こうくん原作作品集 本文へジャンプ
あなたのために  


その5


 
 土曜日の朝。
 今日は仕事が休みだ。
「あなた。今日はあなたが医院に連れて行って。たぶん今日が最後になるから…… 」
 英里子が朝食の後かたづけをしながら言った。
「相沢さんにもいろいろお世話になったし。あなたからもお礼を言って欲しいのよ」
 冗談じゃない。よりにもよって女房の浮気相手のところに亭主がノコノコ出かけて行けるはずないじゃないか。
「わたし、その予定で、昨日、御礼に何がいいかなぁって思って、テーブルクロス買っておいたの。相沢さんとこのテーブルクロス、この前見たらちょっとほころびていたから…… 」
「今日は、ゴルフ練習場に行く」わたしは素っ気なく言った。いや、そんな予定はなかったんだが、思いつきで口から出した。
「そんなこと言わないで、お願いだから、ネ。それに、あなたにも介護用のお風呂を見て欲しいの」
 私はジロッと英里子の顔を見た。
「まだ頼んでないのよ。やっぱり女のわたしには機械のこと、よく判らないわ。ちょっと操作が難しそうだし。それでね、明日、主人に見てもらってから返事しますって言っといたの」
「今日もセールスの奴、来るのか」
「たぶん来ると思う」
「また、お前が入るのか? 」
「そのつもりだけど…… 。だって気持ちいいんだもの。わたし、ただこういう風にね、湯船に浸かっていればいいの。皆んな介護の人が全部やってくれるのよ。髪の毛もちゃんと洗えるようになってるし…… 」
 介護の人?何を言いやがる。
 そりゃぁそうだろうよ。相沢の奴に、髪の毛から何から何まで…… 、お前のうなじだって、お前の両の乳房だって、お前の太股だって、それから、お前の秘部のヘアーだって、それからその奥にある私しか知らないお前自身の部分だって…… 。そりゃぁ、すっかり洗ってもらったんだろうよ。洗ってもらって、それから…… 。
 お前は、お前の身体を洗う相沢の手、いや指によって、何度も何度も絶頂を迎え、後は相沢に好きなように弄ばされて…… 。
 それが忘れられなくって、今日も、っていう訳か。
 どうせ、私がついて行ったって、この前の夜みたいに何だかんだ理由をつけられて、私はその場から追い出されるのだろう。
 よし、行ってやろうじゃぁないか。ただ、今日は追い出されないぞ。ちゃんと最後まで、お前と相沢の情事を見届けてやる。
「でも、わたしばかりでは悪いから、何だったら、あなた入ってみる? 」
 英里子がちょっと笑みを浮かべて私に聞いた。

 土曜日だから、医院は午後は休診だ。着いたのはもう昼近かった。
 受付に公子さんが座って、来診者の応対をしている。
「よかったですね。無事、完治なさって」来診者が多いからだろうか。ちょっとだけ目を逸らせて私に言った。
 私は一応、軽く頭だけは下げた。
「今日は、あいにく主人は学会で留守なの」
「あら、そうなの。昨日はそんなこと言ってらっしゃらなかったのに…… 」
「せっかく来てくれたのに、ねぇ。代診の先生が来てくれてるんだけど、でも、英里子さん、湿布取るだけだから、わざわざ観てもらうことないわ」
 そう言って、看護婦の一人を呼んで何かを指示すると、何事もなかったように別な来診者と話しを始めた。
 その看護婦は、すっかり顔馴染みなのか「英里子さ〜ん、こっち」と馴れ馴れしく言って、処置室に英里子を手招きした。
「じゃぁ、ちょっと行って来るわね。すぐ済むと思うから…… 」
 カーデガンを脱ぐと、バックと一緒に私の座っている手元に置く。
「ご主人? 」看護婦が英里子に聞く。
「ええ」
 看護婦は私の方を品定めをするようにジロッと見て、軽く頭を下げると、英里子を部屋の中に入れてドアを閉めた。
 私は、医院の中で行われているすべての出来事を見逃すまいと、注意深く観察していた。いつもこのようなのだろうか。いつもこのようであれば、英里子と相沢が情事を行うような隙はない。
 ただ、今日は土曜日で、明日は休診だからいつもより患者が混んでいるのかもしれない。診察室の奥にレントゲン室があるのは判っている。
 英里子は十分もすると、すぐ処置室から出てきた。思ったより早い。
