小説「日本のクレオパトラ」へ

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      鶴岡八幡宮

 

 九月十二日夜半、日蓮は宣時の屋敷を連れ出された。竜の口の刑場へ向かうためだ。

 平左右衛門尉は、佐渡流罪の決定に不満だった。彼は独断で死刑にしようと考えた。

個人的な恨みから、日蓮暗殺を画策したのだ。

 流罪など手ぬるい、と彼は考えた。というよりも、彼は恐れていたことがあった。

もし佐渡流罪にしたとしても、日蓮一派は、よりいっそう治安を攪乱(かくらん)してくるかもし

れない。そしてそれ以上に左右衛門尉が恐れたことは、日蓮は彼が(くわだ)てている陰謀

をすべて知っているらしいということだった。こんな危険人物を生かしておくわけに

はいかない。

 そこで彼は日蓮を連れ出し、竜の口の刑場で首をはねてしまおうと考えた。たとえ

独断で刑を執行しても、言い訳はなんとでもなる。死人に口なしだ。

 

 ぼくはため息をついた。

 ほんとうにこんな悪人がいるなんて、思ってもみなかった。テレビや映画では、な

んとなしに見ていたけれど。

「こんなやつは、いつの世でもいるものだよ」

 突然、どこからか声がした。

 ぼくはきょろきょろとあたりを見まわし、そして、ぎょっとした。

 あの日蓮が、ぼくに語りかけているのだ。

「あ、あの、あなたには、ぼくが見えるんですか」

「もちろん、見えているよ」日蓮はにっこりと笑いながらいった。「君は、わたしが

招待したのだからね」

「招待ですって? どういうことですか」

「君に──未来の世界を背負(しょ)って立つ君たちに、竜の口の真実を知っておいてもらお

うと思ってね」

「ではぼくは、死んでしまったのではないのですね」

「違うよ。ただ、時空間を飛び越えた世界に招待しただけだ」

「ぼくは、ここでなにをすればいいのですか」

「なにもしなくていい。ただ、わたしのすること、わたしの生き方をよく見ておいて

ほしい。そしてそれを、君のこれからの人生にかしてゆくことだ」

 そういうと、日蓮は再び実際の歴史舞台の中に帰っていった。

 

 宣時邸を出発し、若宮小路に出ると、通りを南に向かう。――そのはずだった。

 ところが、日蓮は馬の首を逆の方向――北の方角へ向けた。

 それを見て、兵士たちは馬の前に立ちはだかり、行く手をさえぎった。

「待て、どこへゆく気だ」

「あわてるでない。八幡大菩薩に申しあげることがあるのだ。それとも八幡宮に参詣(さんけい)

するのをとめだていたす気か」

 それを聞いて、兵士たちは無言で道をあけた。

 鶴岡八幡宮は、鎌倉幕府の武士たちの守り神だ。その八幡宮への参拝をじゃました

とあれば、後々なにをいわれるかわからない。

 兵士たちは顔を見合わせ、後ろへと下がった。

 その中の一人の兵士が、ひそひそ声でささやいた。

「なんじゃ。日蓮といえば、どんな化け物かと思うておったが、この()におよんで、

命が()しゅうなったらしい。八幡さまに命乞(いのちご)いでもするんじゃろう」

「そりゃ、あたりまえじゃ。なんたって、一番大事なのは命じゃからのう」

 小さな声で、くすくすと笑いあった。

 日蓮は馬を降りると、すたすたと拝殿(はいでん)の正面まで歩き、一礼することもなく、いき

なり大音声(だいおんじょう)で呼ばわった。

「日蓮、八幡大菩薩に申すべきことあり!」

 日蓮のようすをうかがっていた兵士の頭領(とうりょう)が、顔色を変えて走り寄った。

「バ、バカ! なんということをいうんじゃ。すぐあやまれ。ほ、ほれ、頭を下げて」

 日蓮は、(きび)しい顔で兵士をにらみつけた。

「無礼者! これは日蓮と八幡の神とのサシでの談合である。おぬしが口を出すこと

ではない!」

 激しい口調で怒鳴られて、兵士は真っ青な顔になり、じりじりと後ずさりした。

 日蓮は拝殿を正面に見すえると、朗々(ろうろう)とした口調で口上(こうじょう)を述べた。

 

 ――日蓮は、八幡大菩薩とは、まことの神であるかと疑問に思う。

 昔、和気清麻呂(わけのきよまろ)が首を斬られようとしたときには、長さ一丈(いちじょう)の月となって(あらわ)せた

まい、伝教(でんぎょう)大師(だいし)が法華経を講説されたときは、紫の袈裟(けさ)布施(ふせ)として(さず)けられた。

 日蓮は、日本国第一の法華経の行者である。その上、身には一分(いちぶん)(あやま)ちもない。

いま日蓮の説くところのものは、一切(いっさい)衆生(しゅじょう)無間(むげん)地獄(じごく)()ちようとするところを助

けるための法門である。

 また現在、蒙古国がこの国を攻めようとしている。もしそうなれば、(あま)(てらす)(おおみ)(かみ)

