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多田道太郎『しぐさの日本文化』





 昔はよかったよなあ。毎日新しいことを知って驚いていた。学校嫌いで我慢強く英数を学習しなかったツケに悔やんでいるところはあるけれど、「知る」ことは本当に楽しいし、いまでも好きだけれど、やはり数年前までの方がずっと刺激的だった。やはり歳のせいか。

 ならばいっそ、おもしろかった本の思い出を書いていくという遊びはどうだと思いついた。本棚の背表紙をみて一冊ずつ書いていっても死ぬまでかかる計算になるし、その中に新規に読んだもので刺激を受けたものがあれば加えていってよいではないか。

 多分、読み手は少ないはずだし、数ヶ月飽きるまでいい加減に書いていけばいいのではないか。

 というわけで、最初は多田道太郎『しぐさの日本文化』。筑摩書房刊の著作集が本棚にある。読んだのは大学生の頃。講談師や現代新書版であった。多分、1972年前後だと思う。映画が好きで安い映画館をはしごしていた時期があって(無論、当時の大学生としては当たり前のことだったのだが、流行の東映やくざ映画は受け付けなかった。むしろ)古い小津安二郎や黒澤ものをよく見ていた。


 そんなわけで、最初『しぐさ…』で目を惹いたのは、「しゃがむ」というみぶりについて書いたところで、喪服姿の原節子がしゃがんだ姿勢で振り返りながら微笑む場面についての解説があったところに視線がとまった。





角川文庫版というのもあったな。




 原節子というのは、戦前から昭和二十年代に活躍した女優さんで、小津作品の『東京物語』の時期にはそこそこのお歳であった。かなり後にドイツとの合作の戦時映画に出てくる初々しい原さんを見て、その美しさに驚いた。映画自体は富士山の裏に厳島神社があってその鹿と戯れるなどとんでもない設定のもので、さすがに付いていけない代物なのだが、とにかく振り袖姿の原さんの美しさは輝いていた。


 それでも、─ それでもという表現はあんまりかもしれないが─『東京物語』は日本を代表する名画である上、登場する亡くなった長男の嫁という設定で老夫婦に接する原さんの微笑みは、十代や二十代初めには絶対に無理だったろうというすばらしいものであった。


 多田の分析は、このしゃがむという姿勢は、西欧人にはないもので、その不安定さ、弱さが日本文化の美意識と関わっているといったようなものであったと記憶している。(もし違ったらごめんなさい。敢えて確かめない。)


 しゃがんだ和服姿の美人を小津はよく撮している。裾を綺麗に揃えた女性が川端の柳の根元にうずくまりふりかえりながらぽつりと一言セリフをいう。相手の視線を見据えるのではなく、視線を外して姿勢を低くする。これは弱い者のとる姿勢であって、相手の力を利用してむしろするりと抜けて相手を制すような嘉納治五郎に通じるようなしぐさなのだ。こんな風の展開であった。

 何がそんなに刺激的だったんだろう。しばらく多田の著作を読みふけっていた。

多田の筆致はあくまでも遊びだという感じの軽いものであったことが新鮮だったのかも知れない。あるいはフランス文学者がこういう社会学者のようなあるいは文化人類学者のような視線をもっていることに驚いたのかも知れない。なにしろ当時の私は境界線をまたぐことにあこがれを抱いていたからだ。

「えっ。こんなどうでもいいことに目を向け文章を書く人がいるの」という驚きだったかも知れない。

 「革命がどうの」ということを周囲が叫んでいた時期で、金に縁のない生活をしていた私は紛争でヘルメット被っている連中の家(いまなら実家と表現するところか[とんまな注釈を入れると、元々は嫁とか養子の生家の意であったが、1970年頃から親元から離れて生活している成人した子の親の家を指す語として誤用されるようになった])の立派さに劣等感を抱いていたところもあって、反発を感じていたこともあった。「世界」のことも「日本社会」のことも知ったことかという感情があって、拗ねた気分で映画館の暗がりに潜んでいたところもなきにしもあらずだった。そんな気分に「しゃがむ」はぴったりだったのかもしれない。

 随分後に、ジンメル著作集を読んでいて、多田さんの発想と重なるものを見つけることになる。「世界理解」と細部観察がみごとに組合わさっていく精巧な思考をそこに見ることになるのだが、多田道太郎体験は、そこへの導入としてもかなりいい線をいっていたんだと思える。


 ええっと。偉そうに言っているつもりじゃないんだよ。自分の過去に対して現在の年取った自己は優位に立っているらしく、過去を振り返るとなんとなくそんな文章気分が醸し出されるらしい。「ネットだと強気」というのとちょっと違うと思う。



















 

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