今回は、新刊を扱います。といっても昨年末に出版された本で、これまで積んであったのですが。
またしても思い出話から。
類人猿研究、サル学にはじめて接したのは、小学校時代。3年生だったろうか。父に連れられて、京大類人猿研究所の一般人向け講演に行ったのでした。多分、芦屋の仏教会館だったと思います。それ以前に、京大探検隊によるカラコルムの報告を見て、おもしろかったのでそのときも似たようなものだろうと思って付いていったのでした。
16ミリの映像(当時はビデオ開発以前)やスライドがふんだんに紹介され、まったく退屈することなどなかったのでした。また、説明内容も具体的なもので、小学生にも理解できる部分の多い報告でした。どなたが説明を担当されたものか記憶にありませんが、相当頭のいい方がされたのだと思います。それまで自分の視野に入っていなかったサルという生き物が「社会的行動」をとるという事実に気づいたことが快感でした。物事はある視点で見ようとしなければ見えてこないということにうっすらと気づかされたわけです。しばらくは空想の世界で、サルの群に近づいていき双眼鏡で観察している自分を楽しんだものです。双眼鏡はドイツ製の小型を丸善で買ってもらっていました。
次にニホンザルについての知識を与えてもらったのは、中二のときでした。生物担当の先生が大学時代に研究していたということで、授業中に自分の観察経験を語ってくださり、ニホンザルの鳴き声というかことばをいくつか紹介してくださったのです。
ただ、当時の私は、物理や数学の方により強く関心があり、生物でも、偶々もう一人の理科の先生の授業時間に図書室で選んで読んだ、オパーリン『生命の起源』(岩波新書)に強く影響されていましたので、生態学への関心は強まりませんでした。論理的であること、実証性があることが、当時の私にとっては「真実」に近づく確かな方法と思えましたし、より価値が高いと感じていましたので、実験による再現性の得られる科学を信奉していたのです。
高校では、小説世界と音楽に浸っていましたから、ほとんど無関係で過ごしました。大学時代に「行動科学」の講義を無登録で受け、動物行動論に強い関心をもちました。ローレンツの『攻撃 悪の自然誌』も勿論読みました。河合雅雄や伊谷純一郎が『想像の世界』や『季刊人類学』に書いておらることもあり、それらの報告には惹かれるものがありました。今西錦司の著作にも目を通しました。大学に入った年に講談社文庫が創刊され、今西の『生物の世界』が創刊時の10冊ほどの中に入っていたのではないかと思います。それらはすべて購入し、読みましたが、今西さんの考えに共感をもちました。また、本多勝一『ニューギニア奥地の人々』も刺激を受けた一冊でした。
その後も、動物行動論の本はよく読む方です。幼児体験というのは本当に大事だなと思います。小三をも幼児といえるかはともかく(カラコルムの方はもしかすると幼稚園のときだつたかも)、幼いときに視野を広げておくと、たとえほんのちょっとしたことでも触れておくと抵抗が少なくなります。現在のテレビ番組の中にも、いろんな分野の情報を提供するものがあり、それなりの効用があるのかもしれませんが、「講演会」という欧米社会ではよくある形式のものは是非ともより積極的に活用することを考えてみてはいかがと記しておきます。
さて、山極の『暴力はどこからきたか』です。
現代の世界は、たとえばイスラム教徒たちは、西欧世界の経済のしくみに巻き込まれ、支配を受け、欧米に出稼ぎに出たり、移民として出たりせざるを得なくなって、自分たちが馴染んできた文化が拒絶され、排除される経験をしました。9.11テロなるものの真実が奈辺にあるのかは疑問ですが、それを理由に米大統領がアフガニスタンやイラクに大量のミサイルを撃ち込み、大部隊の展開をして、大量の銃弾を消費し、大量の死者を生み出したことは確実です。[著者のルワンダでの体験から書き起こしている冒頭部分は迫力があります。内戦の犠牲者たちの表情。著者のジープを調べる兵士たちの緊迫した雰囲気。彼らの口にした戦闘に参加した動機。「家族を殺されたから」]
著者は書いています。
自分たちの文化や生活を脅かす者たちは徹底的に排除し、あわよくば他の文化に生きる人々にも自分たちの文化を押しつけようとする。それができなければ外敵や無法者として扱い、抵抗すればときには抹殺の対象にしてしまう。今起こっている悲劇は、人間以外の動物には見られない不思議な敵意の産物なのである。
類人猿と進化の道を分けてから、人類が大きな成功を収める原動力になった能力が、今人間に絶滅の危機をもたらしている。それは集団の力である。
