こうくん原作作品集 本文へジャンプ
裸になる  


その1

「あのね。ちょっとお話があるんだけど…… 相談にのってくれる? 」
 夕食の後片づけをしながら、妻の典子が言った。
「実はね、今度、モデルをやってくれないか、って頼まれてるの」
「モデル?モデルって…… 絵のか? 」
「そう」
「へぇー、お前がねぇー。大したもんだな」
「いいかしら? 」
「いいじゃないか。何も僕に相談することないさ。どんどんやったらいい」

 僕等夫婦は、社内恋愛が高じて結婚してから二年。典子は僕より十歳も年下で今年二十五歳。年が離れているし、まだ子供がいないせいか、二十五歳の割にはまだまだ子供地味たところがある。女房っていうよりも妹みたいな感じだ。
 昼間は暇をもてあましているのか、最近、このマンションの奥さん方がやっている絵のサークルに通い始めたのは僕も知っている。サークルといっても皆んな素人集団。暇つぶしにお茶のみ話しの理由づけになっているに過ぎない。
 でも、たまぁに、僕に誉めてもらいたいのか、さり気なく、しかし目立つ位置に典子の描いた絵が飾られていることがあった。「いい絵だなぁ〜」なんてお世辞九十%で口を滑らそうものなら、「私が描いたのよ。エライでしょ? 」とか言って、苦労話しやら何やら延々と聞かされる。

