こうくん原作作品集 本文へジャンプ
裸になる  


その3


 その後、僕はなんとなく心配で、廊下の壁に寄りかかっていた。頭の中がボンヤリしていた。廊下はシーンとしていた。僕以外誰もいない。皆んな隣の和室に引き下がっているのだろう。
 典子が来ていた服が、すべて僕の手元にある。今朝、「こんな格好でいいかしら? 」と、目一杯のおしゃれをした服が、すでにその用をなさなくなって、乱雑にまとめられている。典子によく似合っていたシルクの白い下着も服の中から見え隠れしていた。
 いや、服だけじゃなくって、靴も、それから宝飾品も、何もかもすべて…… 
 変な感じだった。典子の抜け殻だけが僕の手元にあった。そう、僕は典子を本当に丸裸にして、このドアの向こう側の部屋に置き去りにして来てしまった。典子が遠くへ行ってしまった気がした。
 本当に丸裸の状態で、典子は彼等の前に全裸の身体を晒している。部屋にいるすべての人達が典子の全裸の身体を凝視している。それと、隣の和室の何人かは、好奇の目で典子の裸を覗き見しているに違いない。
 典子に何もして上げられない自分が恨めしかった。
 僕はこのままそこにいることに耐えられなかった。
 正直、疲れていた。
 そのまま、典子の着ていた服を抱えて、車に戻った。さっきまで典子が緊張しながら座っていた助手席に典子の服を置いた。
 ただ、あらためて思う。
 確かに典子は美しかった。すべてを脱ぎ去って、本当に生まれたままの典子は美しかった。
 そして、それは僕にとって新しい発見だった。
 もちろん、僕は典子のすべてを知っている。典子の裸は何度も見てきたし、ついこの前も僕の目の前で全裸で過ごしてもいた。
 でも、今の典子は僕の知っている典子ではない。僕から巣立っていった典子なのだ。
 僕と関係のないところで、僕以外の人達のために、典子の全裸の身体は美しく輝いている。典子の全裸の身体は、三十人、いや覗き見をしている奴らも含めれば五十人近い人達の目の前にある。彼らのために存在しているのだ。
 彼らが前を向け、と言えば前を向くのだろう。後ろを向いて尻を見せろ、と言えば後ろを向くのだろう。
 いや、さっき老人が見せてくれたあの画集のように、寝そべらされたまま足を広げさせられるのかもしれない。彼らが秘部を容赦なく凝視するのを、典子は黙って受け入れるのだろう。

 時間が静かに流れていく。

 典子を女にした、つまり典子の処女を奪ったのは僕だ。その時のことはしっかり覚えている。
 そして、典子の男性経験が他にないことも知っている。
 だから、僕は、典子が僕の所有物であるかのような錯覚をしていたのかもしれない。
 でも、今の典子は、僕の意志とは無関係に、完全に彼等の所有物になっている。僕の介入する余地のない状況で、典子は全裸のまま彼等のいいなりにならなければならない。
 一時的に、彼等の奴隷になったような状況だろう。昔、奴隷市場で裸で値踏みされる女奴隷のように…… 
 ……? いや、そうだろうか? そうじゃないんじゃないか? 
 典子はとっても美しく輝いていた。
 典子の美しさは取り巻きの人達をはるかに超越していた。まるで、従僕を従えた王女様のように、奴隷にかしずかれる貴婦人のように…… 