こうも書いています。他者に依存して生活できる世界をつくりあげたのに、その他者が名前も顔もない架空の人になってしまった。独りで生られないことを知っているのに、誰に頼って生きていいのかわからない。そんな中で自分探しの空虚な旅を続けているのが現代の人間なのだ。信頼できる他者を見失ってしまい、必至で信頼できるひとを求めているのが現代人なのだ。携帯電話にすがりつく様子を山極は、そう読み解いています。
というわけで、集団を形成した進化の過程を一歩ずつ確認しているのが本書なのです。
まず、霊長類の始まりから説き起こしています。地球上に被子植物が増えてくる。それとともに昆虫も増え、それを食べて暮らしていた初期霊長類は、やがて果実を食べるようになり、樹上生活を始めた。ただ、この領域は鳥類の世界で、果実も鳥類の食物であった。そのため夜行生活を専らとしていた。
果実を食べるようになって身体を大きくした霊長類は鳥に対抗できるようになる。さらには、タンパク質に富む葉を食物にしはじめる。ただし、植物は、タンニンやリグニン、アルカロイドといった直接生命の維持に関係のない二次代謝物を生産するようになる。これを分解する能力をもつか、身体を大きくして影響を薄める霊長類も現れる。
オナガザル類のように頬袋をもつものは、とりあえず果実を頬袋に入れて歩きながらでもこれを胃に入れることができる。このときに消化できない果皮や種子を捨てることができる。頬袋を持たず、セルロース分解能力や二次物質分解能力に劣る類人猿は、オナガザル類に比べて小さな集団で広範囲に行動する必要が出てくる。
このように食物という観点で、われわれの祖先の生活は規定されていたのだとみることができるのです。
さらに、類人猿学者は、捕食者という外敵に対抗する手段として群の形成があったと推測しています。多くの類人猿では、単独か番(つがい)でテリトリーを形成し、守るという行動傾向を見せる。類人猿では、オランウータンのみを例外として、群を形成する。その規模は、捕食者対策という観点から最適解を導いているようだとヴァン・シャイクの研究を紹介しつつ、山極はまとめています。
しかしながら、この二つの要因だけでは説明できないこともあるのです。たとえば、山極が専門にしているゴリラの場合、捕食者を恐れる必要はあまりない。身体の大きさがそれを可能にしている。それゆえ、樹上だけでなく地上でもかれらは生活している。葉や地上性の草本などいつでもどこでも豊富に手に入る。したがって、メスが群をつくらなければならない理由はないと言えるのです。
それ以外のいくつかの例を挙げ、著者は、メスが集団を作る理由を採食と繁殖にだけ求めては説明が不能のことがあるとします。そうして、インセストの回避の問題へと入っていくのです。
インセスト・タブーについて発見したのは19世紀の人類学者たちでした。しかし、1950年代に日本のサル研究は、アカゲザル、カニクイザル、ニホンザルにインセスト回避の行動パターンが観察されることを明らかにしました。
この辺り少し大雑把に飛ばしますが、インセストの回避が、単雄複雌の集団形成を促し、さらに、未婚のメスかオスの集団外への移籍を促したのではないかという推定を展開しています。かなり論理的な説明をしているものの、おそらく決定的な証拠はこれから出てくるのだろうし、もしかすると仮説の大幅修正もありうると感じつつ、読み進めました。
「子殺し」については1950年代から杉山により報告されていたということは知っていましたが、同じ現象が多くの霊長類においても観察されるようになっていたことは知りませんでした。まして、環境の激変する時期において、一定の条件の下に若いオスが後尾を急いで「子殺し」を実行し、また、それに対抗するためにメスが特定のこと道を取るなどとは想像してみたこともありませんでした。
この当たりの記述は下手な推理小説を読むよりもスリリングです。
結論部だけを示せば、ゴリラ、チンバンジーの場合「オスが単独か血縁のあるオスどおしでメスを囲いあって繁殖の独占を志向した群を作っている。そのオスの独占体制にほころびが生じたとき、子殺しが発生するのではないか」ということになるでしょう。
では、人間の場合はどうなのか。どのように類人猿とつながってくるのか。どこが進化なのか。
今回は二度に分けます。次回をご期待ください。といって、ほとんど誰も読んでないのですけどね。(2.14)
そのまま続けますね。ここからは人間が他の霊長類とは異なり、独自の道を歩み始めて、社会を構成し始め、その先に、戦争を始めるに至った理由の説明を探るという作業になります。
ただし、どちらかといえばまだまだ本格的な考察というより予備的考察という印象が強いですね。山極さんがこれまでのゴリラの観察や他の類人猿研究の諸知見を参考にして、考査すべき要因をいくつか絞り込んできたものを、やや大雑把な時系列的展開に沿って素描してみたという感じでしょうか。
