バナナフィッシュの世界―映画の小部屋―

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かいじゅうたちのいるところ(Where the Wild Things Are)

見たことのない世界、流したことのない涙

子どもらしい孤独、それと向き合うための世界

作品情報

■STAFF
監督:スパイク・ジョーンズ
原作:モーリス・センダック
脚本:デイブ・エッガース
プロデューサー:トム・ハンクス
撮影:ランス・アコード
編集:エリック・ザンブランネン&ジェイムズ・ヘイグッド


■CAST
マックス・レコーズ(マックス)
キャサリン・キーナー(ママ)
マーク・ラファロ(ママの恋人)
ジェイムズ・ガンドルフィーニ(キャロル(声))
ローレン・アンブローズ(KW(声))
クリス・クーパー(ダグラス(声))
キャサリン・オハラ(ジュディス(声))
フォレスト・ウィテカー(アイラ(声))
ポール・ダノ(アレクサンダー(声))
マイケル・ペリー・Jr.(ザ・ブル(声))

作品レビュー


■子どもの描き方
何といっても、子どもの描き方がすばらしい映画でした。

子どもが登場する映画やドラマにありがちなのが、
妙に大人びている子どもや、不自然に笑顔を振りまく「無邪気」な子ども。
しかし、そういう子ども像は大人が作り出したものであり、実際の子どもには即していません。
いくら「無邪気」な子どもであっても、それは大人から見て「好ましい無邪気さ」であり、実は偽物なのです。

しかし、この映画のマックスには、決してかわいらしいところばかりでない子どもの姿が、しっかりと表現されています。
なかでも、「子どもらしい孤独」が本当によく伝わってきました。
心の中には言いたいことがたくさんあるのに、幼いためにそれらを語る力がない。
だから、いつも言葉の代わりに物を壊したり、暴れまわってしまったりして表現するしかない。
それが悪いことだとは分かっていても、自分の気持ちを理解せずに叱る大人にさらに反発してしまう。
そして、それが原因で「一人ぼっちだ」と感じてしまう。
そういう、多かれ少なかれ誰もが子ども時代に経験したことのある感情がマックスには投影されています。
だからこそ、誰もが感情移入でき、懐かしささえ感じられる映画になっているのです。

■孤独と向き合うマックス
この「子どもらしい孤独」とマックスを正面から向き合わせたのが、かいじゅうたちが住む不思議な島です。
かいじゅうの中の一人に、マックスと同じように言葉に暴力を置き換えて表現してしまうキャラクターをつくり、
それをマックスが外側から見つめるという構図をとっています。
かいじゅうのキャロルが見せる怒り任せの暴力や、その後の悲しい表情はマックス自身のものでした。
だから、マックスはキャロルに同情、共感し、観る側も懐かしさと共にマックスと同じ気持ちになれます。
そして、マックスは自分とキャロルの行動や周囲の気持ちを考えるようになり、一歩成長を遂げるのです。

■真実を描くファンタジー
かいじゅうのいる島は当然架空のものであり、この映画は実際にはない世界を描いたファンタジーです。
しかし、そこに描かれる子どもの孤独は現実の姿を見事に切り取ったものであり、
ファンタジーという箱の中には、実際の心の動きが入れ込まれています。
現実の世界を舞台にした映画やドラマであっても、中身は完全なるフィクション、つまり人の心を捉えていない場合が多いですが、
この映画はその逆なのです。

原作自体は非常に短く、ただかいじゅうの島へ行って帰ってくるだけ。
しかし、そこには読み手によって様々な解釈の余地が与えられています。
捉え方を無限に拡げてくれる絵本なのです。
そこに、スパイク・ジョーンズは自らの解釈で、
絵本が与えてくれた箱に子どもの孤独というテーマを盛り込みました。
そして、それを中心として物語を紡ぎあげ、キャラクターに人格を与えていったのです。
この創造力はすばらしいです。

■その他の要素
そのほかにも、音楽や映像など、様々な要素がこの映画の世界を作り上げています。
音楽には子どもの声を入れることで、活力と繊細さが感じられるし、
いつでもどこにでも走っていくマックスの姿には、せわしない子どもらしさが見て取れます。
かいじゅうたちの個性も楽しく、そして抱える心の悩みもマックスと同じく繊細で、ひとり一人がとてもいとおしい存在に思えます。