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| あなたのために |
次の日。
それでも英里子は、朝、ちゃんと起きることができた。壁伝いに腰を屈めてよろよろ歩きながら、でも何とか大丈夫なようだ。私はちょっと安心した。
本当は仕事を休んで看病してやりたいところだが、私はうんざりするほど忙しくってとてもそんな時間は取れそうにもない。それに、英里子の様子もそこまでしなくても大丈夫なように見えた。
祥一は学校。いいっていうのに、英里子は朝ご飯もちゃんとつくってくれたっけ。こういうところが英里子の性分なのだろう。
「何もしなくていいから…… 。薬を飲んで、寝ているんだぞ。相沢のところには仕事から帰って来てから連れて行くから」
「ええ。でも、診療時間に間に合わないわ。今日も時間外っていうわけにはいかないもの。だから、夕方にでも、祥一が学校から帰って来てから一緒に行って来ます」
「だったら、タクシーを使ってな。おい、祥一。遊びに行ったりしないで、ママを助けてやってくれ。いいか? 」
「うん」祥一が元気よく応えた。
それでも玄関先で、英里子は私に言った。
「あなた…… 。できたら病院を変えたいんだけど」
「何故? 」
「だって…… 」
「いいじゃないか。それに、昨日のお金も払って来なけりゃならないし…… 。保険証もな」
「…… …… 」
「しょうがないじゃないか。まさか、今日はお前のこと丸裸にしたりしないよ」
「それはそうでしょうけど…… 」
「もう全部見られちゃったんだ。お前の形まで覚えられてるよ。今さら、どうしようもないだろう? 」
英里子は赤くなって、私をぶつマネをした。
「それに、相沢は別に何とも思っていないよ、お前なんか…… 。患者の一人っていうだけさ。モルモットみたいなもんだ」
「ええ…… 、そうね」
「だからお前も忘れちゃうんだ。いいか」
忘れちゃう?これは英里子に言った言葉ではなくて、私自身に言った言葉かもしれない。
私は昨夜来ずっと後悔していた。
いくら友人の医者とはいえ、相沢のやつに英里子の全裸の身体をいとも簡単に見せてしまった。ひょっとしたら、私は英里子のことをとても簡単に扱ってしまったのかもしれない。もっと英里子を守ってやるべきだったんじゃないか。そんな気持ちをずっと抱いていた。
でも、しょうがないじゃないか。
あの時、身体中を痛がっている英里子に服を着せるなんてことはたぶん絶対に不可能だった。幸い骨折はしていなかったが、もし骨折とかヒビとかがあったとしたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
だから、あのまま裸で連れて行くっていうのはやむを得なかったんだ。私は、そう自分に言い聞かせた。そして、もうそんなことは忘れなければならない、と思った。
バス停に向かう道を歩きながら、でも、昨日の英里子はやけに色っぽかったな、って思った。確かに英里子の全裸の身体は見慣れている。ただ、それはいつも夫婦だけに許された、ベッドの上での秘めやかな出来事だったのだ。あんなにも照明がガンガン明るい光の下で、しかも夫である私以外の第三者がいる前で、何一つ身につけていない生まれたままの英里子は、一人の美しい女そのものになっていた。相沢が英里子の身体の位置を変えるたびに、英里子のすべての部分があからさまになった。そう、一匹の美しい雌と化していたのだ。美しくもあったが、妖しく淫靡でもあった。
これは私にとって一つの発見だった。
そして、私の気持ちの中に、英里子の気持ちを思いやるのとは裏腹な感傷が生まれていることに私は気がついていた。
