セーフティ・シンボル

5主=ファル、4主=ラズ

 

 

 釈放後、まず第一にファルがやったことは、周囲から話を聞くことだった。

 とりあえず同盟軍に参加しているらしいゲオルグにあれこれ訊ねてはみると、ゲオルグは、攻守の特色・軍の様相・住人の暮らし・好意の在り処など……多種様々なことをソツなく話してくれた。それはもちろん、非常にためになった……けど、なんだか内容がつまらなかった。というか、ピンとこない。

 面白みのない男だな、と悪態をつくと、ならば俺に聞くな、と追い返される始末だ。ちなみに、カイルには最初から聞かなかった。普通にイラっとするに決まっている。

 だったら何を聞きたいのか、と問われれば、実のところファルにも答えようがない。ただ、自分の聞きたいことを聞きたいのである(当たり前だ)。

 リオンが傍からいなくなって早三年、王兄閣下は情報というものの厄介さを、嫌というほど思い知っていた。多くを聞くだけ聞かねば、欲しいものすら分からないのだ。

 リオンはその点、優秀極まりなかった。ファル限定で。

「王子、決算書類はハレスさんに確認していただいた方がよろしいかと」

「王子、ルクレティアさんの機嫌が悪いようです。お急ぎを」

「王子、竜馬レースなら次回は来週です」

「王子、ロイ君にはどうやら好きな人がいるようです」

 ……まぁ最後の報告にはすごくツっこみたかったが、とにかく優秀ではあった。ファルが知りたいことのみならず、ファルが興味を持ちそうなこと全般を知らせてくれたものだ。

「……マクドールとかに、話、聞いてみたいけどなぁ……」

 だがヤツは滅多にそのへんにいない。

 同盟に来ているときはやたら多忙そうだし、来ないときはガツンと来ない。働きたいのかサボりたいのか分かりづらい男だった。

「う〜ん……どうしたもんか」

「…………」

「こうなったら、手当たり次第かな〜」

「………………」

「俺、出所したばっかだし。えり好みしてられないか」

「………………あのさ」

「ん? なんだ、ラズ」

「……いや、君が僕の隣に座って、そろそろ十五分? くらい? その間じゅう、『誰かに話聞かないとなぁ』的なことを言い続け、挙句の果てに手当たり次第ときた。……なのに、僕には何も聞かないとはどういうことだ。僕は何? 空気か」

「一つだけ訂正しとくけど、俺がラズの隣に座ってから既に二時間は経っている。時間感覚がムチャクチャだな、あんた」

「あー……、うん。よく言われる。……気がする」

「よく言われることすら『気がする』のか。有益なことは聞けそうにないなぁ」

「二時間もここにいて、独り言いうよりは有益じゃない?」

「うーん、分かった。じゃあなんか話してくれ」

「そんなアバウトな。せめて焦点は絞って。質問してんのそっちなんだから」

「はいはい。……ここで何してんだ?」

「座ってた。ひたすら」

「川岸だぞ。釣りくらいしたら?」

「……そんな気分じゃない」

「なんで」

「ムイシゼン?」

「…………や、たぶん違うだろ。たぶんだけど、あんたそこまで悟ってない」

「悟んなきゃできないのか? それ」

「だいたい」

「そうか。うかつだった。失敗失敗」

「……」

 会話は一旦終了した。

 だがファルは、頑張ってもう一度トライする。偉かった。

「あんた、ここで何してるんだ」

「? ふつうに」

「……。ええと、暮らしてる、てこと?」

「うん。狩ったり手伝ったりボーっとしたり」

「ボーっとしてるのが九割だろうな」

「さあ……そのへんは僕には分からない」

「…………」

 会話は二度終了した。諦めてはダメだろうか。

 だが、諦めてしまっては108人揃わない……と呪文のように呟いて、ファルは根性を入れなおす。このままでは何もかも曖昧に散らされて終わってしまう。

「じゃあ、なんでここにいる」

「なんで……? 北が戦争中で通れないから。普通北に行きたいだろ」

「知るか。……っと、そうか。あんた南……トラン方面から来たんだったな」

「そう。戻るのは嫌だ。新しいとこ行きたい。だから戦争が終わるのを待っている」

「んな気長な……終わらないかもしれないぞ」

「そうかな。そうは見えないけど」

「なんで」

「この戦争は、もう長くない」

「……ほー」

「ってトウタが言ってた」

「ちょ、誰だよトウタ」

「医者んとこの子」

「………………」

 どうしろと言うんだろう。

「だが医者と血縁、というわけではなく預かっている子どもだとか……」

「いや、トウタの話はもういい」

 王兄閣下は賢くも、この話題を最速で遮断した。ラズはちょっと残念そうだった。仲良しなのだろうか、トウタと。別に知りたくなかった交友状況である。

 そこでふと、ファルは首を傾げる。

 前から……こう……気になってはいた。

「……なあラズ、あんた、マクドールには会って行かないのか」

「マク……?」

「トランの英雄」

「ああ」

 その「ああ」が相槌なのか同意なのかは、よく分からない。

 だが、ほんの少〜し、ラズの調子が変わった。初めて、まだ決めてないことを訊かれた、といった感じだった。

「ほら……よくあるじゃないか。あれ。ええと……」

「ラズ、まとめてから口開け」

「じゃないって。フレーズ? 『喜びは二倍、悲しみは半分』?」

「ああ……あるな。何だ? あんたとマクドールって、友だちだっけ?」

「でなくって。つまり、僕は思うんだが」

「はあ」

 ラズは初めて、ファルに焦点を合わせて視線を寄越す。

 今まで気づかなかったが、その眼光はやたらと鋭かった。

「呪いが二倍って、怖くないか……?」

「……怖いけど」

「だろ?」

「悪い。意味が分からない」

「だいじょうぶ、僕にもいまいち」

「いや、あんたがいまいちじゃダメだろう……」

「うん、つまり」

「つまり?」

「……クンシあやうきに近寄らず?」

「なんで微妙にカタコト?」

「僕はわりと、セーフティにふらふらする主義だ」

「………………」

 王兄閣下は、拙い情報処理能力を総動員して、以上の情報をまとめにかかる。

 ラズ自身は好き勝手やってるだけであるし、あんまし褒められた生き方でもない。だが。

 ……要するに、ラズがふらふらと現れて・勝手気ままに生息して・ボーっとできる場所──この城は、現在デュナンで一番安全な場所なのかもしれないな、と思った。

 

 

 

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