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| あなたのために |
日曜日の夜。
いつもプロ野球のテレビ中継が始まると、私も一人息子の祥一もテレビの前にドッカリと座って、他のことは目に入らなくなる。
さっきまで、妻であり母である英里子を中心に動いていた我が家も、野球中継が始まると英里子だけがすっかり仲間外れにされてしまう。何か話し掛けても、私や祥一は“水の中で鐘を打ったような”返事しかしない。
いつもそうなのだ。
もちろん、英里子は野球のことはサッパリ判らない。この前なんか、バッターはヒットを打ったら一塁方向に走るのか三塁方向に走るのか、とまじめな顔で聞いて「ママ、黙ってて」と祥一を呆れさせた。
しばらくして、誰も自分の相手をしてくれないことに飽いたのか「わたし、お風呂に入るから…… 」と、別に返事を期待するでもなく言って、それからバスルームに消えた。
洗濯機の回る音がして、バスルームから「あら、あら…… 」という英里子のあきれたような声が聞こえた。
さっきまで、私と祥一が一緒に入っていたから、あまりの散らかりように驚いているのかもしれない。私と祥一は、お互いに顔を見合わせて舌を出した。
どうして、女ってこうも長風呂なのだろう。
プロ野球のイニングが何回も変わって、もうそろそろテレビの放送時間が終わろうとしていた。ワンサイドゲームで、さっきから祥一が生あくびを漏らしている。
私はお茶を入れ替えて欲しくなって、そういえば英里子がまだ風呂に入ったままであることに気が付いた。
「ママ、のぼせちゃってるんじゃぁない? 」
「そうだな」
「僕、ちょっと見て来る」そう言って歩きかけた時だった。
突然、バスルームからドスンという大きな音がして、それから英里子の悲鳴とも呻きともつかぬ声…… 。
何かが崩れる音…… 。
私と祥一は何事があったのかと一瞬顔を見合わせた。それから祥一が飛ぶようにバスルームに走って、私も早足でその後に続いた。
「パパ! ママが…… 」
「どうした? 」
祥一の背中越しに浴室を覗くと、洗い場に英里子がいびつな格好で倒れている。
「おい、どうしたんだ? 」
英里子は答えずに、ただ呻き声を漏らしている。
「大丈夫か? 」
でも、私はその光景に圧倒されていた。
「ちょっと向こうへ行ってろ! 」
とりあえず祥一を下がらせた。いくら母親とはいえ、全裸の女性が倒れているんだ。しかも、両脚はYの字に開き、子供に見せられる図ではない。
でも、祥一は心配なのだろうか、私の背中越しに覗き込むことは止めなかった。
「パパ!救急車を呼ばなくって、いい? 」祥一が聞いた。
浴室の中に入ると、石鹸やシャンプーの容器が一面に散乱している。
「頭を打ったのか? 」私は英里子に聞いた。
呻き声ながらも、英里子はやっとのことで首を横に振った。
「身体を…… 打っただけ…… でも、起きあがれない…… 」
「どこを打ったんだ? 」
私はそう言いながら、英里子の裸の身体に触れた。
浴槽から出る時、石鹸か何かに滑って、そのまま仰向けに転倒したようだ。腰を床に、背中を浴槽の縁におもいっきり打ち付けている。
「ここか? 」
英里子の腰に触れる。
英里子が悲鳴とともに首を縦に振った。
「あと…… 、脚も…… 」
ひょっとして、骨折でもしてるかな。
私はしばらく考えた。救急車を呼ぼうか。でも、今日は日曜日だ。あちこち病院を探されて、つまらない二流三流の病院に連れ込まれたらたまらない。それに、頭は打っていないようだし…… 悪くても骨折、たぶん打撲くらいなもんだろう。
「祥一。相沢のおじちゃんとこに電話して、ママを見てくれないか、って聞いてくれるか? 」
「うん。判った」
相沢というのは、この町内で小さな整形外科医院をやっている友人のことだ。以前、祥一が骨折した時、診療してもらったことが縁で、それ以来、家族ぐるみのつきあいがずっと続いている。ついこの間も、一緒にキャンプに行って来たばかりだった。
私は英里子に言った。
「相沢のところに行こう。救急車を呼ぶより、その方が早い」
英里子は痛みに顔を歪めながらも、コックリと頷いた。「早くして!痛いの! 」