相沢は、診察のために英里子の全裸の身体に容赦なく触れた。確かに診察のためであったに違いない。でも、相沢の気持ちの中に少しでも英里子に対する興味、英里子の身体に対する興味が生まれたりはしなかっただろうか。本当に診察するためだけに英里子に触れたと断言することが出来るんだろうか。
太股の患部は秘部に近かったことを私は知っている。相沢の指は英里子の秘部に触れたりしなかっただろうか。
この感傷はどこから来るのだろう?確かにジェラシーを出発点としているには違いない。でも、不思議なことに決して嫌悪の感情ではなくて、むしろゾクゾクするような妖しい淫靡な感覚。それはとてもエロティックな感覚だった。
でも、そんなことを考えちゃいけない。第一、英里子に申し訳ない。私は一生懸命それをうち消そうとしていた。
いづれにしても、祥一が一緒なら大丈夫だろう。もう子供じゃない。祥一が一緒なら、相沢も変なことはしないだろうし、祥一がしっかりと私の替わりに英里子を守っていてくれていることだろう。
まだ小学三年とはいえ、あれで結構大人びたところがあるじゃないか。
夜遅く帰ると、祥一が一人で私の帰りを待っていた。
「晩ご飯、食べたか? 」
「うん。ママと一緒に食べた」
「ママは? 」
「寝てる。パパが帰ってきたら起こして、って言ってたけど」
「いいから、起こさなくて」
そう祥一に告げて、私は寝室に様子を見に行った。
英里子はすでに布団にもぐり込んで眼をつむっていたが、私の気配に眼をパッチリ開けた。
「あゝ、お帰りなさい。今、起きますから…… 」身体を起こそうとする。
「いいからいいから、寝てなさい」
「でも…… 」
「本当にいいから。で?どうだった?大丈夫だったか? 」
「ええ。今日、もう一度レントゲンを撮ってくれて、大丈夫ですって。でも、しばらくは毎日湿布を取り替えに来るように言われたわ」
「痛みは? 」
「まだ痛いけど、昨日ほどじゃない。それに痛み止め、飲んでるし。でも副作用かしら、眠くなっちゃって…… 」
「そうか。ゆっくり休んでろ」
「ごめんなさい。夕食、つくっといたから、レンジで…… 」
「判った判った。心配するな」
まだつらそうだが、でも思ったより顔色もいい。
『で、どうだったんだ?また、丸裸にされたのか? 』って私は聞こうとして、でもグッと言葉を飲み込んだ。
もし、そうでなかったとしたら英里子に何てイヤらしい人、と馬鹿にされるんじゃないか。でも、もしそうだったとしたら…… 、英里子は傷つくんじゃないか。触れて欲しくないことなんじゃないか。
私は何を心配していたのだろう?いや、私は何を期待していたのだろう?
私は、ボンヤリと英里子の顔を見ていた。英里子が、今朝のようにまた病院を変えたいって言うのを期待していたのかもしれない。でも、英里子はそれを言わなかった。
「どうかした? 」英里子が小首を傾げながら笑みを浮かべた。
「イヤ、何でもない。じゃあな。ゆっくり寝てるんだぞ」
ごめんなさい、という英里子の声を聞きながら、私は寝室を後にした。
祥一が手持ちぶさたのように、しょんぼり座っている。
「今日は、ありがとう、な」
「うん。ちゃんとママを連れてったよ」
「そうか。祥一が一緒だったら安心だ。また、明日も頼むな」
「うん」
私は、好物のキンピラゴボウをつまみながら、祥一に聞いた。
「で?ママはどうだった? 」
「うん。笑ってたよ」
「笑ってた? 」
「相沢のおじちゃんが何か言って、ママ笑ってた」
相沢は、あれでなかなか面白い男だ。ジョークが好きで、よく笑わせる。
「そうか。それで…… 。ママはまた服、脱いだか? 」
「うん」
「え?そうか。それで…… 、全部脱いだのか? 」
祥一はグッと私の顔を覗き込んだ。
「心配? 」
「いや、そういう訳じゃないけどな…… 」
その時、私はどういう顔をしていたのだろう。嫉妬心、それとも好奇心?