 どのくらい時間が経っただろうか。車の脇を人の通る気配がする。覚えず我に帰った。
「でも、素晴らしかったわね」
「そう。あんなに素晴らしいものとは思わなかったわ」
「とても、私たちに手が負えるものではないって感じね」
「私、典子さんに失礼なこと言わなかったかしら? 」
「私だってそうよ。途中から、もう描くこと出来なかったもの」
 窓から顔をのぞかせると、数人の主婦が立ち話しをしている。付き添っている男性人は一様に無口だった。
「さあ、帰るぞ」
「じゃあ、またね」
「はい。今度は、またお花でも描きましょう」
 車の動く音がする。それも一台ではない。あれだけ溢れかえるほど止まっていた車が、どんどん出口から出ていく。
 確か、デッサン会は午前中だけ、という話しだった。腕時計を見ると、もう十二時を少し過ぎている。
 しまった! 典子は全裸のまま動けないでいるに違いない。マネージャー失格だな。
 でも、やっと終わったっていう安堵感が僕を支配していた。
 僕は、典子の服をもう一度しっかり手に取ると、急いで、公民館の中へ入っていった。
 入り口を入って、角を曲がろうとした時、典子の笑い声が聞こえた。
 若い男達の声がする。
「奥さん、よかったんですか。皆んなと一緒に行かなくて…… 」
「どうせ、お昼を食べながら反省会をするだけなの。それに主人、怒って帰っちゃったみたいだから、私、着るものないでしょう。まさか裸のまま行けないわ」これは典子の声だ。
 僕は入り口の角で立ち止まったままでいた。何故か判らないが、僕は動けなかった。
 僕は勝手に典子の困った状況、全裸で取り残されて泣きべそでもかいているような状況を想像していた。それが、典子の日常と変わらぬ声の明るさに驚いたのかもしれない。
「何だったら、神谷のやつを脱がして、それを着てもらってもよかったんですけど…… 」
「いいの。だってあの子、可哀想じゃない? 」
「いいんですよ。あいつの裸は見慣れてるし…… 学校でも半分以上は裸なんじゃないかな」
「あら、そうなの? 」
「じゃあ、すいませんけど、もう少し奥さんを描かせて下さい。お願いします」
「時間はどのくらいあるのかな? 」もう一人の男が言う。
「今日は、この公民館、あとは行事はないはずだし…… 鍵は、あとで返しに行けばいいことになってるから」
「じゃあ、たっぷり時間はあるな。いいですか? 」
「たっぷりって言ったって…… でも、もう少しだったらいいわよ」
「食事はあとで僕等がごちそうします。こいつ、焼き肉屋でバイトしてるから…… 」
「あら、嬉しい! 」
 典子の声がずいぶん馴れ馴れしいな、と僕は思った。
「でも、またさっお前たいな格好をするんでしょう?ここ、床が冷たいから、隣の和室の方がいいんじゃないかしら…… 」これも典子の声だ。
「和室があるんだったらそっちの方がいいなあ。なあ」
「うん。そうだな。さっきは大変だったでしょう。普通は下に引く布を用意するんですが、いつもモデルの人が持ってくるもんですから、ついうっかりしちゃって…… 」
「でも、僕等感激だったなあ!奥さんがあそこまでやってくれるとは思ってませんでした」
「そう? 山内先生のリードが旨かったのかしら…… でも、あなた達、凄いわね。私、ずいぶん変な格好させられたでしょう。皆んな引いちゃってるのに、あなた達、ズンズン出て来るんだもの。いつの間にかあなた達学生さんのためにモデルをしてたみたい」
「でも、奥さん、とっても素晴らしかった」
「そう?ありがとう。私ね、皆んなの前で晒し者にされているようで、本当はとってもイヤだったの。でもね、あなたたちは別。本当に真剣に描いてくれているようで、とっても嬉しかった。で、何?これから、もっと凄い格好するの? 」
「大丈夫ですよ。まかせておいて下さい」
「ま、いいか! 」典子のあっけらかんとした声が聞こえる。少なくとも、嫌がっている様子には思えなかった。
 部屋を移動する足音がする。
 何故か僕は隠れるようにして、声のする方を覗いてみた。
 学生風の男達二人が、両脇から全裸の典子を抱えるように和室へ入って行くのが見えた。典子だけが裸足だった。
 和室の戸がパチンと閉まった。

