
諸君、私はバレンタインデーという行事が嫌いだ。
二月の上旬、道行けばチョコレートを売りさばくお菓子屋が目に入り、どこもかしこもバレンタインバレンタインと騒ぎ、ここぞとばかりにCMはチョコの宣伝し、ニュースは売れ筋のお菓子屋を紹介する。ピンク色の空気を放ちまくる浮足立った恋人連れの人々。毎日毎日誰にあげるだの誰にもらいたいだの、お返しは何にしようかなだの、あいつにあげるチョコは安くない、ホワイトデーには三倍にして返してもらうだの、ちっとも実用的でない会話。義理チョコだの友チョコだの自分チョコだの、無駄に多種多様なネーミング。世の中のスイーツ大好きなありとあらゆる連中がここぞとばかりにチョコレートを大量購入し、見知った者に徹底的にばらまきたがる行事。それがバレンタイン。高々知り合いにチョコレートをプレゼントする、それだけのために、国全体が総力を結集して菓子の宣伝をしたがる、無駄に労力を使うだけの大々的なイベントが毎年必ずやってくる。そしてこの日、どこかで必ずこう言うものがいるのだ。「ハッピーバレンタイン!」
さてこれを聞いて、諸君はどう思うか。私はこう思う。馬鹿野郎、何がハッピーバレンタインだ、と。
バレンタインデーにハッピーもバッドも何もあったものではない。バレンタインデーはバレンタインデーであり、それどころか他の日と同じ、三百六十五日ある一年うちのたった一日でしかない。この日は単なる二月十四日であり、そもそもバレンタインデーなどと名付けること自体が間違いなのである。二月十四日は、二月十四日でいいではないか。わざわざお菓子会社の陰謀に国を挙げて乗らずとも、一カ月以上前から今年は誰にチョコレートをあげようか、などと思案しなくても、二月十四日が二月十四日として来てくれればそれだけでいい話なのである。何を好き好んでこんなイベントに多額の金を投入する必要があろうか。バレンタインに一喜一憂しているのは一部の暇人だけだ。打ち込めるような趣味もなく、自慢できるような素晴らしい経験をしているわけでもない、イベントごとにしか現を抜かせないかわいそうで頭の弱い連中だ。だからこの、二月十四日をバレンタインデーなどと呼んでいる連中は、まるまる全部そういうイベント好きのかわいそうな奴ら、と認識して一向に構わない。事実、私もそうするつもりである。
そんな頭の弱い連中に、私のこういった発想を聞かせると必ずこう言われる。そうか、お前には恋人がいないもんな、好きな人もいないもんな、そうかそうか、学生のうちからこんな一年に一回の大イベントに参加できないなんて、何とかわいそうな奴、ほら、かわいそうなお前にも、私からチョコをやるよ、これで元気出せよ、と。
馬鹿にするのも大概にしてほしい。私は別に恋人や思い人がいないからという理由でバレンタインデーが嫌いなのではない。そんな僻みったらしい、惨めな理由でこのしょうもないイベントが嫌いなわけではない。何の意味もないただの二月十四日をバレンタインデーと勝手に意識し、下手にチョコレートを買いまくって他人にばらまく、その行為とミーハーなイベント感覚が嫌いなのだ。イベント自体が嫌いなのであって、イベントに乗りたくても乗れない脳内で不埒な妄想ばかりしている連中とも違う。意味のない行事に乗るほど私は暇ではない、ということだ。結果として乗るか乗らないか、ではない。そもそも乗りたくないだけだ。だから常にイベントに乗り気の連中に恋人だの思い人だのがいないという理由で私がバレンタインデー反対派だと勘違いされるのは釈然としないものがある。が、何度言ってもなぜかこの考えは周囲の者には理解して貰えない。必ず、そりゃあ恋愛が楽しめないのならバレンタインデーも楽しめんだろ、とかわいそうな奴扱いされてしまう。そして毎回慰めとばかりにチョコを貰うのだ。この考え方の相違から生まれるチョコレートのほろ苦さと言ったら、何と皮肉で屈辱的なことか。まあ、私の周りはバレンタインデーの存在自体に疑問を持つものがいないから仕方ないのかもしれないが。
それはともかく、これで私が如何にバレンタインデーという行事が嫌いか、ということがご理解いただけたかと思う。いや、例え今理解していただけなかったとしても、時期が来ればそのうち分かるようになる。二月の上旬、あの道行けばいつも視界に入るチョコレート菓子の看板を見るようになれば、自ずとバレンタインと言う行事に嫌悪感を催すようになるだろう。重ねて言うが私は決して恋人や思い人がいないからバレンタインデーが嫌いなわけではない。大枚はたいてチョコを買い、それをばらまくのが嫌いなだけだ。出来ることなら日本国内からこの行事を取り除いてやりたいとすら思っている。いや、日本全土でなくてもいい。せめて私の住む町からだけでも、この行事を消滅させたい。
そう思案した挙句、私はとある結論に至った。そうだ、二月の十四日、この日からバレンタインというイメージを消し去るためには、この日に何か事件が起きればいい。それもバレンタインデーが原因となるようなものがいい。そうすれば、人びとはバレンタインデーに責任を押し付けて、二度とこんな行事をしようとは考えなくなるだろう。とすれば、何か一発派手な事件をお見舞いしてやろう。それがいい。
かくして、私は今年のバレンタインの日、バレンタインにちなんだ無差別テロを起こしてやることを決意した。この日記には、そのテロが成功した折、警察が証拠品として押収出来るようにあらかじめテロの経緯とその心境を克明に記録しておくものである。捕まったところで特に未練もないのでいっそのこと最初からこういうものを準備しておこうと思った次第だ。計画実行までにどの程度の時間がかかるかは分からないが、二月十四日はもう目の前だ。急いで手段を考えねばなるまい。
***
「あ、私、バレンタインデーとか嫌いなんで」
とある二月の昼休み。バレンタインデーの話題に盛り上がる同期の女の子にぴしゃりと放った私の一言が、一緒にお弁当を食べていた彼女たちのそれまでの空気を突然凍りつかせた。社員食堂の空気は相変わらずお昼の緩慢で呑気な気だるさに満ちている。その中で、私たちのグループの座る席だけが一瞬、ほんの一瞬だけ、異質なものへと変化した。
またこの反応か、と思う間もなかった。寧ろまあ当然だろう、くらいにしか思わなかった。差し詰め彼女たちは「何を言ってるんだ、こいつは」とでも思っているのだろう。眉間に浮かぶ露骨な皺がそれを包み隠さず表わしてくれている。私はそれに対して何とも思うことはない。順当に考えるならばまず、会話の空気を壊してしまったことを反省すべきなのだろうが、壊れることを予期していながら発言したのだからそもそも省みられることがない。それが常識的な彼女たちにとっては余計に不自然なのだろう。今度は「何か補足をしてくれないか」とやや焦っている感じに見える。だが私はそういうことを全て分かっていながら、あえて彼女たちを無視し続ける。
