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| 裸になる |
日曜日の朝、車で典子を公民館まで乗せて行った。
「早く行ってもしょうがないから、始まる直前でいいのよ」
そう言いながら、でも、典子が緊張しているのが僕には判った。
「大丈夫か? 」
「大丈夫。大丈夫よ。でも、胸がドキドキする。いよいよ始まるのね」と紺のツーピースの胸に手を当てた。
その下のブラウスの下に、純白のシルクの下着を身につけていることを僕は知っている。何のことはない、ずいぶん散財させられてしまった。でも、レースの付いたその下着は、典子の純白の肌によく似合っていた。
公民館に着いて、駐車場が結構混んでいるのに気がついた。もともと、そんなに広い駐車場ではないのだが、満杯に近い。結局、入り口からずいぶん離れたスペースに止めざるを得なかった。
「何か催しでもあるのか? 」
「そんなことないと思うけど…… 私、予約に行かされたから知ってるんだけど、今日はうちのサークルだけだったはずなんだけどな」
典子も首を傾げた。
もともと、こぢんまりした、町内の小さな公民館だ。実体は集会所に近い。
入り口を入ると、すでに廊下から溢れるほど人いきれがした。入り口の奥で立ち話しをしている女性達がいる。
「あら! 」
典子が声を上げた。
「どうしたんだ? 」
「あの奥さん達、うちのサークルじゃないんだけどな。どうしたのかしら? 」
その一人がめざとく典子に目を止めた。
「あら、いよいよ主役が登場ね。こんにちわ」
「奥さん、今日は何ですか? 」
典子が尋ねると、
「何って、あなたのサークルでデッサン会をやるんでしょう? 典子さんがモデルになるって聞いて私もサークルに入れてもらったの」
「え? 」
「でも、すごいわねえ。よく決心したわね。頑張ってね! 」
「は、はい」
ドギマギしながら典子が応えた。
どういうことなんだろう? と首を傾げながら、さらに廊下を進む。歩きながら、「何か、イヤーね」と典子が言った。
廊下の両側にずっと人が並んでいて、皆んな典子のことを好奇の目で見ているような気がした。典子は知っている顔に軽く頭を下げている。
部屋の前まで来ると、すぐには入れないくらいの人々が集まっている。僕は、そして典子も驚いた。だって、僕等は、ほんの数人、せいぜい十人くらいの小さな集まりを想像していたからだ。それがこのありさまだ。
さらに驚いたのは、男性が半分近くいることだった。皆んなマンションの住人達なのだろう、管理組合の集まりの時、よく見かける顔もあった。
部屋を覗くと、真ん中に演台のような台があって、それをグルッと取り囲むように、三百六十度、イーゼルが林立している。
それと、あきらかに学生風の若い男女が、やはりイーゼルの前に座って準備をしている。
「何、これ? 」
僕等は思わず顔を見合わせて、部屋を覗き込んだまま立ちすくんでしまった。
「驚いたな。お前、判ってたのか」
典子は強く頭を振った。
「冗談じゃないわ。こんなんじゃなかったのよ。ひどい…… 」
部屋の真ん中で立ち話しをしていた主催者の上田さんが、典子に目を止めた。
「はい、皆さん。モデルさんが到着しました。準備をして下さいね」
皆んなドタドタと部屋の中に入って行く。「頑張ってね」と、軽く典子や僕に会釈をする顔見知りの人もいた。
「今日のモデルをやって頂く、うちのサークルの典子さんです」上田さんが、手で典子にこちらに来るように合図をした。
「あのー、何ですか、こんなにいるんですか? 」
典子は、まだ入り口で部屋を覗き込んだままだ。典子が動かないので、上田さんが心配そうに駆けつけて来た。
「ええ、皆んなうちのサークルの人達よ。今回裸婦をやるっていうんで、急に入った人もいるけど…… 」
「でも、男の人もいるわ」
「あの人達は、奥さんを送って来ただけなの。やる時は出ていってもらうわ」
「…… 」
