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石黒耀〈いしぐろあきら〉は、『死都日本』でメフィスト賞、宮沢賢治賞奨励賞を取り、『震災列島』『昼は雲の柱』と火山大噴火、地震を扱ってきた作家です。歯科医でもあるのですが。『死都日本』では南九州の火山大噴火を、『震災列島』では東海地震、『昼は…』では富士山噴火を扱い、特に『昼は…』は火山神話を結びつけ、達者な筆力を見せてくれました。 本書『樹の上の忠臣蔵』は、前半は、ほとんど忠臣蔵の背景にある経済についての叙述に占められています。次席家老の大野九郎兵衛の家臣であったという幽体が登場し、大野の事績と討ち入りの実態を語り、更には、大野九郎兵衛による壮大な倒幕の計画とその実施について語っていくという小説なのです。 |
| この物語、高槻市阿武山にツリーハウスを設置し、娘二人を嫁さんと共に招き入れたおっちょこちょい(で時代劇フリーク)の大阪人によって語られ、小学生の娘二人がとんでもない漫才師的なツッコミをいれるという構造でなければ保たなかったでしょう。なかなか絶妙のバランスで描いています。 千草川の治水工事、塩田開発と製塩技術開発さらには塩相場での利益を確保するなど、藩財政の改革を実施したのが大野九郎兵衛で、藩札の管理にも、また、藩取りつぶしの際の処理にも見事な手腕を発揮しながらも、下級藩士の気持を忖度することができずに恨まれ、岡嶋八十右衛門常樹による『赤穂城引渡覚書』により悪者にされてしまう。その文献が無批判に使われたため忠臣蔵もので悪者役に扱われているのだと説明しています。 討ち入りは、大石も認めていたように、吉良上野介は被害者に過ぎず、また、仇討ちと認定されたとしても三人までで行わなければ合法とは言えなかったにもかかわらず、あのような討ち入りという形態になったのは、柳沢吉保の陰謀によるものだと幽体さんは説明していきます。堀部安兵衛は、柳沢に煽動されテロ計画を企てたという説です。なにしろ、元々中山安兵衛は幕府御徒頭・稲生七郎左衛門の中小姓だった男で、「喧嘩両成敗だ」という考えを稲生を通じて吹き込んだというわけです。慎重な大石は、安兵衛の背後にいる存在との交渉に入ります。浅野家再興と集団による吉良殺害という条件を呑ませて実行に至りますが、再興の約束は反故にされます。 柳沢出羽にすれば、幕府への憤懣を回避し、悪役を吉良に押しつけさえすればOKだったわけです。 すべてに合理主義を通そうとする大野九郎兵衛は、それまでは塩相場の収益を活動費として大石を支えてきたのですが、裏切りを目の当たりにして、ついに倒幕の決意を固めます。幕府とは、大きな米卸売りに過ぎないという経済官僚ならではの解釈に従い、米相場を下落させ、金を幕府から流出させることで倒幕は成ると考えます。 長期間の戦いになるものの、それは実現可能だと大野は考え、米相場を操ることを構想するのです。簡単に言えば、手旗による通信網を東海道に構築し、大阪の米相場を江戸にまで高速で伝達することで相場を操るというものです。そのために通信中継拠点の確保、望遠鏡の改良、人員の確保といった作業のため九年を要しますが、見事に成功したというわけです。 大野九郎兵衛の次なる目論見は、軍事力による倒幕のための布石を打つことで、長州の馬関に本拠をもつ小倉屋と手を結び、資金を移し、倒幕資金を貯え、人脈を形成していくという大構想に移ります。しかし、ここで徳川吉宗の放った柳生者の手により殺害されるというのです。幽体も大野九郎兵衛とその実弟とともに殺害されるのですが、そのときに掛けられた術のせいで幽体離脱したままという設定なのです。 後半、この著者の面目躍如といった叙述が続きます。徳川綱吉の元禄(直下型)・宝永の地震(南海トラフ震源)と富士山噴火、幕末の安政地震(南海トラフ震源)と安政江戸地震(直下型)というように政変と地学的変化は結びついているのではないかと説明します。1923年関東大震災と1944年東南海地震、1946年南海地震の間に大正デモクラシーが吹き飛び、軍国主義の時代へと移行するというのです。 破壊された生活基盤の整備に資金を投入すれば、いやでも社会補償費の削減が起こり、平時ならば死ななくてよい弱者・病人が毎年何十万人も死ぬことになる。周囲に死者や病人・破産者が増えて、間違いなく陰鬱な社会になると指摘しています。 無論、このようなアイデアは既に気象考古学という学問体系として確立しているといってよいでしょう日文研の安田さんの研究はかなり緻密なものです。フランス革命の分析は特に有名ではないでしょうか。 この小説では、幕末の白石正一郎を大野九郎兵衛の意志を継ぐ存在として展開するという荒技で押し切っていますが、大枠もそれはそれで面白いのですが、あちこちで政官財の癒着構造の起源を連想させたり、グレシャムの法則の詳細な解説があったり、植民地支配の原型を薩摩藩の琉球支配に見たりとなかなかアイデアに富んだ叙述に満ちているところもまた魅力的です。 こういった博識ぶり、卓見の披瀝が散見されるだけに、江戸自体オタクの大阪のおっさんが随所でオヤジ・ギャグを飛ばし、娘達までオヤジ・ギャグ、ダジャレを連発し、巨人ファンの嫁さんに阪神ファンのオヤジが六甲おろしを禁止されてメゲているといった軽さで中和する必要があったのでしょう。 まあ、わたしとしては、『昼は雲の柱』の続編のような小説を読みたいと期待しているのですが、この作品も悪くはありません。楽しめました。(2.22) |
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