中には戻って来られない。走らないと間に合わない。
私は遂に歩いていたのでは追いつけないと悟って敦子の背に向かって走り出した。そして私を振りきらんばかりの前進を止めるべく、不規則に揺れる彼女の右手を握った。
「敦子」
驚いて敦子が振り返った。急ブレーキでもかけたかのように、前に進もうとしていた全身の運動が停止する。外に続く自動ドアから光が細く漏れて、敦子の表情を一瞬のうちに照らし出した。何か思いつめた雰囲気をそのままにして、私の声に驚いた敦子の表情がそこに見て取れた。
「敦子……大丈夫?」
我に返った敦子は、ああ、と気のない返事をしてごめん、と謝った。
「どうしたの」
「ううん、別に。何でもない。ごめん」
謝る敦子にいつものお嬢様を感じさせる気品はどこにもなかった。左手で頭を何回か掻いて、溜め息をしてから大きく息を吸い込んでいる。珍しく、敦子が取り乱していた。息を荒くし、目もどこか焦点が合っていない。握っている右手が徐々に汗ばんでくるのが分かった。大丈夫なはずがなかった。何でもないという言葉は嘘に違いなかった。どうしよう、と私は一度考え、心身喪失した敦子の手を握ったまま、肩を叩いて声をかけた。
「ちょっと早いけど、ホテル行って休んだ方がいいんじゃない」
敦子は黙って頷いた。俯いて首を垂れたままの彼女を連れて、私は建物の外へと続く自動ドアを潜り抜けた。外の空気を吸っても、敦子は暫く暗く俯いたままだった。
ホテルに到着し、フロントで鍵を受け取って敦子を部屋に案内すると、彼女はまず目に入ったダブルベッドに糸が切れた人形のように突っ伏した。、ボールが撥ねるのと同じようにベッドのスプリングが軋む音が一秒聞こえて、部屋中が静まり返る。
「大丈夫?」
私はもう一度敦子に尋ねた。個室と言う場所の効果もあってか、今度は「ちょっと辛い、かも」と先ほどとは違う反応を示してきた。何が原因かは訊くまでもない。水族館で彼女が黙って歩きだした際、あの場には同年代のカップルと思しき男女がいた。仲睦まじく肩を寄せ合い、お互いのこと以外は一切気にせずに水槽を覗きこむ二人。あの光景を見てから、突然敦子は真っ直ぐ出口を目指して歩き出した。おそらく今うなされているのは、その感情の延長だろう。何があったかは知らないが、友人が苦しんでいるのに何もしてやれないのは、私としても望むところではない。
ぐったりと頭を垂れて疲れ切ってしまった様子の敦子に、水道から水を汲んできて手渡した。ありがとう、と礼を言う前に、彼女はそれをすっかり飲み干してしまった。もう一杯汲んでベッドに運び、また水を飲み干す彼女の姿を見る。咽喉元を水が通り抜ける動きに倣って、白く薄い首の皮が力強く動く。敦子は心底気持ちよさそうに目を細め、私の提供した水を、時にコップを食むように、時に桃色の舌をちらつかせながらそれを飲み下す。黒く長い髪も首の動きに合わせて緩やかに上下を繰り返した。熱によって上気した頬にガラスを押しあてた敦子は、冷たくて、気持ち良い、と一音一音発音した後、息を漏らして静かに目を閉じた。
「ごめん、せっかくの旅行なのに」
謝られたが、私は首を横に振って応えた。
「いいよ。敦子の体の方が心配だし」
「……ごめん」
彼女は目も開けずにもう一度謝る。いいって、と押し切るとまた謝ってきそうだったので今度は黙っておくことにした。瞳を閉じた敦子の、長い睫毛が小刻みに揺れる。今仕方謝罪の言葉が放たれた薄い唇からは不定期に熱い息が漏れ、大学一年にしてはやや豊満な肉体がその呼気に合わせてゆったりと収縮を繰り返す。妙な話だが人の体をこれほど至近距離で見たのは初めてだった。ボディラインを強調するピッタリとした服のせいで、敦子の呼吸、敦子の体内の動きそのものが今私の目の前で再現されているような錯覚を覚えた。
私は無意識のうちに敦子の胸から目を逸らした。
「あのさ」
疲れているところ悪いなあ、と思いつつも、自分の中で擡げる敦子への感情を押さえ付けるには、何か言葉を発していなければならない気がした。認めがたい、許し難い何らかの熱情が、私の中で嵐となって渦を巻く。
「さっきの二人さ、どういう関係なんだろうね」
「……さあ」
それは今の敦子に対してあまりにも配慮のない言葉だった。何をしているんだ、自分は。敦子をこれ以上苦しめてどうする。自分が変な感情から逃れたいために、友人を余計に追い詰めるようなことをするなんて、最低にも程がある。
「でも」
敦子は枯れている咽喉を無理やりこじ開け、呼吸に合わせてゆっくり声を出して言った。
「私、男の人、苦手だから。男の人と、女の人が、ああいう風に、とても仲よさそうにしてるの、見ると、いつもこうなっちゃって」
いつも、なのか、とか、どういうことだろう、とか、思うところはたくさんあった。だがなぜか私の頭はそれ以上に別のところに激しく反応していた。男の人、苦手だから。敦子の口から洩れたその言葉が、何度も何度も頭の中で暴れ回って許し難いと言う通念に体当たりをする。駄目だ、と何回も否定する。何を考えているんだ、と理性が嘲笑う。相手は唯一の友人。あれだけ他人から否定され続けた自分を、他人を避け続けていた自分を信じてくれている人物。今、彼女を失えば、私が縋れるものはもう何も――
