本の棚卸        山田慈雨

佐藤賢一『フイヤン派の野望 小説フランス革命Y』(集英社)

 フランス革命については、中学・高校で学んだ記憶がある。誠にもってささやかな個人的体験を語らせていただくが、高校時代に世界史を担当していただいた先生は、平群先生という優れた方で、従業開始時のちょつとした人生訓のような一言に当時随分と刺激を受けたような気がする。フランス革命についても、その前のアンシャンレジュームの特徴と革命の推移、ナポレオン戦争までの構図を大まかに把握することから学習は入ったかと記憶している。ダントンやマーラー、ロベスピエールに関するエピソードなど鮮やかに記憶が蘇るのだから高校の授業の影響というものも無視できない。40数年前の話である。

 ところが、佐藤賢一の小説フランス革命を読んでいくと、フランス革命に対するイメージがどんどん変わっていくのが実感できる。ミラボーの魅力的なこと。巨人ミラボーの個人的な政治資質に支えられて初期のフランス革命はかたちを整えていく。あらゆる勢力をも呑み込んでしまうような迫力。権謀術数が受肉した人物であり、駆け出しの政治家で、田舎の弁護士のロベスピエールやその後輩弁護士で選挙に立候補することも適わず、新聞を発行しているデムーランはミラボーの人間的魅力になびいていく様子が描かれていく。ラファイエット将軍は、そんなミラボーとは対照的に軽薄で目立ちたがり屋の人間として描かれていく。優等生によくあるタイプだ。鷲田清一が『まなざしの記憶』(TBSブリタニカ)の中で、先生と呼ばれる職業の人間は総じて子供の頃より褒められ慣れした人間が多く、他人からの賞賛に弱いと指摘していた。常に、心のどこかで周囲から褒められたいと願っているところがあるというのだ。ラファイエットは多分、そのタイプ。ミラボーはむしろ貴族としてはおちこぼれ、はみ出しという自己認識があり、足の障害もあって優等生から逸脱しながらも名門の出として高位の僧職と収入を確保していたところに政治的強みがあったのだろう。

 そのミラボー亡き後、議会は混乱する。ルイ王も国外脱出を試みる。民衆の中に根強くある王への恋愛感情に似た思慕の感情や宗教的絶対的信頼と、裏切られたということからくる反動がみごとに描かれる。そして、対外的恐怖感がそこに加わる。必要以上の排他感情、外敵への敵意。旧体制への復帰を促す聖職者への信頼行動と革命への支持という矛盾した感情・態度を示す民衆。それを的確に把握して、国家の進めべき道を明確に示せず、王との妥協で自体を乗り切ろうとするフイヤン派三頭派の動きがあり、国王はそれをうまく利用しようとする。俄然、権謀術数に目覚めたルイ16世。そういった動きが本巻で描かれている。

 ジャコバン・クラブが分裂し、三頭派ら多数が抜けてラファイエットらと結びフイヤン・クラブを結成するなどという経緯ははじめて知った。おそらく次巻で展開されるであろうロベスピエールの政治的判断が形成される背景を描くために、ルイ16世退位を求める署名活動に対する政府の弾圧、発砲殺傷事件であるシャン・ドゥ・マルスの虐殺やその時期にロベスピエールを匿う家具職の親方の言動や人柄を著者は丁寧に描いている。安全になってからロベスピエールは故郷に帰り、講演旅行を通じ、国境近くの民衆の感情や能動市民や亡命貴族の動きを把握していくことが描かれていくが、これも次章の展開に続くところであろう。

 フランス革命で起こったことは、決して古びた昔の出来事に過ぎないのではない。いま現在ただいま中国で起きていることを理解する手がかりにもなる。常に不安の時代に民衆のとる行動パターンは似てくるのではないか。人間理解、社会理解のためにもこの小説はお薦めである。(2010.11.03)

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