「もう大丈夫だって…… 」
「そうか…… 」私は大して感慨もなく言った。
「じゃぁ、行きましょう」英里子が私に言う。
「公子さん、ちょっと昨日のお風呂、見せてもらっていい? 」
「ええ」公子さんはちょっと診察室の方を覗き込んで「大丈夫!いいわよ」
「こっちからね? 」英里子が廊下の方を指さす。
「そうね。まだ患者さんいるから、そっちから入って。もうすぐセールスの人も来ると思うから」
 英里子は私の手を引くようにして、くの字型の廊下を曲がると、『関係者以外は入らないで下さい』と張り紙がしてあるドアを開けた。
「ここがレントゲン室の裏口なの」
「レントゲン室? 」
「ええ、とりあえず今はレントゲン室に置くようにしたんですって…… 」
「お前、ずいぶん詳しいな」私は白々しく聞いた。
「一週間も通えばね。レントゲン室は、診察室につながってるんだけど、こっちからも入れるの」
「…… …… 」
「普段は、そんなにレントゲンを撮る患者さんっていないしね。それに設計ミスで、レントゲン室がかなり広いんですって。相沢さん、言ってたわ。いずれ、増築するか、部屋を区切るようなリフォームをして、専門の浴室を作りたいらしいんだけど、とりあえずは、ここで兼用にするって」
 機械を操作する小さな部屋を通り抜けて、英里子が訳知り顔でレントゲン室の照明を付けた。
 レントゲンの機械が、天井から側壁から床から、まるでビルの地下室のように縦横無尽に走っている。診察室の入り口と思われるあたりに、カーテンが引かれている。あゝ、あのカーテンの内側に祥一が座っていたんだな。とすると、今いるこの場所が、英里子と相沢の情事の場所っていうことになるのか。
 飾りっ気のない少し幅の狭いベッドが、部屋の中央に置かれていた。私は、そのベッドのシーツを見るともなく見ていた。今はクリーニングを済ませたばかりのように、パリッとしている。英里子と相沢が情事を重ねる時は、あのシーツがクシャクシャになったことだろう。
 部屋の隅に、明らかに介護用の風呂と思われる機械が二機、所在なげに置かれている。
「どうかしら? 」
「これか? 」
「そう。こうやってね、お湯を張っておいて…… 」
 確かに水道のホースが浴槽につながっている。英里子がその蛇口をひねった。ガスが付く音がして、ちょろちょろとお湯が出始める。
「温度はね、ちょっと温めの方がいいんですって」
 英里子が水温の調節をする。三十七度に調節した。
「これだったら、のぼせないで長く入ってられるでしょう」
「お前、これに昨日入ったのか」
「ええ。とっても快適なの」
「今日も入るのか? 」
「ええ、入りたい。いい?わたし、毎日お風呂に入る習慣がついてるでしょう。だから、ケガしてからずっと入れなくって、それが一番イヤだったの」
「何で言わなかったんだ。ちゃんと入れてやったのに…… 」
「そんなの、あなたに悪いわ。それにね、何となく怖くって…… 。また転倒するんじゃぁないかって」
「じゃぁ、入れよ。ただし、俺はずっとここにいるぞ」
「いいわよ。あなたに機械をよく見てもらわなくっちゃ」
 英里子はそう言って、一度レントゲン室から出ると、看護婦に診察着を借りに行ったようだ。
 どうせ今日は相沢がいないからだろう。もし相沢がいれば、私は何だかんだ理由をつけられて追い出されたに違いないんだ。私は相沢の代わり、ってことか。
 英里子が戻って来て「もう診察終わったから、誰もこのレントゲン室には来ないって」と言った。
 英里子は部屋を横切ると、カーテンの隙間から身体を滑らせて、診察室に続くドアの鍵を閉めた。それから、今度は私たちが入ってきたドアに向かうと同じように鍵を閉めた。
 なるほど。こうすればこのレントゲン室は完全な密室になるんだ。
 レントゲン室に用意されてある脚立のついた脱衣かごの前で、英里子は服を脱ぎ始めた。その後ろ姿を、私はジッと見た。
 カーデガンはすでに脱いでいる。ブラウスのボタンを外しながら、私の視線に気がついた。
「あなた。恥ずかしいわ。見ていないで」
 私は、その言葉を無視した。部屋の真ん中にあるベッドの上に座って、目を逸らさなかった。