ない、と断定的な否定を下そうとした一瞬の間、突然脳裏に以前の敦子の姿が閃いた。電車の通過が終わっても尚、私の言葉をふざけて聞こえない振りをしていた敦子。私は化粧などしないのに、誕生日にわざわざ化粧品入れをプレゼントに選んだ敦子。どうしてこんなにも、私が理解できない彼女の姿は多いのだろう。それは本当に、単に彼女が自らのことを語ろうとしないせいだけなのだろうか。きっと違う。私には敦子しか信じられるものはなかったが、敦子はおそらく私がいなくなったところで困ることは最初から何もなかったからではないのか。彼女は最初から私のことを面白い夢の話をする人、としか捉えていなかった。私もそれで困ることはなかったからそのままにしておいた。だが、この友人関係に惑わされていたのはもしかしたら私だけなのではないか? 敦子には私以外にももっとたくさんの救いがあって、私が彼女と過ごしてきた時間以外にも、たくさんの面白いことを経験している。私はその、たくさんの面白い、のうちの一つでしかない。寧ろこの関係に依存していたのは私の方だけで、彼女にとっての私は特別でも何でもなかったのではないか。だとしたら、今この瞬間湧きおこる熱情を、常識と言うありきたりなもので蓋をしたところで、今後一体何になろう。遅かれ早かれ、どうせ私は捨てられるのに。
「ねえ、敦子」
気付くと私はひどく甘ったれた声で敦子の名を呼んでいた。膨張する感情の前で、冷たく私を見下ろしていた理性は既に砕け散って粉々になっていた。もうどうなったっていい。彼女との関係において、思い残すことは何もない。目の前にある彼女に、このタイミングで何を言ったところで、この後の私たちには何も影響しない。
「じゃあさ、女の人、ならどう?」
ふえ? と熱に浮かされた敦子が呂律の回らない声で応えた。瞼が開けられ、黒目がちの瞳がこちらを見る。
女の人、正確には、女の子。これを聞いて、頭のいい敦子がその裏に隠された言葉を読めないはずがない。私は彼女が横たわっているベッドに腰掛けて、飲み干されていたガラスのコップを自分の手に取り、その淵を一周、わざと舌を見せつけるようにしてゆっくりと舐め上げた。熱のせいなのか、私のしていることのせいなのか、敦子は顔を赤くしたまま呆然としていた。深い熱に染まった私には、こちらを見上げているだけのその視線すらも、ただただ愛おしい。次に出てくる言葉は何だろう。冗談でしょ、と言っていつもみたいに美しい笑顔をこちらに向けてはぐらかすだろうか。実は女の人も駄目なの、といつかの駅のホームでの会話のように寂しげな顔で断るだろうか。燃え上がる敦子への思いとは裏腹に、理性がどんどん息を吹き返して現実的な方へと思考を導く。ああ、もう私と彼女の関係はこれでお仕舞いだ。後期からは、お互いに顔を合わせても言葉一つ交わさない微妙な距離を保ちながらの生活が始まるのだ。私の救いはなくなったのだ。私のことを、これから敦子はどう他の人に言いふらすのだろうか。私はそれを受けて、これからどう過ごしていくのだろうか。
「いいよ……芽衣ちゃんなら」
だから聞こえてきた敦子の声に、私はまず耳を疑わなければならなかった。悪ふざけなどでは決してなかった。真剣に自分のほとぼりと向き合い、今後の私たちの関係と向き合い、あまつさえそれが否定された後のことでさえ、全て想像済みだったにも関わらず、いやだからこそ、私は敦子の放ったイエスの答えが信じられなかった。素直に私と敦子の思いは同じだった、などと手放しに喜べるわけもなかった。だがどういう返答を想像しても浮かんでくることのなかったその言葉が、ぐちゃぐちゃに燃えていた私の敦子に対する思いを一気に高ぶらせた。
私は腰掛けていたベッドにのし上がって横たわると、その脇に仰向けに寝そべっている敦子の体を力の限りに抱きしめた。髪の中に顔をうずめようとすると、首筋付近からピーチミントの香りがした。敦子が普段使っているシャンプーの匂いだ。熱を持った体に桃の甘い香りとミントのさわやかな香りが混じり合って、さながらミルク系の入浴剤を入れたお湯に包まれているかのような温かさを感じた。そのまま鼻の頭を敦子の肩口に押し付ける。鼻腔いっぱいに敦子の匂いがする。
「いい匂い」
呟きと共に漏れた息が首に当たったのか、敦子がビクン、と体を震わせた。背中に伸ばした腕の下から彼女の腕がそろそろと現れ、熱烈な抱擁にひくひくと筋肉を引き攣らせる私の胸の前をつっと通り抜ける。しなやかな指が私の背骨を一つ一つなぞり、腰の中心の辺りで手が止まる。か細い腕、温かな鼓動。隙間なく密着した二人の体から流れ出る脈の音が、敦子と触れ合っている体の至る所が、彼女の体温と自分の体温が溶け合って生み出された熱に飲み込まれていく。ふと顔を首から離すと、目の前に潤んだ瞳をこちらに向けた、敦子の悲しげな笑みがあった。肩に回していた手を戻して髪と頬の間に滑り込ませると、弾力のあり柔らかく瑞々しい頬が、じわりと涙に濡れていた。