この時期になると必ず聞かれる「今年のバレンタインデーは誰にチョコをあげようか」という質問を、私は毎年こう言って掻い潜る。「私、バレンタインデー嫌いなんで。そういう質問されても、興味ないから困るだけなんで」これだけ聞くととても冷たい人間のように思われるかもしれないが、嫌いなものは嫌いなのだから仕方ない。別に社員との関係が悪いわけでも、社内で私が浮いているということもない。だからこれを言ったところで私の社内での地位が変わるようなことはまずないのだが、言われた方があまり気持ち良くないのは容易に想像がつく。言うならば賑やかに談笑していた中で唐突に刃物を突き付けられたようなものだ。しかも、その刃物は切れ味がなかなか鋭い。「止めてよ」や、「どうしてそんなこと言うの」などと言えばバッサリ斬って捨てられそうな殺気さえ感じる。逃れられるものなら逃れたいが、油断をしたり刃向ったりすればさらに斬りこまれるだろうから、迂闊に自ら動くこともできない。相手の出方を伺うしかない。
というわけで、今年のバレンタインデーも彼女たちは例年同様の反応で私の言葉を聞いている。何秒か経つと「ああ……」と唸るような声で戸惑いを露わにして視線を他の女の子たちと交互に合わせる。
「ああ、うん、ああ、そうだったね、うん」
「ごめんごめん、あたしたちちょっと浮かれちゃってさあ、陽子の気持ちも考えず……もう、亜美が今年のチョコは圭吾君が本命! なんていうから」
「え、ちょっと、私のせい?」
亜美が狼狽して二人の間で声を荒げる。二人は亜美を茶化すようにして「もう、ほんと空気読んでよね」などとまるで他人事のような顔をしている。亜美はそれを聞いてやや脹れっ面になり、じゃあもう知りません、とそっぽを向いてしまった。うん、そういう態度はなかなか可愛いと思うよ、それならきっと圭吾君も落ちるんじゃないかな、などと、思ってはいても言ってはやらない。亜美が圭吾君と結ばれようが結ばれまいが、そんなこと私には関係ない。そんなことよりも早くバレンタインデーが何事もなく過ぎ去ってくれることを祈るばかりだ。
私は三人が尚もはしゃぎ続ける傍らで「ごちそうさま」と一人席を立った。食べ終わったキツネうどんのドンブリと箸を綺麗に揃えて、お盆を持ち上げる。三人は会話に夢中でどうやら私に気づいていない様子だ。まあそれならそれでよかろう。さて、この後の予定は何だっただろうか。とりあえず食器を片づけてから、スケジュールを確認してみよう。確か火曜日までに仕上げなければいけない案件が一つと、木曜日までに目を通しておいてくれと言われた書類が二種類あったような気がしたが。次の会議はいつだっただろう。
考えながら食器を片づけて、社員食堂を後にした。上着の内ポケットの中に手を突っ込んで、黒い皮で表面を覆われたスケジュール帳を取り出す。今日は二月の九日、次の会議は明後日、十一日。そして、今週末の十四日が、東京に出張だ。カレンダーの十四日の欄に「東京」と書いてあり、その下の元々書いてあった文字が黒く塗りつぶされている。
ここに何が書いてあったか、など、今更思い出そうとするまでもない。
私にとってバレンタインデーなど、仕事をする上で非常に邪魔なイベントでしかない、ということだ。同僚は皆浮足立ってチョコレートとお菓子の会話しかしないし、「今年は誰にチョコをあげるの」と聞いてくる。いつもは仕事を振りまくってくる部長や課長などの上司も、休憩時間中に女性社員がバレンタインデーの話題で盛り上がっていると「君はどうかね」などとわざとらしく私に話を振ってくる。
馬鹿馬鹿しい。何が悲しくて大の大人が一年に一度、チョコの交換なんかしなくてはいけないのだろう。
そんなことに現をぬかしている暇があったら、さっさと仕事を片付けたいのに、とはよく思う。私には上から振られた仕事が山ほどある。スケジュール帳は、毎日書きこんで行っても全然足りないくらいにスペースが使いこまれているし、出張も他の社員よりも多い気がする。今月のサービス残業は月始まってからまだ二週間も経ってないのに優に五十時間を超え、既に何日か徹夜もした。入社以来睡眠時間も削る怒涛の日々。仕事漬けの生活。しかも、最悪な事にこれだけ仕事をしているのに他の社員と給料はほとんど変わらない。労働のための労働を、ひたすらに繰り返すばかりで、それでも、私は一つ一つ仕事を潰していく以外の生き方を知らない。どんなに辛くても、他のこと――例えば趣味とか――に熱中できるような好奇心を、私は持ち合わせていないのだ。
だから本来であれば、私はバレンタインデーに限らず世の中のイベントを全て無視したいくらいなのである。が、殊バレンタインデーに関しては、無視するより先に面倒くさいという感情が勝る。もちろん無視したいと言う気持ちも無きにしも非ずだし、そうできるなら既にやっている。それより面倒が勝ると言うのは、つまり、バレンタインデーは周囲の盛り上がり方が尋常ではなく、私が無視するかしないかに関係なく巻き添えを食らう、ということだ。私が如何に巧みにこのイベントを避けて通ったとしても、寧ろイベントの方から私を追いかけて来るのである。これを面倒くさいと言わずして何と言おう。
だからこそ、私は世の中に是非とも宣言したい。バレンタインデーなどという無駄なイベントを即刻中止し、皆二月十四日は粛々と仕事に精を出すことに集中しろ、と。そうすれば二月十四日を迎えるための準備の時間も仕事に費やすことができるし、当のイベント当日も何事もないから仕事が滞りなく進む。あれだけ政治に関して「税金の無駄をなくせ」としつこいほどに言っている世の中ならば、この提案に賛成するのが当り前だろう。出来ることならば似たような理由で無理やり私たち仕事人を巻きこもうとするクリスマスにも同じ憂き目に遭っていただきたい。イベントを口実に不純異性交遊を行なおうとする世の中の不届きな男女など、根絶やしにしてしまえばいい。
そんなことを考えながら甘ったるい空気を垂れ流す社内の廊下をずんずん進み、自分のデスクに戻った。今日の昼休みは実に短かった。しかも妙に肩肘が張った。部署のデスクでは文字通り机を覆い尽くすほどの書類が私を出迎えた。さて、まずはこの書類に目を通して、必要な部分に押捺しなくては。
その時、ちょうど、胸ポケットに入れていた携帯のバイブレーションが作動した。電話だ。誰からだろうと、フラップを開く。得意先だったらスリーコール以内に応答しなくてはならない決まりがあるので一瞬焦ったが、ディスプレイにあったのは母親の名前だった。職場にまで連絡してくるとは何事かと思い、今度は別の意味で焦った。まさか、病気で倒れた、などではあるまいな。
「もしもし」
通話ボタンを押して、とりあえずそう声をかける。んあ、と間抜けた声が聞こえて、すぐに大丈夫だろうか、と心臓が撥ねる。
「ああ、陽子、元気かい」
