全てを、奪還した。

5主=ファル、5時代から8年後

 

 

 国境で、俺たちは別れた。

 最後までお供します、というリオンの訴えを退けることは、自分でも想像以上に辛いことだった。それに彼女はあろうことか、最終兵器・女の涙まで使用することも辞さなかった。自分でも気付かぬうちにロイの心を奪い、やはり気付かぬうちにロイを振るという荒業を成し遂げた少女は、大人になって尚一層磨きがかかっていた。あらゆる意味で。

「……こういうことは若い者同士で解決するがいいかと……」

 そんな仲人気取りの逃げ口上を吐いたゲオルグを、このときほど恨んだことはない。完全に視線が泳いでいた。助けてチーズケーキおじさん、ほらファル新しい顔だ……という流れを期待していたわけでは全くないが、同じ男性としてもうちょっと助けてくれてもよかったのではあるまいか。

 だがリオンには、帰ってもらわないといけなかった。

 俺は、帰らないと決めたから。

 王宮にはいない、でもリムの後ろにいる。そのやり方でファレナを守ろうと決めたのだから。

 リオンは、勝手です、と言って俯き、そのまま宿の部屋に篭もってしまった。ここで篭城ルートとは、本当に油断も隙もない護衛だ。そんなにロイのことがどうでもいいのか。

 ……いや、話が逸れている。だが正直、リオン一人でファレナに帰ったというのにロイの野郎が何一つ行動を起こさなかったら、それは篭城ルートで弁慶なみに矢の雨食らって果てても仕方のないところだろう。頑張れロイ、俺は認めたくないが応援している。しかし頼むから、こういうことは若い者同士で解決してくれ。

 そんなふうに、俺が凄まじく地味にロイ×リオンを祈って酒場の隅で呑んでいると、目の前の椅子にゲオルグが座ってきた。少しいぶかしむように、問いかけてくる。

「……よかったのか、ファル」

「ああ。リオンはわかってくれるだろう」

 いつだって彼女は、俺が本当に望んだことは受け容れてくれたのだから。

「勝手だな」

「リオンにも言われた。だがお前から言われる筋合いはない」

「まぁそうだが……」

 そう呟くと、ゲオルグはごそごそと懐中から何かを取り出す。数日前に俺たちが入国したばかりの、この国──赤月帝国の詳細な地図だ。

「ファル、先日告げたように、俺もここから先は、お前についていけない。……赤月で昔ちょっと、あれやこれやあってな。戻るわけにはいくまい」

「……ほー、バルバロッサ帝が立った時の戦争が、『あれやこれや』ね。お前が他者にファレナ内乱をどう話すのか、聞いてみたいものだな。さしずめシスコンの変か」

「機会があれば、そう紹介しておこう。……いい性格になったな、ファル」

「思春期以降の教育係がなってなくて」

 そういってがしがしと頭を掻いた王兄閣下を、どこか暖かい目線で眺めながら、ゲオルグは地図の一点を指差した。

「ファル、まずは王都・グレッグミンスターに行け」

「……当たり前じゃないか?」

「最後まで聞け。ここに、俺の昔の知己がいる。変わっていなければ、最も信頼に値する男の一人だ。……フェリドと同じく」

「そのオッサン・コミュニティに俺みたいな美形を放り込んでどうする気だ。誰も喜ばないぞ、そんな展開は」

「お前の容姿はお前の言動によって相殺される。問題ない」

「失敬な。俺はこう見えても、志のためならば裸踊りすら辞さない男だ」

「それが実話なところが笑えんな」

 平然と言い捨てた元・女王騎士に、ファルはゆるやかな微笑みをみせて地図を受け取る。心配してくれていることは、最初からわかっていた。一つでもアテがあるのとないのとでは、この先大違いであることも。

 ありがとう、と言うと、ファルは地図に目を落とす。グレッグミンスターの街中図も、隅の方に載っていた。なるほど、便利な地図だ。

「で、ゲオルグ。その、お前の友人の住所は?」

「知らん」

「……は?」

「忘れた。街の南というより北だった気がするが」

「そんな情報で、大都市にいる一人のオッサンを探せと?」

「心配はいらん」

 ゲオルグの「心配いらん」で何度野宿になったかを考えると、俺は一層不安になった。

 だがゲオルグは、いたって冷静に言葉を継ぐ。

 有名人だ、と。

「有名人? 人生の大半は無職な、お前の友だちなのに?」

「フェリドが有名でなかったとは言わせん」

「……で?」

「なんだ」

「早く言え」

 興味を覚えた俺に、ああ、名を教えてなかったか、と悠長なことを呟いて、ゲオルグは口を開いた。

「テオ・マクドール」

「…………」

 ──このオッサンが、無職でないときに何をしてたかを忘れていた。

 なるほど、有名人だ。

 

 

 

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