私は衝動に任せてそのまま敦子の唇を奪った。優しく触れたつもりだったが何分初めてだったために変に勢いが付加されて唇より先に歯と歯がぶつかり合ってしまった。だが、敦子はそれをカバーするように唇同士が触れ合う位置まで自分の顎を引いた。初めて味わった他人の口腔の中はそれこそ水を含んだ脱脂綿のように柔らかく湿っていて、生温かい息遣いが咽喉を通して自分に伝わってくるかのようだった。私はしゃぶるように、貪るように、自分の抑えきれない感情の高ぶりを何度も敦子にぶつける。敦子もそれにこたえるかのように私の口の動きに合わせて首を左右に動かす。私たちの間にもう言葉はなかった。足がベッドのシーツを滑り、お互いの衣服が体の間ですれ合うのがもどかしい。二人分の体重を支えているベッドのスプリングが、僅かな動きにも反応してギシギシ歪む。自然と舌が絡み合い、手が着衣の間をまさぐった。止まらない熱と感情のままに、私は白い肌を薄く染める熱を逃がしてやるつもりで、敦子の服に手を掛けた。
そうして目にしたものに、私の熱は途端に寒気に成り代わった。
敦子の体には無数の青痣が浮かび上がっていた。思わず吸いつけられるようにして見た胸周りだけではない。肩も、腹も、鎖骨や肋骨周辺にも、ほぼ体の全てに見るも無残な痛々しい傷跡が残っていた。何で傷つけられたのかも不明なほどの大きな丸型の跡。今も完全には治癒しておらず、どこか赤みを孕んでいるように見える点々としたカサブタ。その一つだけでも、常人を震え上がらせるのには十分なはずのインパクトにも関わらず、敦子はその全てを自分の体に色濃く刻んでいた。
私が硬直していると、敦子はまだ熱を放出しきっていない体を自分の手で覆って、少し気まずそうに目を逸らした。上半身下着のまま体をベッドに横たえている彼女は、呆然とする私に「ごめん」と声をかけてゆっくり起き上がった。
「さっき、男の人が苦手って言ってたでしょ。その理由が、これ」
どういうことなのか、と追求するまでもなかった。敦子は私が脱がせた自分の服を、寒いからちょっと着させてね、と元通りに着直すと、ベッドの端に腰かけてふう、と一息ついた。
「長い話だからどこから話せばいいかわからないけど、とりあえず、最初から、でいいかな」
同意を求めるようにこちらを横目で見やった敦子に、私ははっとして頷き返した。
敦子の話は確かに信じられないほど長かった。一方的に話されていたのではなく、ところどころ分からないところに説明を求めながら聞いていたせいもあるが、とにかく全て聞き終えたときには、高い空にあった太陽が西のビルの向こう側に沈みかけるほどに時間が経過していた。そしてその後、寂しかったんだよ、私、誰かに触れていてほしかったんだよ、と言い募って泣いた敦子と共にその夜眠り、何度も二人で夜中目を覚まして笑いあったのが私たちの最後の思い出になった。
私が起床したとき、既に隣にいた敦子はどこかに姿を消していた。部屋のベッドスタンドには一泊二日分の宿泊代が入った封筒と、ごめんね、と書かれた紙が一枚置かれていただけだった。
敦子には母親がいなかった。なぜかは本人にも分からない。物心ついた時から父親と二人暮らしで、敦子自身も母親がいないのが当たり前だと思って過ごしていた。父親は無口で、幼い敦子を託児所に預けてはほぼ毎日仕事に繰り出し、黙々と、淡々と家事をこなした。だが父親は我が子であるはずの敦子に対しても異常なほど関心がなかった。敦子が託児所で楽しかったことなどを話しても、父親は冷めた目つきで何も言わずに見返してきただけだった。「今日ね、先生とお友達と一緒に、折り紙、折ったの」父親は一言も発することなく、それを無視する。「先生からお手紙。お父さんに、見せてって」父親はそれを受け取りはした。だが一読すると、すぐにその紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱の中に放り込んだ。どうしたの、と尋ねても父親は何も答えなかった。父は無機質な機械のように、家事と仕事だけに打ち込み、その合間に自分を育てているように、敦子は感じていた。いつしか敦子の中には底知れない父親への不信感が溜まり積もっていった。
何を言っても反応しない父に反発してか、年を重ねるごとに敦子は物事をきっぱりと言う性格になっていった。同い年の子供たちの相談にも自分の意見をストレートに返し、揉め事とあらば時に体を張った喧嘩も厭わなかった。
だが小学校六年生になったある時、そうした揉め事の間で敦子を「片親のくせに」と罵った子供がいた。敦子はそれに酷く傷ついて、泣きながら帰って来た。相変わらず、父はそんな自分の姿を見ても、清々しいほどに反応を示さない。思わず、敦子はその日の食卓で父に尋ねた。
「ねえ、何でうちにはお母さんがいないの」
駄目元だった。どうせ答えてくれないだろうな、と敦子は思っていた。だが父はそんな敦子の予想とは全く異なった態度を示した。手に持っていた食器を卓の上に置いて、突然手近にあった熱い味噌汁を茶碗ごと敦子に投げつけたのだ。
