天魁星

5主=ファル、坊=…

 

 

「……まさか五分で済むとは……。よかったなマクドール、期間限定だったり、仙魚が欲しいとか塩の高騰を待てとか言われたりしなくて。そしてお前が道具を全く整理しないズボラな性質で」

「決戦前に窓セットを持っていて何が悪い」

 坊ちゃんは完全に居直っていた。もうファルに対する警戒心すら失せている。五分間行動をともにすれば大抵の人間に慣れてしまう、これは天魁星特有の得がたい資質である。

 それにしても……。

「あんた、名前は」

「人に名を訊くときは、まず自分から名乗れ」

「……済まない。だが、志願先の軍主の名を知らない方が失礼だと思う」

「…………ファル」

 王兄閣下は、あっさりと自分の非を認めた。そりゃそうだ、お前が悪い。

「そうか、ボンだ」

「……は?」

「ボン」

「…………ボン=マクドール?」

 そういった驚きには慣れているのだろう。少年は肩をすくめて頷く。だがファルは、尚も食い下がった。

「聞いてもいいか。なんでお前だけそんな」

「……聞かれても」

 それは準公式名称が坊ちゃんだけ縮めにくかったからだが、そんなことは彼らが知らなくてもいいことである。

 知らなくてもいいことは当然知らない王兄閣下は、しばらく呆然としたのち、ハッと思い当たったかのようにボンに問いかける。

「……ちょっと待て。てことは、お前が『ぼっちゃん』と呼ばれてるのは、ひょっとして『坊ちゃん』でなく『ボっちゃん』だったのか? サチコがさっちゃんと呼ばれるような経緯か! ……恥ずかしながら白状するが、俺はどうやら勘違いしていたようだ。済まないマクドール、いやボっちゃん」

「…………次言ったら第四魔法だからな」

「ボンちゃん?」

 ファルが全く空気を読まなかったため、坊ちゃんは寛容の心をトランの大地に投げ捨てた。

 ……当然の帰結として、ボン=マクドールは『裁き』を発動すると、頭のおかしい銀髪を残して手鏡で消える。石版は埋まってしまったことだし、ファルが仲間にならないことだけは確実だったため、遠慮および手加減は微塵もしなかった。

 

 

 ……ボンにとって、それからの数日間は、怒涛すぎた。

 歓喜、勝利、悲哀、凱旋、そして、逃亡……。

 

 ──人々が、彼をそのこっぱずかしい名前でなく「トランの英雄」と称するようになった頃。

 

 ボンは再び、石版の間に立っていた。クロンにこっそりと頼んで、グレミオを城外に待たせて、夜中に忍んで来たのである。

 そこにはもう、石版も、石版の守り人もいない。

 彼はそこで数分間目を閉じると、ゆっくりと口を開く。

「……レックナート」

 かつて石版があった場所から目を逸らさずに、もう一度。

「レックナート」

 誰かが現れる気配はない。だが、周囲の空気が少しだけ変わった。静かに耳をそばだてているような、物問うような……。

 ボンはそれを感じとると、顔を上げる。

「レックナート、訊ねたいことがある。『あれ』は、108人でなくてはならなかったのか? ……一人でも欠けたら、意味を為さなかったのか?」

 空気が動き、窓の外で星が瞬いた。

 彼女による首肯の意である、とボンは感じた。

「……礼は言いたくないな、あの男には」

 当たり前である。

 人命がかかっている、でなく、窓師がかかっている、と告げた男に礼は必要あるまい。

 しかし、その後吹き出しを速攻で花柄にしたボンに、ファルを責める権利があるかは極めて微妙なところであった。ウィンドゥの優れた手際により、現在も彼の発言全てには華麗に花が飛んでいる。

「まあいい。今度会うことがあったら……グレミオには礼を言わせよう」

 そしてそのまま、身を翻す──

 

 

 ── 一方こちらは、魔術師の島。

 星見の塔の窓際では、盲目の女性がそっと微笑んでいた。

「……レックナート様。どうかなさいましたか?」

 訝しげに問いかける彼女の弟子に、彼女は再び、滲むような笑みを向ける。

「ルック。天英星が、見えますか」

「陰りやすい星ですね」

 全く愛想なく、弟子は答えた。ああ、それを言っちゃあ……みたいな元も子もないことを、平然と口にする。

「でも、見えます、レックナート様。……一段と能天気に光っている」

「貴方はどう思いますか、ルック。もう一人の天魁星を」

「…………意外でした。ボンを助けるなんて」

「違いますよ」

「え?」

 ルックは首を傾げる。師はその見えぬ目を、窓の外に向けていた。

「あれは、私情です。助けようと思ったのではない。彼は……」

 レックナートは、しょうもないわが子に対するような態度で、くすりと笑った。そしてそのまま、言葉をつなぐ。

「彼はただ、天英星が陰っているのが我慢ならなかったのです。他の星だったら、見て見ぬふりをしたかもしれません。ですから、彼があそこに来たことは……運命ではない。しかし、途方もない幸運でした」

「はあ……」

「しかも彼は、窓師が不在なのが、より一層我慢ならなかったのです」

「………………へー」

「死より生が強い。強靭な星ですね」

 師が見つめ続けている星を想い、ルックは深く嘆息した。

 レックナート様が彼らを強靭の一言で済ませるのは、こき使われた経験がないからだ──と、こっそり毒づきながら。

 

 

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