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日高敏隆『チョウはなぜ飛ぶか』(ランダムハウス講談社)

 動物行動論の日高さんの選集(日高敏隆選集1)がランダムハウス講談社から出版され、『チョウはなぜ飛ぶか』が復刊されました。もともとは1975年に岩波科学の本の一冊として、絵本のような感じの本で出版されてました。私が読んだのは1980年頃でした。はじめて読んだとき、衝撃を受けたといってもよいと思います。結論だけを書いてある本ではなく、疑問とされを確かめるための工夫や経過が書いてある本というのは珍しいからでした。その態度は、そのまま、「科学」についての、当時の私の思いに直結していただけに大きく揺り動かされたのだと思います。簡単に言ってしまえば、「科学」とは、思考の手順であり、態度であるということを生徒たちにわかってもらいたいという思いでした。だからこそプロセスが問題なのです。「科学する」ことが問題なのだと考えていたのです。

 この本は、高校生に贈る生物学シリーズの一冊として、1998年に「新版」として再度出版されます。したがって、今回は3度目の出版ということになります。
 それだけ著者の日高さんにとっても、思い入れの深い著書だということなのでしょう。

 それも宜なるかなというところで、そもそもの始まりが小学生のときに当時住んでいた渋谷の借家の庭にやってくるアゲハチョウが、いつも庭の南半分の木のあたりを飛んでいくことに気がついたというのです。日中戦争は既に始まっていて、第二次世界大戦直前の時期です。そこで日高少年はアゲハチョウの後を追いかけて、チョウの道を確かめることにしました。

 自分で確認できる限度の地域について確かめたところで、次々に疑問が湧いてきました。どうしてきちんときまったルートができるのだろう?

 花と花を結んだルートになっているが、どこに花があるかをどうしてチョウは知るのだろう?
 自分で覚えたのだろうか? ならば、サナギからかえったばかりの時期にはやたらなところを飛んでよいはずだ。仲間から教えてもらうのだろうか?
 こういうことを考えながら記録をつけていくと、春と夏とでコースが異なることに気づきました。
 そんなことを考え続けているある日、小学五年生か六年生の頃、本来は横浜以西に住むモンチアゲハを見かけます。迷いチョウというのだそうです。それが3日間飛んでいました。後を追いかけて、モンキアゲハがクロアゲハのチョウ道を飛んでいることに気づきます。そこから建物との関係で形成される上昇気流と関係しないかという仮説を思いつきます。
 そうこうしているうちに戦争は激化し、氷川神社にチョウを採りに行っているときに、敗者の宮川さんという同好の士に遭遇します。空襲により二人とも家が焼かれ、疎開を経て東京に戻ってきて10年も経って、農業技術研究所に勤めていた平野さんを加えた三人で房総半島に観察地を見つけて、モンキアゲハのチョウ道のマッピング作業に勤しむことになるのです。

 このときの観察から風や太陽の照度との関係を発見します。その後のアゲハチョウでの観察は、樹への反応の強さを確認することになります。

 一つ分かると、また新たに疑問が浮かんでくるというのは、とても刺激的だと感じます。この本の最大の魅力はそこにあるともいえるでしょう。
 第二部では、配偶行動、つまりどのようにオスはメスを見分けるか、また、見つけるかについての実験と観察です。実験というのは、紙に書いたどのような模様に反応するかといった条件を統制したり、ゲージ内で飼育したり、孵化するなどすることで、環境条件を制御して行動を確認するというような観察方法をとるのです。
 モンシロチョウではオスはメスと認識する条件さえあれば、腹を曲げて交尾しようとしたのに対して、アゲハチョウではメスに近寄っても交尾行動には至らない場合が多く観察されました。どうやら別の条件で区別しているようなのでした。
 著者はニオイに着目して実験を繰り返すことになります。

 そこでどのような実験プランをたて、どのような道具を工夫して作りだし、といったことを次々に挑戦していくところが読んでいて興奮するところです。

 これは社会科学においても同じ事です。調査は、それまでに立てた仮説の検証と同時に、新たな疑問を数多く浮かび上がらせます。それを解明していく過程でまた疑問が出てくるのが普通です。その度に、「なぜ」を説明する仮説を考え、それを検証するための実証可能な作業仮説に工夫を凝らしたり、視点を変えて、コントロール可能な条件を考え抜き、実験の工夫や調査の工夫を凝らしていくのが楽しいのです。無論、楽しいのと同じくらい苦しいわけですが。

 こういった研究の奥深さに気づいていただくには本書は、格好の材料かと思います。(08.3.18)
 


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