「あゝ、それからね。先生が生徒達を参加させて欲しいって…… いいって言ったんだけど…… 構わないでしょう? 」
僕と典子は、イーゼルの前に座っている数人の学生風の男女を見た。
いつのまにか、年輩の男性が上田さんの脇に立った。
「山内と申します」と、名刺を差し出す。
典子が呆然としているので、僕が代わりに受け取った。○○大学芸術学部教授、とある。確かに六十過ぎだろう。でも、いかにも洒落た感じで、服装も歳に似合わずかなり派手だ。
「あの子達は、お邪魔にならないように後ろの方でやらせますから…… めったにこういう機会ってないもんですから…… 」
上田さんが山内先生に、典子を指さしながら言う。
「どうです。いいでしょう? 」
「完璧です。脱がせてみないと判らないが、でもいい身体のようですね。素晴らしいモデルだ」
と、典子の頭の先からつま先までねめ回す。脱がせてみないと? 何をいいやがる、人の女房を捕まえて……
典子は僕の方を見て、「どうしよう? 」と言った。明らかに動揺している。
「こんなに多いとは……思わなかったもの…… 」
僕は首をすくめて見せた。
「だって、お前がやるって言ったんだろう。いまさら、どうするんだ」
でも、僕は決心していた。だから言わないこっちゃない。僕は止めさせようと思った。冗談じゃない。これじゃ、典子がかわいそうだ。
確かに、絵のモデルって、決して恥ずべきものではないことは判っている。だから典子もオッケーしたんだ。
でも、気になるのは、今、典子や僕の目の前にいる彼らが、必ずしも絵を描く、つまり芸術という純粋な立場で集まっているとは限らない、ということだった。それは中の雰囲気でよく判った。明らかに、典子のヌードを見たい、近所の若奥さんが裸になるのを見たい、という好奇の目で集まっている人も多いのを、典子も僕も肌で感じ取っていた。
僕は、自分の女房をストリップ小屋に放り出すような心境だった。こんなに大勢の前で、何で典子が晒し物にならなければいけないんだ。
「いまさら止めるなんて言わないでね。ぶち壊しになってしまうわ」と上田さん。
「ええ。でも…… 」
「イヤらしいことじゃないわ。とっても素敵なことよ。堂々と、堂々とね」
上田さんも、ここで典子に帰られては困るのだろう。真剣だった。
「大丈夫よ。あなたなら大丈夫。自信を持って…… 」
典子が深呼吸しているのが僕には判った。
僕は、典子がとてもいじらしかった。いじらしくて、いじらしくて、たまらなかった。
「止めるか? 」
僕は言った。連れて帰ろう。
「旦那さん、そんなこと言わないで」
「でも、ちょっとひどすぎますよ。これじゃあ、典子がかわいそうだ」
僕は典子の背中を押して、今入って来た入口の方に帰ろうとした。
でも、典子は足を踏み出さなかった。
「描かない人は本当に出て行ってもらうんですね? 」
上田さんに念を押す。
「当たり前じゃないの。絵のサークルなのよ。描く人しか入れないわ」
「ちゃんと描いてくれるんじゃなかったら、私、イヤだわ」
「大丈夫。私に任せておきなさい。皆んな真剣な人達ばかりよ。あなたは、ただありのままのあなたを演じればいいの。あなたの美しさを皆んなに分けてちょうだい」
「…… じゃあ…… いいわ」
それから、僕の方に顔を向けてキッパリと言った。
「やるわ」
「え? 」
「いいわ。私やります。だって、決めたんだもの。大丈夫よ、心配しないで。何人いたって同じことよ」
典子は僕の腕をふりほどいた。僕の返事を待たずに、僕のそばを離れて、上田さんの手に引かれるように、イーゼルの間をぬって、ゆっくりと演台の前へ進んで行った。後ろ姿が、よろけているようでぎこちなかった。
僕は、何故か典子がいじらしくって、涙が出そうになるのをジッとこらえた。
演台の脇に、典子がポツンと立っている。
顔を伏し目がちにして、でも知り合いの奥さんがいるのか、時々軽く会釈する素振りを見せたりしている。顔が青白かった。
上田さんは、すでに、一人の描き手として自分のイーゼルの前にどっかりと座っている。