「判ったよ。まったく慌てもんなんだから…… だけど、大丈夫だ。ちょっとぶつけただけだ。心配することないさ」
私はそのまま英里子を慎重に抱き上げた。
苦痛に、英里子がまた呻き声を上げた。
「相沢のおじちゃん、すぐ連れて来ていいって…… 」
祥一が言った。
「よし! 」
そのまま英里子の身体を脱衣室に寝かせてバスタオルで身体を拭いてやった。その作業を祥一が私の肩越しに覗き込んでいる。英里子が気づいた。
「祥一。お願いだから、向こうへ行ってて…… 」哀願するように言った。
こいつ、いつのまにか大人になりやがって、女の身体に興味を持ち始めていやがる。
「祥一。車のカギを開けて、な。後ろのドアを開けといてくれるか」私は祥一に用を言いつけた。
英里子に何か服を着せなければ、と思った。しかし、痛がってとても無理ではないかと思った。だから、バスローブ床に広げて、その上に英里子の身体を寝かせると、腕も通さずにくるむようにして、そのまま抱き上げた。
「痛い! でも…… このまま行くの? 恥ずかしい…… 」
「そんなこと、言ってる時か! 」
何とか服を着せたとしても、どのみち、相沢の医院ではまた脱がされることになるだろう。だったら時間の無駄だ。
バスローブにくるまれた英里子を後部座席に慎重に寝かせると、両脚が裸足のままはみ出している。
祥一にちゃんと戸締まりをして留守番しているように指示して、そのまま車を発進させた。
「パパ!ママ、大丈夫? 」
「大丈夫だ。ちょっと身体をぶつけただけだ。すぐ帰ってくるよ」
相沢の医院は一キロと離れていない。すぐ着く。だから振動をたてないようにゆっくりと車を走らせた。
走らせながら、やっぱり何か着替えを持って来てやった方がよかったかな、って思った。
数分後。
相沢の医院は、決して大きくはない。でも、モダンなしゃれた建物で、最近、結構患者が増えてきているって聞いている。
入り口で、相沢と奥さんの公子さんが待っていてくれた。車を乗りつけると、相沢が窓から様子を覗き込んだ。
「そのまま連れて来ちゃったんだ。痛がってる…… 」
「うん。判った」
そして、ちょうど車の後部座席が医院の入り口に密着するように、車の止め方を指図すると、後ろのドアを開けて、身体を乗り込ませた。
「ちょっと失礼! 」と、バスローブを外した。その動作は有無を言わせないものがあった。軽くバスローブの帯は締めてきたものの、そんなものは何の役にも立たない。車のルームライトの中に、英里子の全裸の身体がいとも簡単に晒された。
私は、運転席から振り向くように後部座席を見ていた。そして、英里子のあまりにも淫靡な姿態に思わずドキッとした。どうやったって隠しようがない。英里子のすべてがあからさまになっている。
それでも、一応、転倒した時の状況を説明した。
「頭は打っていないと思うんだが…… 大丈夫だろうか? 」
相沢は、それを聞いているのかいないのか、英里子の全裸の身体をねめ回すように見て、それから…… 英里子の身体に触れている。
いや、触診している。大胆に、何ら遠慮する素振りも見せず、相沢の手は英里子の腰に触れた。脇腹をまわって背中にも触れた。太股に触れる時、英里子の秘部のヘアーが相沢の手に触れたのが判った。
こうなることは判っていた。確かに医療行為の一つには違いない。しかし、私はイライラしていた。許せないような、自分の宝物を取り上げられたような、それでいて英里子に申し訳ないような気持ち。
英里子がちょっと顔を反らせている。
しばらくして、相沢は奥さんの公子さんに何か指図をした。公子さんが飛ぶように診察室に戻って行く。
それから、英里子の身体を持ち上げた。バスローブはすでに英里子の身体から外れている。相沢はバスローブと一緒には持ち上げなかった。だから英里子の全裸の身体だけが持ち上がって、バスローブはそのまま残された。
痛いのか、英里子はちょっと呻き声を漏らしたが、それでも大人しくしているようだ。そのままゆっくりと、入り口の扉を通って、診察室へ連れ込んだ。
抱えられた英里子の裸の尻がやけに白く見えた。それから…… 、英里子の両手が相沢の首に巻き付いているのを、私はボンヤリ見ていた。