「うう〜ん。しょうがないんだから…… 」
 ブラウスをサッと脱ぎ去ると、紺色のスカートのホックを外した。それから、スリップを頭から抜き取る。
「さすが、脱ぐの早いな」私は嫌みったらしく言った。いつも脱ぎなれているからだろう。見る見るうちに、英里子は裸になっていく。
「いつも脱ぎなれてるからね。患者さんたくさんいると、かえって迷惑でしょう」
 そう言って、診察着を羽織ると、ブラジャーを外し、それから、診察着に腕を通すと、パンティーストッキングを脱ぎ、診察着のひもを締めてから、パンティを脱いだ。いかにも手慣れた動作だった。
「よしっと…… 」
 私の方にちょっと笑ってみせると、
「じゃぁ、入るわね」そう言って、お湯の温度を確かめてから、湯船の中に入っていった。
 確かによく出来ていた。英里子は自分で入れるが、祖母のように自分で入れなくても、付き添いの人間が二人もいれば大丈夫だろう。
「あゝ、いい気持ち…… 。わたしだけじゃ悪いみたい。あなたも入ったら」
 確かに二機はある。しかし、私は真っ平だった。
 私は機械の操作をしていた。水平のボタンを操作すると、浴槽が左右に角度を作って動いた。
「髪の毛を洗う時ね。ほら、こうやって頭が下の位置に来ると洗いやすいでしょう。シャンプーが目に入らないし…… 」
 なるほど。
「これは? 」
「それは、下半身を洗う時にね、これじゃ洗いにくいから、腰から下の床が落ちるようになってるの」
「ふ〜ん」
「それにね。おしめをしているような人だと、失禁しちゃうこともあるでしょ」
 私はそのスイッチを入れてみた。なるほど、下半身の位置がむき出しになる。
「わたしには必要ないわよ」英里子が笑いながら言った。
 私は、スイッチをもう一度押して、元の位置に戻した。
「これは? 」
「それはね、痴呆老人なんかの場合、暴れる人がいるでしょう。だから、押さえつけるっていうんじゃぁないんだけど、紐で身体を固定させるために使うんですって」
 なるほど。
「いいかもしれんな。よくできてるよ」
「じゃぁ、頼みましょうか。わたし、よく判る、お風呂に入れない気持ちって。昨日のセールスの人が言ってたわ。お風呂に入れてあげるだけで、ずっと元気になるご老人って多いんですって。きっとお義祖母ちゃんにも喜んで頂けるわ」
「いいよ」私はそう言って、英里子に笑いかけた。
 浴槽の周りに、昨日、英里子の身体を洗うために使われたのだろうか、石鹸やシャンプーが置かれている。
「お前、どうせだから洗ってやるよ。その診察着、脱いじゃえよ」
「いいわよ、このままで」
「いいから、そんなの着てるとかえって洗いにくいさ」
「着てるままでも出来るわよ」
「いいから…… 」私はそう言いながら、ちょっと強引に診察着の紐を解いた。
「じゃぁ…… 」英里子はそう言って、上半身を起こすと、診察着を両肩から抜き取った。
 私はずぶ濡れになった診察着を英里子の身体から外すと、それを部屋の隅に片づけるような素振りを見せながら、英里子に判らないようにその診察着の紐を抜き取って、近くにあったハサミで二つに切り分けた。そして、それをポケットに閉まった。
 久振りに見る英里子の身体だった。その全身が私のすぐ目の前にある。豊満な両の乳房が湯船の中で引力を失って、はち切れるように上を向いている。秘部のヘアーが湯船の中で海草のようにユラユラと揺れている。まだ若い。張りのある肌はお湯を跳ね返すようだ。
「そんなにジロジロ見ないでよ」英里子が笑いながら言った。
「お前は今は介護者のつもりなんだからな、こっちの言うことをちゃんと聞かなくっちゃいけない」
「はいはい」
 確かに私と英里子は夫婦なのだ。第三者から見れば、仲のよい夫婦に見えたことだろう。とても、浮気している女房と、嫉妬して苦しんでいる亭主には見えまい。
 私はスポンジに石鹸を付けると、英里子の首筋から洗い始めた。英里子が自分から顔を上に向けて、洗いやすくした。
 私の手は両の乳房に掛かっていた。乳房を包むように、円を描くように洗う。
「そんなに丁寧にしなくっても…… 」英里子がくすぐったそうに言った。
「…… …… 」
「ねぇ、あなた。ちょっと聞いていい? 」