「描く方から描かれる方に転身って訳か。まさか何百万円もするお姫様みたいな服を買ってくれ、っていうんじゃないだろうな」
 僕は、冗談めかして言った。でも、最近、仕事が忙しくってあまり構ってやれないし、まあ多少の出費は罪滅ぼしかな。
「いいえ、違うの」
「違うって…… 何が? 」
「ええっと、ね。一回だけって約束で…… どうしても、私がやらなけりゃならなくなってしまったのよ」
「だから、モデルをやるんだろう?いいさ、お前がやりくりつくなら、好きな服、買ったらいい」
「違うの。その…… 逆なのよ。何て言ったらいいかな。つまりね…… 全部脱ぐの…… 」
 全部脱ぐ? 聞き間違いかと思った。僕はあらためて座り直して典子を見た。
「なに? 」
「だから、ね、裸になるのよ。裸婦ってあるでしょ、あのモデルになるの」
「何で……? 何で、お前がそんなことするんだ? 」
「今度ね、うちのサークルで、プロの先生を呼んで指導してもらうことになったんだけど、その先生が裸婦をやりたいって言うんですって…… でも、モデルやる人がいないでしょう? 皆さんの中から誰かやって欲しい、って…… 」
「でも…… でも、何もお前がやることないじゃないか」
「だって、私、一番若いし…… ああいうのって二重腹のおばさんじゃしょうがないでしょう。それで、上田さんからやってくれないかって頼まれたの」
 上田というのは、サークルを主催している六十代半ばの老婦人のことだ。上田さんだけが絵に詳しい。何でも、昔、中学校で美術の教師をしていたという話しだった。
「おい、ちょっと待てよ…… う〜ん、裸ってのはなぁ…… 」
 他人の前で女房が裸を見せるのを喜ぶ亭主はいないだろう。
「第一、お前に出来るのか? 」
「そりゃ出来るわよ。全部脱いで生まれたままになるだけだもの…… 簡単なことでしょう? 」
「そう言われりゃ、そうだけどな」
「サークルの人って皆んな年輩の人ばかりで、私だけ二十代でしょう。私だけ年が離れてるし…… 皆んなに子供扱いされて、結局私にお鉢が回って来るのよね」
 そう言いながらも、別に嫌がっているようには見えない。皆んなの中から自分が選ばれたってことが嬉しいのだろうか?
 でも…… でも、そんなに簡単なことだろうか?僕は、典子の子供っぽくて、世間知らずなところがちょっと引っかかる。
「皆んな女性だったよな」
「そうよ。だから私もやってもいいかな、って思ったの。同じ女性なら、私の裸を見られたって別にどうってことないし…… 上田さんにはやってもいいですって言ったんだけど、一応あなたにもことわっておこうって思って…… 」
「事後了解、ってわけか」
「ゴメン…… 」
「上田さんの部屋でやるのか? 」
「いえ、公民館の一室を借りることになってるの。だって、上田さんの部屋、狭いでしょう。上田さん、言ってたわ。裸婦って言ったら、普段サークルをサボってる人も全員来るんじゃないかって…… それくらい、裸婦を描く機会って、なかなかないみたいね」
「そうじゃないさ。お前が裸になるっていうから、皆んな好奇心だけで来るのさ」
「そんなこと言わないで。皆んなまじめな人達なんですから。それに、皆んなから羨ましがられたのよ、モデルになれるなんて素晴らしいって…… 若いうちに是非やっときなさいって…… 」
 とかいって、いいように乗せられてしまったんだろう。
「でも、人前で裸になって、お前、恥ずかしくないのか? 」
「判らないわ。でも恥ずかしいなんて思っちゃいけないと思うの。これは芸術なんですからね」
「そのプロの先生ってのも女なのか? 」
「いいえ、男の人よ。でも、六十過ぎの人らしいわ。とても有名な先生だって。私の裸を見ても、普段見慣れてるから、ただの物としてしか扱われないんじゃないかしら」
 でも…… 典子は、僕以外の男に裸を見せることになるのか。
「僕がダメだって言ったらどうする? 」
「そうね。一応オッケーしちゃったんだけど、理由を話して止めるわ。あなたに反対されてまでしたくないもの。でも、サークルの人達がっかりするでしょうね。そんな機会、もう二度と無いかもしれない。あなたも堅物な亭主だって言われるわ、きっと」
 僕には何か引っかかるものがある。
 でも、僕には止めさせる理由が見つからなかった。それに、話しを聞いてもそんなに変なものじゃなさそうだし…… 
「サークルのことはともかく、お前自身が本当にやりたいんだな? 」
「うん。だって素敵じゃない?そんな機会もう二度とないと思うし…… プロの先生に描いてもらうなんて、夢みたいだわ。お願い、やらせて。反対しないで」
 明るい蛍光灯の下で、典子の笑顔がかわいらしい。僕がオッケーするのを待っているんだ。
「…… じゃあ、やったらいいさ。別に僕がどうこう言う問題じゃない」
「ありがとう」
 典子は嬉しそうに、僕のお茶を入れ替えてくれた。
「いつやるんだ? 」
「今度の日曜日」
 今度の日曜といったら、もう三日しかない。
「ずいぶん急だな」
「先生が、その日しか都合が悪いんですって」
「日曜日だったら、僕も行ってもいいか? 」
「え? あなた描けるの? 」
「いや、描けないけどさ。一応付き添いということで…… だって、知らない所で僕の女房が裸を他人に見せてるのに、僕が家で寝っころがってるってのも変じゃあないか」
「心配? 」典子はクスッと笑って、「でも、いいわ。じゃあマネージャーになってちょうだい」
 別にいいさ、減るもんではなし。典子にも刺戟になってきっといいのさ。僕は自分で自分を納得させた。