 僕は、足音を立てないようにして、ゆっくりと廊下を進んだ。
 デッサン会が行われていた部屋の前まで来ると、ドキッとした。すでにほとんどのイーゼルは片づけられ、ガランとした部屋に、ポツンと、あの神谷が一人でイーゼルに向かって作業をしていた。
 僕はゆっくりと部屋に入っていった。そして、彼女のスケッチブックを後ろから見た。
 紛れもない。女性が寝そべって、片足を立て、片足を伸ばして大きく開いたスケッチがそこにあった。髪型からすれば、明らかに典子だと判る。
 確かに、先ほど老人から見せてもらった画集ほど露骨ではない。でも、複雑に曲線を描くその身体の描写は、それに近いものには違いない。
 彼女は、その絵の女性、いや典子が足を開いたそのまん中、秘部の部分を鉛筆でこすっている。
 彼女も僕に気がついていた。
「これ、女房の絵ですか? 」
 僕は息を飲み込むようにして聞いた。
 彼女は答えなかった。そして言った。
「奥さん、今、隣へ連れてかれたわ。あの二人、危ないですよ! 」
 そして、「終ろうっと…… 」と、素早くスケッチブックを閉じ、イーゼルをたたむと、僕を無視するように部屋を出ていった。

 僕はしばらくの間どうしようか迷っていた。
 今すぐ、隣の部屋へ行って、典子を連れ出すことは簡単に出来る。実際、僕はすぐにでもそうしようと思っていた。
 でも、何かが僕を押し留めた。
 典子がどうされるのかを見てみたいって言うのかな?典子が、あの世間知らずな典子が、あの二人の学生にどう扱われるのを見てみたいと思った。
 犯される? そうかもしれない。
 きっと典子はモデルになった、ということで、今、陶酔の状況にあるのだろう。セックスというのを倫理的に考える余地がないかもしれない。さっきの老人が言っていたように、自分の裸を見られるのと、犯されるのとは、少なくとも典子の中では区別がつかなくなっているかもしれない。
 そんな典子を見てみたい。そんな典子の媚態を見てみたい。

 そういえば、さっき野次馬の男性達が、和室からこの部屋が覗けるって言ってたっけ…… 
 ということは、この部屋からも隣の和室が覗けるということだ。
 僕は、一刻を惜しむようにその覗き口を探した。でも、コンクリートの壁は大きく立ちはだかって隙間を見つけることが出来ない。僕は必死だった。
 ふと耳を澄ますと、典子たち三人の声がする。見上げると、室温を一定に保つためだろうか、長方形にくり抜かれた格子窓が開いている。
 ああこれだな。
 僕は、隣に感ずかれないように、静かに椅子を積み上げると、隣の和室を覗き込んだ。

 僕のすぐ目の前に三人がいた。
 全裸の典子と…… それからいかにも場慣れした雰囲気の長髪の学生、もう一人の学生は真面目そうに眼鏡を掛けている。典子は決して小柄な方ではないのだが、それでも学生二人の肩までしかない。
 典子が彼等のスケッチブックをパラパラとめくっている。
「わあ、素敵! こんなにきれいに描いてくれてありがとう」
「モデルがいいからです。おかげでいい絵が描けました」長髪の学生が答える。
「そう言われるのって嬉しいわね。頑張りがいがあるわ。あなたのも見せて」
 もう一人の眼鏡の学生が、スケッチブックを差し出した。
「へえぇ…… 私って、こんななのね。私の身体がね、作品の中でこうやって生きているっていうの、変な感じ…… でもとっても素敵! 」
「これから、もっともっと上手く描きますよ。だから頑張って…… 」
 典子はその一枚の目を止めた。
「これ、いいわねえ。私にくれない? 」と、眼鏡の学生に言う。
「ええ、いいですけど…… 」
「ありがとう」
「僕等はね、描いている時はモデルさんに愛情を抱いて描いているんです。生命のない絵ではダメだ。この中には奥さんの温かい血が流れ、心があり、そして、奥さんが今まで生きてきた歴史を背負っているんです」長髪の学生が言う。
「そういうものなの? 」典子は眼鏡の学生の方を見ている。
「ええ…… 」
 眼鏡の学生は何か無口な感じだ。顔をちょっと赤らめるようにして頷いた。
「じゃあ、私もあなたたちに愛されているってこと? 」
「もちろん…… です」
「いいわねえ。何か胸が時めくわ」
「僕はいつも感謝してるんです。こんなきれいなものを造ってくれた神様、ありがとう!って…… 」