「何だ? 」
「あなた、最近ちょっとおかしくない?何か、いつものあなたと違うわ」
 私の手は、英里子のへその部分に掛かっている。脇腹を洗った時、英里子がくすぐったそうに腰を捩り、お湯がピチャピチャと波打った。
「そんなことないさ。いつもと同じだよ」
 おかしいのはお前の方じゃないか。よくそんなことを白々しく聞けるな。
「そうなの。それだったらいんだけど…… 」
 秘部のヘアーまで達した時、確かに洗いにくいことに気がついた。女性の秘部は、確かに思ったより下の位置にある。私のスポンジは、英里子の太股の間にもぐり込んで、その上部に達しているに過ぎない。
 私は、さっきのスイッチを押した。英里子の下半身の床面が見る見る落ちていく。
「あなた、そこまでしなくっても…… 」
 英里子の両膝を少し開かせるようにして、その間にスポンジをもぐり込ませると、英里子の秘部に直接触れた。
 それは、すでに洗うという作業ではなかった。スポンジは、いや、私の指は英里子の秘部を愛撫し始めていた。
 英里子が、必死で抵抗をした。
「あなた、止めて…… 。何もここでそんなこと…… 」
 英里子の両手が私の手の動きを阻止しようとする。
 私はいったん浴槽から離れると、英里子の背後に回って、ポケットから紐を出した。
「まったく…… 。場所もわきまえないんだから…… 」
 英里子はすでに私の悪戯が終わったと思ったのかもしれぬ。
「それに、寒いわ」
 英里子が手を伸ばして、スイッチを元に戻した。床が上がり始めている。
「髪の毛はどうやって洗うんだ? 」
「それは、ね…… 」
 英里子が両手を伸ばした時だった。私はその片手を掴むと、紐で浴槽のフックに固定した。
「あなた、何を考えてるの? 」英里子はすでに怒っている。
 私は、もう片方の手を強引に押さえつけると、もう一つのフックに同じように固定した。紐はまだ濡れている。だからきつく締まった。
「どうする気なの? 」英里子が大声を出した。
「いや、介護者が暴れてるからな。ちゃんと洗えないから…… 」
 私はそう言って、またスイッチを押した。下半身の床が下がり始める。
 私はもうスポンジを手にしなかった。指だけでたくさんだ。
 必死に抵抗する英里子の太股を割ると、英里子の敏感な部分に触れた。もう片方の手の中指は、英里子の入り口を行ったり来たり愛撫していた。
「あなた、止めて! 」
 英里子の絶叫が、やがて泣き声に変わり、それから喘ぎ声に変わっていった。それは、私の指にも判っていた。
 英里子のことはすべて知っている。こうすれば英里子がどうなるか、ってことまで承知してるんだ。
 その時、診察室側のドアがノックされた。
「○○会社のものですが…… 」
「あなた、セールスの人が来たわ。もう止めて。早くほどいて…… 。手をほどいてよ」
 私は、英里子の身体から離れた。
「お願いだから…… 。ねぇ、早く!診察着を着せて…… 」
 私は聞こえなかったように、そのドアに向かった。そして鍵を外した。そのカチャっていう音は、部屋中に響いた。
「あなたぁ…… ! 」英里子の声が泣くような声に変わった。
 ドアを開けると、律儀そうな背広姿の男が二人立っている。
「あゝ、旦那さんですか。いかがですか?ご満足頂けましたか? 」
 私は手招きするように、彼等を中に入れると、
「ええ、気に入りました。お願いします。あとで女房が書類にサインすると思いますから…… 」
 そう言うと、彼等を導くように、カーテンを思いっきり開けた。
 私はそのままレントゲン室を出ようとして、腕時計を外していたのに気がついた。部屋の中に戻ると、二人のセールスマンが唖然と立ちすくんでいた。
「先に帰ってるからな…… 」
 私は蔑むように一言だけ英里子に言った。
「あなた…… 。何でなの? 」
 私は黙っていた。そんなことはお前の胸に聞け。
 あえて英里子の方を見ないようにして、私は背中を向けて歩き出していた。
「あなた…… 。何でこんなことするの?あなたなんか嫌いよ…… 」






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