1999年に日本経済新聞が、下記表題で論文募集した祭に応募した論文です。

入賞もしませんでしたが、私の中間的まとめにはなっています。

 

 

           「21世紀と日本」

 

 

論旨

 

 私は1998年2月に、個人的に続けていたサ−ビス産業についての調査研究をまとめ、「ソフト化経済の論理」と題して出版しました。ゆたかさを達成した社会で、非必需的消費あるいは選択的消費と呼ばれる分野の拡大に注目し分析しました。これらの消費の対象となる、物財とサービス財を「ウォンツの財」と名づけ、人の心に有用な機能を果たす財としました。このような視点から、旧来の生産、労働、産業など経済に関する言葉の持つ意味の変化と、旧来の経済理論の検証を行い出版しました。

 今回日本経済新聞社の「21世紀と日本」の論文募集を見て、ゆたかな社会での「ウォンツの財」という視点から、日本とアメリカ経済のファンダメンタルズの比較、バブル崩壊後のケインズ政策等の検証をしました。そのうえで21世紀スタート時点における日本経済再構築への指針をまとめてみました。

 

 

はじめに

 

 20世紀の後半、日本経済は奇跡の復興から高度成長を実現し、オイルショックも乗り越え、世界の経済大国となった。同時に国内の社会制度や企業経営までもが、成功事例として開発途上国から賞賛されるまでになった。しかし20世紀の最後へ来て、バブル崩壊とその後の長びく不況にあえぎ続けている。一方同じ市場経済を制度とするアメリカ経済は、20世紀の最後に最長期の拡大を維持し、ニューエコノミーとも称される、インフレなき成長を達成している。くしくも20世紀の最後に、同じ先進資本主義国で進行している、正反対の経済事象を参考に21世紀スタート時点における日本経済再構築への指針を考えてみた。

 

 

ゆたかな社会の市場変化

 

 人類は20世紀に2回の世界大戦と、計画経済の破綻という二つの事象を体験し、市場経済と民主主義という経済、政治制度で、いわゆる「ゆたかな社会」を達成した。科学技術の発展は農業、工業の生産性を上げ、生活必需品のコストを引き下げ、生存を維持する商品の入手を容易にした。公害等の弊害を生みつつも、平均寿命の伸びに見られるように、大衆的にゆたかさを享受できるようになった。

 戦後の日本経済では、三種の神器(冷蔵庫、テレビ、洗濯機)から3C(カラーテレビ、カー、クーラー)へ、そして現代では、海外旅行、マルチメディア、ブランド品などへと象徴的な商品を変化させつつ、ゆたかさを拡大してきた。人間の生存を維持する、生活資料(衣・食・住)の物財を生産する経済から、生活の効率性、利便性を価値とする物財、サービス財へ生産の中心がシフトし、現代では選択的消費あるいは、非必需的消費といわれる分野が拡大している。私はこれらの生産・消費される財のイメージをわかりやすくするため、「ウォンツの財」と名づけてみた。アメリカのマーケティング学者、フィリップ・コトラーのマーケティング定義「マーケティングとは交換過程を通じて、ニーズ(必要性)とウォンツ(欲求)を満たすことを意図する人間の活動である。」をヒントにしている。

 そしてウォンツの財を「人の心に有用な機能を果たす財」と定義した。この視点から生産・消費される財を図−1のように分類し、ウォンツの財を図−2に例示してみた。

ウォンツの財から見た市場

 

 現代、大衆的に拡大しているウォンツの財の特性を考え、つぎのように整理してみた。

@ 価値が人の心のありように依存するため、需要は明確でなく、失敗や短期の消滅もある。

A 知力による創造・開発など、従来の商品と異なった生産・分配・消費の過程をもつ。

B 需要を創造でき、創造しなくてはならない。

C 新たな財が無尽蔵に開発される。

 

 アメリカのニューエコノミーとも称される状況は、ウォンツの財の特性と、アメリカの企業風土と経済基盤がマッチした結果ではないだろうか。

 ウォンツの財を生産する会社は、必ずしも永続性を必要としない。したがって生産する会社が自由に設立でき、自由に解散できるシステムが必要とされる。

 会社設立にあたっては、資本を容易に集められるベンチャーキャピタルの存在、有為な人材が集められる人材マーケットの整備。会社解散にあたっては、金融を含めた手続きの簡略化、従業員の再就業への人材マーケットの整備が求められる。