ガラスが割れるような音がした。何があったのか、敦子には一瞬分からなかった。だが次の瞬間顔を上げると、普段は温厚とまではいかずとも黙っているだけの父親が、目元を冷たげにしたまま眉間に皺を寄せていた。そして腹に味噌汁をぶちまけたまま呆気にとられている敦子の襟首を掴んで立たせると、有らん限りの力で彼女を前方に突き飛ばした。狭い部屋だった。隅にあったテレビ台に背中をぶつけ、敦子は肩と肋骨の間に深い痛みを感じた。だがそれだけでは留まらず、父親は転倒した反動と痛みで動けない敦子を二、三度蹴り飛ばして、上から体重を掛けるように胸を踏みつぶした。痛覚が麻痺しそうなほどの圧力が、肺に空気を送り込むことさえも困難にする。
その時敦子は、もう二度と母のことについては父には尋ねまい、と思った。母親のことを知りたい、父に何か話してもらいたい、という気持ちはあったが、これほどまでに父を豹変させてしまう要因を、父親本人に尋ねても何も言ってはくれないだろうし、また殴られるだけだろう。これだけ苦しい思いをするならば、そんなことはもうどうでもいい。父のことも、触らぬ神に祟りなしと思って構わないようにしよう。
だが翌日から、敦子の父は暴徒と化した。敦子がどんなに接触を避けようとしても、父は顔を合わせただけで暴力を振るうようになったのだった。何が気にくわないのか敦子自身にはさっぱり分からない。逆らった覚えも、気まずくなった覚えもないのに、父は遮二無二自分を殴りつける。表情はいつも冷たかった。理不尽な暴力は日に日にエスカレートし、一週間経つ頃には刃物で体を傷つけられることも珍しくはなくなった。泣いても喚いても、父は許してくれない。仕舞いには、突き飛ばされた衝撃で箪笥の角にぶつかり、顎と頭の骨の接合部がずれ込んで右耳の調子が悪くなった。気まぐれに何度も殴られた。本当に嫌になった時は学校からまっすぐ家に帰らず、出来る限り長く友人の家に居座った。帰ると再び何も言われずに暴行された。幸いな事に度重なる暴力のうちでも顔だけは傷つけられなかったが、それも後から考えれば、周囲に通報されるのを防ぐための父の計算だったのだろう。
何度も殴った後、父はいつも冷ややかにぼろぼろになった敦子を見つめていた。色のない瞳にはその後ろにある感情も一切読み取れない。敦子はそれがとても恐ろしく、ある程度分別が付くと父親と距離を置きたい心理も働いて応答は全て丁寧語で行うようになった。殴られて、蹴り飛ばされて、「申し訳ございません」と謝る。毎日がその繰り返し。父親は暴力に疲れ果てると一言、「お前さえ生まれて来なければ」と実の娘に対して吐き捨て、不貞腐れたように床につくのだった。
幼い頃から暴力を振るわれてはいたが、敦子はそれを誰かに告発しようと思うことは全くなかった。慣れ切ってしまったせいもあるのかもしれない、だがそれ以上に、父親から受ける暴力から比べれば、同じ学年の子供から受けるいじめや嫌がらせが苦ではなくなったためであろう。中学生の頃には、学年全体が狂気に飲み込まれたように皆他人を罵り合った。だが所詮そんなもの、生きていることなどつまらないと嘯く連中の可愛い御遊びに過ぎない。敦子自身も下駄箱の中にカエルの死骸が大量に詰まったことがあったが、彼女にとってそれは、カエルが入っているのか、以上の感想を何も抱かせなかった。中学生の大半は、死にたいなどと言っていても、本当に身の危険を感じて死に瀕したことなどない。日常的に「お前さえ生まれてこなければ」などと生きる意味を否定されることもない。
生きる意味を否定され、本当に自分は生まれてきてはいけないのだと思い込むことが、その頃の敦子にはしばしばあった。父親は、死ね、とは言ってこなかったが、生まれてこなければよかったのに、とはほぼ毎日のように言ってきた。生きる意味なんて、敦子には最初から与えられていなかったようなものだった。誰にも求められない、誰にも肯定されない茨のような道を、孤独に耐えながらひたすら進むしかなかった。いつしか敦子は人生に意味を見出すことを止め、物事の意味を探ることそのものを放棄することにした。相変わらず父親の気まぐれな殴打は続いていた。普段父から受けている暴行のことを思えば、高々カエルの死骸が百匹や二百匹、下駄箱に入れられているくらいでは驚きもしない。この世の中で最も恐ろしいものは父親だという意識が、敦子を追いつめもしたし、同時に強くもした。
高校生になると、放課後の時間を部活の代わりにファミレスのバイトに当てることにした。ある程度社会に慣れておくため、という理由を立ててはいたが、実際にはバイトで帰宅時間を遅らせて父親と対面する時間を減らすのが目的だった。バイトの給料は、全額没収されるかと思ったが、特に厳しく言われなかったので自分で取っておくことにした。金の工面については、父親の仕事が続いていたからあまり心配なかったようだった。敦子の養育には全く興味がなかったはずなのに、父親はなぜか学費だけはきちんと払い続けていた。大学に行きたいと告げた時も、別に反対もされず、応援もされなかったが金だけは必ず用意されていた。
