ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(The Royal Tenenbaums)名前だけが、彼らのつながり。求めるものは、心のつながり。
細部にこだわる独特の感性の集大成 作品情報
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■STAFF
監督: ウェス・アンダーソン
脚本: ウェス・アンダーソン、オーウェン・ウィルソン
製作: ウェス・アンダーソン、バリー・メンデル、スコット・ルーディン
撮影: ロバート・D・イェーマン
音楽: マーク・マザースボウ、エリック・サティ
■CAST
ジーン・ハックマン(ロイヤル・テネンバウム)
アンジェリカ・ヒューストン(エセル・テネンバウム)
ベン・スティラー(チャス・テネンバウム)
グウィネス・パルトロウ(マーゴ・テネンバウム)
ルーク・ウィルソン(リッチー・テネンバウム)
オーウェン・ウィルソン(イーライ・キャッシュ)
ビル・マーレイ(ラレイ・シンクレア)
アレック・ボールドウィン(ナレーション)
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作品レビュー

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画面、人物像、エピソード等、細部の細部まで作り込むウェス・アンダーソンの持ち味が存分に発揮された傑作映画。
散りばめられた一つ一つの出来事や人々が折り重なり、テネンバウム家そのものを体系的に浮かび上がらせていって
可笑しくも感じ入るラストに集約させていく構成も素晴らしい。
音楽の使い方も楽しく、笑わせ方も巧い。
個性的で可笑しいけれど深みがあり、鑑賞後には爽快感が走り抜けるような、唯一無二の映画。
■細部にこだわる映画作り
ウェス・アンダーソン映画の特徴の一つが、細部にこだわった画面作りだ。
画面の中心、つまり、その時に映すべき対象だけでなく、
画面の端の方にまでフォーカスを当てているのだ。
誰かと誰かが真ん中で話している時も、
その後ろでは別の人物たちが全く関係のない動きを取っている。
セットも同じで、本のタイトルやら通りの名前やら、
全く必要なさそうなところまで細かく作り込まれている。
つまり、アンダーソンの作る画面は、一場面でものすごい情報量なのだ。
それが、どこか観る側の知的好奇心を擽り、
ただその画面を眺めているだけで楽しくなってくる。
また、焦点を中心に絞らないため遠近感があまりないのだが、
それによって、どこか玩具のようで、ハンドメイドな温かみを感じる画面になり、
その中で動く実写キャラクターとのコントラストが、
他にはない独特な味わいを出している。
細部へのこだわりは、画面作りにとどまらない。
人物像やエピソードもこれでもかという程、細かく練り上げられている。
キャラクター自体は少々度が過ぎるほどに個性的ではある。
しかし、彼らが抱える問題や変化を丁寧に掬い上げ、全編に渡って描いているので、
そこには嘘くささがない。
奇抜ではあるが、それとは真逆の普通の人間らしさも兼ね備えているのだ。
ただステレオタイプ化された「奇抜なキャラ」ではなく、
人間的な体温を持ったキャラクターになっている。
そうやって一人一人細かく描くことで、彼らに対する作り手の愛情が見え、
それも、どこか観ていて気持ちがいい。
■細部をまとめ上げる構成力
細部まできっちり描き、散りばめられた人物像やエピソード。
それらの要素は、ただバラバラにあるだけではない。
それぞれが係り合いながら
「テネンバウム家」という風変わりで複雑な家族の姿を体系的に描き出している。
様々な方向から描かれてきたものが、
積み重なり折り重なり、巨大な一つの姿を浮かび上がらせているのだ。
そして、そうやって描いてきたものは、
ラストに刻まれた言葉に見事なまでに集約されていく。
その言葉は、いろんなものを集約する力と、ユーモアの両方を含んでおり、
あまりにもばっちりと決まっていて、何とも言えない気持ちの良さが溢れてくる。
ともすれば水浸しになってしまうであろうラストを、
スパッと終わらせるセンスも好もしい。
とにかくこうした見事な構成力も、この映画の大きな魅力だ。
■音楽
音楽にも作り手のこだわりが見える。
60年代から70年代のロックやポップミュージックが、
見事に画面とのケミストリーを生み出している。
どことなく、文学を思わせるように感じるのは、
その年代の音楽が持つ力によるものであるようにも思われる。
ウェス・アンダーソンの感性と描き切る力、そして構成力、音楽、
そういったものが素晴らしき呼応を見せた傑作痛快人間ドラマだ。
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