私は、所在なく残されたバスローブを抱えて、車のカギを閉めて、仲間外れにされたもののように後からゆっくりと医院の中に入っていった。
医院の中に入ると、入れ違いに公子さんが入り口のカギを閉めた。
「ほかの患者さんが来ちゃうから…… 」と言って笑った。
「英里子は? 」
公子さんは黙って診察室の方を指差した。でもそのドアは閉まっている。くもりガラスを通して、診察室のやけに明るい照明が漏れている。中から、医療器のガチャガチャという音が聞こえた。
「大丈夫ですよ。たぶん骨折はしていないって…… ただ、かなり強い打撲だったみたい。それに英里子さん、びっくりしちゃったんじゃないかしら? 」
私も診察室の中に入ろうと思った。何故か、全裸で抵抗できない英里子と相沢を二人だけにしておきたくなかった。でも公子さんはそれを止めた。
「座ってて下さい。大丈夫ですから…… 」
それから、とってつけたようにテレビのスイッチを入れた。くだらない、でも祥一が喜びそうなバラエティ番組が映っている。
「今、お茶を入れますね。あゝ、そうそう、この前のキャンプの時の写真、出来てますよ」
そんなことは私はどうでもよかった。
「英里子さんったら、ほら、釣ってきた魚に悪戦苦闘しちゃって…… 。それをうちの人ったら面白そうに撮るんですもの…… 。見て大笑いしちゃったわ」
そうだったな。相沢はひょうきんで英里子を笑わせてばかりいた。
「…… 、ご主人を手伝わなくていいんですか? 」
「え?ええ、大丈夫。必要なときは呼ばれますから…… 。私がいるとうるさがられるの」
「でも…… 」
「いつもそうなのよ。集中できないって…… 」
診察室から、相沢が患部に触れているのだろうか、英里子の呻く声が漏れていた。
それから、何か二人で喋っている声。それから、英里子が微かに笑う声。それから、また呻く声。
湯飲みを差し出しながら公子さんが「大丈夫ですよ。心配しないで…… 」と言った。
「何か着せてきた方がよかったかな」
「でも、お風呂で、でしょう?無理だったんじゃない?しょうがないですよ」
「英里子のやつ、あとで怒るな、きっと」
その時、私は、英里子のケガよりも、むしろ全裸でいさせている、っていうことが心配だったんだ。
しばらくして、診察室から公子さんを呼ぶ声がした。
「はい! 」公子さんはそう言って「じゃぁ…… 」と私に言うと、ちょっと駆け足で診察室の中に入っていった。
ドアが一瞬開けられた時、隙間から中の様子がわずかに見えた。普段は衝立か何かで視界を塞ぐのだろうが、今はそれもない。英里子の全裸の身体がベッドの上に寝かされ、相沢は英里子をまたぐようにベッドの上に仁王立ちになると、両手を英里子の腰に当てて、持ち上げたり下げたりしている。私からは、英里子と相沢が見つめ合っているように見えた。
私は公子さんにつられて、ドアの近くまで来ていた。でもドアは私が入るのを阻止するようにすぐ閉められた。
「ごめんなさいね、こんなに夜遅く…… 」英里子のか細い声が聞こえる。
「いいのよ。それが商売ですもの」公子さんのやけに明るい声がする。
私はジッとしていられなかった。どうしようか迷っていたが、思い切ってドアを開けた。
英里子が私に気づいて救いを求めるように私を見た。私は“大丈夫!任せておけ”というように相づちを送ると、相沢に向かって言った。
「悪かったなぁ。こんなに夜遅く…… 」
「いや…… 」
相沢はベッドから飛び降りると、私の方には振り向かず、英里子の身体から目を逸らさずにぶっきらぼうに応えた。
「ちょっと伏せさせるから…… 。自分では無理だろう。英里子さん、ちょっと我慢して下さいね」
公子さんが英里子の両肩を持って、相沢が英里子の腰を抱えて、少し身体を持ち上げると英里子の身体がしなやかに波を打った。そのままクルッと半回転させてうつ伏せにさせると、英里子の肩までの髪の毛が乱れている。
英里子の呻き声がいっそう大きくなった。顔がベットに押しつけられるように横を向いている。
「背骨を見るから、頭をまっすぐにして下さい」相沢はそう言うと、公子さんが英里子の頭を抱えるようにしてベッドの上に押しつける。相沢は、もう一度ベッドの上に上がって、英里子の身体にまたがると、両手の親指を首から少しづつ下に押圧していった。