私なりに、さらにいくつかのポイントに絞って紹介してみます。多少、崩して、また端折って書いていきますので、正確なところは本書をお読みください。
人類は、森林を離れて草原地帯に進出したわけです。そこでは他の大型草食獣をはじめ様々なライバルがいて、ニッチを探り当てる必要がありました。また、外敵も多く出くわすことになります。ともあれ約700万年前にチンバンジーとの共通祖先と分かれたわけです。そして、180万年以前の人類化石はすべてアフリカで発見されています。
イヴ・コバンの説が取り上げられています。東アフリカの南北に走る大地溝帯の西にある熱帯雨林に現世の類人猿は生息しているのに、人類の化石は東側のサバンナから見つかるのです。これは類人猿と人類の棲み分けを想像させます。
ところが、コバンの説に反して、21世紀になってから、大地溝帯の西から700万年前のサヘラントロプスという最古の人類化石が見つかり、ゴリラやチンパンジーの祖先の化石が東からみつかっています。また、初期人類が生息していた環境がサバンナではなく、森林であったことも明らかになったのです。
また、人類の脳が大きくなり始めたのは、240万年前の地層から見つかったホモ・ハビリスからで、それまでの人類化石はみな類人猿並の500cc以下の脳容量でした。ここから、その時期の人類はチンパンジーと同じように乾燥した疎開林で果実を食べ、ときおり狩猟により肉を得る食生活を送っていたと考えられます。メスが積極的にオスを引きつける性の特徴をもち、血縁関係にあるオスどうしが連合して、隣の集団と敵対関係をもっていたと考えられたのです。
ところが、初期人類も直立歩行の特徴を示します。すると、チンパンジーが樹上生活をしているアカコロブスを追いつめ樹幹が切れたところで捉えるというやり方は初期人類には不可能ということになるのです。
化石証拠から見ても300万年のアウストラロピテクス・アファレンシスには動物を食べた跡も、道具を用いた跡も見つかっていません。初期の石器は250万年前のアウストラロピテクス・ガルヒで見つかっているものの、丸石をうち砕いてエッジを作ったもので、とても狩猟具とは考えられない。おそらく肉食獣が残した獲物をこの石器で骨から肉を剥がしたり、骨を割って骨髄を取りだして食べていたと考えられます。
180万年前の人類化石がグルジアで見つかり、ナイフで傷つけられた動物骨が多数見つかっているのですが、これも同様の肉食の状態であったようですし、下肢がスラリと長いことから二足歩行に適しているものの、上肢はまだ長く樹上生活も捨てていなかったと推測されます。脳容量も600ccを少し超える程度。ということは、人類は脳の発達以前にアフリカを出たことになります。
このグルジアの化石は、人間が、脳を大きくする前に肉食を取り入れるようになったことを示唆しています。。
草原に出たため、競合して生活する他の動物が手を出さない食物を摂取するようになり、そのために脳が発達したのだと推測できる。石器で骨を削って骨髄を取り出したり、棒で硬い地面を掘って根茎類やシロアリなどを掘り出したり、記憶力、洞察力、応用力が必要になったのです。
ということは、脳の発達は直接、道具を使うことによって起こったとは言い難いということになるわけです。狩猟技術の発達が脳の発達を促したという因果関係はないようです。
山極さんは、現在でもケニアのサバンナに生息するヴェルモットモンキーがワシ、ヘビ、ヒョウという異なる捕食者から逃れるために別々の警戒音を発している例を挙げ、現在よりも大型の捕食者のいたサバンナに人類が進出したことで、捕食者対策として、仲間どうしの社会関係やコミュニケーションを発達させたと考えるのが妥当だろうと説明します。
複数のオスが協力して捕食者をかく乱して弱い赤ん坊を守ったのだろうと彼は想像します。
現在でもテナガザルやオランウータンは樹上生活に限定され、ゴリラでさえヒョウを恐れ、オスが死んだときには樹上にベッドを作って寝る行動をみせるのです。
それだけ人類がサバンナに進出したということは特異なことなのです。著者は、その理由を初期人類が開発した独特な移動様式と社会性にあるとみています。直立二足歩行と家族のことです。それが言語の発達を促し、独特の暴力を作り出す基礎となったというのです。[つまり、戦争は、他の類人猿がみせる暴力、攻撃性とは全く質が異なると考えるということです。]