 和室の柔らかな光の中で典子の肌はみずみずしく輝き、あふれんばかりの弾力をたたえたその身体から発せられるオーラは、彼等、そして僕を圧倒している。
 でも、それを意識させないくらい典子は自然に振る舞っていた。典子が位置を変えるたびに、乳房も秘部も、お尻も丸見えになっている。でも、典子はそれを隠そうともしない。そうなんだよな。ただ、あるようにあるだけなんだ。

「寒くないですか? 」
「そうねえ。さっきずいぶん汗かいちゃったから、そのせいかしら。少し寒いわねえ。この部屋に入った時、ヒヤッとしちゃった」
 そうだろうな。典子だけが全裸だ。典子の身体の全てが、くまなく空気に触れている。
 それに、素足で立っていれば、足から床の冷たさが伝わっているに違いない。
「布団、ないのかな」と言いながら、押入れを開けると、中にしっかりと布団が積まれている。
「これ、使っちゃおう」敷布もない布団を、ドサッと引き下ろした。
 典子はそれを見ながら、何を言うでもない。さっきから、しきりと手を揉んでいる。
「手、痛いんですか? 」
「さっきね。何ていうのかな、両手をこうやって後ろについて、身体を手で支える、座りポーズっていうの?、あの格好をしていた時ね、手に私の全体重がかかったでしょう。両手首がしびれちゃった」
「そうでしょうね。モデルさんて、いろんな格好をさせられるから、筋肉痛になる人って結構多いんですよ」
「最近スポーツしてないしな。運動不足なのかな? 」
「ちょっと揉んで上げましょうか? 」
 そう言うと、長髪の学生が典子の前に回って、ダラリと下がった典子の両手を肩のあたりから下に向かって揉み始めた。自然と、屈むようになる。
 典子はされるがままになっている。
「あら、うまいのね。あ〜 気持ちいい」
 学生の顔が、典子の両の乳房まで下がっている。彼の吐息は、典子の乳房に伝わっているだろう。典子は気づいているのだろうか?
「私って凝り性なの。ありがとう。気持ちいいわ」
「おい、お前も揉んでやれよ」
 眼鏡の学生に言う。イヤ、合図を送ったのかな。彼は、すでに布団を敷き終わっている。
 彼は典子の後ろへ回ると、やはりちょっと身体を屈めて典子の肩を揉み始めた。優しく揉んではいるんだろうが、典子の身体が揺れて、乳房がプルプルっと動く。
 典子は、彼等二人のサンドイッチ状態になって、身体を、全裸の身体を揉まれている。
 僕は典子の横顔を見ていた。よほど気持ちがいいのだろう。目をつむって、顔をちょっと上向きにしている。
 前に回った学生は、すでに典子の手首にさしかかっていた。彼はほとんどしゃがみこんでいた。彼の目の前には、典子の秘部がある。
「奥さん、とってもいい匂いがする」
「え? ……あら、イヤーね」
 典子は、彼が何を見ているか気が付いた。笑いながら、腰を引くようにする。その時、典子のお尻が、後ろに回った学生の腰に触れた。
「あら、何、これ? 」
 彼の状態がどうなっているか、僕には想像がつく。典子は笑い出した。
「イヤだ〜 もういいわ」
 笑い転げながら、典子は彼等から離れようとした。でも、彼等は離さなかった。そのままもつれるように、布団の上に転がり込んだ。
 ドスンと音がした。
 典子の髪が揺れた。そして、両足の間から、秘部がハッキリと見えた。
 長髪の学生は、すでに片方の手で典子の乳房をつかんでいる。もう片方の手は、典子の脇腹に触れている。上半身が典子の上に乗っている。

