こうくん原作作品集 本文へジャンプ
あなたのために  


その3


  私は毎日、悶々としていた。
 ジェラシー?
 確かにそれはある。でもそれだけではない。不思議な感覚だった。
 私は、いつも英里子を寝室に引き下がらせると、祥一からその日の医院での出来事を執ように聞いた。祥一が言いそぶるのもかまわずに、無理矢理、問い質した。
 私はどんな表情をしていただろう。祥一は私をどんな風に見ていただろう。

「今日も、昨日と同じ部屋に連れて行かれたよ。…… やっぱり、相沢のおじちゃんだけ」
「皆んな何してるんだ。看護婦さんとか、おばちゃんとか…… 」
「知らないよ、そんなこと。ママ、部屋に入るなり僕に鍵を閉めてって言って、いきなり服を脱ぎ始めたの。僕、あわてて手伝ってあげた。だって、ママの方が早いんだもん」
「ふ〜ん…… 」
「おじちゃんが、ママに準備して下さい、って言って、でもその時、ママ全部脱いじゃってたから、あゝもう脱いじゃったの、って言った。そうしたら、ママが、どうせ脱がせるくせに、って笑ったの」
「…… 、そうか。それで? 」
「ママがね。汗臭いでしょう?って言ってた。あれ以来、ずっとお風呂に入っていないからって」
「…… …… 」
「そうしたら、相沢のおじちゃんが、そんなことありませんよ、って。何だったら後で拭いて上げましょうか、って」
「…… 。で、ママ、何と言ってた? 」
「ううん。やだぁ〜、って笑ってただけ…… 」
「で?やったのか? 」
「どうしたのかな?でも、結構混んでたし、しなかったんじゃないかな」
「…… …… 」
「ママが、僕に『じゃあ、待っててね』って言ったから、僕、『ママと一緒にいたい』って言ったの」
「何で…… ? 」
「だって…… 。心配だったから…… 」
「何で、心配だった? 」
「だって、ママ、いつものママと違うんだもん」
「じゃぁ、ずっと一緒だったのか? 」
「ううん。ママ、ダメだって。だから、僕、椅子に座ってマンガを読んでたの」
「また、長かったのか? 」
「うん。でも、やっぱり痛いのかな。ずいぶん呻ってた」
「呻ってたって…… ? 」
「うう〜ん、うう〜ん、って」
「どんな風だ? 」
「どんな風って…… 、いつもと同じだよ。時々、パパとママの寝室から聞こえるでしょう。あんな感じ。あれはパパがママのこと、マッサージしてるんでしょう?ママがそう言ってたもん。あんな感じだよ」
 そう言って、イタズラっぽく私を見た。
 私は、祥一の手前、ドギマギした。英里子はうまく言い訳をしたようだが、でも祥一のやつ、感づいてやがるな。
 ただ、もうそこまで進んでしまったのか、と暗澹たる思いだった。祥一の言葉は、英里子と相沢がすでにセックスの関係にあることをハッキリと証明していた。いや、昨日もそうだったのかもしれぬ。
 そうなんだ。あの夜、相沢は英里子の診察をしながら、こうなることを計画していたに違いない。せめて…… 、せめて、強姦に近い形であっても、英里子は何で私に言ってくれなかったのか。病院を変えたいと言ってくれなかったのか。
 いや、そうだろうか。最近、私は仕事が忙しくって、英里子にあまりかまってやれなかった。相沢のアプローチは、英里子にとっても進んで受け入れたいものではなかったのか。
 いや、ひょっとしたら、英里子の方から積極的にアプローチしたのではないだろうか。
 それにしても公子さんは何をしているのだろう。相沢と英里子のそんな出来事に気づかないのだろうか。公子さんは看護婦と事務員を兼ねている。それから、日勤の看護婦も確か二人いるはずだ。小さな医院の同じ建物の中で起こっている出来事に気が付かないって言うのは不思議な話だ。