直立歩行の選択は、骨盤を小さくし、脳の大きさが類人猿並みで体が未発達な新生児を産み、成長にかかるエネルギーを脳に回すような改変をすることになりました。ということは子育てには手がかかることになり、母親だけでは育てることができず、また未熟な赤ん坊を抱えていては危険な草原をすばやく動き回れません。そこで男が栄養価の高い食物を探し、それを母子の元へ運ぶようになったとオーウェン・ラブジョイは推測しています。赤ん坊の死亡率は草原では高まります。それを出産間隔を縮めることで出産率を上げることで補うわけです。チンパンジーで5〜6年、オランウータンで7〜9年も出産の間隔があく。ゴリラですら4年なのに、人間は2、3年である。出産間隔の短縮は初産年齢が高いとしても多産を導く。が、そうなると妊娠中のメスも危険にさらされる率が高まるわけで、赤ん坊と妊娠中のメスを守る方法が選択されたはずだと思考を進めていくのです。複数の子どもを抱えては、母親だけでは育児、食物の配分の社会性を発達させずにはいられないというのです。
初期人類は、子どもの保護者を特定の男性に限定するという戦略をとったのではないかと著者は推測します。授乳期間が延びたことはゴリラの場合でも子殺しの危険性を低下させることになります。そして、子どもの保護者を特定の男性に委ねるために母親は、その男と継続的な配偶関係をもつ必要が出てきたということです。
子殺しを抑制する手段として、オスに父性を確信させる方向と、父性を混乱させる方向があります。テナガザルは前者をボノボは後者を選んだのですが、人類は前者をとったと思われます。その根拠については割愛します。本書にて確認ください。
ともあれ、ペア、夫婦あるいは家族という単位が成立したか、単雄複雌の群でサバンナで生きていただろうと想像すると、多分、夜は、ブッシュか岩山に仲間と共に寝たと考えられます。これもペアの発達の条件になります。
ペアが単独で生き抜くにはサバンナは危険に満ちていました。したがって、群をつくる必要があったのです。そんな状態では、異性をめぐるトラブルが生じやすいのです。マントヒヒのように首噛みのような儀礼的な攻撃でメスを自分のもとへ引き止め、オス同士のけんかでは第三者の介入で敗者を助けることで対等性を維持するといった形式をとっているわけではありません。
そこに出てきたのがインセストの回避であったのではないかというのが、山極さんの推測です。ゴリラにおいても既にオスが子どもを世話することによって親しくなることによって交尾を回避しようとする動きにつながり、さらには、異母兄である群内の若いオスと娘との交尾を容認することで群内に息子を残置する道を開いていました。そして、群内に複数のオスがいることで集団の対抗力、危機回避の力を強める役割を果たしていました。
こうしたオスの共存と同時に家族の形成がインセスト回避により導かれると説明しているのです。
家族の共食に山極は注意を向けています。というのも、類人猿は総じて食事はむしろ単独で行います。隠れてあるいは他と離れてとります。
そして人間のみが、食物分配を積極的に行うのです。分かち合うことができる存在といえましょう。「われわれ」意識を生み、「共存のイデオロギー」に支えられることになります。ここの部分について著者は、狩猟生活部族の人類学知見をいくつか引いて論証しています。
人類は家族を作った時代に、この分かち合う行為を確立したと思うと著者は述べます。
なぜなら家族は互酬性の通用しない場だからである。親はまったく見返りを期待せずに子に食物を与え続けるし、そのことで子が親にあからさまに感謝の意をしめすことはない。この非互酬的な関係は家族内の親子以外にの血縁関係にも一般的である。互酬的なやり取りが生じるのは家族間である。
結婚をレヴィ=ストロースの解釈に従って家族内に性行為を禁じられる娘を作りだし、その娘の交換によって家族と家族を結びつけ、所有の生じやすい食物を分かち合うことによって葛藤を抑えたとします。そこに複数の家族がより大きな共同体を作り出す契機をみるのです。
言語も交わさずに初期人類が強い結束力を維持できたのは不思議です。山極さんは、これは音楽を通じて可能になったのではないかとします。自己と他者との境界が消失し、一体化したような気分を味わうことができる「われわれ意識」を強化したものが音楽だというのです。
音楽の起源は、母子間コミュニケーションにあるという説もあるそうです。子守歌こそ古い音楽と言うことになります。
これらの上に防衛力の強化があってヨーロッパへの進出が可能になったのですが、音楽は男たちの連帯を強め、家族や共同体へ奉仕する行為を作り出すことに貢献したに違いないと著者は考えます。そして、それが集団の外へ向かう敵愾心を育み、集団間の戦いに発展する共同意識をもたらしもしたと推測するのです。