「ちょっと部屋が寒いかもしれないな。きみ、暖房を高めにして…… 」
山内先生が、学生の一人に指図した。眼鏡を掛けた真面目そうな男子学生がそれに従った。
「そうかしら。人がたくさんいるからちょっと暑いくらいよ」
主婦の一人が言った。
「いえ。そうじゃないんです。皆さんは服を着ていらっしゃるから判らないかもしれませんが、裸になるとね、どうしても寒く感じるもんなんですよ。風邪をひかせたら大変だ」
暖房機の回る音が微かにした。僕は、刻々と典子が裸になるお膳立てが出来つつあるのを感じた。
山内先生が言った。
「それでは、モデルさんが準備する間、裸婦を描くに当たってのいくつかの注意点を申し上げておきましょう…… 」
それから典子を見て、「その間に準備して下さい」と言った。
山内先生が話している間、僕は部屋の後ろの方から典子を、典子だけを見ていた。
山内先生はまだ話している。典子はポツンと立っている。脱ぐ素振りは見せようとしない。
山内先生は、もう一度典子を見ると、「どうしました? 」と怪訝そうに聞いた。「もう始めますよ」
それから気づいたように、上田さんに向かって言った。
「こういう時はね。衝立か何か用意して上げないと…… どこかにないかな? 」
「そんなのないわぁ」
ある主婦が言った。
「だって、どうせスッポンポンになっちゃうんですもの。どうだっていいじゃない」別の主婦も口を揃える。
「いや、そういうものではないんです。モデルさんに対する最低限の配慮…… 」
「別に脱ぐとこをジロジロ見たりしないわ」
「自意識過剰じゃない? 」
「ただスッポンポンになってくれればいいんですもの」
「ねぇ」
典子は観念したように、ツーピースの上着を脱ごうとした。そして、ちょっとよろけた。
「しょうがないなあ。おい、神谷くん、きみ、手伝って」と後ろの方に座っている学生風の女の子を呼んだ。「早く脱がせて…… サッサッと、ね。手間取ると余計に脱げなくなるから…… 」そう、その女子大生に言った。
「はい」
その神谷と呼ばれた女子大生は、すばやく前へ出て来ると、典子に向かって、「早く脱ぎなさいよ! 」と、ちょっときつい感じで、命令するように言った。小さな声だったが、皆んななり行きを見守ってシーンとしていたから、その声がハッキリ聞こえた。
典子は恨めしそうにその子を見た。
「皆んなあなたが裸になるのを待ってるの。デッサン会をぶち壊しにする気? 」
ずいぶんきつい言い方をするもんだ。僕は神谷という女子大生が恨めしかった。典子よりもずっと年下のくせに……
「でも、皆んな、まだいるから…… 」
典子のか細い声が聞こえた。
そういえばそうだ。奥さんを車で送ってきた男性達も、全員が無理矢理部屋に入り込んだり、入りきれない人達は開け放された戸から顔を覗かせるようにして、ジッと、典子が準備するのを、いや服を脱いで裸になるのを見ようとしている。
上田さんが気がついて、椅子から立ち上がると、
「そうそう、描かない人は出て行って下さい。典子さんは初めてだから、皆さんに見られてたら脱げないでしょう? 」
一人の男性が冗談めかして言った。
「今から入部したいんですけど、いいですか? 」
「そんなこと…… だって、道具持って来てるの? 」
「いえ、何もないんですが…… 」
「そんなのダメですよ。何よ。典子さんの裸を見たいだけじゃないの? 」
「まあ、そうなんですが…… えらいベッピンさんなもんですから」
そこで大笑いになった。
笑っていなかったのは、僕と典子だけだったかもしれない。
男達が、苦笑しながら部屋から出ていくと、入り口近くに座っていた女性が戸を閉めた。ザワザワとしていた部屋が、いくらかすっきりとなった。それでも三十人くらいはいるだろうか。僕だけ、後ろの方にポツンと一人残された。
「あなたは? 」神谷が僕に向かって聞く。
「亭主です」と応えると、
「どうしますか」と山内先生に聞く。
山内先生が、
「一応、描かない人には出ていって貰おうかな。皆さんの気が散るから…… 」と言った。