「それでね。上田さんから言われたんだけど、初めてモデルになる人って、いくらやると言っても、いざ脱ぐとなると出来なくなっちゃう人がいるんですって。だから、事前に脱ぐ練習をしておきなさいって言われたの」
「脱ぐ練習って…… 何だ? 」
「今、私、ここで脱ぐからね。じっと見てて欲しいの」
 時間はもう九時を過ぎている。訪ねてくる人もいないだろう。
「何? 僕に見せたってしょうがないじゃないか。普段見慣れてるしさ」
 典子は立ち上がると、ちょっと離れて立った。照れたように笑いながら、
「いい? じゃあ始めるわよ」
 静かに服を脱ぎ始めた。
「おいおい。ちょっと待てよ」
「いいから…… 裸になる感覚をつかんでおきたいの。じっと見てて。目を反らさないで…… 」
 ワンピースを脱ぐと、スリップと、それからブラジャーとパンティだけだ。
 脱いだワンピースを椅子に引っ掛けながら、続けてスリップを頭から抜き取る。
「うん。大丈夫!出来そう」イメージトレーニングでもしているんだろうか。うつむいて、一人で納得している。
「ムラムラって来るかもしれないぞ」
「ダメよ。そういう見方はしないで。これは芸術なんですからね。嫌らしい目で見ないで欲しいわ。私がちゃんと脱げるか、ただじっと見てて欲しいの」
 典子はベージュ色のブラジャーに手をかけた。
「こういう時って、前を向いたままでいいのかしら? 」
「おいおい、皆んなの見てる真ん前で脱ぐのか? 」
「そうよ。公民館って、専門のアトリエではないし、それに別の部屋で脱いで、裸で廊下を移動するなんて出来ないでしょう」
 そりゃそうだ。
「でも、衝立か何かはあるんだろう? いくら何でも…… 」
「どうかしら? でも、そんなことどうでもいいわ。どうせ最後は裸を見せるんだもの」
「そりゃぁそうだけどな」
「脱ぐ時だけ恥ずかしがっててもしょうがないじゃない」
 それから、僕に向かってちょっと笑みを浮かべると、ブラジャーをさっと脱ぎ捨てた。
「脱ぐ時は堂々と、って言われたわ」
 僕の目の前に典子の豊満な乳房が現れた。自然に、片手を横向きにして、その両の乳首を隠している。いくら僕の前とはいえ、緊張しているのだろうか、笑顔がちょっと引きつっているような感じがした。
 僕はジッと見ていた。隠したといっても、たわわな乳房は、その膨らみをハッキリと見せている。
「どう? 」
「……そういう時はさ、変に隠さない方がいいんじゃないか? かえってイヤらしいよ」
「あっ! そうか。そうよね」
 典子は手を下ろした。明るい照明の下で、ピンク色の乳首が艶めかしく光っている。
 典子は脱いだブラジャーを持て余した。
「服はともかく、下着は何か入れ物が欲しいわねぇ」
 脱いだブラジャーを椅子に引っかけると、パンティ一枚のまま部屋を横切って、自分の手帳にメモをしたようである。
「これでよしっと! じゃあ最後の一枚、いくわよ」
 そこまでやるか?僕は自分の女房ながら何故かドキドキした。
 もう一度、僕の前に立つと、パンティに手をかけた。
「これも、前を向いたままでいいのかしら」
「それじゃあきっと恥ずかしいよ。だから皆んな脱げなくなるのさ。何たって、お前のが全部あからさまになるんだからな。後ろを向いて皆んなの視線を外した方がいい」
「どっちみち、結果は同じなんだけどね。そうしましょうか」
 典子はクルッと後ろを向くと、身体を屈めて脱ぎ始めた。
 僕は気がついた。
「ちょっと待った。やっぱりダメだ」
「え? 」
 膝まで下ろした格好で、典子は僕に振り向いた。
「その…… 身体を屈めた時な。お前のが全部丸見えになってる」
「あらっ、イヤだ」
 典子はもう一度パンティを持ち上げると、
「じゃあ、どうしたらいいのかしら…… 」
「横向きだったらいいんじゃないか」
「そお? 」
 典子は横向きに立つと、もう一度パンティを脱ぎ始めた。
 典子の豊満な乳房が、下を向いてブルブルと揺れている。
「これだったら、いい? 」
「うん。大丈夫みたいだ」
 典子は脱いだパンティを椅子に掛けると、「はい、終わりっと」と言った。
 片手で、また秘部を隠している。
「隠さないで」僕はもう一度言った。
「あゝ、そうだったわね」
 典子は秘部を隠した手を外した。
「これでいい? 」
「うん。よし」
「何よ、偉そうに…… はい、私のやることはここまで」
 恥かしいのだろうか?顔をちょっと上気させて、赤らめている。
 照明の下で、肌の粒子まで見えるようだ。ちょっと鳥肌が立っている。
「どう? 」
「どうって…… 」
「ちゃんとしてる? 」
「それは大丈夫だけど…… でも凄いな。圧倒されちゃうよ」
 僕はただ驚いていた。確かに典子の裸は見慣れているはずなのに、何かとても新鮮な気持ちがしたんだ。
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいわね。でも恥ずかしいと思っちゃいけないのよね」
 手を頭の後ろで組んで、ちょっとポーズをつくって見せる仕草をした。
「ポーズなんかどうするんだ」
「皆んな、向こうの人が付けてくれるみたい。私はただ言われるようにすればいいって…… 」
 僕の目の前に全裸の典子の身体があった。それは、確かに美しいものには違いなかった。
「おかしくない? 」
「大丈夫。とっても綺麗だよ」
 僕は正直に言った。
 女性の身体ってこんなに美しいものなのか。

