最後の星
5主=ファル
「アンタも変わってるね。明日にはもう、グレッグミンスターに進軍だってのに。今さら志願だなんてフザけてんじゃないの? ほら、そこが紋章屋。でこっちが武器屋ね。一度しか言わないよ」
「まぁまぁ魔法軍団長サマ。間に合っただけでもいいじゃないっすかー。俺、それなりに魔力ありますし? あ、軍団長さま自らの施設案内、いたみいりマース!」
にっこにっこと笑って答えるファル。
己の素性を隠そうと、ファルは手っ取り早くキャラを変えることにしたらしい。そこでとりあえず、カイルの真似……と自分では思っているもの、を実施していた。その効果は聞いての通り、世にも珍妙であった。絶妙な匙加減で淀みなく失敗している。
そんなファルに、ルックは鋭い視線を飛ばした。
「……アンタ、魔法使いじゃないだろ?」
「でも剣、使えませんから」
「じゃあ、自分の武器を使えばいい」
「美貌っすか」
「……ハァー」
ルックはこれ見よがしにため息をつく。さっきまでもこの上なく不機嫌だったが、驚くべきことに今はそれ以上に不機嫌そうである。このマイナス方向でのキャパの広さには、ファルも多少驚いた。
「裏切り者が出てね、この軍はピリピリしている」
「あ、自分は間謀ではありません。こんな目立つスパイ阿呆みたいです」
正直キャザリーも相当目立っていたことを考えると、この宣誓は自分なら疑うな、とファルは思う。
スッタスッタと歩く先は、石版の間だ。そこに辿り着くとルックは、自分の配下に置かれた青年に厳しい目線を投げた。
「何しに来た」
「……」
答えはない。ファルはルックでなく、その背後の石版に目を奪われていた。
「もう一度聞く。何しに来た。少なくとも、戦いに、ではないだろ」
「……いや、俺も、何しに来たんだろう自分、と思ってたが……」
「っふざけ、て……!?」
ファルは向かい合った状態から数歩でルックの背後に進み、石版の前に立った。そしてそのまま、刻み付けられた名前の列を凝視する。ルックも慌てて振り返った。
「何してる! その石版に近づくな!」
「……なぁ、明日、帝都突入って言ったか?」
言葉は完全に、素に戻っている。人生で一度のカイル・キャンペーンは終了したらしい。
「言ったけど、何」
「軍主は?」
「すぐここに来る」
ファルが驚いて振り返ると、ルックは杖を構えて石版の間の入り口に立ちふさがっていた。こまっしゃくれた様子で、笑いながら。
「怪しい志願者は軍主自ら裁定するのが、この破天荒な軍の軍規でね。でなきゃ僕が、わざわざ施設の案内なんてしてやる訳ないだろ? ……時間稼ぎだよ、気付かなかったの」
全く気付かなかった。施設が楽しくて浮かれていた。王兄閣下は、思わず斜め上方に目を逸らす(主に現実から)。リオンが抜けた穴は、自分にとって想像以上に大きいようだ。
そも、ファルに近づく者はまず暗殺者だと疑ってかかった頼もしい護衛の出身こそが、祖国随一にして最高峰の暗殺者集団だった。「私は王子の志もお護りしたいですから」という願望は、「私はファル様をひっくるめてお護りしますから」という謎の信念に取って代わっていた。ファルの何をひっくるめたのかは更なる謎であった。……いや、今はリオンを懐かしむのは後回しだ。
「あー、うん、まぁいっか。この際それはそれで」
「は?」
「……ルック、そいつか?」
そこに、軍主自らが現れた。
ファルは素早く振り返り、その姿を検分する。以前より鋭くなっている眼光、悪くなっているガラ、桁違いになっている実力。ああ……、大したものだ。いい方向でも、あと、やっぱりよくない方向でも。
「ん? お前は……!」
ファルの姿を見ると、軍主の黒い瞳が、あっという間に細められる。
あ、俺、あのとき(グレッグミンスターで初めて会ったとき)すっごい不審だと思われてたんだなぁ……とファルは実感した。