バイトから帰ってくると父親は既に寝ていることが多かった。敦子の目論見通り、高校の間に父が暴力を振るうことは少なくなった。しかし今度は別の問題が敦子を苛んだ。それは寝ている間に見る夢の内容だった。現実での暴力が止まったと思った矢先、敦子は父親に暴行される夢を毎晩のように見るようになった。夢の中でも父は敦子を冷淡に見降ろし、殴ったり蹴ったり、さらには実際には手を出さなかった顔にまで危害を加えるようになっていた。やはりどんなに謝っても、父は許してくれなかった。敦子はそれからというもの、夜中に何度も目を覚まして気が休まらない眠りに心身を疲れ果てさせることになった。目を覚まして父親に気づかれるとまた酷く殴られたので、敦子は毎日家の中で気を張り続けていたのだった。
***
出会ってから、あの旅行の夜に彼女が自身の過去を打ち明けるまでずっと、私は敦子のことを完全に誤解していた。彼女は私にとっての唯一であったと思っていたが、私は彼女にとっての唯一ではないと思い込んでいた。それゆえに私は敦子に一方的な不信感を抱き、一方的な思いを募らせ、一方的に彼女に触れることになったのに、敦子はそんな行動の安定しない私に対しても丁寧に今までの経緯を説明してくれた。
彼女は何と優しかったのだろう。自分がどんなに追い詰められても、私を受け入れるだけの心の余裕を失っていなかった。だが私はそれを無下にしてしまった。彼女の苦しみに気づくことが出来なかった。そう考えて、また死にたい、という言葉が浮かんだ。
あの話を聞いて今までのことを顧みると、不信感を持っていた敦子の行動を自分なりに理解できた。彼女が私に近づいたのは、高校の時から見ている暴力を振るう父親の夢が、私の見る悪夢に親近感を覚えたから。首切り包丁の話を振った時に、何度も聞こえない、と言ったのは、父親のことを思い出したくなかったから。彼女は虐待の影響で右耳が遠くなっていた、とも言っていたから、もしかしたら最初に電車が向かい側を走った時には、本当に聞こえていなかったのかもしれない。さらに言うならば、あのとき敦子が生きる意味などないと断言したことも、今となっては十分納得がいく話だ。それから、私の誕生日に、プレゼントを渡そうとしていた敦子にかかってきていた電話。敦子はバイトの人かと尋ねると頷いていたが、その前後の敦子の態度から考えれば、あの電話はおそらく敦子の父親からのものだったのだろう。
一つ一つにその場で適当にごまかしていたのは、全て彼女の家庭環境を隠すためだったのだ。彼女は誰にも言えずに一人で父親の暴力を隠し通していた。精いっぱいの笑顔を振りまいていた。
それが分かってから私の敦子への様々な思いは断ち切れたかのように思えた。だがいろいろと考えてみても、一つだけ今尚どうしても分からないことがあった。自分でも、今更何を考えているのだ、とは思う。もう敦子はいない。もう敦子がどうであっても、その後の彼女がどうなろうとも、私には関係ない。彼女との関係を意識し続ける必要もない。それなのに、私はその一つの問いが解けないがために、敦子が失踪した今尚何度も彼女との思い出を振り返ってしまっている。敦子のことが頭から離れない。彼女が自分を信じきっていたということが、信じられない。
いつしか私は敦子のことを考える間に睡眠を忘れ、食事を忘れ、生きる意味そのものも失い、あらゆることに対する行動力がなくなっていった。だから未だ疑心暗鬼な状態で白い病院の白い一室で敦子との思い出を何度も振り返らねばならず、そのために大学を休学しさえしている。私にはもう、そのたった一つの疑問を解消する以外に生きる力を取り戻せない。
敦子はあれだけ自分のことを赤裸々したにもかかわらず、あの旅行の日、何も言わずに消えてしまった。それはなぜだったのか。なぜ黙っていなくなる必要があったのか――私にはまだ、それだけがどうしても理解できない。
気付いたら誕生日から二日が経過していた。あの日、母が持ってきた例の化粧品袋は、ベッドのすぐ側に置いてある箪笥の中に、ノートと一緒に仕舞っておくことにした。それは両方とも、大事な敦子との思い出だ。一つの疑問を解くためだけに、この部屋に半年以上いる私にとっては、なくてはならないし、なくしてはならないものだ。思い出を思い出すときに、手元にあればそれでいい。
相変わらず、食べ物が咽喉を通らず、毎日夢は見ているのに眠れない日々が続いていた。体も精神も疲労がピークに達し、意味もなく死にたいと思い、ベッドに横たわると自然と瞳から涙がこぼれた。一方的に敦子を解釈する、それを今日もまたひたすらに繰り返す。彼女が消えた理由が分かるまで、彼女が無言であった理由が分かるまで。ただ一つの執着を頼りに私は何度もノートを読む。内容は、全て私の夢が書かれているものだが、そこからいくらでも敦子との思い出は蘇る。脳を洗う夢ならば、一緒に食堂でラーメンを食べていたことへ。首切り包丁で体を切断される夢ならば、ホームで人生の意味を議論したことへ。レポートを書いている途中にパソコンが壊れた夢なら、携帯の連絡と誕生日のプレゼント、それに付属した、あの旅行の日のこと全部。その他にも敦子に関連する夢の何もかもが、映写機で古い映画を見ているかのように、生き生きと私の目の前に広がる。そしてその中から、私はまた敦子が消えた理由を探しに出る。そうやって、私の一日はあっという間に終わる。