 従業員の福利厚生として、就業先が変わっても不利にならず、変更手続きの容易な年金制度や健康保険制度の整備。日本の現行制度では大企業に長期に勤務すると福利厚生は充実しており、人材のフレキシブルな活用が阻害されている。また、金融機関が企業に融資するに当たっての営業年数、個人ローン審査時の会社への就業年数も、評価し直す必要がある。社会の見る目として、会社の廃業や従業員の転職を、必要なこととして受け入れる風土が必要であろう。

 

 

市場を見た規制緩和

 

今日本では、計画経済の崩壊とアメリカ経済の好調から、市場原理優先による規制緩和方向で行政が進められている。しかしなぜ今規制緩和が必用なのかという議論はあまり見られない。

経済が生産力の向上により、一定の豊かさを達成し、ウォンツの財のような生産、消費が拡大してきたとき、どのような財を生産するかの自由さ、生産組織の自由さが効率の良い生産に結びつく。生産する物財あるいはサービス財の、性格に応じた規制緩和が必要だと考える。

メガコンペティションと呼称される競争原理の、無原則の拡大は、日本の良い経済基盤である富の平等による大衆消費、少ない犯罪などを壊す恐れがある。また今、年俸制を導入する企業が増加しているが、その企業が生産している財の性格により、年俸制の有効性があるのではないか。一律の年俸制は、後に述べるように、サラリーマンの所得の不安定さをもたらし、マンションや車などローンの必要のある消費を減退させる弊害もある。

バブル崩壊から

 今回日本のバブル崩壊とその後の長期に渡る不況からいくつかの事象が教訓としてあげられる。

 

@高度に発達した市場経済国でも、恐慌に近い不況が起こること。

 

Aこの不況はケインズ的経済政策でも回復しずらく長期にわたる。

 

Bバブル崩壊は、その後に費やした犠牲の大きさを考えると、起してはならない。

 

バブル崩壊後、何回かケインズ政策による景気浮揚政策が行われたが、実効をあげていない。ウォンツの財が拡大する豊かな社会では、ケインズ政策の効力が減少しているのではないか。金利の低下も、物とサービスが有り余る中で、収益の出る新たな生産対象が見つけにくく、投資の拡大に向かいにくい。財政支出も、好況事業の中心となる、土木、建築産業の比重低下により、全体の景気浮揚効果を減少している。減税で可処分所得が増加しても、必需品などは充足しているので、消費性向の急な上昇には結びつかない。

またウォンツの財はその特性から、消費マインドとされる心の変化に消費性向を影響される。さらにその中の耐久財は、買い替えのタイミングも消費者の選択的判断にゆだねられる割合が多い。したがって、豊かな時代の消費拡大には、消費者が将来にわたって、安定した所得見通しを持てるような、透明感のある経済運営が必要となる。

同時に、ゆたかな社会では、大衆的に土地や株などの有価証券による資産保有が行われている。資産価値の変動は、消費性向の変化から、景気変動にも結びつく。日本のバブル以外にも、東南アジアの金融危機、アメリカの大手ヘッジファンドの救済で見られるように、株などの有価証券取引や土地など資産市場の規制は必要と考える。

 非必需的消費の拡大したゆたかな社会では、生産力の向上や社会保障の充実により、経済不況に旧来の悲惨さはないが、政策による景気浮揚操作は困難になり、消費性向はマクロ経済指標に影響されやすくなっているのではないか。従来以上にマクロ経済指標の安定した経済運営が、必要とされる。

 

 

21世紀日本経済へ

 

20世紀の経済史から見られるように、経済の変化は加速度的に早くなっている。21世紀全般の経済を見渡すのは困難だが、遺伝子や情報などの分野で、科学技術がより発展し、人類はますますゆたかになり、経済の中に占めるウォンツの財は拡大すると考える。

選択的消費、非必需的消費など、ウォンツの財に向けた視点から、21世紀スタート時の日本経済に対し三つの指針を考えたい。

 

一つ目は、個人の自立性を生かせる経済システム、福利構成制度、社会風土の整備、醸成。

 

二つ目は、市場にあった、理にかなった、規制緩和とグローバル化。

 

三つ目は、マクロ経済で好不況の波の振幅が少ない、安定した経済運営。

 

  21世紀を展望するならば、日本のように教育水準が高く、よく働き、貯蓄をする国は必ず再構築できるはずだ。

 最後に、アメリカの経済学者レスター・C・サロー教授の文章の引用から、記述できなかった公正さルールについて警鐘して終わりにしたい。「市場経済は、個々人の選好をを最大限達成するうえて、ほかの制度より優れている。しかし、個々人の選好がどのように形成されるべきかについて理論、思想を持っていない。」