僕は典子を見た。典子も僕を見つめている。
「大丈夫ですよ。奥さんをご心配なさるのは判るが、別に取って食おうっていうんじゃない。私達に安心してお任せなさい」
僕はもう一度、典子を見た。典子は僕を見ていなかった。すでにツーピースの上着を脱いで、それを神谷に預けると、ゆっくりした動作でスカートのホックに手を掛けている。
僕は、後ろ髪を引かれるように戸の外に出た。
戸がパチンとしめられた。
廊下には数人の男性が立ちんぼしている。
「隣に休める和室があるみたいですよ。皆んなそっちへ行きました」
一人が僕に教えてくれた。
「後で行ってみますから…… 」
僕はそう言って断ると、廊下の壁に寄りかかってボンヤリしていた。
古い造りの建物だから、部屋の中の声がよく聞こえる。山内先生の声だけがやけに大きかった。
典子は服を脱いでいるのだろうか。脱いでいるとすればどこまで脱いだだろうか。僕の前の時のように、堂々と脱いでいるだろうか。それとも、まだ脱げないでいるのだろうか。
でも、状況から見て、典子はどうしても脱がざるを得ないように思える。
「おい、この部屋から見えるぞ」と誰かが廊下にいる人を呼ぶ声が聞こえた。
どうせ、隣りの和室からでも、この部屋が盗み見れるのだろう。僕は恨めしかった。でも、今更、咎めたところでどうにもなるまい。
七十歳くらいの老人が、
「どうも、今日は品のない人が多いようですね」と僕に話しかけて来た。
僕は苦笑するしかなかった。
「あのモデル、あなたの奥さんですか? 」
「ええ」
「奥さんがかわいそうだと思ってるんじゃないですか? 初めてなんでしょ? こんなことやるの…… 」
「ええ」
「そりゃそうですよね。お嬢さんって感じで、ただ興味本位で引き受けちゃったんだろうな。でも、本当に素晴らしいモデルだ。場慣れしてないっていうのかな。新鮮です。私もね、昔はよく描いたんです。現役だったら、じっくり取り組んでみたいモデルですね」
「…… 」
「あの、神谷っていう女子大生も、ずいぶんモデルをやらされているって話しです」
「モデルって、裸のですか? 」
「もちろんですよ。山内さんとこの専属なんじゃないかな」
「でも、学生でしょう?描く方じゃないんですか」
「両方やってるんですよ。そういうモデルの子って結構多い。絵が判ってるからポーズもとりやすいんじゃないかな。素人の方だと、ほら、今みたいになる。でもね、山内さんに任せておけば大丈夫だ。あの人はプロだ」
「そうでしょうか」
「そう。奥さんの美しさをどんどん引き出して来るはずです」
「…… 」
「女の人ってのはね、裸が一番美しいんです。どんなに女性が着飾ったとしても、裸の女性には絶対にかなわない。ましてや、今日のモデルは素材がいいからなあ…… あ!失礼。素材なんていったら失礼ですよね」
「いえ、いいんです」
「彼の描く最近の絵はほとんどあの神谷くんがモデルでしょう。さっき山内さんに挨拶した時に貰ったんだが、このクロッキーの画集は皆んなあの子がモデルですよ」
僕は、その画集を受け取ってパラパラと捲って見た。そして驚いた。
僕は、せいぜい週刊誌などでよく見かけるヌード写真のように、立ったポーズとか椅子に座ったポーズとかを勝手に想像していた。
でも、この画集は違った。モデルは、まるでヨガのポーズをしているみたいに身体を屈折させている。寝そべって、秘部を中心に描かれている構図もあった。無抵抗のモデルをいろいろな角度からお構いなしに容赦なく描いている。
あの神谷は、毎日、全裸になって、こんな格好をさせられているのか。いや、典子はこれからこの部屋の中で、三十人以上いる皆んなの前で、そして、他の男性から覗き見されながら、こんな格好をさせられるのか。
「驚きました? まあ、今日はここまではやらないとは思いますがね。…… いや、違うかな。山内さんが乗ってくればやらされるかもしれませんけどね」
典子は、こんなポーズをさせられると判っているのだろうか?