だが今は、それどころじゃない。
「マクドール」
……ファルは、腹を立てていた。ちょっとリオンに気が逸れたときには忘れていたが、これ以上ないほどに、腹を立てていたのだ。
「明日進軍と聞いた。なのにこれは、どうしたことだ」
石版の一点を指差す。
「……何を言ってんだ?」
「どうしたことだと聞いているのはこっちだ!!」
軍主は、半ば呆れたように石版に目をやった。不審が理由で捕まった輩が、ここにきてキレる理由が本当にわからないのだろう。ファルの指の先には、星の名前と、一つの空欄。
地数星
「軍主、俺は先ほど施設街を案内して貰った」
「……ルック、ご苦労さん」
「別にいいけど」
「そして一つの事実に気が付いた。俺が気付かないとでも思ったのか……? 甘い、甘いぞマクドール。ラハルの女装に誑かされたゴドウィン兵の心根より甘い」
「悪いがルック、こいつはとりあえず独房へ。できれば精神の方の」
「あればね。了解」
ファルは着々と進む自分への裁断を気にも留めず、舞を舞うかのごとき壮麗な動きでもってピシリと軍主を指した。光満つる暁の湖のようだ、と祖国において讃えられた双眸は、いまやらんらんと輝いていた。
「窓師はどうした!!」
「は……?」
意表を突かれた軍主とルックは、思わず口を開けて呆ける。先に言語を回復したのは、軍主である。
「窓……師? あ、ウィンドウのことか……?」
「ああその分かりやすい名前! そこまで分かってて、なぜ仲間にしない! あと数時間でタイムリミットだろう!? この馬鹿! 穀つぶし!!」
もはや王兄閣下は涙目である。だが、軍主は不審者の半ベソくらいで怯む少年ではなかった。
「……言わせて貰うけどな、あと数時間で『我らに勝利を!』宣言を控えているオレが、なぜ一村落にいるオタクを勧誘しに行かなきゃならないんだ!? そもそも窓師って! あからさまに要らない役職だろ!!」
「では訊くが、画家は要るのか? 踊り子は本当に必要か!? 鍛冶屋は五人も要るのか……!! 知らないなら教えてやるが、窓師がいないと吹き出しに花を飛ばすことすらままならないんだぞ!?」
「心底要らない機能の紹介をありがとう!!」
「どういたしまして! ……ハ、こうしてはいられない。窓師のいない軍なぞ、理想も思想も有さない、ただただ殺戮を生業とする烏合の衆に成り果ててしまう! 行くぞマクドール、窓師の……ウィンドウとやらのいる村に! 今ならまだ間に合う! お前のため、引いてはこの地に住む総ての人々のためにも!! よし、俄然やる気でてきた俺!!」
「って……おい離せ! 数時間後に号令だと言っただろうが!」
「だからこそだ! ええとルック君? テレポートはあっちだよな!?」
「そうだよ」
「軍主を売る気かルック……!!」
軍主を売ったルックは、無気力にバイバイと手を振った。
どたばたと出て行く軍主と銀髪の不審者を見送って、ルックは石版に向き直る。
「何しに、来たんだろうって、思ってたけど……」
乱しに来たのかと、思った。
……だが、星を集めるように言ってくれた。
ルックは先ほどファルが指差した地数星の欄から、上に目線を動かす。そう、最初にアイツが見ていたのは地数星でなく、間違いなくこの星だった。唯一陰ってしまった、この。
天英星 グレミオ
「いい先輩じゃないか」
あの窓師に対するこだわりも、半ば以上本気だったような気がしなくもないが。
ルックは嘆息して、また石版の守護に戻った。時折、ちらちらと地数星の欄を確認しながら。その欄が、石版が一刻も早く全て埋まることを、心から祈りながら──。
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