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上山明博『ニッポン天才伝』(朝日新聞社・選書) この本は是非とも生徒に読ませたい一冊ですね。ちょっとクイズを出します。 次のフレーズと人名を結びつけてみてください。 a 酸化酵素の父 b 高分子化学のパイオニア:ビニロンの父 c アドレナリンの父 d 化学の父:百年後の日本をめざした化学者 e 類体論の父:数学の神様と称された現代数学の巨人 f 胃カメラの父 g ペースメーカーの父 h 竜巻研究の父 i 飛行機の父:ライト兄弟に先駆けた男 j 特殊金属の父 k 蓄電池の父 l 放送の父:「東洋のマルコーニ」と言われた天才少年発明家 m 地震学の父 n 天気予報の父 @杉浦睦夫 A田原淳 B増本量 C桜井錠二 D高峰譲吉 E桜田一郎 F島津源蔵 G大森房吉 H藤原咲平 I藤田哲也 J高木貞治 K二宮忠八 L吉田彦六郎 M安藤博 |
| この14人に加えて量子統計学の父・久保亮五(湯川秀樹とノーベル賞を競ったもう一人の天才)、ゲル科学の父・田中豊一(生命の起源に挑んだ五十四年の生涯)が書かれている。 クイズ答は、a−L b−E c−D d−C e−J f−@ g−A h−I i−K j−B k−F l−M m−G n−H 私の正解数は情けない数値で3でした。本を読んだ上での話なのだからますます情けない。人名を覚えるのは苦手という問題ではなく、そもそも読む前から聞いたことがある人物が4人でした。そういえばという人が2人。にも関わらず正解3というのは、結び付け方を誤ってなのですが、私が特に阿呆だということでもありますまい。 日本のマスメディアが、あまりにも日本人研究者の業績に無知であり、無関心であったという事実を反映したものなのではないでしょうか。「日本人は独創性(オリジナリティー)に乏しい」という偏見を流布することにやたら熱心だったのがマスメディアだったというのことなのです。 日本人の研究は、むしろ独創性に富んでいる。 問題は、多くの画期的な日本人の研究成果を評価しないまま歴史に埋もれさせてきたことにあると思えるのである。つまるところ、乏しいのは、日本人の独創性ではなく、同じ日本人による独創的な研究を正当に評価しようとしない、という点にこそあるのではなかろうか。加えて、われわれの内部に、まだ白人に対する劣等コンプレックスが隠れているのかもしれません。そんなもの21世紀になって残ってなどいないと考えていたのですが、案外「舶来信仰」などという旧態依然のものが残っている可能性は否定できません。さらに、マスコミ関係者の「科学オンチ」という事情が加わります。それに呼応するように一般の人も科学に対しては少し距離を置いている印象を受けます。 一人だけ取り上げてみましょう。久保亮五という物理学者がいます。量子統計力学の第一人者だそうです。 私にとり量子力学なんてSF小説や素人向け科学雑誌で少し馴染みがあるだけの存在です。ただし、ハイゼンベルクの名前やシュレーディンガーの名前は、社会科学認識論を学ぶ上で避けて通れない存在になっているため耳に馴染みはあります。理解はできていないのですが。 いずれにせよ、この二人の研究成果が発表されたのが1925年、26年です。電子や原子核などの微視的現象を説明する物理学の理論である量子力学が誕生したということになります。この世界では、熱や電気の輸送現象をミクロとマクロの、つまり電子のふるまいと物質の特性の世界を統一的に数学的厳密さをもって現すことの必要性と困難性がすぐに認識されていたそうです。リチャード・ファインマンなどがこの問題に取り組んだのだそうです。 1957年に、世界の著名な物理学者が挑んできた輸送係数の公式を、ついに導き出すことに成功したのが東京大学理学部教授であった久保亮五であったというのです。電気伝導度を電圧がかけられていないときの熱平衡状態における電流のゆらぎ(電流の時間相関係数の時間積分)で表した、と本書の説明にあります。 久保さんは大正九年二月中国文学者の第五子として東京駒場で誕生、旧制中学を四年で卒業、第一高等学校理科甲類、東京帝大理学部物理学科を21歳で卒業、昭和一八年、23歳で助手に就任。この年に仙台での物理学会で「ゴムの弾性に関する一つの模型的考察」という統計力学の論文を発表しています。 この論文は空襲で焼失。敗戦直後の廃墟で、食糧難の中書き直し、敗戦の都市の暮れに書き直し、翌年書籍として出版しています。伸ばしたゴムはなぜ縮むのかを、分子や原子などの振る舞いとして捉え、無数の粒子の振る舞いの統計的な力学法則として説明した名著だそうです。 いわば鎖国状態にあった時期に、ひもじさを抱えて仕上げた業績は凄い水準のものであったということです。 昭和25年にはシカゴ大に渡り、3年後に帰国し、「磁気共鳴共収の一般論」を富田和久と共同発表。これは後の磁気共鳴断層撮影装置(MRI)の原理として応用されるものです。その4年後に発表したものが「久保公式」です。 明らかに外国の既存の理論を借りてくるのではなく、確固たる基礎科学の体系を再構築しようという意図をもち、それを成就させたものといえそうです。 若くして日本の物理学界のプリンスと認められ、次のノーベル賞候補として世界の注目を集めてきながら、突然、脳梗塞に倒れ、平成7年死去します。量子力学の登場以降、物理学は大きく「素粒子論」と「物性論」の二つの分野に分けられ、前者の日本の代表が湯川秀樹とすれば、後者の代表が久保亮五なのだそうです。 理論面でも、世界に貢献する業績を出した日本の研究者がいたということは、われわれの誇りとしてよいものと思います。私のような者でもファィンマンの著書は読み、多少のファインマンのような物理学者に関する知識をもつというのに、これまで久保さんの研究についてはまったく知りませんでした。 必ずしも賞を受けるようなことが研究者の価値を決めるものでもないとは思いますが、少なくとも同じ研究領域に従事する多くの研究者がその業績の偉大さを認めるような研究内容について、簡単にでも広く紹介されてしかるべきではありますまいか。少なくとも、お笑い芸人ばかりが有名になり、若者があこがれる社会の有り様は異常なのではないかと感じます。深夜放送「あらびき団」をつい見てしまった翌日だけに深刻なんだよなあ。(3.6) |
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