軍師

5主=ファル、4主=ラズ、2主=リオ、1主=ボン

  

 

──タチが悪い」

 ファルはむすっとして膝を抱えた。その独り言に反応したのは、もちろん同室(というか同牢)のカイルである。

「何がですかー? ファル様が?」

 軽やかに地雷も踏んでいる。特定の意味合いで隙のない男である。

 だがファルはこの時、つっこみと同義のバイオレンスすら発揮しなかった。なんだかいじけているようだ。

「もう入牢して一週間だぞカイル。しかも初回以来取り調べもない、ふざけるなよ」

「忙しいんじゃないですかー?」

「だったらとっとと出せばいい。というか、俺の捕まった罪状は軍主の暗殺容疑だろ? 忙しくっても取り調べは最優先だ!」

「……じゃ、面倒なんじゃないですか?」

「何が」

「ファル様の相手」

 ファルは今度こそカイルを向こうの壁まで蹴り飛ばした。カイルは青タンをつくりながらも、三秒で立ち直って戻ってきた。

「やだなー、そーゆー意味じゃなくって! ファル様、冤罪じゃないですかー。だから面倒で、放っておかれてるんじゃないですか? 害がないものって、最優先じゃありませんよね?」

「だったらとっとと牢から出せばいいだろうが! お前のアタマに詰まってるのは脱脂綿かカイル。いいか、まず取り調べがない! 別に組織が腐敗している様子もない! ということは、俺に害はないと判断されたらしい! ……っなのに監禁が解けないって何だ!! その上何の知らせもない! こんっなタチの悪い状況滅多にないぞ!? ラズとボンには嫌味を言われたしな!」

 嫌味を言われたというか、正確には社会復帰を祈られた。より痛い。

「あー……そういやそうですねー。俺の罪状なんて、ファル様のおまけみたいなモンでしょうし。……ってことは、アレですか。…………嫌がらせ?」

「今ごろ気づいたか。……というか本当に気づいてなかったのか」

「えー、だってオレ、ファル様に会えて喜んでたしー?」

「お前キモい」

「きゅうかつをじょしてたんですよー」

「漢字で言え」

 的確につっこみを入れてから、ファルは深い息をついた。

 そして眉間に皺をよせ、チッと音高く舌打ちする。ちなみにそれを目の当たりにしたカイルは、ファレナ王宮のために哀しくなった。自分が仕えた女王陛下にファルが激似なため、なおさらに。

「この軍にはどうやら、タチの悪い軍師がいるようだな」

「? 軍師がですかー? 軍主じゃなくって?」

「いや、軍主もだが。……だけど軍主のやり口は、軍師に影響されるものだろう? ていうか軍師って大抵タチ悪いじゃないか。えげつないというか」

「…………ルクレティアさんには言わないで下さいねー? それ」

「ああ。二度と言わない」

「一度は言ったんですか!?」

「……………………うん」

 なんだか十代の少年テイストで、ファルは頷いた。遠い目をしていた。

「あー……えっとファル様……なんでまた……」

「……ほら、アレじゃないか。俺だって十五だったじゃん。竜馬を盗んで走り出したい年頃じゃん」

「やめた方がいいですよー? めちゃくちゃ引っ掻かれるし」

「実行済みかカイル」

「酔ってたとき」

「……竜馬に引っ掻かれて、よく無事だったな」

「いえ竜馬でなく。グレイグさんに」

 グレイグが引っ掻いたの!?

 ファルは仰天したが、賢明にも聞かなかったことにした。今現在、竜馬騎兵団の醜聞は本当にどうでもいい。

「でだなカイル、なんだか潔癖な気分になりやすい年代だったわけだ俺も。なんたって十五だから。なのにえげつない戦争案がポンポン出てきちゃったりするじゃないか」

「それが軍師さんの仕事ですからねー」

「……それ、えげつない案を出すのが仕事の全部って聞こえるぞ。……だがまぁ、そうかな。兵法なんてある意味、どれもえげつないしな」

「それで? 食ってかかっちゃいましたか」

「いや。皮肉を言った」

「え、ファル様がルクレティアさんに? 何て?」

「…………『軍師なんてのは、人間としてのネジが一本抜けてないとできない職業なのか?』……と」

「……ファル様〜……」

「反省している。だが続きがある。速攻で言い返されたんだ」

「聞きたくありません〜……」

「聞け。まずルクレティアは、表情筋のみを使ってキッレーイに微笑んだ。感情は一切使ってなかった。羽扇はゆるやか〜に弧を描いた。そして曰く」

「わーわーわーわー」

 両耳に手のひらを叩きつけて音を聞かないようにしている(扇風機の原理)カイルを見て、ファルはその片手を掴み挙げた。

「『王子、私に言わせれば、軍主こそネジが二、三本抜けてなきゃできませんよ。敬服いたします』」

「うわーん聞いちゃったー! ピッチャーライナーで皮肉返ってきたー!」

「ああ。ルクレティアらしくもない。直球だった。びっくりした」

「うー……そんでファル様、どうしたんですかー?」

「その場で土下座した」

「土下座!? 一国の王子が土下座! しかも軍主が! 何やってくれてんですか!」

「だって怖かったんだ!」

「でも何やってくれてんですか! 困るでしょ色々と! 人に見られたらどうするつもりだったんですか!?」

「そしたらちょうどレレイが入ってきた」

「もう見られてるよこの人……!!」

 カイルは続けざまに戦慄した。王兄(当時王子)閣下は、いらんところで最先端であった。

「そしたらルクレティアが慌ててな……俺も慌てたけど」

「でしょうねー……レレイちゃんはもっと慌てたでしょうけどー」

「ああ。『え? メルセス卿……え、あ、王子?』ってな感じだった。とりあえず持っていた書類は全部取り落としていた」

「はあ……で、どーしたんですかその場は」

「ルクレティアが機転を利かせた。『……ッ、とこういう方針でいきましょう王子! 当日もその調子でお願いしますね!』『え……あ、うん! そうだなルクレティア! さすがは君の策だ見事だとも!』……今にして思えばすごく苦しい。あんな焦ったルクレティア初めて見た」

「……当然、レレイちゃんもそう思ったでしょうねー」

「らしいな。確か、『あ……策……ですか? え、でも土下……?』ってパニくってた。そのパニックをいいことに、ルクレティアが笑顔で押し切ってた。『嫌ですねレレイさん、そのうち分かります。使わないにこしたことはない策ですが。ですから今は内密に』って」

 カイルは思わず拍手した。

 苦しい、だが、乗り切ったことに意義がある。

「それからだな……ルクレティアも一人の人間なのだなぁと実感し、真の意味で俺が彼女を信頼できるようになったのは……」

「…………そうですかー……」

 感慨にふける王兄閣下をよそに、カイルは胡乱な目を宙に浮かせた。

 軍主と軍師は確かに影響し合うものかもしれない。だが、ファルが皮肉を、ルクレティアが直球をカッ飛ばしたのも影響の内だと思うと、互いに深く反省して欲しいと思わざるをえなかった。

 

 

 余談だが、一部始終をうっかり聞いてしまった兵士が嫌々ながらシュウに報告し(罪人が軍に関わることを喋っているようなら些事であろうとも必ず報告するようにと言われていた)、ものすごーくシュウとリオから嫌な顔をされたのは、全くのとばっちりである。

 軍主と軍師は、やっぱり反発し尽くさないと互いの手を握れないものらしい。

 

 

 

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