バナナフィッシュの世界―小説と映画の小部屋―

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『赤毛とそばかす』

 

  涼しげな淡い水色の空。そこに、ジリリリリ、とチャイム音が響いて、乾いた空気を震わせる。音に驚いたのか、数羽の鳥が木の葉の間から空色の中に飛び出していく。

 卒業式用の緑のガウンを着たままの生徒たちが、数人、校舎から飛び出して、大声で叫びだす。わあー、とか、おおー、とか。意味をなさないその声は、チャイム音よりさらに大きく空気を突き抜けて、ずっと、ずっと、上の方まで届いていく。

 そんな様子を遠くの方に聞きながら、少年が二人、校舎裏に座っている。8インチほどしかないコンクリの上に腰を下ろして、その先の側溝に、ひざを折り曲げて足を渡している。一人は赤毛で、白い肌にも赤みが差していて、いかにも少年らしい。もう一人は金髪で、健康的に日焼けした肌にそばかすが印象的だ。二人とも、ぼんやりと空を見上げている。

「もう、中学、終わっちゃったね」

 空に向けていた顔をそばかすの方に向けながら、赤毛が口を開いた。

「うん」

 そばかすは、相変わらず空を見つめながら答えた。そのまま、乾いた空気と共に、沈黙がさらりと流れた。

「昨日、何した?」

 そばかすが聞いた。

「んー、ペットショップ行った」

「何見た?」

「普通だよ。犬とか、猫とか」

「ふうん」

 そばかすは自分で聞いておきながら、さして興味もなさそうに言った。それを聞いて、赤毛は、

「でも、魚もいた。なんてんだっけ? 川にいる奴。で、ほら、人とかも食っちゃうような魚」

「え? 何? サメ?」

 そばかすが、空から視線を移して言うと、赤毛が笑い出した。

「サメがペットショップにいるかよ? しかも川にもいねーよ。ほら、もっと小っちゃい奴でさ」

 赤毛が言うとそばかすは少し不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、再び空の方に顔を向けた。赤毛は少しためらいながら、

「あの……、あれだよ。暑いとこ、そう、なんだっけ、アマゾン川? とかにいてさ……」

「ピラニアだ」

 そばかすが、赤毛の言葉を遮るようにして言った。それを聞くと、赤毛の顔に喜びの色が差した。

「そう、それだ。それが、いたんだ」

「ふうん」

 再び沈黙が訪れた。そばかすは空を見つめていて、赤毛はそばかすの顔をちらり、ちらりとやっている。

「なんか、買っってもらったのか?」

 そばかすが言うと、赤毛の顔に再び笑みが広がった。

「うん、犬。ポメラニアンって奴。弟の誕生日だったから」

「お前に買ったんじゃないんだ」

 そばかすが言うと、赤毛は視線を下に向けてから、ぽつりと

「うん」

 赤毛の口調の変化が気になったのだろうか、そばかすは空に向けていた視線を赤毛に移した。それから、しばらく見つめると

「良かったじゃん、その方が」

「うん」

 赤毛はそう言って下に向けていた顔を空の方へ向けた。そばかすはそれを確認すると、自分も同じように空を仰ぐ。二人の前髪を、風がゆるゆると撫でていった。

「オレは、リズ・エバンズのパンツ見た」

 今思い出したかのように、そばかすがふいとそんなことを言った。赤毛の顔に、再び無邪気な笑みが広がって、

「マジで? 何色?」

「イチゴ柄」

 そばかすが言うのを聞くと、赤毛はからりとした声をあげて笑い出した。

「イチゴ! 何だよ、かわいいな。男よりケンカ強そうな筋肉女のくせに、イチゴ柄はいてんだ!」

「ああ」

 そばかすは、笑っている赤毛と視線を合わせ、口の右端を吊り上げてみせた。だが、すぐにその視線は下の方に向けられ、端の笑みも消えてしまう。赤毛も彼の反応に違和感を覚えたのか、笑顔が真顔にすうっと呑み込まれていった。二人の間を風が静かに流れていく。

「オレ、リズのこと、好きだったんだ」

 そばかすが言うと、赤毛は目を大きくして彼を見た。風が相変わらず、二人の頬を撫でていく。少し間を置いて

「あの……ごめん」

 赤毛がそばかすの靴の辺りを見ながら言った。

「あ? 何が?」

 そばかすは赤毛の顔をばっちり見ながら言う。

「だって、オレ、筋肉女って言ったし……」

 今度はそばかすが声をあげて笑った。

「いーよ、別に。だって、筋肉女じゃん」

 それを聞くと、赤毛もそばかすの顔の方へ視線を上げて、そして、一緒に笑った。それから、二人は笑いながら空を見上げた。白い雲が、水色の中を泳ぐように動いていく。そのまま、二人はしばらく黙って、髪の毛を揺らして去っていく風を感じていた。

「やっぱ、お前、知らなかったかあ」

 そばかすが空を見ながら、言った。

「うん」

「リズも知らないんだろうな」

 そばかすは、やっぱり、空を見ながら口だけ動かして、言う。

「リズは、きっと、オレがあいつのこと好きだったって、知らないまんま、ずーっと過ごすんだよ。そんで、リズにとっては、オレはずっと、他のクラスの奴らと、なんにも変わんないんだよ。昔の中学の同級生って、そんだけなんだ」