だが輪郭のぼんやりした声で、いつも通りの平凡な応答が返ってきて、ひとまず良からぬ知らせではなさそうだ、と安堵する。母はもう七十近い。喋り方も覚束ないから、電話口にいてちゃんとした声が出なくても、いつも通り、という場合が多い。杞憂で済んだなら何よりだ。
「元気元気。ていうか今仕事中だから。職場にまで電話掛けてこないでって」
「お前、前に携帯だったらええゆうてたやないの」
「そう言う問題じゃないって」
母は電話口でははは、と快活に笑う。母との会話はいつもこうだ。どことなく言っていることがかみ合わなくて取り乱してしまう。話に収拾がつかなくなる前に、本題を聞きださねば。
「それで、今日は何なの」
ややぶっきらぼうとも取れるような呆れた声で言う。母はああ、うん、と相槌を打って明日の夕食の献立を告げるような口ぶりで話す。
「あんた今度さあ、東京行くってゆうてたやろ」
「ああ、まあ、行くって言っても出張だけど」
「ほんでなあ、今テレビでおいしそうなチョコ売ってる店が東京の駅にあるって聞いてな、買って来てもらおう思うたん」
仕事中に買い物の連絡。しかも場所は東京、二月の十四日、チョコレート。まさか、とは思ったが、おそらくそのまさかだろう。
「何でもバレンタイン特集らしいてなあ。東京にはおいしいもんが仰山ある、っていっとったで」
やっぱりか、と何だか残念な気持ちさえしてくる。振りほどいても振りほどいても追いかけまわされている気分になる。なぜこうもバレンタインは付きまとうのか。母の言葉は続く。
「都会の若い子ってええねえ、あんなおいしそうなもんいくらでも買っていくらでも食べられるんやろ。若いもんはああいうのをバレンタインにプレゼントして好みの男を捕まえるんやて。ええなあ、羨ましいなあ。男も女も楽しそうやんか。若ければあたしもああいうことしたかったわあ。そうそう、そろそろあんたもいい加減嫁の貰い手探さんとアカンで。女は若いうちが花やって。で、今年はああいうのに挑戦してみたらええと思うねんけど。どや、誰かあげてみたい人とかおらんのか」
やはり私にとって、あのイベントほど忌々しいものはない。
***
この世界にいる、彼女いない歴=年齢の成人男子たちよ。今君たちは、おそらく俺と同じような思いを胸中に抱き、苦悶し、絶望し、女性の巡りの悪さ、そして何より己が能力とルックスの欠如に、世の中とは何と不公平に出来ているのだろうと思っているのではないだろうか。そうだ、その通りだ、世の中と言うのは実に不公平にできているものなのだ。イケメンと呼ばれる諸兄たちには、俺たち毒男のこの一日に対する辛辣な気持などわかるまい。町を行けば目に付くカップル、店に入れば聞こえてくるラブソング、時たま会う友人と語り合えば「お前、今年のバレンタインこそ彼女作れよ」と約束される。あの辛辣な気持ちを、惨めな気持ちを、イケメンが理解できるはずなどないのだ。他愛のない日常生活にカメレオンの如く上手く溶け込んだそれらの刺に、俺たちがどれほど傷つけられてきたことか。どれほどの何気ない一言一言が針となって、俺たちの心をチクチクと蝕んでいったことか。我らが同士、毒男よ。傷を舐め合い、自分に絶望し、何もかも諦めていた、君たちだからこそ、今年のバレンタインデーは立ちあがらねばならないだろう。この忌々しき二月十四日の世の中に、粛清をもたらしてやろうではないか!
……などと、偉そうに掲示板に書き込んでみたはいいものの、所詮こんなもの、バレンタインデー嫉妬派のダメ男が意気揚々と自分の言いたいことを言っているにすぎない事を、俺は重々承知している。何かを叫んだところで何も変わらない。寧ろそれがいいのだ。何も変わらないからこそ、安心して本音が語れるのだ。
部屋で一日パソコンに向かうだけの日々を続けて早一年になる。こんな俺でも大学を出るまではそこそこ良い人生を送っていた。なぜかって、そんなの勉強してればどうにかなったからに決まっている。学生の間は勉強していい成績さえ取っていればどんな奴だろうとちやほやされるものだ。そのために女が寄ってきたこともあった。だが、ちやほやされていた割に今まで一度も恋人が出来たことはない。自分自身が面倒臭がりで他人の相手ができなかったから、という理由もあるが、一番は俺の運の悪さのせいだ。
俺はバレンタインデーが嫌いだ。嫌いと言うか、忌々しいものだとさえ思っている。俺の人生は、バレンタインデーの日に限って、碌な事がない。
小学二年生の頃に、寒い日だったにも関わらず半袖の体育着しか持っておらず、仕方がないからそれを着て長距離マラソンをこなしていた。翌日は授業参観を控えていたのに、そのせいで風邪を引いて出席できなかった。せっかく親が休みを取ってくれたと言うのに、風邪を引いて苦しかったのに、本当は親の前で良いところを見せるつもりが逆に説教される羽目になった。中学の頃はランニング大会がこの日にあって、走り始め早々に石に躓いて転んで骨折をし、病院に運ばれた。完治するまで二カ月と少しかかる結構なひびが入っていた。大学受験の第一志望の合格発表も、二月の十四日だった。といえばそろそろ予想がつくだろうか。もちろん不合格だった。
ちなみになぜかこれほど碌な事が起こっていないにもかかわらず、バレンタインデーのメインであるチョコレートに関しては何の思い出もない。一度も貰った経験がないのだ。ある意味それが忌々しいと言えば忌々しいのかもしれないが、そんなことを気にする余裕がないほどこの日には碌な事が起きない。最早俺にはバレンタインデーが忌々しいのか、二月十四日が忌々しいのか判断が付かないほどだ。しかしそんなことよりもまず、どうしてこれほどまでに運がないのか、その理由が知りたい。
さらに言うならばここ二年間の二月十四日はさらにひどかった。大学三年の秋、就職活動を始めて暫くの後に内定を見事獲得することが出来たにもかかわらず、それが冬には取り消しになった。言うまでもなく、取り消しになったのが二月の十四日だった。そして職のないまま大学四年になり、単位は足りている、あとは卒論を提出すれば卒業は出来る、というところまで来て、一人暮らしのアパートを留守にした最中に、隣部屋から出た小火で卒論のデータが入ったパソコンごと部屋が燃えてしまった。そこまで来るともう何かの陰謀を疑いたくなる域だった。俺は二月十四日に呪われているのだと、そう思いたくなるような経験ばかりしてきた。
他にも語ろうと思えば物心付いてからの二十三回分の二月十四日を語ることが出来るのだが、それよりも重大なことが今、俺の身には迫っている。
即ち、今年もまた例外なく二月十四日がやってくる、ということだ。
一年のうちに二月十四日と言う日が必ず存在しているのは、もう避けられない事実であるから仕方がない。問題は、この不可避の一日で碌でもないことが起きないようにするためにはどうすればいいのか、と言う点にある。