 そのまま始まってしまうのか…… 

 でもちょっと違った。
 眼鏡の学生の様子が少し変だ。彼は、典子と一緒に布団に倒れこんだが、腰を微妙に振動させると、そのまま動かなくなってしまった。
「おい、どうしたんだ? 」
「ゴメン…… 出ちゃったよ」
 彼は顔を紅潮させながら、すまなそうに言う。履いているジーンズにみるみる縞が出てくる。まだ腰が微妙に動いている。
 相変わらず笑い転げていた典子は、一瞬キョトンとしたが、何が起こったのかが判ると、さっきにも増して笑い出してしまった。
「こいつ、まだ童貞なんです。すみません」
 長髪の学生がすまなそうに言う。
 典子は笑いが止まらない。
「ゴメンなさい…… でも…… でも、元気なのね…… 」
「イヤなやつだな。早く始末して来いよ」
 長髪の学生に言われて、眼鏡の学生はトイレに始末をしに行った。
 典子は布団の上で顔を手で覆うようにして笑いこけている。肩から腹にかけて、身体が脈打っている。しょうがないなあ。笑い出すと止まらないやつだ。
 長髪の学生の手は、相変わらず典子の乳房と脇腹に触れたままだ。二人は布団の上でもつれている。
「奥さん、いいですか? 」
 長髪の学生が囁くように聞いた。
「いいって? 」
「その…… やらせてくれますか? 」
 彼の片手はすでに典子の脇腹から離れて、秘部に移動しつつある。
 典子は、えっ?、というような顔をしたが、意味が判るとサッと笑いが消えた。そして、彼の手を叩くように押しのけると、
「ダメよ」
 キッパリ言った。
「何を言ってるの。そんな話ってないでしょう? そのつもりで、私に頼んだの? 」
「イエ、そうじゃないんですが…… 」
「だったら、ダメじゃないの」
 典子の口調は弟を諭しているようだ。
 典子は学生を押しのけると、布団の上に正座し直した。
 全裸の身体は燐としていた。
「私のこと、そんな風に思っていたの? 私は結婚してるのよ。主人もいるの。冗談じゃないわ。馬鹿にしないで! 」
 僕は、典子をちょっと見直した。頼もしかった。そして今までの僕の妄想を恥じた。
「ちゃんと絵を描いてちょうだい。じゃなきゃ、私もう帰るわよ」
 帰るって、裸のまま帰るつもりなのだろうか? これが典子のあわて者のところだ。僕は思わず声を立てずに笑ってしまった。
 大丈夫さ。僕はここにいるよ。ありがとう、典子…… 
「判りました」
「本当に判ったの? 」
「はい。判りました。すいません」
 いつの間にかトイレから戻った眼鏡の学生も、一緒にシュンとしていた。気の毒なくらいだ。
「もう止める? 」
「いえ。ぜひ描かせて下さい。お願いします」
 典子はまだ描かせるつもりなのだろうか?あんなことまでされて…… 
 僕は典子の気持ちを推し量っていた。
 決してイヤじゃないんだ、モデルになることが…… さっき老人が言っていたように見られることの快感を感じ始めているのかもしれない。
 もちろん、セックスをするつもりはさらさらないだろう。そんなことは思ってもみなかったことに違いない。
 でも、モデルになること、自分の全裸の身体を見られることには快感を感じている。
「ちゃんとやる? 」
「はい」
「本当に? 」
「大丈夫です。もう変なこと、しません」
「じゃあ、いいわ。つき合って上げる。でも、罰よ。交代でさっお前たいに私の身体を揉んでちょうだい。もう一人は、自由に描いていいわ」
 典子のやつ、うまいことをやったもんだ。ただでマッサージを受けようとしている。しっかりものの地が出る。
「でも、ポーズが…… 」
「だって、どうせ寝ポーズでしょう? どんな格好でも、身体を揉めるでしょう? 」
「それはそうですが…… 」