患部に直接触れているからだろうか、英里子は痛みを懸命にこらえている。しかし、たまらず英里子の喘ぎ声が漏れた。
腰まで下がった相沢の手は、今度は英里子の骨盤に触れ、そのまま脇腹を上になぞって行く。
それから、相沢はベッドから飛び降りると、今度は英里子の太股に触れた。片手を英里子の膝の裏の部分を掴むようにすると、その手を少しづつ、上に向けていく。少しづつ、少しづつ、相沢の手は太股の付け根の部分に向かって上がって行く。相沢の手が、ほとんど尻の割れ目の部分に密着した時、英里子が少し腰を動かすようにしたのが判った。
そう、相沢の手は、英里子の秘部のすべての部分に当たっているに違いない。
相沢の目が、私の目と合った。
私は思わず目を逸らせた。
「お前は待合室で待っててくれ。そこにいられちゃ目障りだ」
それから公子さんに向かって「レントゲンの準備! 」と指示した。
公子さんが隣のレントゲン室に走った。
私は、診察室を出た。
数分後。
相沢は白衣のポケットに両手を突っ込みながら診察室を出て来た。
「今日はあまり動かさない方がいいと思う。いや、幸いなことに骨折はしてないんだが、強い打撲で…… 。ここは入院設備はないんだが、今晩一晩ここで寝かせておいた方がいいんだが…… 」
「英里子は何と言ってる? 」
「帰る、って言ってるよ」
「帰っても大丈夫なのか」
「うん。別に問題はないんだが、でも、かなり痛がると思う。もう少し様子を見た方が…… 」
私は考えていた。
「中に入っていいか? 」
「あゝ」
私は診察室の中に入った。
英里子が、また全裸のまま仰向けに寝かされている。上に何か掛けてくれたらいいのに…… 。明るい照明の下で、英里子の全裸の身体すべてにしっかり照明が当たっている。
私は英里子の身体にバスローブを掛けた。英里子が、救われたように、両手でバスローブの端を揃えている。よほど恥ずかしかったに違いない。
「どうする? 」
「帰る…… 」
「そうか。じゃあ、連れて帰るよ」
「無理だよ」相沢が言った。
「いや、連れて帰る」
私はそう言いながら、バスローブのまま英里子を抱え上げようとした。英里子がまた呻き声を出した。
「無理だよ」
相沢がもう一度言った。
「あなた…… 」
公子が相沢にたしなめるように言った。
『お前の目の前に、裸の女房を置いておけるか…… 』
私はそう言いたかったんだ。でも、口には出さなかった。
確かに私の勝手な嫉妬には違いない。相沢はちゃんとした医者だ。患者を弄ぶようなことをするわけがない。そんなことはちゃんと判っているさ。
でも、私は耐えられなかったんだ。
「判ったよ」
相沢はそう言うと、また、無神経にバスローブを剥いだ。
「あっ…… 」と、英里子から声が漏れた。
「湿布! 」
相沢はきつい口調で公子さんに言うと、器用に英里子の身体に湿布を貼り付けていった。
「ちょっと冷たいけど、我慢して…… 」
言ったのは公子さんの方だ。
腰の脇、それから太股、それからまた公子さんと一緒に英里子を俯せにさせる。そして、肩胛骨の当たり…… 。確かに重傷だったんだ。
「公子。一応、痛み止めを…… 」
「はい」
公子さんが薬を出している間、私は、もう一度英里子をバスローブで包んだ。「ありがとう」確かに英里子はそう言った。
薬を受け取って、それからバスローブにくるまれた英里子を、また後部座席に静かに乗せて家に帰った。
発車間際「しばらく痛がるでしょうが、薬をちゃんと飲ませて…… 。明日、もう一度来て下さい。でも、無理はしないで。来れないようならお伺いしますから…… 」
公子さんが言ってくれたっけ。
私は車を進ませて、少し走ってから止めた。
「大丈夫か?帰って」
「うん。まだ痛いけど、でも大丈夫だと思う」
「本当に慌てもんなんだから…… 。気をつけなければダメじゃないか」
「ええ、ごめんなさい。でも…… 、服ぐらい着せてくれればよかったのに…… 」
「しょうがなかったんだよ」
「わたし、本当に恥ずかしかったわ。もうイヤ」
そうだったろうなぁ、と私は思った。
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