続・獄中
5主=ファル、4主=ラズ、坊=ボン
ラズは基本的に、まっすぐ歩くというスキルを持っていない。ラズの人生においてどこまでも直進した最後の記憶とは、実に霧の船に遡る。
だから彼は、今日もふら〜っと階段を降りてきたし、手すりに四回、壁に五回、頭やら肘やらをぶつけて周囲をハラハラさせていた。概して眠そうだったが、本人は常時サッパリ・覚醒状態だと言い張った。説得力はもちろんなかった。
がんっ
記念すべき十回目にぶつかったのは、鉄格子であった。しかも額。相当痛い。
「……なんで、こんなところに鉄格子が……?」
ラズはぼんやりと呟いたが、ここは鉄格子があって当たり前の牢屋である。通常ならば、「なんでこんなところにラズが」というフレーズが適正であろう。
「…………ん?」
引き返すか、と踵を返したラズの目に、なんだか見覚えのある銀髪が映る。ラズが彼に関する記憶をのんびりと記憶から引き出すまで、たっぷり五分を要した。その間に銀髪は、金髪と絶賛・喧嘩をアップグレードしていた。
「もう嫌だ、もう飽きた! 主にお前に!」
「うわ、ひどいファル様ー。サイッテー。そんなことは『思っても言わないのがセオリー☆』って、ちゃんとお教えしたでしょー? 手塩をかけて育てた御子が万が一モテなくなったら、オレは立つ瀬がありません! はい復唱!」
「どこを復唱? 『オレは立つ瀬がありません』?」
「なーんでそんな、哀しいフレーズを拾うんですかー。ほら、じゃ、も一戦オセロしましょーよ。ね?」
「飽きたって言っただろ!? 265戦・264勝1敗! 飽きても仕方ないだろこれ。何が嫌だって、一勝したからって鬼の首とったように喜ぶお前が嫌すぎる!」
「264敗もしたんですよー? ちょっとぐらい喜んだっていいじゃないですかー」
「嫌だ! 俺が馬鹿だと思われる! もうファレナに帰れない! リムー……」
「あちゃー……何も泣かなくっても……。ちょっとファル様〜?」
その様子を立ったままマジマジと眺めていたラズは、ぽむ、と手を叩く。
常人のタイムよりワン・トラックくらい遅かった。
「……君、トランにいた銀髪か? そういえば、ファルって言ってた」
「…………は?」
「お知り合いですか、ファルさまー?」
ヤンキー座りにしゃがみこんだ状態から、ファルは顔を上げる。
気のせいかもしれないが、なんだか……空気読めないヤツが二人になった気がする。
「あ……あー、あんたか。ラズ、とかいったか?」
「うん。じゃあ」
「行くのかよ!」
若手芸人のように力強くつっこんだファルを、カイルは物珍しい目で眺める。王族的にはあんまりよろしくない方向に、だが非常に面白い方向に、かつての主は変貌を遂げていた。ゲオルグによる教育の、健やかな奔放さが窺える。
「だって……。君、ここにいるってことは犯罪者だろ? なんだか騙された気分……」
「俺を信じようという気はまるでないのか」
「……別に僕と君、友だちでも何でもないし」
「ファル様ー、友だちいないんですかー?」
「お前はもう黙ってろカイル」
「え、じゃあ友だちになってあげようか……? 丸太からお願いします」
「ほらファル様、ああ言ってくれてますよ! 仲直りして!」
「ほんっと引き止めてごめんラズ。だからとっととどっか行け」
「そっか……」
あからさまなつっこみどころをスルーされて、ラズは意気消沈したようだった。
ラズの中では、『親友が丸太に乗っていた』→『丸太に乗っていたのが親友だった』→『丸太に乗っていたなら親友である』という恐るべき三段論法が、150年の歳月をかけて醸成されていた。『もういっそ丸太が親友でいいんじゃね?』まであと一歩であった。実に大きな一歩である。
もー! ファル様ったら友だちは大事にしなきゃー、とカイルがうだうだ言ってくる中、ファルは重々しく項垂れる。ここから出たいというより、こいつと別室になりたかった。
そうやって、ファルが悲しみを噛みしめていたとき。
「あ、すまない」
「……いや……」
再びふらぁ〜、と出て行こうとするラズに、ぶつかる人影があった。ラズとは違って、まっすぐに目当ての牢まで歩いてくる。
……ある意味それは運命の出会いだったわけだが、少なくとも現時点ではスルーされた。
主にラズがボーっとしていたという理由から。
「おい」
声をかけられて、ファルが顔を上げる。
「ん? ……あ、ボっちゃん」
がんっ!
ボンは思い切り鉄格子を蹴った。鉄格子は衝撃で、ぐわんぐわん揺れた。
「……悪かったって。久しいな、マクドール」
「ああ。どっかで聞いた特徴の人間が捕まってるって言うから来てみれば……やっぱりあんたか。罪を償い更正して一刻も早い社会復帰を目指せ。大丈夫、まだ若いんだからやり直しはきくさ」
「どいつもこいつも……」
ファルが犯罪者であることを、欠片も疑ってくれない。妙に親切なのが余計嫌だ。
「ん?」
ファルはふと思い出した。そういえば三年前ラズは、ボンの元に行きかけていたのではなかったか?
ひょい、と上半身を傾けてボンの背後を窺うと、なんだか、んー、と首をかしげているラズの後ろ姿が目に入る。だが、その状態から逆方向にもう一度首をかしげると、ラズはそのままゆらゆらと行ってしまった。やる気が微塵も感じられない。
「……。ま、いいか……」
「何がだ?」
怪訝そうなボンに、ファルは独り言のように語り掛ける。
「いや……、なあ、マクドール。丸太は好きか?」
「……………………嫌いだと思ったことはない」
「ああ、じゃあまぁ問題ない、か……な? 丸太が友だちのキーワードみたいだったから」
「はァ?」
煙に巻かれるボン。正直彼はこのとき、これが『友だちになってくれ』というファルの精一杯の主張だったらどうしよう、と的外れなことを危惧していた。断ったら傷つくだろうか。
「で、マクドール。何か用か? 冷やかしなら帰れ」
「……オレはあんたに用はない。だが……」
ほんの少しだけ、ボンは微笑んだ。そしてそのまま身を翻す。
「オレの従者は、あんたに用があるようだ。ム所から出たら会ってやってくれ」
「? ああ」
ラズとは全く異なった歩き方で、きびきびと出て行ったボンを見て、ファルは首を傾げた。……まあ、いいか。嫌われてはいないようだし。
それまで黙っていたカイルが、再び呑気そうに口を出す。
「ファル様って、変な知り合い多いですよねー」
「お前が言うな」
「あ! もー、退屈だからって、まだ拗ねてるんですかー? じゃあ、またモンスター名しりとりしましょー! はい、もっさもさ!」
「濁音はいいよな。ザドム」
「ムラード先生!」
「……ギリであり、かな」
で、それ次『ど』から? それとも『い』?
王兄閣下は、まだまだ暇だった。
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