 典子はうつぶせに横たわっている。
 早漏した眼鏡の学生が、頭の方から典子の肩を揉んでいる。典子の顔は見えないが、目をつむって、気持ちよくマッサージを受けているに違いない。
 典子の全裸の身体は、セックスの時のバックスタイルみたいに腰を高く上げて、ちょっと曲げている。長髪の学生は、典子の腰の方から容赦なく描いている。
 僕の視線は、長髪の学生のさらに後方にある。典子の全てが、ハッキリと見えている。
 早いものである。二〜三分のうちに彼は描き終った。そして、典子の裸のお尻を逆方向に傾けると、典子の腿を押し広げるようにしてさらに角度をつける。
 典子はちょっと声を漏らしたが、されるままになっている。典子の全てがさらにハッキリ見えた。
 典子が、揉んでいる眼鏡の学生に聞く。
「さっき、ちゃんと始末できた? 」
「ええ、何とか…… 」
「うふふ…… まだ元気なのね。でも、着替えなんて持って来てないんでしょう?大丈夫なの? 」
「そのうち乾いちゃいますよ」
「彼女いないの? 」
「ええ…… いません」
「じゃあ、あなたは? 」典子は身体を反らせると、長髪の学生に聞く。
「動かないで! 」長髪の学生がきつい口調で言う。さっきまでの彼とは別人のように彼は真剣だった。
「あら、ゴメンなさいね」典子は姿勢をまた元に戻す。
「やつはいますよ。引く手あまたって感じじゃあないかな」
「そうなの? そうね。意外とハンサムだものね。でも、あなただって素敵よ」
 典子は、またポーズを変えられている。長髪の学生の手は強引だ。典子はまるでまな板との上の鯉のような感じだ。ただ、されるがままになっている。

 もう、そろそろいいだろう。これ以上進ませてはいけない。

 僕は静かに積み上げた椅子から下りると、後片付けをして、それからゆっくりと隣の和室へ入っていった。戸を開ける前に立ち止まる。
 戸が少し開いている。
 典子は今度は仰向けに寝かされているようだ。片足を伸ばし、もう片足をくの字に曲げている。
「奥さん、ちょっと腰を上げてくれますか? 」これは頼んでいるのではなく、命令の口調だ。
「この格好、苦しいわ」
 そう言いながらも、典子は懸命にポーズを作ろうとしている。
 僕は戸を思いっきり開けた。
 全員が驚いたように僕を見た。
「あら、あなた…… 」
 全裸でアクロバティックな姿勢をとりながら、顔だけこちらに向けて、典子がやっと言う。でも、あっけらかんとした顔だ。
 僕は、そんな姿勢をとっている典子がいじらしかった。学生二人は何故か黙っている。
「もういいだろう。終わりだ」僕は厳しく言った。
 それから、「隣に服がある。早く服を着ろよ」と典子に優しく言った。
 長髪の学生が、「すみません。もう少し…… 」と言った。
「イヤ、もういい。もう終わりだ」
 僕はキッパリ言い切った。
「そうね。疲れちゃった。また今度ね」
 典子は上げていた腰を布団の上にトスンと落とすと、起き上がりながらそう言った。
 典子は、彼等の顔を笑みを浮かべて見ながら、気だるそうに、ゆっくり部屋から出て行った。
「こんなことしちゃあ、ダメだ」
 僕はそう言いながら、布団を押入れにかたした。典子が寝そべっていたからだろう。布団が少し暖かかった。
 二人とも、僕を手伝うわけでもなく、おもちゃを取り上げられた子供のようにボンヤリと僕の作業を見ている。
「やりすぎだよ。あれは僕の女房なんだからな。君たちは芸術のためだの何だのと言いたいのだろうが、僕にとっちゃ女房をいたぶっているとしか思えない」
 長髪の学生は諦めたのだろうか、にやけた笑みを浮かべながら道具をかたしている。
 でも、もう一人の眼鏡の学生は、「すいません」と頭を下げた。