 僕の感情は、少し変わりつつあった。
 確かに、他人に典子の裸を見せるには抵抗がある。ただ、それと同じくらいに、典子の裸を見せつけてやりたい、という気持ちが生まれつつあった。どうだ、素晴らしいだろう。こんな素晴らしい女が僕のものなんだぞ、って、自分の宝物を他人に自慢するように…… 

「ちょっと、おっぱい下がってきたかな? 」
「そんなこと全然ないよ」
「後ろはどうかしら」クルッと後ろを向いた。
「お尻、下がってない? 」
「大丈夫さ。立派なもんだ」
「そう?何かおかしな所があったら言って…… 」
 おかしな所なんてないさ。僕は何も言わず立ち上がると、典子を抱きしめようとした。
「ダメ! 今度のサークルが終わるまでお預けよ」
「何故? 」
「だって、私の身体にあなたの唇の跡が残るでしょう? 」と僕を突き放す。
「ごめんね。私、そういう気持ちでいちゃダメだと思うの。ね! サークルが終わったらたっぷりしましょう」
「判ったよ」
 僕は、椅子に掛けてある下着を見た。
「これ、スーパーで買ったやつだろう? もっといいの買って来いよ」
「いいの? ありがとう。どうせ脱いじゃうんだけどね」
 そう言って笑った。
 やはり慣れないのか、典子は少し手持ちぶさたにうろうろしていたが、
「うん。大丈夫。出来そうだわ。はいっ、練習終わり」と言って、それから服を着ようとした。
「だけどな。モデルっていうのは、裸のまま長い時間いなければならないんだろう? しばらくそのままでいてみろよ。裸に慣れる練習をしておいた方がいい」
 というよりも、僕はもう少し全裸の典子を見ていたかったんだ。
「そうか…… それもそうね。でも、あなたいいの? 」
「もちろん。大歓迎さ。ハーレムみたいだ」
「じゃあそうするわ」
 そして、実際、典子はその夜、裸のままで過ごしたのである。お茶を入れたり、洗濯物をたたんだり、アイロンを掛けたり…… 全裸のままで、普段通りに振る舞おうとした。
 そんな典子を、目を反らすのを惜しむように僕はジッと見ていた。
「何よ、ジロジロ見て」
「いいじゃないか。僕の前なんだから…… 」
「ふ〜んだ」
「こうやって見ると、お前は着痩せするタイプだな」
「そうかなあ」
「結構ボリュームあるぞ」
「でも、ね、何かとても開放的な気分…… 気持ちいいわ。あなたも脱いじゃったら? 」
「いや、僕は遠慮しとくよ。だって、本番ではお前一人だけなんだろう、裸になるのは…… 」
「そりゃそうだけど…… 」
 こういうことって、かえって女のほうが度胸があるのかもしれない。僕には、身体を見せるために脱ぐなんてことはとても出来ない、と思う。
 さりげなく見ていると、最初は僕の視線を意識しているのか、身体を屈めたりする時、位置を確認するようなところがあったが、時間が経つにつれ、だんだん自然になっていったような気がする。そんなものかな。
「大丈夫みたい。何か自信がついてきたわ」
「ただなあ、僕の前で裸になるのとは違うかもしれないぞ。僕はお前の亭主だしな。お前だって、半ば安心して僕の前では裸になれるさ。でも、当日はたくさんの人が来るんだろう。それなりに心の準備をしておいた方がいいぞ」
「そうかしら?でも…… 大丈夫よ。やること同じだもん。皆んな知ってる人ばかりだし…… 同じよ」
「だったらいいけどな」
「何だったら、この機会に本物のプロのモデルになろうかしら…… だってね、結構いい稼ぎになるみたいよ。需要はたくさんあるんだけど、供給が断然不足してるんですって」
「どうぞご勝手に…… 」
「別に何されるわけでもないし…… 名案だと思うんだけど…… そうしたら、私が稼いで、あなたにマネージャーをやってもらうってのはどうかしら? 」
 全裸のまま、ちょっとおどけて見せた。




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