17歳の肖像(An Education)あの頃に戻っても、私は私を止めたりしない
ヒロインの凛とした強さ 作品情報
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■STAFF
監督: ロネ・シェルフィグ
脚本&製作総指揮: ニック・ホーンビィ
撮影:ジョン・デ・ボーマン
衣装:オディール・ディックス・ミリュ
編集: バーニー・ピリング
音楽: ポール・イングリッシュビィ
■CAST
キャリー・マリガン(ジェニー)
ピーター・サースガード(デイビッド)
アルフレッド・モリーナ(ジャック(父))
ドミニク・クーパー(アントン)
ロザムンド・パイク(ヘレン)
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作品レビュー

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当時のイギリスの女性像を描きつつ、
それに疑問を投げかけ、自身のアイデンティティーを求める姿がすがすがしく描かれた作品。
興味深いテーマは、センチな情で歪められることはなく、それが凛とした主人公の姿を確立させている。
■当時の女性像と疑問
この作品には、当時、当たり前とされていた女性像が鮮やかに描かれており、
それに疑問を投げかける主人公の姿が印象深い。
その投げかけられた疑問は現代にも通じるところがあり、観ていて共感を覚える。
当時は現代よりも社会における女性の立場は確立されていなかったようで、
だからこそ、女性たちは勉強して有名大学へ入り、そこで理想の夫探しをする。
あるいは、必死で勉強して大学を出て、男性に頼らずとも生きていける自立した女性になる。
その二つの選択がこの映画からは感じられる。
この手のテーマの映画だと、前者を否定し、後者を肯定する傾向がみられる気がするが、
この映画では両者を同じフィールドとして捉えている、まずはそこに好感が持てる。
ヒロインはどちらかの道に進むため、とりあえず、オクスフォードを目指して勉強していた。
しかし、年の離れた大人のボーイフレンドを持ち、彼に連れられ広い世界を見るようになると、次第に疑問を抱き始める。
もし、結局結婚するのであれば、なぜ勉強などしなくてはならないのか、これまで勉強してきたことの意味はなんなのか。
また、もし自立した女性として自分を高め続けるのなら、それ自体の意味はなんなのか、その先に何があるというのか。
単純に「家庭に閉じ込められる女性」、「良妻賢母を育てる社会」という当時のジェンダー的な要素に偏らず、
現代にも、そして男性にも通じるアイデンティティーの問題を投げかけているため、主人公の感情は観る者の心に迫ってくる。
■キャラクターの魅力
キャラクターも最高に魅力的だ。
ヒロインの凛とした姿には感動すら覚える。
その魅力はキャリー・マリガンの演技はもちろんだが、作品が作り出したヒロイン像も大きな要因の一つとなっている。
それがよくわかるシーンが、終盤のヒロインが自分の部屋で泣き崩れる場面だ。
つらい現実に直面したヒロインは、一人で泣いている。
そこへ父親がやってきて、ドア越しに自らの思いを語る。
涙を誘う感動の場面になりそうだが、ここをそうしなかったところが素晴らしい。
ここをセンチな感動場面にしてしまうのは簡単だし、そうすれば「泣ける場面」は入れられる。
だが、主題がぶれてしまう。
これまで積み重ねてきた女性や若者のアイデンティティーの模索が、「泣ける場面」によって薄められてしまうのだ。
家族ドラマや友情が主題の映画であれば、もちろんそれでもいいが、
こういう別の主題に重きを置いた映画では、そうやって主軸がぶれてしまうのは望ましくないだろう。
この映画はそういうセンチな情に流されないのだ。
父の言葉を聞いても、ヒロインはドアを開けずに一人で泣いている。
この映画の感動は「愛」ではなく、そうやってつらさを一人で噛みしめ、一人で立ち上がるヒロインの凛とした強さにあり、
情に流されない作品の態度がそれを形作っているのだ。
ラストに入るヒロインのナレーションは社会への皮肉と、その社会に適応していく決意を固めた彼女の強さがひしひしと感じられる。
キャラクターでいえば、もう一人、その魅力を発散させていたのが、父親を演じたアルフレッド・モリーナだ。
頑固なうえに強い偏見を持った人物だが、どこか可笑しく観ているとつい笑ってしまう。
そんな憎めない心配性の父を嫌味なく自然に演じている。
しかも、終盤で傷ついたヒロインに胸の内を語る場面では、偏屈な中に実は隠れていた愛情が伝わってきて素晴らしい。
出演時間は短いが、作品に味わい深さを与えてくれている。
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