今日も一通りの振り返りが終わり、またなぜ敦子はいなくなったのか、という疑問に辿りついた時だった。ベッドに体を横たえていると、脇にあった箪笥に目が止まった。私にはまだ必要がないが、あのとき敦子は化粧品の説明をしていたな、と思い当り、自然と手がその箪笥に向かっていった。
中から取り出した化粧品袋は、全く使用していなかったためもあってあの時と同じ弁当箱を入れるにはやや深いくらいの正確な直方体のままだった。表面のプラスチックには皺一つなく、四隅もしっかり形を保ち続けている。それだけ見ていると、あれからもう一年経ったという事実が本当に信じられない。敦子との思い出は今も色褪せることなくこうして存在しているというのに、時間は水が流れるように私たちの前を過ぎ去ってしまう。
私は結局一度も使うことなく置き去りにされていた化粧品袋のジッパーを、おもむろに開いた。ポケットだらけの中身も寸分違わずあの時のままだった。どこに何を入れるのかは、もう覚えていない。意味もなくジッパーを開け閉めし、いくつものポケットの中を漁ってみた。何もない。望まれた道具が何一つ入らないまま、化粧品袋は内側の黒いナイロンをぽっかりと露出させたまま、こちらを見るばかりだ。
化粧品の類を何も持っていない私に、なぜ敦子はこんなものを送ったのだろうか。彼女は言っていた。世の中で唯一意味を持つものがあるとするならば、それは道具であると。では用途を為さない道具の意味は何なのか。例えばこの化粧品袋のように、中身に入れるものが何もない道具に、道具としての価値が見出せるのか。何日か前に時計を解体したのを思い出す。あいつは私が針をむしり取ってやったおかげで、時を刻むと言う役割を失い、道具としての存在意義を失った。ではこの化粧品袋は? 敦子からあの日私に手渡されたことにより、化粧品を入れるという役割を果たせずに存在意味を失っている、ということになるのだろうか。それが分かっているなら、なぜ敦子は私にこれを手渡したのだろう。
私は化粧品袋のあらゆるポケットに詰められそうなものを詰められるだけ突っ込んでみることにした。きっかけは、ただの戯れだった。何も入れられずに袋としての機能さえ失うくらいなら、何でもいいから入れてみた方がまだこの袋も浮かばれることだろうと、それだけだった。目に付く限りのいろいろなものを、手当たり次第に化粧品袋に入れていった。棚に入っていた鉛筆、昨日捨てたティッシュ、布団からはみ出ていた羽毛、なぜか残されていた洗濯バサミ、死んだ蜘蛛、青いリボン、抜けた髪の毛。詰めていくと、今まで用途を失っていた化粧品袋のポケットが一つ一つ埋まっていった。パンパンになっていく化粧品袋を、余すことなく使い切ってやろう、と思い私はあらゆるポケットを探り返していった。その途中、今まで目に付かなかったところにポケットがあるのに気付いた。直方体の中でも底面に当たる部分の裏側。ナイロンとプラスチックとの間を隔てるところに、なぜか大きな隙間があった。
そんなところに化粧品を入れるようには思えなかったが、私は中に何も入っていない事を確認するためにとりあえずそこに手を入れた。すると予想に反して右中指のあたりに尖った感触が伝わって来た。驚いて外側のプラスチック面からそこをさすってみる。何やらでこぼこした触り心地がした。不思議に思って袋の中に入れた方の手を、尖った感触の方へさらに進める。出っ張った部分を見つけたので、指でそれを摘んでからすぐさま手を引き抜いた。出てきたのは小さく折りたたまれた数枚の紙だった。
中には形のよい細かな字がたくさん並んでいた。突然出てきた手紙自体に、私は全く見覚えがなかった。だがその手紙の字と、手紙から漂うピーチミントの香りだけは、どうあっても忘れるはずがなかった。手紙の主は、敦子だった。胸が突然高鳴って、紙を持つ手が自然と震えた。文字を読む目が無意識のうちに震え、何度も手紙の上を滑って、私は酷く取り乱した。
取り乱したまま、私は手紙を黙って読んだ。
芽衣ちゃんへ
この手紙に芽衣ちゃんが気づくのはいつになるかな。普段芽衣ちゃんはお化粧をしないから、そう簡単にはこの手紙も見つからないと思うんだけど、簡単に見つかっちゃったらちょっと私も困る。何せ今はこの先のことなんか全くわからないし、ここに書くことがこれから全部うまくいくとも限らない。一応、予定っていう意味でこれを書いておいて、私の身に何かあったときにこれを芽衣ちゃんが見つけてくれれば、それが一番いい見つかり方なんだけどね。でもまあ、何もないうちに見つけられたら、その時はこれに関連した今までのいきさつも含めて、全部芽衣ちゃんに話すよ。だから私の身にその何かが起こるのが先か、芽衣ちゃんがこれを見つけるのが先か。ちょっとした競争ってことね。こういうのもたまには面白いでしょ?