そこで俺は考えた。もしや何事かを為しとけようと俺が前進しようとすると、それを阻むように二月十四日が訪れ、碌な事が起きないのではないか、と。例えば大学三年の時の就活や、四年の時の卒論などは、俺が前に進もうとしたからそれらが全て消え失せる、などということが起きたのであって、ならばそれを逆手にとり、俺が何かをしようとさえしなければ、不幸な事故も起きることはないのではないか。
これに気付いたのが、去年の三月の初旬だった。就職先もなく、大学も卒業できなくなった俺に唯一残されたのは、惰性で生きて平和な二月十四日を迎える、それだけだった。もしかしたらこの考え自体が、何も出来なくなった自分を弁護するために俺自身がでっち上げた妄想に過ぎないのかもしれなかったが、もし仮にそうだとしても、どうせ俺が失うものは何もない。忌々しいと感じてきた二月十四日を何事もなく過ごす、それだけのために一年を棒に振る。暇つぶしにはちょうどいいし、試してみる価値は十分にあった。
そして俺は来るべき次の年の二月十四日、バレンタインデーのために、何もしない生活を始めた。
今まで齧りつくしてきた親の脛をさらに齧り続ける日々。働け、バイトをしろ、就活しろと喚き立てる母を無視して、自室で一日中パソコンと向き合い、ネットに溺れる毎日。ゲーム、食事、暇つぶし。時々掲示板等を見に行って交流らしきことをしてみたりもしたが、それも所詮電話線一本の繋がり。生産性と言う生産性を一切介さない不毛なバーチャル人間関係。二月十四日を平凡に過ごす、ただそれだけのために、この同情も憐れみも干渉もない、生ぬるいトークで慣れ合うだけの薄い触れ合いを、俺は一年近く続けてきた。
そして今年もバレンタインが間近に迫る。俺はあれからずっと引きこもり続け、生産的なことを何一つせず、だらだらと日常を過ごした。そして今日、どうでもいいなあ、と思いながら、掲示板にバレンタイン嫉妬組を呷るような文句を並べ立ててみた。何も変わらないだろう、と思いながらも、何となく。理由は、暇つぶしだ。
しかし昼食用にカップラーメンを食べてネットゲームをした後、再び掲示板を見てみると、予想外にもこれに反応してきた奴がいた。
そいつはハンドルネームこそないものの、自分は学生だと名乗り、あなたの投稿を見て奮い立ち、自分も反バレンタイン活動に参加したくなった、と書きこんでいた。正しく言うと、自分もバレンタインの日に東京の駅で行動を起こすので、あなたも頑張ってください、という内容だった。ネタなのか本当なのかわからないあたりが胡散臭いと言えば胡散臭い。
どこのコピペだかもわからないようなこんなものを見て反応してくるとはよほどの暇人か、それともよほど頭の弱い奴なのか、と俺はまた例の無気力感でそのやる気に満ち溢れる文字列に生温かい視線を送っていたが、その書き込みにやけに具体性に満ちた部分があることに気が付いた。
東京の駅、という記述だ。その他は個人を特定したり事件を起こすとは明確に言ってなかったのに、東京の駅で活動する、というところだけが、ピントの合わない写真の中で一つだけくっきりと映る被写体のように文字列から浮いて見えた。常識的に考えれば、何かの事件を起こしたいならこんな所に書きこまず、直接当日ことを起こすか、あるいは場所を特定されないように隠しておくのではないだろうか。では、だとしたらバレンタインの日に、こいつが東京の駅で何かを起こそうとしているのは事実なのだろうか。
俺の脳裏に嫌な予感が過ぎった。この一年間を棒に振ってまで二月十四日に事なきを得ようとしていたはずなのに、また何かに巻き込まれそうな気がしていた。しかし俺にもう失うものなど、何もないはず。これ以上事件に巻き込まれて、次に俺が失うものがあるとするならば、それは一体何だろう。
奇妙な好奇心が俺を突き動かそうとしていた。今までの無気力が嘘であったかのように、この日、東京の駅に行ったみたい、という気になって来た。何、大丈夫、東京の駅と一口に言っても、東京には地下鉄からモノレールまで多種多様な電車があり、一つの路線に限っても相当数の駅数がある。万が一、バレンタインデーに東京の駅に足を運んだとしても、この学生が現れる駅を引き当てるのは至難の業だ。あれだけの駅の数ならば当たるはずがない。
そうだ、当たるはずがないのだ。出かけたとしても、何事もなく終わるに違いない。起こるかどうかも分からないことをそこまで心配する必要はない。行きたいと感じたらなら、行けばいいだけの話ではないか。
俺は唐突に思いついた。決めた。今年のバレンタインデーは駅に行ってみることにしよう。何が起こるかは未知数だが、案外何も起こらず平凡に過ごせるかもしれない。確かに今までは最悪な事ばかりが起きていたが、果たしてそれが本当に必然的に俺の周りで起こるものだったのかどうかというのは、もう分からないかもしれないから。もし今年また嫌な事が起きたら、来年からこそ態度を改めよう。今年の二月十四日が、今後の行動を決めるための見極め、ということにすればいい。
暇つぶしだが、もう一ついい口実が出来た。運だめしだ。
***
来た、遂にこの日がやって来た。二月の十四日、バレンタインデー。世の人々は皆浮かれて、チョコを知り合いに渡しまくる日。そしてそのどさくさにまぎれて、私の偉大な計画をいよいよ実行に移す日。
ここまでの準備は一向に抜かりない。慎重にことを運び、人びとを大混乱に陥れるための用意はすんでいる。とはいえ、計画の実行中に邪魔が入ってしまうのでは意味がない。最後まであくまで冷静に、物事を完遂することが大事なのである。
計画の全貌はこうだ。バレンタインデー気分で浮かれている街の人々に、いかにもバレンタインデーのお菓子屋という感じを装ってコンビニ等でよく売っている一つ十円のチョコレートを配布する。その中にはちょっとした爆薬みたいなものを仕込んだ。だから何も知らない人々が口に入れるそれが唾液と反応を起こして小爆発を起こす。爆発と言っても、ドカン、という感じではなく、せいぜい舌の上でパチパチいう程度だ。もちろん人々の体に直ちに影響を与えるような効果はない。しかしバレンタインデーに配布されているお菓子を食べてちょっと嫌な気分にすることができる。私としては、それが狙いなのだ。
いわゆるチョコレートを使った無差別テロ。これによって、何となくバレンタインデーが嫌なものだと感じる人が増えればいいと言う魂胆だ。最初のうちは本物の爆薬やら毒やらを仕込んでやろうかとも思っていたが、それではちょっとしたジョークでは済まなくなる。さすがにそこまで私もバレンタインデーのことを忌み嫌っているわけではない。
さて、午前十時の東京駅には続々と人が集まってきていた。バスケット一杯に入れた仕込みチョコレート、もとい、テロルチョコレートを、これから誰に渡していこうか。そういえば、先日、とあるネット上の掲示板で私と似たような考えを持って活動しようとしていた男性を見かけた。果たして、彼も今私と同じくバレンタインデーに一矢報いるものとして、どこかで活動しているのだろうか。
