獄中

王子=ファル、2主=リオ

 

 

「あ、おうじー! やっぱ王子だ! あ、今はファル様って呼ばなきゃいけないんですっけー?」

「……嬉しそうだがカイル、全くめでたい状況じゃないからな?」

「フン、不審者は不審者同士、顔見知りってわけか。おいお前ら、大人しくしてろよ!」

 ガシャン!

 居丈高な兵士によって牢が閉ざされる音と同時に、ファルは肩をすくめる。そしてさも心外だ、といった調子で息を吐いた。

「……ふぅ。なんで俺の後輩たちは、そろって俺を不審者扱いするんだか。こっそり連絡でも取り合ってるのか?」

「うわーいファル様ひさしぶりですねー、十二年? うわー、そんくらいになりますよね! でも、ゼッタイ貴方だと思いましたー、獄中で『リム』とか『リオン』とか『いっそ詰られたい』とかしか呟かない、ちょっとイカれてる侵入者って、噂になってますよー!」

「侵入者、ね。確かに俺は、夜半にこの城の正面入口まで回るのが面倒になって城壁をよじ登ったが、それが監禁するほどの悪事か? ……まぁ、運悪く入った場所が軍主の部屋だったわけだが……」

「暗殺者か夜這いか、ですねー。そりゃ」

「ああ。そういえば、昨日も暗殺者が来たって言ってたな。カラヤ族……? とか。だが俺は、ただ純粋に城に入りたかっただけだ。そして軍主の部屋の窓は全開だった。前日に暗殺者が来たなら閉めとけよ、せめて」

 ファルは夜這いの件に関してはスルーした。自分はバランスの何某ではないからして、全くの冤罪だと考えたのだ。

 そしてカイルをちらっと見る。……その視線は、驚くほど冷たい。「で、お前はなにやってんの?」といった無言の問いである。

「やっだなー。ファル様を助けにきたに決まってるじゃないですかー」

「……失敗してるよなお前? どう見ても」

「だってー、思ったよりぜんっぜん警備が厳重で。あ、そういえば」

「?」

 カイルはがさごそと懐を漁る。そこからカシャカシャ、ぼとぼと、と出てきたものを見て、ファルは目を見張った。

「……カイル、なんだそれ。お前、行商でもしてたのか?」

「いえいえ、俺の荷はまとめて、ここの兵士に取り上げられましたよ。これはですねー、軍主の……リオ君? がくれたんです。俺が『知人を助けようとして逆に捕まった』って言ったのが、なんでか知りませんけど彼のツボにはまったみたいで。どーしろっていうんでしょーね、この……フォークを一ダース? と人参三本」

「……さあ?」

 さしものファルも、首を傾げる他なかった。

 それにしても、しゃがんでフォークをいじりながら同じく首を傾げている金髪の男の姿は、昔と驚くほど変わらない。もはや成長の跡が見れらない、といったレベルであったが、ファルはそこのところを好意的に捉えることにした。……懐かしく、嬉しい、と。

「まあいい。カイル、ここは退屈でな。俺もそろそろ、『一人でするモンスター名しりとり』という暗い遊びには飽きてきたところだ。話し相手ができるのは有難い」

「ふっふっふ、ファル様」

 するとカイルは、待ってました、と言わんばかりに人差し指をチッチッと振る。それは、ファルが優しい言葉をかけたことを思わず後悔するには充分すぎるほどに、心底イラっとする動きであった。

「…………なんだ、カイル」

「じゃ〜ん♪ ご覧ください! 俺、そんなこともあろうかと、胸当ての中にオセロ仕込んできましたー! これで暇知らずですね!」

「………………カイル」

「はいー?」

「……お前は、俺を助けにに来たはずじゃなかったのか? その備えはどう聞いたって、救出に失敗して捕まった挙句、暇を持て余すことが前提だとしか思えないのだが」

「えー、だってー。万が一失敗したら、暇になっちゃうに決まってるじゃないですかー。こーいうのを、備えあれば憂いなし☆ って言いますよね!」

「……まあ、いいけどな」

「ほらほらファル様! そこ、そこに座って。言っておきますが、俺はこの十二年で腕を上げましたよー? 以前の俺とは思わないことですね」

「ほー……言ったな?」

 所詮は暇な王兄閣下は、いともあっさりと誘いに乗ったのだった。

 

 

 ……そして、十五分後。

「弱い!!!!!」

「う〜、ファル様が強すぎるんですよ〜。ホントに久しぶりなんですかー? オセロ。実はこの十二年、こつこつ地道に修行してたんじゃ……」

「阿呆! お前の戦略が浅はか過ぎるんだ! ちょっとないぞこの一色盤面は。最後の三手なんか、お前打つことすらできなかったじゃないか!」

「えげつない戦い方しますよね〜……ファル様って」

「お前が浅慮なんだ!!」

 短慮にも一瞬でキレた王兄閣下は、深い深いため息をついて肩を落とす。

 ああ、もう、なんだってこんな馬鹿馬鹿しい獄中生活をしなきゃならないんだ。

 三年前に出会ったマクドールは、なんだかんだでファルを投獄まではしなかった。今回の軍主……リオとやらは、あの坊ちゃんより一層容赦のない性質らしい。ただ単に、手っ取り早い性質、とも言うが。