さて。
まだ話してないと思うけど、実は私、ちょっとした理由で高校一年の時からバイトしてるの。普通、高校生がバイトする理由って言ったら、就職に備えて社会勉強のためだとか、大学に通うための学費を稼ぐためだとか、そういう感じだろうけど、見てのとおり私は大学に進学して就職はまだ先だし、そのためだったら寧ろバイトなんかしないで勉強してた方が絶対負担は軽いよね。先に言っておくと大学の費用を稼ぐためでもないの。うちは父親の仕事がそこそこいい線いってるらしいから、お金に困ってるわけじゃないから。
じゃあどうして私は勉強と両立しなくちゃならないのにわざわざバイトなんかしてたのか。
実はね、中学の時からずっと、お金が貯まったら家出しよう、って思ってたんだ。
理由は話し始めると長くなるから割愛するけど、とにかく家出するためにはお金が必要だったのね。高校生がバイトして貯められるお金なんて高が知れてたけど、三年間必死で働いて稼いだお金を全部貯金に回したら、結構な額になったよ。ついでに大学生になって塾講のバイトも増やしたら、芽衣ちゃんと遊べる分くらいのお金も出来た。これはその浮いた分のお金で買ったものだから、貰ったこと自体はあんまり気にしないで。単に私から芽衣ちゃんへ、形の残るものがあげたかっただけだから。
で、その家出なんだけど、さすがに未成年が家出するためにはいくつか乗り越えなきゃいけない問題があった。
まず家出するタイミングね。
やっぱり家出する以上は、親に見つかっちゃったら意味ない。自分がいなくなったときに親にどこ行ったか悟られるようじゃ駄目なのね。となると、ふらっと大学に行ってそのまま帰って来ない、なんて状況なら、探すとなるといつもの行動範囲である大学とかバイト先とかに限定して話をされるでしょう。それじゃあすぐに見つかっちゃう。もっと活動範囲を限定されないタイミングで家出をする必要がある、とそこまで考えていつにしようか迷ったのね。まあ、私がいなくなったところでうちの親が捜しに出るかどうかは分からないけど、一応、念には念を入れて、ってことで。
次に、学校にはどう説明すればいいのかってこと。
ただこれは、授業料収めてるのが親だって言うだけだから、私だけの問題にするならいっそのこと休み続けてるだけってことにしちゃえばいいのかもしれない。正式な退学は親を介してやらなくちゃいけないだろうけど、そのときどうせ私はいないだろうから。
最後に、これが一番の問題だけど、家出したあとに何を頼りに生きていけばいいのか、ってこと。
とりあえず、家を出てその後暫く食べていけるだけのお金は稼げたけど、さすがにそれにプラスして寝る場所を作り続けるのは難しいだろうと判断してね。保証人の問題もあるし、家出した先では大学入学した事実なんてなくなって高卒って扱いになっちゃうから、きっと単純にいろいろと不利だよ。契約の時に「辞めるつもりなら何で大学入ったの?」なんて、どうでもいいこと聞かれちゃったりして。そこまでしなきゃいけない理由は、こっちにだっていろいろあるんだけどね。でもまあ、これもどうすればいいのか、結論はまだ出てない。思いつくか、実際行動してみてから考えようと思うけど、どうだろうね、やっぱ不安は多いよ。
きっとこれだけ並べると、芽衣ちゃんは、じゃあそんなことするくらいなら卒業まで大学いた方がいいだろうと説得するかもね。でも私はもう本当に限界なんだ。もう二度と、あの家には帰りたくない。家に帰る度に、今日はどんなことがあるんだろう、なんて身を震わせながら気を張ってるのには疲れちゃったんだよ。ごめんね、こんな言い方で。よく分からないよね。仕方ないと思う。いろいろあるんだ、すごい、いろいろ。
でもね、こうは言ってるけど、大学まで来られたこと自体には本当に感謝してるよ。
だって芽衣ちゃんに会えたんだもん。今までで一番私のことを信じてくれて、一緒にいてくれる、そんな人がいるってことが、大学生になってやっと分かったんだもん。
私、今まで全然人を信じられなかった。見た目だけは笑顔で取り繕ってたけど、それでもどこか心の中で人を疑ってたの。怖かった。他人と馴れ合って、突き放されるのがすごく怖くて、そのせいでどんどん人から遠ざかってる気がした。
でも大学で芽衣ちゃんと出会って、自分とすごく近いものを感じたんだよね。……って何かこう改まって書くと、すごい恥ずかしいけどさ。とにかく信じてるんだよ、芽衣ちゃんのこと。だからこんなこと打ち明ける気になったの。そういう人、今までいなかったからね。
じゃあ直接言ってほしかった、なんて思うかもしれないけど、最初に書いた通り、今までの家出の話はね、全部予定に過ぎないから。もし途中で失敗した、なんてことになったら、それこそ芽衣ちゃんにいらない心配かけちゃうことになるでしょ? 私の個人的な問題に、芽衣ちゃんを巻き込むわけにはいかないもの。大切な人に心配をかけたくない、って思うのは、誰でもきっと一緒だと思うから。知っておいてほしかったって言うのも事実で、心配掛けたくなかったっていうのも事実。矛盾してるね。自分勝手なのも、重々承知。けど、そういう色んなこと考えてこの手紙を書いてるってことを、何となくだけど分かってもらえたら、嬉しいな。いつかこれが芽衣ちゃんに読まれて、その時芽衣ちゃんが、ああそういえばそんな子がいたな、って思いだしてくれたら、私はそれだけでよかったと思えると思う。