 隣の部屋に戻ってみると、典子はすでに服を着終わって、髪の毛を梳かしている。
「あなたったら、どこに行ってたの? 」
「うん。ちょっとな」
「あの二人、もう少し描かせてくれっていうから…… あなたが来るまでの間、つき合ってあげてたの」
「そうか」
 典子は髪の毛を梳かし終わると、僕のほうを見てニコッと笑った。いつもに変わらない典子の笑顔だ。
 僕は襟をちょっと直して上げた。
「帰ろう」
「うん」
 帰りの車の中でも、典子はいつもと変わらない。
「焼肉を食べ損なっちゃったわ。あの子達、おごってくれるって言ってたのに…… 」
「何か食べていくか」
「そうね…… ねえ、ちょっと聞いていい? あなた嫉妬してた? 」
「嫉妬って、誰に? 」
「あの子達に…… 」
「まさか」
「そお? だったらいいけど…… さっきすごい剣幕だったわよ」
「でも、お前が裸であんな格好をしてるとは思わなかったさ。すごかったぞ。モロだもんな」
「それはね、あなたがイヤらしい目で見ているから…… ちっとも恥ずかしくなかったもの。それに、あの子達、真剣だったわ。そういうの見てると、私も一生懸命やらなけりゃ、と思って…… 」
 僕はむっつり押し黙っていた。
「あんなに真剣だったら、私、何でも出来るような気がして…… 」
「何でも? 」
「…… でも…… もうやめるわ」
「そうだな」
 ボンヤリと車窓から外を見ていた典子は、ふと、思い出したように、最後に眼鏡をかけた学生がくれた絵を取り出して、見つめている。
「ふ〜ん。ねえ、いいでしょう?これ、額に入れて飾ろうかな。いい? 」
「いいよ」
「笑っちゃうのよ。あの子、私の身体を見て、大きくしてるんだもん」
「大きくって何が」
「何がって、…… あの、おちんちんよ」
「へー」
「私って、そんなに魅力的かしら…… 」
 僕は心の中で相槌を打ったが、
「勝手に言ってろ」と怒ったふりをした。

 さんざん心配させやがって…… 

 それからの典子が変わったかって? イヤ、ぜんぜん前と同じさ。
 むしろ潔癖になったっていうのかな。
 前みたいに僕の前で裸になるなんてことはなくなった。恥かしがってるっていうんじゃないんだ。そんなに安っぽくない、とでも言いたいのかな。第一、裸になる理由がない。
 でも、肌の手入れでもしているのだろうか、少しだけ化粧品が増えた。そんなに高いものではなし、典子が綺麗になるならいい、と僕は思っている。
 それから…… 
 そうそう、典子は絵のサークルを止めた。モデルになったこととは違う次元で、彼女達の大部分は典子に残酷だった。もてあそばれたっていうのかな。少なくとも、典子や僕はそう感じていた。
 典子の話しでは、上田さんからもう一度モデルをやってくれないかと頼まれたことがあったらしい。
「冗談じゃないわって、きっぱりお断りしたわ。今度は上田さんがやってみたら、って言ったら大笑いになって…… 」
 それで結局、典子の方から止めるようにしたらしい。でも、あのまま続けていたら、典子は延々とモデルを続けなければならなかったかもしれない。彼女達の好奇な視線に晒されながら…… 
「そうだな。もう止めとけ」僕は言った。
「うん。もうやらない」典子は答えた。
 でも、リビングルームには、あの眼鏡の学生の描いた絵が、立派に額装されて、さり気なく、しかし、しっかりと目立つ位置に飾られている。典子が時々目をやってウットリしていることがあるのを、僕はちゃんと知っているんだ。




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