「あークソ、何度も何度も何っっ度も思ったことだが、やはりリオンと離れたのは間違いだったか……? 俺は稀に見る考えなしだ、と、彼女によく貶されたものだが……例によって例のごとく、リオンが正しかったわけか」

「うっわー、もーファル様ー。貴方いったい、俺の何倍くらいリオンちゃんが好きなんですかー?」

 どこか冗談のようにふくれる元・女王騎士に、ファルは冷静な視線を送る。

「……1.7倍くらいか」

「数値がやけにリアル……!!」

 そして、とてつもなく明瞭にリオンに負けている。具体的かつ正確な回答というものは、その性質が真実に近いがゆえに、時として人をいたく傷つけるものである。

 当然の帰結として、カイルは体操座りになって床を指でつついた。結果、全くもってうざいとしか言いようのない光景がファルの目前に展開されてしまった。

「……おいやめろ、カイル。全く……だいたい、リオンと比べるのが間違いだろう。ゲオルグとお前だったら、ダメさ具合がいい勝負なのに」

「ふ〜んだ、ファル様なんか、リオンちゃんの嫁になっちゃえばよかったんだ」

「ああ……俺も今となっては、そうすればよかったかと少々後悔している。『掃除・洗濯・炊事・育児は全てやるから俺を一生守って下さい』……と、思い切って言えばよかったかな」

「…………あ、あのー……ファル様、それはちょっと……違うかなーって」

「だが、あれほど頼もしい人間もなかなかいないからな」

「それはそうですけど〜……」

 否定できないカイルがファルを窺うと、ファルはどこか遠くを見るような目で、なぜか柔らかく微笑んでいた。

 微笑めたもんじゃないだろう今の発言は、とカイルは問い詰めたい思いに駆られたが、賢明にも黙って次の言葉を待つ。ファルはどこか懐かしむように、そしてほんの少しだけ口惜しそうに口を開いた──

「……だけどなカイル。ロイは……ロイの分際で、あの誰よりも頑強な、俺の、……姉、を守りたいんだそうだ……」

「………………そう、ですかー」

「お前がさっき言った通りだ。……俺だと、『それはちょっと違う』んだな」

「…………ですねー」

 彼らはしみじみと、牢獄の隅で膝を抱えていた。

 その様子を見て、気付かれぬようにしばらくその場に潜んでいたフィッチャーは、なんだか微妙な顔をして立ち上がり去っていった……。

 

 

 そして、こちらは執務室。

 軍主、そして軍師がフィッチャーから簡潔な報告を受ける。ちなみに軍師の机には、投獄時にファルから取り上げた、連結式三節棍が置かれている。

 軍主──リオが腕を組みつつ、鼻でため息をついた。

「ふーん、つまりこうか、フィッチャー。ヤツらは今のところ…………オセロと恋バナに興じている、と。……シュウ、構うことはない。どうせ今、牢は空いてることだし。しばらく放置しておこう」

「しかしリオ殿、この棍に刻印された文様は、紛れもなくファレナ王家のものですが」

「それが何だってんだ」

 リオは、うるさそうに片手を振る。

「ぼくは庶民だぞ? 身分どーこーを気にしてて、ルカやジョウイにメンチ切れるかってんだ。本物だろーがそうでなかろーが、ここで治外法権は通用しないよ」

「ま……いいでしょう。盗んだ物かもしれませんし……たとえ本物だろうと、口を噤んでるということは、本国に伝わるのをよしとしないということ。問題ありますまい」

「いや、シュウ」

 リオは首を横に振る。その瞳は、どこか楽しげに揺れていた。

「偽者だったら本物の振りくらいするさ。そーだろ?」

「ご名答です。でなければ、銀髪なんて目立つ髪でうろつく必然性がありませんな」

「……リオ様、そしてシュウ殿。僭越ながら、本物だったらマズいのではないですか?」

 恐る恐る訊ねるフィッチャーに、シュウは首を横に振り、リオウは笑って答える。

「大丈夫だよ。……治外法権が効かなそうだから、うん、だからこそ大人しくしてるんだろうさ」

「大した懲役が課されないことを、見越しているんでしょうな」

「はあ……」

 リオは再び、三節棍を見下ろした。何とも楽しそうであった。

 ……そう、同盟軍の体制を信用していないならば、ファレナ王兄はとっくに脱獄の一、二回を試みたはずなのだ。それを全くしないということは(変な金髪は助けに来たが)、つまり、そういうこと。

「……見込まれたもんじゃないか、我が軍は」

 だけど安眠妨害は相当ムカついたから、もう一週間くらい閉じ込めとこう。

 リオはそう心に定め、再び日々の執務に戻ったのだった。

 

 

ブラウザバックでお戻り下さい。