じゃあ、いずれ読まれると信じて、私はこれをプレゼントの中に隠すことにします。運が良ければ、離れ離れになった後でも、どこかで会えるかも知れないね。その時は、また一緒にご飯でも食べながら、芽衣ちゃんの夢の話が聞きたいな。今度は私の夢の話もするよ。その頃にはきっと、今とは違う夢が見られると思うから。
手紙の文末には、手紙を書いたと思われる日付と敦子の名前が書かれていた。
私は手紙を一気に三、四回読み返した。そしてようやく、あの旅行の日に敦子が何も言わずに消えた理由が分かった。
あの日、彼女はまだ私がこの手紙を見つけてなかったことを言葉の端々から悟ったのだ。悟っておいてあえて、そのことを口にしなかった。敦子は人に尋ねられたことはきっぱり返すが、自分のしたことを能動的に話すタイプではない。きっと、いつか私がこの手紙を見つけてくれると、最後まで信じていたのだろう。そして手紙を隠したことそのものを隠すには、あの日あの時でなくてはならなかった家出のタイミングの話も、全て隠す必要があった。それについて、彼女はただひたすらに謝る以外の方法がなかった。何も説明できない自分の癖に対して「ごめんね」と一言、謝罪の言葉を書き置きしておくしかなかったのだ。
一体、私は敦子の何を理解していたというのだろうか。手紙の文字が、私に静かに問いかけていた。
私は敦子に対して大きな誤解をしていた。それはあの旅行の日で終わったものではなかった。何も言わなかった敦子を訝しがって、学校まで休んで、疑心暗鬼になっていたのは、私が敦子のことを最後まで信じ切れなかった。ごめんなさい、と謝るのは、本当は私の方だった。敦子は最初から、私を疑ってなどいなかった。私よりもずっと優しく、ずっと純粋にこの関係を続けていた。それを私は一方的に疑った。あれだけ自分のことを全て話した彼女に尚も疑いをかけ、その後も何者も信じられず、優しさが怖いなどと、近い距離が怖いなどと、人を信用することさえも自分自身で否定し続けて。
二人の関係を信用できなかったのは、本当は私の方だったのだ。
瞳の奥から熱いものが込み上げてきた。それはいつものようにさらさらと、熱帯魚の餌のように私の頬を伝わっていて、相変わらず悲しさから出て来るものではなかった。だが今はもっと別の感情が、後悔や自責や虚しさをひっくるめた感情の全部が、心の器に入りきらなくなってポロポロこぼれ出しているかのようだった。飽和した感情はとめどなく溢れ、ひたすら私の顔を汚した。
ごめんなさい、ごめんなさい、敦子。敦子に縋っていたかったのは私の方だった。その癖最後まで信じてあげられなくてごめんなさい。辛くて苦しい中を、敦子が必死で生きようとしているのに、簡単に死にたいなんて言ってしまった。ごめんなさい。自分に甘えて、ごめんなさい。甘えてることに酔って、ごめんなさい。何度謝っても足りない。私のしたことは、決して許されることではない。
何度も何度も、考えうる限りの罪を浮かべて、私は敦子に謝った。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと、嗚咽を漏らして叫び続けた。泣いて涙が零れる度に、それを拭おうと懸命に腕を顔に押し当てた。心がつぶれてしまいそうだった。でもおそらく、それは敦子の望むことではない。敦子は手紙の最後に書いていた。自分のことで私に心配をかけたくないと。やはり最後まで、私のことを思ってくれていた。私が潰れてしまうのは、敦子にとっての不幸であり、私にとっての甘えなのだ。今まで散々甘えてきて、これからもそれに甘んじようなんて考えるのは、それこそ何の意味も持たない。それは誰も幸せになどしない。
生きよう、と突然、私の脳裏に言葉が浮かんだ。泣いたままの私に、そうだ、私は生きなくてはならない、と肯定の声が聞こえた。敦子のためにも、自分のためにも、大学に戻って真っ当な生活を送ろう。声はどこからするのでもなかった。私の中の全てが、私を肯定してくれていた。数日前に解体した時計が、解体される前の姿の状態で、私の瞼の裏に現れた。全ての針が元通りになった、存在する意味のある時計。もう動くたびに言葉を掛けてきたりなどはしない。ただ純粋に、与えられた目的を忠実に再現し続ける、どこにでもある普通の時計だ。
敦子、遠回りになったけど、私には一つ分かったことがあった。語りかけると、敦子は「何? 芽衣ちゃん」と優しく応えてくれるだろう。でももう私に、彼女の助言は必要ない。
私は決めた。敦子がいなくても、普通に学校に通って、普通に食べたり、眠ったり、遊んだりして、日常を過ごすのだと。彼女は人生に意味なんてない、と言ったけれども、やはり私には人生の意味が必要だと思う。その意味を見出すためにまず為さなければならないことが、元の生活に戻って、楽しく日常を過ごすこと。敦子のためにも、私自身のためにも、人生の意味とは違うけれども、それは必要だと思う。
そしていつか、もっと私が成長して、今までのことを全部、謝罪のためでもなく、自責のためでもなく、懐かしく、ただ懐かしく語ることが出来るようになったら、その時は、敦子を迎えに行こう。どこにいるか今は見当もつかないけど、運が良ければきっと、どんな広いところからでも、探し出せると思う。
私はベッドから立ち上がって力強くスリッパに足を突っ込んだ。病室の床と擦れる度にスリッパはパタパタと音を立てた。ナースコールはどこかな、と軽い足取りで部屋の中を探して回った。あれだけ肌身離さず持っていた大学ノートは、もうこの手の中にはない。これからは、どこかの箪笥の中で夢も見ないくらいぐっすりと眠ることになるだろう。