 赤毛はそこまで黙って聞いていた。が、そばかすの顔を見て、それから、意を決したように

「今から告ってみれば?」

 そばかすは空に向けていた視線を下げ、目の前の空間を見ながら、首をふった。

「今じゃ、かわいそうだよ」

「そっか……」

 再び、さらりとした空気の中を、沈黙が流れた。二人は黙ったまま、それぞれ空を見たり、コンクリの染みを眺めたり、側溝の中を覗いたりしていたが、そのうち、赤毛が

「お前、キスって、したことある?」

 そばかすは少し間を置いて

「ないよ」

 赤毛はしばらくコンクリの上を歩くアリを見つめていたが、何かを思いついたように、ふいっと顔をあげて、そばかすを見て

「オレらでしてみる?」

 そばかすは、一瞬、いつも細めている目を大きく開いて、赤毛を見た。その驚きの表情が、次第に普段の、つっぱった顔に戻っていき

「しねーよ」

 そばかすの返事に、赤毛は笑って彼を見た。

「いや、ホントに最後だから、ためしに、どうかなって思って。ダメか」

「ダメだよ」

 二人は顔を見合わせて、そして、二人そろって笑った。それから、空を見ながら

「オレ、キスしてみたかったなあ」

 赤毛が言うと、それに被せて、そばかすも、

「オレも、してみたかった」

 そう言って、少し間を置いてから

「リズは、そのうち、誰かとするんだろうな」

 赤毛はそばかすの方に視線を動かした。

「関係ないじゃん」

「うん、関係ないな」

 それから二人は、顔を見合わせた。言葉には出さないが、目で何かを伝えあい、分かった、というように同時にうなずいてみせ、それから、手元の方へ視線を移す。

 二人の手には、拳銃が握られていた。どちらも父親の持ち物かなにかなのだろう、扱う手がぎこちない。そばかすが、ふう、と息を吐き、それから、決意したように顔をあげた。続けて、ゆっくり、伸ばした腕をあげて体とちょうど九十度の角度のところで、止める。銃口は、赤毛の方を向いている。

「お前もやれよ」

 そばかすに言われて、赤毛も銃をそばかすに向けた。その腕は、まっすぐ伸びてはおらず、少し、ひじを曲げている。赤毛の銃口が自分に向けられているのを確認すると、そばかすは

「じゃあ、一、二の、三で、撃つぞ」

 赤毛は目を伏せ、少しの間黙っていたが、そのうち、遠慮がちに、言った。

「あのさ、オレらが死んで、それで、なんか、ショック受ける人って、いると思う?」

 赤毛は、その人物を探し出そうとしているように、眉間に少ししわを作っている。しかし、すぐにそばかすが

「いねーよ。だからやるんじゃん」

 その言葉に、やっと、赤毛は目をそばかすの方へ向けた。

「うん」

「じゃあ、やるぞ」

「うん」

「一、二の、三でな」

「うん」

 それから二人は見つめ合い、そばかすが

「一、二の、三」

 パン!

 乾いた音が空気に高く響く。空の方まで突き抜けるその音に驚いて、また、木の葉から鳥が何羽か、ぱらぱらと飛び立つ。それから、再び、静寂が、ゆっくりと辺りを満たしていく。

 目をつぶったままのそばかすの耳に、辺りの音が届いてきた。静かに耳の辺りでささやき、髪を撫でていく風。あれ? おかしい……。ゆっくりと動く思考がその考えに辿り着いたとき、自分の足もとに、何やら重みが増したことに気が付く。そっと、目を開けると――

 赤毛が倒れていた。横に向けた顔は、目をつぶり、口を薄く開いている。ちょうど額のところに丸く、黒く塗りつぶしたような穴が開いていて、そこから幾筋も鮮やかな赤色が流れ出ている。

 そばかすの頭は真っ白になった。ただ、ただ、目に映るその姿があるだけで、思考も感情も、動かない。しばらくの間、彼はそのままの状態で、赤毛を見つめていた。が、だんだんに、ゆっくりと氷が溶けていくように、彼の思考が動き始めて、ある瞬間、目の前の事実に気が付いた。

 ――こいつが死んで、オレだけ、生きてる――

 それを悟った彼は、急いで赤毛の手に握られている銃を掴むと、自分のこめかみに当てた。そして、引き金を引こうとするが――手ががくがくと震えだした。彼の意識はそれを引こうとするのに、彼の指はどうしても動かない。ただ、引き金の手前でぶるぶると震えている。胸にぶわりと熱さが湧いて、それがどんどん上の方へのぼってくる。顔の方まで上がってくると、目から涙がぼろぼろこぼれ出した。引かなきゃ、引かなきゃ、引かなきゃ――。頭でそう思っても、手は全く動かない。ただ、ただ、焦るほどに震えが増して、涙が溢れるだけだった。

 彼は銃口をだらりと下げた。そして、そのまま、声をあげて、顔を下に向けて、泣いた。風がさっきまで、二人に吹いていたのと同じように、そばかすの頬だけに触れていく。しばらくそのままで時間が流れた。

 しかし、ふいと、そばかすの頭にあることが浮かんだ。彼は赤く、腫れぼったくなった目を銃に向けて、その弾倉の中を確認する。と――

 弾が入っていない。

 それを目にすると、再び胸に熱いものがせりあがってきた。涙がじわりと目にたまってくる。

 赤毛は死んでしまった。彼が単に弾を入れ忘れたのか、それとも入れずに撃ったのか、そばかすが知ることは、できない。しかし、この事実は変わらない。赤毛は弾のない銃で撃って、そばかすは弾のある銃で撃った。

 そばかすは、今度は声をあげず、ただ、涙がとめどなく頬を伝っていくのを感じていた。濡れた頬に吹く風が、ひやりとさっきより冷たい。彼はしばらく赤毛のことを見つめていた。額から流れる血は、さっきより量を増し、赤毛の白い肌を伝っていく。それを見ていると、また、ふいとある考えが頭をよぎった。

――顔をきれいに洗ってやろう――

 そう思って、そばかすは、赤毛の体を抱きかかえ、そのまま、水飲み場の方へ、歩いていった。

 

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