「山内さんと神谷くんは、それが高じて、何か変な関係になっているという噂です。いや、ハッキリとは判りませんけどね…… 彼女、奥さんにちょっと冷たかったでしょう?きっと、強烈なライバルが現れたと思ってるんじゃないかな」
「ライバルって…… 妻は今日だけですよ」
「そうでしょうかね。たぶん違うと思いますよ。見ててご覧なさい。奥さんは、これから自分から進んでモデルを引き受けるようになるはずです」
「ちょっと待って下さい」
「いや、多分そうなるでしょう。一度、本当の美しさを誉め称えられた女性っていうのは、その満足感が忘れられなくなるもんです」
自分の身体のすべて、自分の存在のすべてを賞賛された女性というのは、その陶酔感から抜け出られなくなる。自分で自分の美しさに気づく。でも、それはとても素晴らしいことである。
そして、神谷にとっては、その陶酔感の中に当然のこととしてセックスも含まれている、というのがこの老人の考え方のようであった。
その時、戸が開いた。
「旦那さ〜ん、ママがお呼びよ」
戸のすぐ内側にいる年輩の女性が、ひやかすように僕に言う。その顔には見覚えがある。朝、ゴミ出しをする時、よく挨拶する女性だ。
僕は、典子に何かあったのかと思って、急いで部屋の中に入った。
神谷が顔を出し、「この服、持ってて下さい」と、典子が今まで着ていた服を僕に押しつけるように差し出した。「持ちきれないわ」うんざりしたように言う。「すぐ裸になれるように薄着で来てくれればいいのに…… 」
紺のツーピースもブラウスもパンティストッキングも、それからスリップも、シワになるのもお構いなく一抱えにゴチャゴチャとまとめられている。靴も、それから、恥ずかしいから下着は別にしまいましょうね、と用意したポーチも、空のまま押しつぶされて、中に混じっていた。
典子は、まだ全裸ではなかった。部屋のまん中の演台の上で、ブラジャーとパンティだけの姿でポツンと立っている。
淡い午前中の光が窓から射し込んで、純白の白い下着にほんの少しだけ身体を覆われた典子の裸の身体を輝かせていた。
震えているのがハッキリと判る。そして、おへそのあたりを中心に、腹が大きく脈打っている。
僕が入って来たのは判っているだろうに、典子は僕に視線を合わせようとしなかった。
「あ、ちょっと待って。今、全部脱がせるから…… 」
神谷は典子のところに戻ると、後ろからブラジャーのホックを外そうとした。
「いいです。私、自分でやりますから…… 」典子のか細い声が聞こえた。
「もう時間がないのよ。いつまで待たせるの? 」そう言いながら、典子にお構いなくブラジャーのホックを外してしまう。
いつの間にか、隣室に引き下がっていた男性達も、僕の後ろから顔をつっこむように覗き込んでいた。
すでにホックを外されたブラジャーが、両腕からサッと引き抜かれた。
「あっ! 」
典子は乳房を隠す暇もない。たわわな両の乳房が晒されている。
「ホー! 」と言う男性の声が、僕のすぐ後ろから聞こえる。「立派なもんだな」
神谷が、「はい、次! 」と催促する。
典子は、髪をちょっと掻き上げるようにしてから、観念したように、パンティに手を掛けた。
ちょっと、顔だけ後ろを振り向く。そうだったな。二人で位置を確認し合ったっけ…… でも、三百六十度を取り囲まれた状況では、どちらを向いても変わらない。
それは典子にも判ったのだろう。観念したように、そのままゆっくりと身体から下げていった。どうしても身体を屈めるようになる。