そんなことを考えていると、ちょうど目の前を、髪の長い美しい女性が通りかかった。背筋がピンと伸びていて、いかにも大企業のOL、キャリアウーマンといった出で立ち。そうだ、まずは彼女を標的とすることにしよう。きっと、チョコレートを食べた後は、あの薄化粧を施した顔をしかめて良い反応をしてくれるに違いない。私は左手に抱えたバスケットに手を突っ込んだ。大量にあるテロルチョコレートのうちの一粒を摘んで、標的に定めた女性に近づく。そして空気を勢いよく切って進む肩を叩き、「お姉さんお姉さん、これ、どうぞ」と声をかけた。
***
東京駅に着いたのは午前十時頃だった。名古屋から新幹線のぞみに乗って約二時間。東海道新幹線の改札を出て駅構内を見渡すと、さすが関東一の大都会東京といったところだろうか、そこら中に人がごった返していた。少しでも気を抜くと道行く人々と肩をぶつけあってしまいそうだ。
「それにしても……」
と私は一人呟く。胸元から携帯電話を取り出して、来る時に確認してきたメールボックスを、もう一度開く。先頭にあるのは今日行く予定だった得意先からの連絡。その内容は、予定していた会議の時間が二時間ほど遅れる、申し訳ない、というもの。
はあ、と思いがけずため息が出る。まさか普段時間にうるさい取引相手がこの日に限って二時間も時間をずらしてくるなんて、思ってもみなかった。気分が悪い理由はそれだけにとどまらない。駅内は見れば見るほどバレンタイン一色。日ごろからお菓子を売っている店にはもちろん、通路にすらその買い物客と思しき人々がずらりと列を作っている。せっかくこの日を仕事で忘れようとしていたにもかかわらず、運悪く時間がずれてしまったために、この浮かれ気分の駅構内で時間を潰さなくてはならなくなった。
はあ、ともう一度ため息をつく。見れば見るほど嫌気がさしてくる構内のせいで仕事に向けて高まっていた志気が一気に冷めていくのが分かった。嫌ならコンコースから逃れて改札付近でおしゃれな料理屋にでも入り、少し高めのランチでも頼んでゆっくりすればいいのだろうかとも考えたが、朝食にしても昼食にしても時間としては中途半端だし、バレンタインデー特別メニューなどを拵えている場所にうっかり入ってまた不快な気分にさせられるのも癪だ。加えてこの辺りではカップルも多そうで、一人者がゆっくり出来そうな場所というのを探すのさえ面倒に思われた。
仕方がないのでせめてこの空気からは逃れよう、と思い、私は足を進めることにした。道行く人々は皆チョコレートの看板に目を奪われている。親子連れ、女子高生、カップル、仲のよさそうな老夫婦と言った人々が、長い列を作ってチョコレートを買うためにいそいそ肩を寄せ合っている。実に不愉快極まりない。
そういえば、とそれを見ていて思い出した。考えてみれば母から東京のバレンタインチョコを買って来てくれないか、と頼まれていたのだ。あのときはバレンタインデーに託けてお前もそろそろ婿を貰ったらどうだと勧められていたせいでいらいらしていたが、母も母で私に会えない事が寂しいのかもしれない。時間もあることだし、どうせならその土産を選ぶのに苦心すべきか。行く場所もないのだから丁度いい、さっさと買い物を済ませてしまおう。
私はいくつもある長い列の最後尾に向けて歩き出そうとした。が、その直後、背後から肩を叩かれるのに気付いた。決心を付けた後の不意打ちに、思わず身体を固くする。一瞬振り返るのが遅れた。
「お姉さん、お姉さん、これ、どうぞ」
振り返るよりも先にそんな声がしたと思うと、背後に全く知らない青年がいた。バレンタインデーのこの人だかりに対応して店側が雇った学生のアルバイトだろうか、白いエプロンを身にまといパティシエを模した帽子を被って、手にはチョコレートのたくさん入ったバスケットを持っている。そのうちの一つを手に取り、さあさあ、という具合に私に向かって突き出している。コンビニなどでよく売っている小さいチョコレート。これといって市販のものと変わったところはなさそうだ。行列を詫びてのサービスか何かだろうか。
「これ」
が、唐突に差し出されたものだから貰っていいのかどうか、少し躊躇われる。そうこうしているとそのアルバイトらしき人物は、サービスですから、と言ってチョコを無理に渡そうと手を広げる。
「あいや、でも私」
「さあさあさあ」
制止も聞かずに詰め寄られ、やや息が詰まった。サービスとは言っているがこれではほとんど押しつけではないか。私はまたいつもの思考に陥った。ああもう、本当に。
「これだからバレンタインは嫌いなんだよ!」
私が心の中で叫ぶのを代弁するかのような声が背後から突風のように飛びこんでくる。何事か、と思い、声のした方を振り向く。そこには細身で不健康そうな男がいた。年頃は大学生かその少し上、二十代前半というところだろうか。緑のコートに身を包み、黒いバッグを背負って猫背にとぼとぼ歩く。彼は公の場で思わず大声を出してしまったことを恥じることなく、何やらいきり立った様子で歯を食いしばっている。一体何があったというのか。
隣で私にチョコレートを勧めていたパティシエ風のアルバイトも唖然とした様子で彼をぼんやりと眺めていた。バスケットのチョコレートはまだ大量にある。その中に、渡そうとしていたチョコレートが音もなく落ちて行った。東京の人は少しぐらい人が叫んでいても完全に無視して気後れしないと聞いていたが、このアルバイトはどうやらそのような人々とは違うようだ。もしかしたら田舎の出身なのかもしれない。
「あ、すみません、お姉さん」
が、そう思ったのもつかの間だった。アルバイトは一瞬のうちにもとの笑顔に戻ると、もう一度チョコレートを掴んだ。
「いやはや、私としたことが。バレンタインデーが嫌い、なんて言葉に思わず手を止めてしまいました。申し訳ないです」
バイトはちょっと首を下げると恭しく手を差し出し、再度その上に乗っている小さな一粒を勧めてきた。
「あ」
一瞬遅れて、その手を見た。一粒のチョコレートがこちらを見返している。先ほどの悲鳴がなぜか耳にまた木霊する。「バレンタインデーなんか嫌いだ」そうだ、いつもの私ならば、いつもの仕事ばかりしている私ならば、きっともっとはっきり、他人に引かれてしまうの承知で余裕の構えを見せつけるはずではないか。それこそ先ほど構内で叫んでいた男のように、人目もはばからず叫べるほどに。勢いに流されるなんてもっての外だ。なぜそんな簡単なことをためらう必要があったのだろうか。
「あ、いえ」
たじろいでバイトの差し出すチョコレートを手で遮った。これが意思表示、とでも言わんばかりに。
「私も、バレンタイン嫌いなので。チョコレートは、お土産のためにしか買いません」