チンパンジーは戦争をするか。確かにオスたちが隣接する群を襲い、群を消滅させ、その土地とメスを手に入れたという事実は観察されています。しかし、自分たちの利益と欲望に駆られて戦いを起こしているのです。人間の戦いは、常に群れに奉仕することが前提になっています。家族を生かすため、共同体の誇りを守るために傷つき死ぬのであり、戦いの意味がチンパンジーの場合とは異なります。
したがって負けるとわかっているときにはチンパンジーは戦いを避けますが、人間の場合は、それでも戦うことがあります。勝つことが目的なのではなく、家族や共同体のために行動することを示さなければかぞくがもまた生きていけないからです。戦いの動機は共同体の内部にあるといえます。
共同体の規模を拡大すると互酬性を維持するための社会的コストも増すことになります。共同体の外部は互酬的であれ非互酬的であれ、贈与を介する関係を成立させる必要のない世界です。公益や戦争もこの世界で起こります。
音楽はその場で体験を共有することが本質です。言語はそこにない出来事や空想上の話を伝える機能があります。ヴァーチャルな共同体を作り出すことにつながり、国家や民族という幻想を共有可能にさせました。
また、農耕は土地の排他的支配を必要とするようになり、境界線が問題になるようになります。土地を管理する者の支配力を増大させ、先祖の権利を継承するというフィクションが成立するようになります。その結果、人々は墓をつくり祀るようにもなるというわけです。
実際に会ってもいない祖先にアイデンティティを求める気持が、親族の規模を拡大し、共同体の規模を大きくしたり、結束を固めるのに役立ったりしている。同時に、その先祖の悲願を達したいという気持やその恨みを継承するということにもつながってくる。その結果が戦争のきっかけにもなっている。
家族を守るためという初期人類に発生したと思われる感情は、
同じ精神をもって民族を守るために戦いに動機づけられ、食の共同と性のルールによって生まれた愛と奉仕の心は、その力が及ばない領域を支配する者たちによってすりかえられ、戦争へと駆り立てられるのである。
現代は、そうした人間のアイデンティティをそのままにボーダーレスに突入してしまった混乱の時代である、と山極は言います。決して権力者を生まない共同体だった分かち合う社会から再び始めていけばよいのではないか。
そして、人間の子どもたちは多様性と可塑性とを教育によって身につけ、共同体の境界を乗り越えて複数の共同体を行き来することを可能にしてきたわけで、見知らぬ仲間のいる集団に即座に同化できる可塑性は他の類人猿にない特性で、それを生かすことがボーダーレス時代に生き抜く可能性を示唆するものではないかと締めくくっています。
先祖伝来の土地は国家や企業に買収され、グローバリゼーションにより、個人のアイデンティティをつなぎとめていた国家や民族の境界も薄れた。人々の移動が激しくなり、通信機器が発達して、人々は面ではなく点の付き合いをもつようになった。顔見知りの仲間や親族で作られていた共同体は崩壊し、家族内ですら非互酬的なやり取りにもとづく分かち合いの生活ができなくなっている。
国家や民族といったはっきりした境界が薄れた後を埋めるように、宗教や思想の原理、観念的なナショナリズムや空想的民族主義を掲げて人々を戦いに巻き込んでいく。
それに対抗するには、人間のもつ能力をもっと活用することだと山極は主張する。
これはルソー的発想ですな。極めて刺激的です。どちらかといえば類人猿と人類の近似性を漠然と示唆していただけというところがあった研究知見を、人類と類人猿、霊長類との差違と継承性という観点から整理し直しただけでも意味深いことですのに、さらに、人間の戦争という現象が発生した背景を整理し直し、その修正を単に理性に求めるだけでなく、類人猿から継承し、独自の発展を遂げてきた諸特性に見合ったかたちで修正をはかることを指し示しているのです。
かなりの労作です。われわれは目の前の存在との共感能力だけでなく、非互酬的・一方的で奉仕的あるいはときに自己犠牲的なまでの家族への愛(ほとんど儒家的発想でもあります)に基礎づけられたかたちで社会を形成すると同時に戦争をしてきたわけです。おそらく一定条件の下では、やむを得ないというか合理的根拠もあった行為だったのでしょう。それが、共同体の規模が拡張していくと奇妙なことになってきた。この感覚は多くの人に共通なのではないでしょうか。それをみごとに一定方向から整理してのけた労作が本書だということになります。
名著だと私は思います。(2.16)
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