後ろの人に典子の秘部はハッキリと見えているだろう。その位置に座っている中年の女性がニヤッと笑ったような気がした。
典子は足を屈めながら、ゆっくりと脱ぎ取った。神谷がそのパンティを取り上げた。
「あら、素敵な下着! 」と、ブラジャーとパンティを広げてみせる。
「止めて…… 」
典子が悲鳴のような声を上げた。むしり取るように、神谷からブラジャーとパンティを奪い取った。
思わず、全員がハッとなった。
上田さんが見かねたように言った。
「神谷さんとおっしゃったかしら? お若いからしょうがないけど、ちょっとひどいんじゃない? 失礼でしょう? 典子さんはプロのモデルじゃないの。あんまりいじめないで」
でも、神谷はそれを無視するように、典子の身体をねめ回しながら、ふと、典子のネックレスに目を止めた。
「どうかしら?。このネックレス、取っちゃったほうがいいんじゃない? 目障りだわ。ねぇ、皆さん」
「そうねえ、描きにくいわ。外しちゃいましょう」
誰かが同調するように言った。
確か結婚一周年の時に、僕がプレゼントしたものだ。典子は気に入っていてほとんどいつも身につけていた。
神谷は典子の後ろへ回ると、自分のネックレスを外すみたいに、器用に、でもちょっと乱暴に外した。典子はされるがままになっている。
それから神谷は典子の前へ回ると、容赦なく典子の髪を掻き上げて、
「このイヤリングはどうします? 」
「そういうのも全部外しちゃいましょう。この子にとっても似合ってるけど…… 」
「そうね。本当に身体ひとつ、スッポンポンになってもらいましょう」スッポンポンという言葉に、笑いが漏れる。
無理やり耳から外そうとしたのだろうか。典子の「痛い! 」と言う声がした。でも、謝るでもない。
「これで全部よね」
神谷は、外した宝飾品を典子に預けながら、「モデルをやる時はね、すぐ裸になれるように身軽な格好で来るものよ。いい? 」
典子は返事もしない。当たり前だ。典子はプロのモデルじゃないんだ。
「本当に、世話がやけるったらありゃしない」そう言いながら、ゆっくりと自分の席へ戻って行った。
でも、神谷の動きは何とも妙だった。自分の席に戻っても、イーゼルの前の椅子に座るでもない。立ったまま、両手を腰に当てて、典子を凝視するように見ている。
一人の絵描きとして、被写体を見ているのだろうか。そうかもしれない。でも、僕にはそれだけではないような気がした。
その表情は、さんざん弄んだ(ように僕には見えた)典子を、ちょっと尊敬の目で見ていたっていうか、
僕はハッキリと典子の勝利を確信した。
後には、本当にすべてを脱ぎ去った、本当に生まれたままの、何も身につけていない、裸のままの典子が残された。
僕は少しづつ、典子の変化に気づき始めていた。典子は、もう脚を震わせていない。
山内先生は、演台を降りて、ちょっと離れた位置から典子の身体を見ている。
そのまま時間が止まったような気がした。
その時の情景を、何と表現したらいいだろう。その場にいる皆んなが、まるで
誰一人声を漏らすものもいない。
上田さんが典子に言った。いつの間にか典子の脇に来ている。肩を抱くように、
「典子さん、ありがとう。とっても綺麗よ」
典子は下着と宝飾品をしっかりと握ったまま、いつの間にか乳房と秘部を隠そうとしている。その手を上田さんは優しくつかんで、ゆっくりと外させた。
そして、典子の全裸の身体を優しく見つめた。