背筋を伸ばして、バイトにチョコレートを突き返す。唖然としているパティシエ姿のバイトは少し固まっていたが、「はあ、そうですか」と言って私の前を離れ、どこかへとぼとぼ歩きだした。諦めた、のだろうか。あれだけたくさんあったバスケットのチョコレート、これからどうするのだろう。そんなことを考えつつも、バイトからチョコレートを貰ってやろうなどという気は、とても起きなかった。これから私は、母の買い物のためにやや高級そうなチョコレートを見繕いに店を数件回らなくてはならない。甘ったるいチョコレートの試食コーナーをいくつも巡るのだ。
チョコレート専門店は東京駅の周辺にいくつもある。また関東一の大都市の中心、東京駅の内部にも地下と地上、それぞれのフロアにお土産売り場や食事処が軒を連ね、とにかく食べる分、買う分には全く不自由がない。私はそのうち在来線の改札から出ない範囲で土産のチョコレートが買えそうな良い店がないかを探した。バレンタインデーのせいもあり、どの店もショーケースの中では鮮やかなセロファンが眩しい。曲がり角では菓子屋からの差し金だろう、出店のお姉さんが道行く人々にかわいらしい笑顔を振りまいている。並ぶチョコレートは、どの店でも高級で目新しいものばかりだ。さすがは首都東京、といったところだろうか。
三件目の店を巡り、多種多様なチョコレートの中から母が好みそうなものを品定めし、四件目の店に移ろうとした時だった。
「あ」
「……っと」
不注意で後ろにいた人とぶつかりそうになってしまった。ただでさえ歩きにくい駅構内にバレンタインデーとあって、人がごった返しているのだから無理もない。人口密度の多い場所はこれだから移動しにくい。混雑した菓子屋では一歩進むごとに人にぶつかる。
「あ、すみませ……」
私は咄嗟に後ろにいた人に会釈しながら謝った。その人影にどうにも決まり悪そうに俯いて「あ、いえ」と返す。だがそこで私ははた、と、その人物に既視感を抱いた。前かがみに顔を突き出しチョコレートを覗く姿は、不健康そうな猫背。黒のバッグを背負い緑色のコートを羽織った出で立ちはまさしく先ほど大声で「バレンタインなんて嫌いだ」と叫んでいた青年その人だ。青年は買い物客に押し流されて、私とは逆の方へと進んでいく。抗う気力も体力もないようだ。なぜあんなことをしておいて、こんな場所にいるのか。一体どういうつもりなのだろう。
私はチョコレートを買う客の列を抜け出して、彼の動向を目で追った。流されるままに流され続ける男はただただ暗い目をしていた。まるで自暴自棄にでもなったかのように体から気力という気力を垂れ流し、ひたすら前かがみになったままガラスの中のチョコレートを見ている男。その姿は、まるで生きる気力を失い絶望しきった浮浪者のようにも見えた。そういえば、以前誰かが、今日東京の駅で無差別テロが起こるかもよ、と噂していたのを耳にしたことがあった。何でもバレンタインデーによくない印象を持っている輩が、ネットの掲示板に妙な書きこみをしていたとのことだ。嫌な予感がした。まさかこの男、そのテロの首謀者などではあるまい。
私は気付くと彼に、待って、と声を掛けてしまっていた。今にも死にそうで土気色の顔がくるりとこちらを向き、やせ細って瞼が落ちきった瞳が、私を捉えた。
***
――東京駅、午前十時、依然変化なし。
あのネタなのかネタじゃないのかよく分からない掲示板の書き込みで運試しをするべく、俺は実に一年ぶりに家の敷地から足を踏み出し東京駅に来ていた。東京の駅など五万とあるが、東京駅を選んだのは単に自宅から一番近いからだった。高々今日という日の運試しのために、わざわざ遠くの駅にまで足を運ぶのは面倒だった。
駅には一時間くらい前に到着した。思ったとおりバレンタインデーに目のくらんだ連中がそこら中に散らばっていた。よくもまあ、毎度毎度こんなところまでチョコレートのためだけにやってくるものだ。暇にも程がある。せっかくの時間なのだからもっと有効に使えばいい――と、一年近くニートをしていた俺がいっても全く説得力がないので止めておこう。とにかく今は、例の書き込みをした自称学生らしき人物を探し出すことが第一だ。
俺は乗りもしないのに一番安い在来線の切符を券売機で買って駅の改札内に入った。そのあと何度も駅構内を行ったり来たりしてみたが、学生らしき人影はあれどそのなかにテロを起こしそうな陰を持った人物はない。皆平和そうにチョコレートを買いあさるばかりだった。掲示板の書き込みにはテロに関しての詳細な情報は、東京の駅、ということ以外に何もない。考えてみればこうして探し回っていても、掲示板に書き込みをしたであろう学生がいつテロを起こすのかも、俺は知らない。見つけ出にはそれ相応の情報が必要だというのに。
今更ながらに俺は自分の認識の甘さを実感させられるに至った。同時に今日ここに来るまでのモチベーションであった好奇心の芽がゆるゆると萎えていくのを感じていた。つまらない、とそう思った。確かにテロが起きないというのであればそれに越したことはないだろう。そこは安堵し、よかったと受け入れるべき事実である。だが同時にそれは実につまらない。俺はこの二月十四日に毎年災難を受けてきて、この日を忌み嫌っている。そしてこの二月十四日が俺だけでなく他人にも忌むべきものとして植え付けられることを、あの書き込みを見た時に実はうっすら期待していたのだ。最初は運だめしとだけ思っていたが、何だかんだここに来てみたら何も起こらないことより何か起こることを期待していた。それが今、このとき、何も起こらないことを、つまらない、と思ってしまった理由だった。
一時間東京駅を彷徨ってみたが特に何の発見も得られなかった俺はあと一周だけしたら諦めて素直に家に帰ろうと思った。あまりにも確率が低すぎた。ただ一つ、東京の駅で学生がこの日にテロを起こす、という情報だけを頼りに、何を浮かれていたのだろう、と目が覚めたのだった。八重洲口の方から新幹線フォームの近くを巡り、近くの菓子屋を見る。学生らしき人影と言えば、そこでバスケット片手にOLにチョコレートを勧めているパティシエ姿のバイトと、その周辺にたむろする客くらいだ。平和な光景。テロらしき影はどこにもない。
と、その時、足元で小さい包みのようなものが動くのが見えた。
「……と?」
何事かと思い靴の先端を見る。よくコンビニなどで売っている一粒十円のチョコレートが転がっていた。味は、ミルクキャラメル。どこかの誰かが、うっかり買い物袋から落としたのだろうか。
俺は一瞬まじまじとそれを見て何となく拾わなくてはいけない気になってしまい、駅の通路の真ん中でしゃがみこんだ。親指と人差し指で茶色い包みを摘みあげると、まだ落としてから間もないのか、きれいな直方体形を変形させることもなく手に収まった。
