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『時を超えて』
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テーブルの上に、ガラス瓶。コルクの蓋を外されたその中には、小さな琥珀がちょこんと座るように、置かれている。透明な橙色を、じっと、見つめる。光が表面を透過し、内側に包まれた幾層もの泡がきらきらと輝いている。まるで、琥珀の中に宇宙が広がっているようだ。――と、その中央に、細くて小さな黒いものが見える。汚れかな、と思い目を凝らすうちに、カメラのピントが合わさるように、すうっと、ぼやけた形がくっきりとなっていく。宙に投げ出された、糸のように細い足。羽ばたくように広げられた翅――虫だ。小さな小さな虫が、光を吸い込み輝く琥珀色の中、泡と一緒に浮かんでいるのだ。その姿は、飛ぶ、というよりは泳いでいるよう。見ていると、つぶつぶ、つぶつぶ。次第に虫の周りの泡が動きはじめる。さわさわという微かな音が耳にあたる。琥珀色はまるで水の波紋のように、泡と一緒にゆっくり動く。光はその波紋をなぞる雫のよう。てらりてらりと輝きながら、上へ上へ流れていく。その光の波紋を追うように、虫もまた、少しずつ少しずつ琥珀の中を昇っていく。次第に虫は光の流れを突き抜けるようになる。光は虫によってくちゃくちゃにされ、琥珀の内側の小さな宇宙がかき乱されていく――そして、じゅぽん。虫は、橙色に輝く小宇宙から飛び出した。どろりとした流れと光の魔術から解放された虫は、琥珀に包まれていた時より一回り小さくなった体を震わせ、翅をばたつかせる。括り付けられた重い鉛を脱ぎ捨てたような、その軽やかな動き。そして次の時には、視界の向こうへ行ってしまった。
僕は虫が消えていった方を見つめ、瞼を閉じる。それは僕に残された、意志を伝えるための唯一の手段でもある。そして、あの虫のように、時代を飛び越える。
足元には地肌を見せる巨大な岩山、そしてその下には、どこまでも広がる草原と、遠くに微かに森の影。頭上高く、光で白んだ空が世界を覆う。僕は岩山の上を走る。風を切り、矢のように、走る。体は鉛を脱ぎ捨てたように軽い。どこまでも走っていけそうな気がする。そして、岩山の崖に辿り着く。僕は大きく息を吸い込み、新鮮な空気を肺に送る。そして、力いっぱい地面をけり上げ、草原の海へ飛び込んだ。すると、体は地面へがくりと吸い込まれ、世界が上へ登っていく。どんどん、どんどん登っていく。――と再びがくり。世界が止まる。気が付くと、僕は飛んでいた。
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