「大丈夫! とっても綺麗よ。ありがとう。本当に、ありがとう。恥ずかしいと思っちゃダメ。堂々と、堂々と、ネ! 」
山内先生も、ちょっと離れて典子の全裸の身体を前や後ろから見回している。
「ね、先生。いいでしょう」
「そう、素晴らしい!思っていた通りだ。こんな素晴らしいモデルはそうはいない。あなたの美しさをこれから皆んなで描くからね。というか、描かせてもらうんだ。自然のままでいいからね。自然のままでね」
上田さんが、典子の顔をのぞき込むようにして、それから確認するように頷いた。
「恥ずかしいなんて思っちゃダメ!どんな有名な裸婦のモデルにも負けないわ。あのモデル達みたいに堂々と、ね。自信を持って…… いい? 」
典子もそれに応えるようにコックリと頷いた。
「ほら! 笑って! 」
典子が引きつったような笑いを浮かべている。上田さんは両手で典子の顔を挟むようにして、もう一度確認すると、
「じゃあ、先生、始めましょう」席に戻りながら言った。
「あっ!ちょっと待って…… 」
典子があわてて言った。
そして、全裸のままイーゼルの間を通り抜けると、僕の方へまっすぐ向かって来た。
イーゼルの一つが典子の腰に触れて倒れた。密着して設置されているので、続けて二つ三つ倒れたようだ。
でも、典子は知らんふりで、黙って下着と宝飾品を僕の方に差し出す。僕はそれをしっかりと受け取った。
「大丈夫か? 」
「うん」
僕は何か言葉をかけてやらなければと思った。でも、何も口から出てこない。典子は笑みを浮かべて、ちょっと僕に寄りかかるような仕草をした。
「大丈夫だから…… 心配しないで」
「とっても綺麗だよ」
「そう? 自信を持っていいかな? 」
「もちろんさ。プロになるんだろ。掃き溜めに鶴だよ。皆んなを見返してやれ」
「うふふ…… そうね」
典子は、また僕にこぼれるような笑みを返した。
それから、またゆっくりと演台の方へ戻って行く。髪を掻き上げるようにしながら、何も隠さず、ゆっくりと……
お尻がプルプルっと揺れた。
典子は、すでに演台の上に戻っていた。
典子の全裸の身体のすべてが晒されている。窓から差し込む陽の光と、部屋の蛍光灯の照明が、典子の全裸の身体にうっすらと陰影をつくっている。
僕は気がついていた。典子はすでに足を震わせてはいない。堂々と、神々しく輝いていた。
そう。いつのまにか、主役は典子に移っていたんだ。僕はそれをひしひしと感じた。典子の一挙手一投足が、この場にいる全ての人を支配していた。
張りつめた空気の中で、誰かが「典子さん、綺麗よ! 」と言っている。賞賛するようなため息があちこちから聞こえる。
でも、典子は返事もしようとしない。腰に手を当てて、ボンヤリと窓の外を見ている。
何も隠そうとしない。たわわな乳房も、ピンク色の乳首も美しく輝いていた。それから、縦長のへそも、それからちょっと薄めの秘部のヘアーも、すべて白日の下に晒されている。
もう、すでに皆んな描き始めている。鉛筆の画用紙を滑る音が、サッサッと聞こえている。
「じゃあ、立ちポーズからね。それでは、両手を頭の上に上げて! 」
山内先生の指示に、「はい」と、ハッキリと応えると、「皆さん、よろしくお願いします」と、チョコンと頭を下げてから、言われた通り、手を頭の後ろで組んで、身体を反らせた。
僕が、覗いている男性達を押し戻すようにして出て行こうとすると、典子と目があった。
典子はニコッと笑った。
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