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副題に「幻想系家族論の死」とあります。「家族」とはかくあるべしという思い込みで語られる家族論や実証データの裏付けなしの現在の家族はこうなっているという思い込みによる家族論を「幻想系」と表現しているのでしょう。
著者は、同じ出版社から出した『変わる家族 変わる食卓』において「朝は起きないお母さん、お菓子を朝食にする家族、昼をひとつのコンビニ弁当で終わらせる幼児と母、夕食はそれぞれ好きなものを買ってくる家族」という普通の家族の状態を浮かび上がらせたのでした。
本書は、そこで調査対象となった現代主婦151人の中から、年齢、学歴、職業、世帯収入、居住地、世帯構成、子供年齢などについて偏りのない40人を抽出し、その実の母親を対象にした訪問による詳細調査(一人平均2時間余)に基づく報告をまとめたものです。調査は2004年3月〜6月に実施されました。
40人の調査対象者は、73歳から54歳(一人だけ77歳)の間、平均64.5歳[1998年からの現代主婦調査の151人の対象者は29歳から44歳で平均は36.5歳]でありました。
「子供のころからの成長歴」「子供のころからの食事の記憶」「受けた教育、親からの躾け」「結婚観と理想の結婚、理想の相手」「家庭作りの考え方」「家族、家庭生活の変化」「これまでの家庭の食事作りと食の実態」「子育て、子供の教育」「子供(娘家庭)や夫との関係」「娘の家事や食事作りに対する考え方」などを質問しています。
現代主婦の食卓風景の写真を見て、「ひどいですね」と驚く被調査者に対して、彼女の娘さんと同年齢の主婦たちが作った食卓風景であることを説明すると、自分の娘は大丈夫だと語ったそうです。もしかして私の娘もこうではないかと述べたのは4人、1割だけで、いずれも70歳以上でした。
この事実は、おそらく日本社会全体(離島とか山村は含まれないだろうけれど)を代表すると考えられる現代主婦の食生活や家事に対する態度は、その母親たちが意図して教育したものではなかったことが推測できるわけです。
細部は飛ばしますが、母親世代73歳のひとで終戦の年は14歳であったことになり、65歳のひとで6歳という計算になります。つまり、戦後の食糧難を経験してきたひとたちだということです。最も若いひとでもまだまだ物資不足の状態を経験しているはずです。幼児期に米穀通帳を見たことのある世代です。
つまり、彼女たちにとって、そのまた親の世代の食事というものに対してあまりよい記憶は残っていないし、自身が食事の用意をした経験はあっても親たちは忙しくて、勝手に作るよう命じられたというのです。@貧しい食体験、A真似したくなかった昔ながらの食事、B「習う」ことなくさせられた「お手伝い」、C料理学校へ行き始めた女たちといった節の見出しにうまく要約されている状況の中で、現在主婦の母親たちは育ったのでした。そして、それはまた、D墨塗り教科書を体験したり、「民主主義」「男女平等」の新憲法が強調された教育環境で学んできたひとたちでもありました。そして、E古いものを比定した女たちの中で生活してきたのです。1955年には女子高校進学率は47.4%,大学・短大進学率も5.0%となっており、1962年には「女子学生亡国論」が唱えられたほどでした。労働組合青年婦人部での活動経験のあるひとや歌声サークル、ウーマン・リヴ運動に参加した被調査者もいました。F花嫁修業をしながら結婚を待つのではなく、企業やデパート、商店に務める経験をしたひとが多く、意識が職場での男性とのつきあいから変わったと語った被調査者もいた。いずれにせよ、これまで一般に信じられていたこととは異なり、70歳代の女性で既に、「仕事があるからということで家事をしなくても母親にうるさく言われなかった」と答えているのです。[ただし、私はこの調査で最高年齢の方と同じ歳と思われる叔母がデパートに務めていた時期のことを覚えていますが、ソフトボール部ピッチャーで第一回国体優勝をしたひとだったので、帰宅時間も遅かったし、休日も練習だったと思いますが、自分の服は自分で洗濯し、自分の弁当を用意して出勤していました。その叔母も本人の意識では家の家事は手伝わなかったと答えると思います。つまり、自己申告とか自己の記憶というのはどこまで正確に客観的事実を反映しているものかという気もします。]
G遊び始めた女たちという見出しで、休日に映画や宝塚、ショッピング、コンサート、ダンス、スキー、水泳、ハイキング、サイクリング、キャンプを楽しみ始めた最初の世代で、周囲も翌朝ちゃんと務めに出れば、とやかく言わなかった時代であったと昭和30年代を特徴づけて説明しています。
H夢は「家つきカーつきババア抜き」 このフレーズは1960年代の流行語でした。つまり、自分たちとは価値観の違う古い世代との同居を疎ましいものと感じ、「自分たちの思い通り」の新しい家庭を築こうとし始めた世代が、この母親たちだったのだということに気づきます。
昔からの価値観、昔ながらのやり方、昔のようなモノの歴史的崩壊と断絶以降の新しい母親に育てられた子供たちが60年代以降生まれの娘たちであったということが確認できたのだと著者は結論づけます。つまり、「その母親たちが変わってしまったから、娘たちも…」と解釈するわけです。
(11.9)