バナナフィッシュの世界―映画の小部屋―

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リプリー(The Talented Mr. Ripley)

他人の人生を、欲しいと思ったことはありますか?

孤独から逃れようとしたために、さらなる孤独へと陥る青年

作品情報

■STAFF
監督&脚本:アンソニー・ミンゲラ
製作:ウィリアム・ホーバーグ&トム・スタンバーグ
撮影:ジョン・シール
音楽:ガブリエル・ヤーレ
編集:ウォルター・マーチ
原作:パトリシア・ハイスミス

■CAST
マット・デイモン(トム・リプリー)
ジュード・ロウ(ディッキー・グリーンリーフ)
グウィネス・パルトロウ(マージ・シャーウッド)
ケイト・ブランシェット(メレディス)
フィリップ・シーモア・ホフマン(フレディ)
ジャック・デヴェンポート(ピーター)

作品レビュー

■『リプリー』という映画
『太陽がいっぱい』の原作となった小説の再映画化です。
『太陽がいっぱい』はアラン・ドロン演じるトム・リプリーの成功と野心をドラマチックに描いていますが、この『リプリー』はトム・リプリーの孤独に焦点を当てています。
前半は誰にも気づいてもらえない青年の孤独、後半は罪を隠すために誰にも心を許せない孤独。
それらを描くことが目的であり、ストーリーの展開は道具に過ぎない。
だからこそ展開は同じであっても、全く別の映画に仕上がっています。

■リプリーの孤独と愛憎
そういう彼の孤独を重要なシーンの数々や衝撃のラスト、台詞、音楽など多くの要素が象徴的に表しています。
シーンやラストについてはネタばれになってしまうのでネタばれ欄に後述します。

トムをゲイっぽくしたところも効果的です。
彼がほしかったのはグリーンリーフの富や名声、裕福な暮らしだけではなく、
ディッキー・グリーンリーフという存在そのものだったということがひしひしと伝わってきます。
退屈でつまらなく、誰からも気づかれない自分から、華やかで誰もの注目を浴びる存在に変わりたかった。
その強すぎる「憧れ」がトムを変え、ディッキーへの愛憎を生んでいったのだということが、うまく表現されています。

■俳優の演技
そして、俳優の演技。
繊細さと不気味さを場面場面で使い分け、時によってはその両方を発揮させたマット・デイモン。
そして、忘れてはならないのはディッキーを演じたジュード・ロウです。
気分屋で感情の起伏の激しいディッキーの一つひとつの表情うまく演じ分けていました。
同じように感情が高ぶっているシーンであっても、単に激昂しているときと、悲しさから周囲に当り散らしているときとでは見る側に全く違う印象を与えます。
そして、何よりカッコいいんです!今と違って髪もふさふさしていて、金髪だし!若いし!
ジュード・ロウが好きな人、好きでなくてもイケメン好きな人は観るべき映画だと思います。
グウィネス・パルトロウも可愛いです。
フィリップ・シーモア・ホフマンは、出演する映画によって全く印象が変わり、
どんな役にもスルリと入っていってしまうところがすごいです。憎まれ役もばっちり。

↓ネタばれ ネタばれ ネタばれ ネタばれ ネタばれ↓
■シーンとリプリーの孤独
トムの孤独な心をうまく象徴しているのがディッキー殺害場面とラストシーンです。

ディッキー殺害の場面では、彼がトムを「退屈なやつだ」といって怒鳴り散らします。
カッとなったトムはディッキーを鉄の棒で殴り殺してしまいます。
「退屈」というのがどれほどトムに劣等感を与えているか、それが非常によく伝わってくる場面です。
この最も重要なシーンと、映画のテーマである「誰からも気づいてもらえない孤独」=「退屈なやつ」とを結びつけた脚本は見事です。

また、ラストでトムは唯一心を許そうとしたピーターを殺害しなくてはならなくなります。
これも『太陽がいっぱい』とは全く異なるところです。
『太陽がいっぱい』では、最終的に警察が決定的な証拠を見つけ、トムのところへ向かう場面で終わります。
おそらく、彼はつかまってしまいます。アンハッピーエンドです。
しかし、『リプリー』では警察もディッキーの父親も、父親が雇った探偵までも、トムの無実を疑っていません。
トムは、つかまらないのです。ですが、当然これはハッピーエンドではありません。
つかまらないということは、トムはずっと誰にも心を許さず、孤独を抱え続けなければなりません。
ピーターを殺害することで危機を免れてしまったトムは、これからも同じようにギリギリのところで危機を免れ続けるでしょう。
つかまってしまえば孤独から解放されるのに、それが永久にできないということをラストシーンは象徴しているのです。
究極の孤独がここにあるのです。