俺は周りを見た。煌びやかな装飾に包まれた駅構内はバレンタインムード一色である。落とされた十円チョコ。これも一応、チョコレートの一種だよな、と思って俺はなぜかそこでチョコの包み紙を開け、口の中にそれを放り込んだ。
道端に落ちているものを拾って食べてはいけません、というのは親が幼稚園生にきつく言って聞かせる言葉の一つではあるが、俺は大学を卒業した今になって初めて、それを破った。チョコレートの形の良い直方体を左の奥歯でかみ砕き、にちゃにちゃと咀嚼する。ミルクとキャラメルの絶妙なコンビネーション。甘さを絡めあう二つの菓子。何度噛みしめても分離することはない。キャラメルがチョコレートにまとわりつきチョコレートがキャラメルを溶かす。滑らかなキャラメルは味覚を刺激しさらなる甘美へと蠱惑する。舌先から感ずるは人肌のごとき柔らかさ。それがより脳に与える糖質を、もっと、と求めさせる。麻薬的な陶酔。思わず我を忘れそうになる――と思った次の瞬間、不意に、電流が走るような痺れに舌が震えた。
「ん、うっ……!」
思わず吐き出してしまいそうになるがそれをぐっとこらえる。何だ、これは。ただのチョコレートじゃない。醤油と砂糖と、トウガラシと、その他さまざまなものが混ざっていそうな不釣り合いな味覚の主張。先ほどまでの甘い思い出は消え失せ、ひたすらに甘味、酸味、苦味が交互に押し寄せる。まるでチョコレートの皮を被った、薬品。そんな想像が頭を過ぎる。破壊し尽くされる味蕾に身悶えながらも、俺はそのチョコレートを何とか無理やり、咽喉の奥に押し込んだ。
「くあ……はあ」
いや、寧ろ飲んでしまった。なぜか飲みこんでしまった。チェックの厳しい日本の生産ラインでは、何を作るにせよほとんど欠陥品は出ないと聞く。ではあれは何だ。先ほどのチョコレートは一体何が入っていた? それも分からずになぜ飲み込んだ? 飲み込んでしまった? もし本当に変な薬品がチョコレートの皮を被っていただけだったらどうする。そう思うと唐突に恐怖が込み上げてきた。いちいち忙しい自分の感情の変動に目眩がする。ぐらり、と揺らぐ意思と理性。これは罰か。ああそうだ。道端にあるものを勝手に拾って食べた罰か。そうか罰か、今までの罰か。一年間耐えてきたのに家から出てしまった、妙な好奇心への罰だ、そうに決まっている。罰だ。
頭に去来するは今日の日付。周囲の騒音。手に持ったチョコレートの包み紙の感覚。今日は何の日か。問われるまでもない。そうだ、今日は二月十四日。年に一度の厄日。これだから。
「これだからバレンタインは嫌いなんだよ!」
あらん限りの声を尽くして叫んでやった。周りの人々が何事かと視線を向ける。チョコの販売に興じていた婦人、携帯電話片手に走り去ろうとしていたビジネスマン。それらの発する雑音という雑音が、皆俺の発した声に反応して一瞬、水の中に沈んだかのような沈黙のうちに閉ざされた。わずかばかり時が止まった。だが一秒後にはまた、駅構内は喧騒を取り戻した。
俺はそのあとただ、流されるままに歩いた。ただぼんやりと歩いた。どこの店とも分からない菓子屋の列に紛れてただ時間を潰した。思わず出てしまった先ほどの叫びを、何とかして忘れたかったのもあるが、それ以上に今は何もかもどうでもよくなってしまってただ漫然と、気の赴くままに歩みを進めるばかりだった。家に帰ることも考えたが今更帰ったところで何もすることがない。また一年間パソコンの前で引きこもりの生活を続けるだけだ。なにせ今日、道に落ちていたチョコレートを食べたことで、二月十四日が確実に俺にとっての厄日であることが分かったのだから。
流れ流され続けて俺はいつの間にか三件目の菓子屋の列に並んでいた。目の前には買えもしない高級チョコレートが色とりどりの包み紙を晒しながら人々の好奇の視線に当てられている。呆然とそれを眺める。同時に体が、並んでいる列の人々によって動かされる。前方にいた女性とぶつかる。「すみません」と謝られたので「あ、いえ」とだけ返す。痛みはない。声もそれ以上は出ない。なぜ俺はこんなところで油を売っているのだろう。さっさと帰ればいいものを。
「待って」
どこからか飛び込んできた女性の声に、俺は何となくそちらを向いた。ぼんやりしていた矢先の出来事だったので、少し反応が遅れた。そもそも、最初は俺のことを呼んでいるのだと気付かなかった。だが見ると、先ほどの女性が明らかにこちらを見て、俺を呼ぼうとしていた。俺は気後れした。見たところ、年上か同年代のOLといったところだ。顔は知らない。ぶつかっただけで呼び止められるなど、初めてだ。
俺は何とか流され続けた列を脱して女性の方へと歩いた。女性もヒールの高い靴を鳴らしながら、こちらへ近づいてきた。
「え、っと……」
近寄って見ると思ったより身長が高かった。高圧的な視線に当てられて内心びくびくする。最悪だ。きっとぶつかったことを罵られるに違いない。こういう女性は、文句をつけるのだけは得意なのだろう。ちょっとぶつかった程度で文句を言う。怖い。
「あの」
「急に呼び止めてしまって失礼しました。いえ、あの……さっき駅で叫んでいた方、ですよね」
そういわれて弾けるように背筋に戦慄が走る。もしや呼び止めたのは、ぶつかったことではなく駅で叫んでいたことを叱るためか。だとしたらそれはそれで納得だ。あんなことをすれば普通は無視するか、煙たがるかのいずれか。この人のように注意する人はなかなかいない。ここは先手を打って謝っておくべきだ。
「ああ、すみません……周りの方にも大変ご迷惑をかけてしまい……」
反省している態度を見せれば少しは相手の怒りも収まる、はず。俺は腰をきっちり曲げて本当に申し訳なさそうに詫びの言葉を吐く。本当のことを言えばこれさえもバレンタインデーたる二月十四日のせいなのだが、今はそんなことは関係ない。
「あ、いえ。そうではなくて……」
だが女性は何やら言い淀んで俺に頭をあげるように言った。まるで俺が謝ることなど想定していなかった、というような狼狽の仕方で、手を胸の前に広げている。何だというのだろうか。
「先ほど、あなたがバレンタインデーが嫌いだ、と仰っていたので、どういうことなのかと少し気になって、話を聞いてみたくて」
「は、あ……?」
「あ、私も嫌いなんですよ、バレンタインデー」
女性は目に光を宿して開いていた手で拳を作った。
「こんなくだらない行事に精をあげているのが信じられないです。労力も大きいですし、何より社員から『君は今年誰にあげるの』なんて訊かれるのがたまったもんじゃない。毎年毎年迷惑してるんですよ。あなたの叫びを聞いて、私も嫌いなんです、って言いたかったんです」
「……なるほど」
世の中でバレンタインデーが嫌いなのは心が寂しい毒男だけだと思っていたが、女性にもこういう人がいるのか。確かに、好きでも何でもない異性にわざわざ大枚はたいてチョコレートを渡さなくてはならないというのは、女性の側からすれば面倒なこと極まりないかもしれない。毎年毎年、本命は誰なのか、と訊かれるのも、おそらく苦痛となろう。
