本の棚卸        山田慈雨

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後藤和久『決着! 恐竜絶滅論争』(岩波科学ライブラリー186)

 面白かった。若手の地質学の専門家が、鳥類以外の恐竜が絶滅した白亜紀末の大変動の原因が小惑星衝突に因る現象であるという説が、科学的に強固な論証と実証により確実な主張になっているかをまとめたものが本書である。
 このような作業が必要であったのは、反論が専門誌に寄せられると一般マスコミはそのたびにそちらの方を取り上げ、なんとなく、「まだ論争が続いている不確かな説なんだな」というムードがあったため、それが更なる研究を進めていく上で障害になっていると判断したためであった。その大々的なプロジェクトは、ドイツのペーター・シュルテが中心になって関連する様々な領域の専門家に呼びかけて、それまでに出された反論を整理して反証し、何が正しいかを明確にしておく共同作業を世界中の専門家が手がけ、2010年にサイエンス誌に掲載している。本書は、それをよりわかりやすく一般向けに説明しようとするものである。

 白亜紀と古第三紀との境目(K/Pgと略記)は、約6500万年前とされていたが、近年の年代測定技術の進歩により、約6550万年前と国際層序委員会が定義しているそうだ。この2004年の決定以降より高度分析が進み、約6580〜6600万年前だったというところまで絞り込んでいるという。いずれにせよ、この地層の上下で、恐竜を始め多くの種が絶滅したり、個体数を激減させたと考えられている。簡単に言えば、光合成をする植物は白亜紀末に一旦姿を消す。その後、古第三紀初期の地層にシダ類の繁栄や植物プランクトンの復活がみられるようになる。
 他方で、メキシコ・ユカタン半島のチチュルブに大規模なクレーターが見つかり、そのK/Pg境界直上で菌類・キノコ類の繁殖が終わり、シダ類に取って代わられる(その下層では針葉樹が中心)。また、イリジウムがK/Pg境界のあたりで増え、ピークは境界層の直上になっている。イリジウムが地球にはなかったもので、小惑星からもたらされたと考えられている。
 ということは、大規模な小惑星衝突があったと推定される。
 これだけ大規模なクレーターがあるということであれば、当然、そこで津波が起こったものと考えられ、その痕跡も見つかっている。またチチュルブ・クレーターの位置に堆積していた硫酸塩岩が蒸発すれば、言おうが放出され、硫酸エアロゾルとして大気に長期間滞留したはずで、衝突時に巻き上げられたダストや火災に伴うススとともに太陽光を妨げ、また、植物を枯らしたものと推測される。
 小惑星衝突による恐竜絶滅説に対する反論の中には、チチュルブ衝突そのものを否定するものがあるが、それには無理がある。これだけ何人もの専門家が調査に入り、証拠の挙がっている現象を無視することは論理的ではない。

 恐竜絶滅は急激であったのか、徐々にであったのか。
 突発的であったという証拠は多く挙がっているのだが、にも関わらずそうではないという反証が寄せられるのには一つの錯覚がある。それをシニョール・リップス効果というのだそうだが、これはカード・ゲームにおいてはじめから稀少なヒーロー・カードがなかなか集まらないように、偶々、K/Pg境界の前後でこの希少種について調べた研究者がいたとすると、その他の多くの研究者が絶滅を報告していても、1人の報告者が異なる希少種の微化石の発見報告をしていると合計するとK/Pg境界まで絶滅していないことになり、漸進的な絶滅に見えてしまうということになるのだという。実際の作業に関わったことのない人間にはいまひとつピンとこない説明であるが、これまで漸進説を唱え、そこから小惑星衝突だけを原因とするのはおかしいと反論してきた一つのパターンは、この錯覚に基づくものであったという。しかし、その後、報告数も増えてきたが、最近の研究はいずれも突発的絶滅を支持するものになってきている。
 
 火山噴火が原因だとする反論
 イリジウムの異常濃度は火山噴火でも見られる。インドのデカントラップの大噴出があり、これが主原因だと主張した。しかし、デカントラップからの噴出物にイリジウムが発見できなかった。しかし、それでも、漸進的絶滅説の中には、デカンの火山噴火が主原因でかなり絶滅が進んでいたところに小惑星衝突が起こりとどめを刺したと仮説を修正して、あくまでも火山噴火が主原因と主張を続けている者もある。
 しかしながら、デカントラップの規模の大きかった二度の噴出は、K/Pg境界の直前で終わっている。K/Pg境界直後に起きた突発的な大量絶滅を説明できないことになる。
 また、噴火で大気中に出された硫黄では大気中からすぐに除去されてしまい、長期的な環境変動は起こりにくい。デカントラップが引き起こした気候変動は最大でプラス2度程度の温度上昇であったことがわかっており、これでは生物に大きな影響は与えない。異常から火山原因説をK/Pg境界期の突発的絶滅に適用することは適当ではない。

 衝突と絶滅滅は無関係という反論
 チチュルブ衝突はK/Pg境界の大量絶滅の約30万年前に起き、衝突は絶滅と無関係だとする反論がある。K/Pg境界層の下部にはスフェリュール粒子が大量に堆積している。中部に衝撃変成石英が多く含まれている。津波堆積物。上部にはイリジウムなどが濃集する地層が堆積している。こういう解釈をとらないで、スフェリュール層だけをチチュルブ衝突起源と認め、津波堆積層を通常環境で約30万年かけて堆積したとみなすのが反対論。根拠として、生物が巣くったあとが地層中に見られるから。これは突発的に起こったとするならば矛盾すると指摘。
 しかし、この穴は衝突に伴う津波によって生きたまま土砂に埋まった生物が抜け出ようとして掘った跡と考えれば矛盾はなくなるし、古第三紀に胚ってから海底面に溜まっていた津波堆積物に生物が巣食った可能性も考えられる。これを反論の証拠とすることはできない。

 私のように予備知識のない者の要約ではうまく伝えることはできないが、証拠に基づく明証性を重視しようとする態度は了解できる。支持派と反対派が論争するのであれば、対等に扱うのが妥当だというのが当然であろう。一般メディアがこの態度を保っていないことに注意を促しているのかと思う。

 それにしても面白い。小惑星の大規模な衝突があった。それが火事やダスト、たまたま地層表面にあった硫化塩を溶かして硫酸ガスをまき散らし、太陽光を遮った。光合成植物は一旦絶滅し、種子が環境が改善されるまで発芽しないでいる。食物連鎖に組み込まれていた種は絶滅するか極端に個体数を減らす。
 河川や湖に生息していた種の多くは腐食連鎖の中のあり、生存が続けられた。海底に生存していた種も、光合成生物の食物連鎖内にいる生物の存続可能性は低く、さらに、硫酸など有毒物質が溶け込むことでさらに生存が不可能になった。石灰質の殻をもつものは壊滅的打撃を受け、有機物やケイ酸塩など酸に溶けない成分の殻をもつ生物や、酸性雨の影響の及ばない深い海底にいた生物の被害は小さかったということになる。

 論理性と実証性に支えられた思考は実に楽しいものだと私は感じる。(2012.3.26)

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