 何故か英里子に問い質すことはしなかった。もし私が問い質したとしたら…… 。英里子は当然ながら、きっぱりと否定するに違いない。正直に告白するとはとても思えなかった。でも、それでも私が執ように追求したとしたら…… 。英里子はきっぱりとした性格だ。突き放すように開き直るかもしれなかった。…… 、私と英里子のささやかな家庭が、それによって壊れてしまうのが怖かった。
 私は悶々とするほど、嫉妬心を燃えたぎらせていた。いや、ぞっとするほどの淫靡な感覚を味わっていた。
 聞けば辛くなることが判っていながら、でも、聞かずにはいられなかった。
「また、同じ部屋に連れて行かれたよ」
 レントゲン室が英里子と相沢の、…… その場所になっているようだった。今さら英里子の身体のレントゲンを撮る必要もないはずだ。
「う〜んと、ね。僕ね、また椅子に座っていようとしたら、ママがね、一人で大丈夫だから先にお家に帰ってなさいって。僕はね、パパに言われてたから一緒にいたかったんだけど、しょうがないでしょ?ちゃんと脱げるの?って聞いたら、大丈夫だって…… 。だから、僕、待合室に行って、ずーっと座ってマンガ読んでたの」
「うちには帰らなかったのか」
「うん。だって…… 、心配でしょう? 」
「医院は混んでたか? 」
「うん。…… いや違う。今日は水曜日で、午後は医院休みだもん。だから待合室には誰もいなかった」
「え?なに? 」
「僕が骨折した時もそうだったから、パパ覚えてるでしょう? 」
「あゝ、そうだったな。でも、行ったのは夕方だったんだろう? 」
「うん。いや、今日は水曜日で授業が早い日だから、二時くらいかな」
「で、ママがすぐいつもの部屋に入って? 」
「僕、待合室にいたからよく判らないけど…… 、きっとそうだよ」
「で、終わったのは何時頃だったんだ? 」
「そうだな、いつものテレビが始まってたから五時くらいかな。今日は本当に長かったよ。僕、やんなっちゃった」
 そこまで進んでいたのか。英里子と相沢は、そこまで進んでしまったのか。三時間というのは長い。それはすでに単なる火遊び程度のものを越えてしまっていることを意味した。
 私が今まで感じていた淫靡な感覚は、少しづつ変化して来ていた。淫靡な感覚が無くなってしまったというのではない。いや、むしろその感覚はますます強くなっていた。ただ、それと同時に不快感がムクムクと顔をもたげて来ていた。
「で、ね。相沢のおじちゃんが待合室に来て、『ママ寝ちゃったから、起きたら一緒にお帰り』って言った」
「…… 、それで? 」
「だから、僕、いつもの部屋に行った。そうしたら、ママがいつものベッドの上で寝てた」
「寝てたって、裸でか? 」
「そう。だから、僕、ママの肩を揺すって『帰ろう! 』って言ったの。そうしたら、ママが驚いたような顔をして、それから、僕に向こうへ行ってなさいって怒るように言った。何であんなに怒ったのかな? 」
「…… 、それで? 」
「だから、僕、急いで部屋を出て、入り口のところで待ってたの。そのうち、ママ、ちゃんと着替えて出てきたよ。それで一緒に帰ってきたんだ。でも、ママ、とっても不機嫌だった」
「そうか…… 。でも、ママは自分で服着られたのかな? 」
「うん。着られた。背中のチャックだけやってあげたけど…… 。でもね、ママ、いきなり服着てたみたい」
「いきなり? 」
「そう。裸の上にいきなり…… 。だって、ブラジャーっていうの?あれ付けてなかったもん」
「じゃぁ…… 、じゃぁ、下着はどうしたんだろうな? 」
「バッグにゴシャゴシャって入れたみたいだよ。少しはみ出してたから、僕判ったんんだ」
「…… …… 」
 私はどんな表情をしていただろう。嫉妬心?好奇心?
 いや、そんなものはとうに無くなっていた。きっと、私は憎悪に満ちあふれた表情をしていたに違いない。嫉妬に狂い、怒りに身体を振るわせた、まさに仁王のような顔をしていたに違いない。
 その時、祥一が言った。
「僕、あんなママ、嫌いだ! 」







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