それにしてもよくそんなことを言うためにわざわざ俺に声をかけて来られたな、と思う。いくら同じ感覚を持っているからと言って、あれだけ盛大に騒ぎ立てている者を呼び止めるなど、相当な勇気が必要だったに違いない。女性はまだバレンタインデーについての恨み辛みを切々と語っている。話が途切れることはなさそうだ。
「あ、でもですね」
こちらを向いて、女性は言う。
「さすがに、他の人に迷惑をかけるのは、御法度かなあ、と思うんです。ネットでテロを起こそうなんて考えてた人がいたって、噂を耳にしまして」
核心を突かれた。一瞬冷たい汗が背筋に流れる。
「もしかしたら、この近くにいるのかなあ、なんて思ったりして……あなた、ではないですよね……?」
言葉を突き付けられて焦ったが、そうだ、考えてみれば首謀者は、俺ではない。俺はあくまで首謀者のやることで運だめしをしようとしていたにすぎず、言うなれば傍観者に過ぎない。実際俺はどちらかというと、二月十四日に悩まされてきただけの、ただの被害者だ。この日に加害者になるなど、俺の中では最初からあり得ない。
「ええ、違います」
やっとまともな返答が出来た。女性の顔から、やや不安の色が消えた。もしかしたら、あまりに人相悪いから疑われていたのかもしれない。俺は付け加えた。
「……首謀者は学生ですよ。直接書き込みを見たので、知ってます。俺はもう卒業して数年経ってるので」
学生ではないですね、と言って苦笑すると、学生、と女性は別のところに反応した。差し詰め、テロの話は噂で聞いただけだから、学生が首謀者だとは知らなかったのだろう。「東京の駅で」ということも、東京駅とは限らないことを知らないかもしれない。
これは、いろいろと話をしてみたい。バレンタインデーが嫌いだという点も含めて。
「あの、よければ場所を変えて、もう少し時間を取ってお話しませんか。ここでは人が多くて話すのも大変ですので……」
俺から切り出してみる。女性は、そうですね、この後仕事ですので、それに支障が出ない限りなら、と言ってくれた。俺たちは人ごみのなさそうなところに退避すべく、菓子屋を後にする。
その後、女性との会話は主にバレンタインデーのことについてだけだった。ひたすら二人でバレンタインデーについての文句を言いあい、不平不満と愚痴で盛り上がって、昼くらいに解散した。
その帰り際、この一年、ほとんど人と話さずに暮らして来て、二月十四日に決まって悪いことが起きると思い込んでいた俺は、ふと、今日という日がそれほど悪い日ではなかったように思えていた。確かに駅で拾ったチョコレートを口に含み飲みこんでしまったという事態に見舞われそれこそ、今年も例年と似たような二月十四日を過ごすのかと思っていたが、その不満を女性に話したからだろうか、少し気分が楽になっているのに気がついたのだった。俺は単に、二月十四日に毎年悪事に見舞われることを誰かに話したかったのかもしれない。
願わくば、来年の二月十四日こそは、何一つ悪いことが起きないといいな、と思う。そうしたら、あの忌々しいとしか思わなかったバレンタインデーの空気も、少しは明るく賑やかで楽しいものだと思えるようになるかもしれない。チョコレートは相変わらず買う気になれないだろうが、この日さえどうにかなればいいわけだから、この日のために一年間引きこもるなんて変な真似をしなくても、もういい。来年は、普通に二月十四日を過ごす。そのために今年一年また頑張る。今日やっと、そういう気力が沸いてきたような気がした。
***
諸君、私はバレンタインデーが嫌いだ。
二月の上旬、道行けばチョコレートを売りさばくお菓子屋が目に入り、どこもかしこもバレンタインバレンタインと騒ぎ、ここぞとばかりにCMはチョコの宣伝し、ニュースは売れ筋のお菓子屋を紹介する。ピンク色の空気を放ちまくる浮足立った恋人連れの人々。毎日毎日誰にあげるだの誰にもらいたいだの、お返しは何にしようかなだの、あいつにあげるチョコは安くない、ホワイトデーには三倍にして返してもらうだの、ちっとも実用的でない会話。義理チョコだの友チョコだの自分チョコだの、無駄に多種多様なネーミング。世の中のスイーツ大好きなありとあらゆる連中がここぞとばかりにチョコレートを大量購入し、見知った者に徹底的にばらまきたがる行事。それがバレンタイン。高々知り合いにチョコレートをプレゼントする、それだけのために、国全体が総力を結集して菓子の宣伝をしたがる、無駄に労力を使うだけの大々的なイベントが毎年必ずやってくる。そしてこの日、どこかで必ずこう言うものがいるのだ。「ハッピーバレンタイン!」
さてこれを聞いて、諸君はどう思うか。私はこう思う。バレンタインは、バレンタインだ。
テロルチョコレートと題した私の東京駅でのチョコレートテロルは、記念すべきその実行の一人目、たまたま通りかかったキャリアーウーマンらしき人物に声をかけた直後に、唐突に終わった。
彼女はこう言った。「私、バレンタインデー嫌いなんです」と。
そしてその直前、どこからか「これだからバレンタインデーは嫌いなんだよ」という叫びも聞こえた。
バレンタインデーが嫌いなのは、私だけではなかったのだ。世の中は私が思っているよりずっと広かった。私はこの浅薄な経験をもとに、世の中にたくさんいる、私の同志たちも傷つけてしまいそうになったのだ。危ない所であった。誰がバレンタインデーが好きで、誰が嫌いかなど、傍目で見ている分には何も分からないのだ。同志を傷つける恐れがあることは避けるべきであると、そのあと判断し、私は計画を中断することにした。余ったチョコレートは、罰として私自身で頂くことにした。我ながら計画のためにはいいものができたと感心した。食べ終わった直後は吐き気に見舞われ、その後数日は寝込んで動けなくなるほどだったのだから。
さて諸君、この日記の役目もそろそろ終わる。何せ当初、この日記は警察が私の計画を実行し、その証拠品として押収するものを目的として書かれたものだ。計画が中断に終わった以上は、この日記を残しておいても意味がない。取っておいても邪魔になるだけなので、あとで庭に埋めるか、破くか、燃やすかしようと思う。それでこの計画は、終了だ。誰も見ることがないし、誰も知ることが出来なくなる。
おそらく来年から、私はバレンタインデーをただの普通の日として迎え入れることだろう。今回の件で思い知ったが、何かを成し遂げるには私の意思は弱すぎる。テロなんて真似をするには、私は器が小さすぎるのだ。なのでこれからは平和に生きる。平和に生きて、あまり他を排除し過ぎぬ様に努力する。それをここに決意の証として記して、日記を閉じることにしよう。
では、最後に諸君に花を持たせる一言書いておこう。ハッピーバレンタイン。今年のこの日も、君たちが幸せであることを、陰ながらに応援し、願っているよ。