「ママね。診察室じゃなくって、機械がたくさんある部屋に連れて行かれたの」
機械がたくさんある部屋?あゝ、レントゲン室のことか。
「祥一は? 」
「うん。僕もちゃんと一緒。そこで、ママ、全部脱いでって言われて、ママ、嫌がってたみたい。僕の手をギュッと握って、とても痛かった」
「その…… 、その、全部脱いでって言ったのは、相沢のおじちゃんなのか? 」
祥一は、しばらく私の顔を見ていた。それから、コックリと首を縦に振った。
やっぱりな。
「ふ〜ん。で、公子おばちゃんとか看護婦さんはいなかった? 」
祥一はまた私の顔をジッと見た。
「相沢のおじちゃん一人だけだったんだな? 」
祥一は、恐る恐る首を縦に振った。
そう。
私はこれ以上、祥一に聞くべきではなかったのだ。英里子に問いただしてもっと早く判断するべきだったのだ。
そのことによって、私がこれだけ苦しめられるとは…… 。聞かずにいれば、こんなに苦しめられることはなかったのに…… 。私を苦しめることは想像できたんだ。
でも、私は聞かずにはいられなかった。
今になって思う。祥一は私の顔にどんな表情を読みとっていたんだろう。
「そう…… 。そうだったよ。相沢のおじちゃんだけ。おじちゃんが早くって。だから僕がカゴをこうやって持ってて上げて、ママがそこに服を脱いだの。ママ、身体が痛いから、僕も脱ぐの手伝って上げた」
「そうか」
「でもね、ママが下着姿になったら、相沢のおじちゃんがカーテンを閉めて、すぐ済むからそこで待ってて、って。僕、ママが心配だからカーテンの隙間から覗いたの。そうしたら、相沢のおじちゃんがママのおっぱいの…… 」
「ブラジャーのことか」
「そう、ブラジャーを外してた。それから、相沢のおじちゃんがママの下着を僕に渡して…… 」
「パンティも、か? 」
「うん、ママが着てたの全部。だって、カーテンの隙間から覗いたら、ママ、お風呂に入るみたいに何も着てなかったもん」
「パンティはどうやって脱がしたんだ?ママ、自分で脱げたのか? 」
「よく判んない。でも、ママの後ろに相沢のおじちゃんが立ってて、だから脱がしてくれたんじゃないかな。ママ、屈むこと出来ないし…… 」
「…… 。それで?それで、それを…… 、その下着を、ママじゃなくって、相沢のおじちゃんが祥一に渡したんだな? 」
「うん。そう」
悪い予感は当たっていた。
その時、祥一に私の顔はどのように映っていただろう。心配そうな顔?
イヤ、きっと違う、たぶんそうではなかった。何故なら、私のものはすでに勃起していたからだ。もちろん、それは祥一からはテーブルに隠れて見えない。でも、私の顔は、きっといぎたなくイヤらしい好奇の眼をしていたに違いない。
「…… 、それで…… 」
「ママと相沢のおじちゃん、どっかに行ったの。ううん、カーテンの隙間からは見えなくなったけど、でもすぐ近くだと思う。話し声、ずっと聞こえてたもん。僕、だから椅子に座って、まんがを読んでたの。そうしたら…… 、ママが笑ってた」
「…… 。ずいぶん長かったか」
「うん、長かった。僕、待ちくたびれた」
「それで…… ? 」
「それだけ。あと、ママに呼ばれて、僕、カゴを持って中に入ったの。相沢のおじちゃんもいて、ママ、相沢のおじちゃんに支えられるようにしていて、それから、ママ、そこで服着たの。相沢のおじちゃんに手伝ってもらって…… 」
「手伝って、って? 」
「うん。僕、何もしなかった。カゴを持ってただけ。相沢のおじちゃんが全部ママに着せてくれたもん」
「そうか…… 」
「その間中、ママずっと笑ってた。僕、恥ずかしくって…… 」
「恥ずかしいって…… 、何で? 」
「だって、ママ、お風呂に入るみたいに何も着てないでしょう。でも、そこはお風呂じゃないし、それに僕も相沢のおじちゃんもちゃんと服着てたし…… 。ママが一人だけ裸で、それでケラケラ笑ってるんだもん。だから、僕、早く帰ろう、って言ったの」
「ママは何がおかしかったのかな? 」
「判んない。でも、ずっと笑ってた」
「おばちゃんはいなかったのか? 」公子さんや看護婦は何をしていたのだろう。
「…… 、うん。誰もいなかった。相沢のおじちゃんとママだけ。…… 僕、おじちゃんのこと…… 、嫌いだ! 」
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