宇佐(うさ)の八幡大神もぶじではすまないであろう。

 その昔、釈迦仏が法華経を説かれると、多宝仏(たほうぶつ)をはじめとして十方の諸仏・菩薩が

(つど)い、あらゆる諸天善神が集まりきたった。そのとき各々の諸天善神は、法華経の行

者を守るという誓約書を書かれた。

 しかれば、いまさら日蓮が申しあげるまでもなし。

 早々(そうそう)に誓約の約束事を果たされるべきところを、いまだに姿を(あらわ)せたまわぬとこ

ろをみれば、はたして八幡大菩薩はまことの神だろうかと、疑いを起こしてしまわざ

るを得ないと申しあげる。

 さて日蓮、今夜首を斬られて霊山(りょうぜん)浄土(じょうど)へとゆくことになった。そこで教主釈尊に

お会いしたとき、天照太神及び八幡大神は、誓約を果たされない神だと申しあげるこ

とになるが、それでよろしいか。

 それでは困ると思われるならば、急ぎ(あらわ)(いで)て、御計(おんはか)らいあるべしと申しあげる。

 

 長口上(ちょうこうじょう)を述べ終わると、日蓮は悠然(ゆうぜん)と馬に乗り、あわてふためく兵士たちを後目(しりめ)

に、竜の口をめざして馬を歩かせた。数百人の兵士たちは声もない。

 彼らは、日蓮が口上を述べている間は、とうてい信じられぬ出来事にあ然としてい

たが、やがて正気に戻ると、にわかにいいようのない恐怖に襲われた。兵士のなかに

は、蒼白な顔をしてぶるぶる震えている者もいる。

 

 ぼくは驚いた。神様を脅迫する人間なんて、見たことも聞いたこともない。

 二十一世紀の人間であるぼくがこんなに驚くのだから、実際の世界の人たちはどん

なに驚いたことだろう。

 しかも鶴岡八幡宮の神は、彼らの守り神なのだ。その神様が目の前で罵倒(ばとう)されたの

だから、兵士たちは、日蓮に対して恐怖のようなものを覚えたのではないだろうか。

 

 じつは日蓮は、八幡大神の正体を知っていた。

 八幡神が正史(公式の歴史書)の中で最初に姿を(あらわ)すのは、奈良時代の天平(てんぴょう)十二

年、藤原広嗣(ひろつぐ)の乱のときだ。

 広嗣が太宰府(だざいふ)で兵を(おこ)すと、叛乱(はんらん)は九州全域に広がりをみせはじめた。手を焼いた

朝廷は、征討軍の将軍に対し、宇佐(大分県宇佐市)の八幡神に参拝して、乱を(しず)

てくれるよう祈願せよと命令した。

 すると効果はてきめんに現れた。反乱軍は勢力を弱め、藤原広嗣は討たれた。

 その後、(しょう)()天皇のとき、奈良東大寺の大仏建立(こんりゅう)にあたって、大仏に貼る金が不

足し、完成がむずかしくなった。そのとき宇佐の八幡神から神託(しんたく)があり、「陸奥(むつの)(くに)

ら黄金がでる」というお告げが下された。

 その予言どおり、奥羽から黄金がもたらされ、大仏はぶじ完成した。

 大仏が完成し、開眼(かいげん)供養(くよう)が行なわれるとき、宇佐の八幡大神とその妻、(ひめ)(がみ)は宇佐

を出発し、奈良の東大寺に(もう)で、聖武(しょうむ)太上天皇と(こう)(けん)天皇とともに、大仏完成の式典

に参列した。そのとき八幡神は紫の衣装を着て列席した。

 後に八幡神は、宇佐で伝教(でんぎょう)大師(だいし)最澄(さいちょう)から法華経の説法を聞いた。その説法に大

いに感動し、紫の袈裟(けさ)を授けたという。

 宇佐から奈良まで出向いてきて、式典に参列したように、宇佐の八幡大神というの

は、生きている生身(なまみ)の人間だった。それも紫の装束をつけていたというのだから、最

高位の皇族、すなわち皇位継承権を有した皇族だったことがわかる。

 だがその正体は、隠匿(いんとく)しておかねばならない公表することのできない人物だった。

そこで奈良時代から平安時代にかけての為政者は、彼を神として歴史書に書いた。

 こうして宇佐に実在した彼は、宇佐大神として、八幡宮に祭られることになった。

太宰府に左遷された菅原道真(すがわらのみちざね)が、死後、神として天満宮に祭られたように。

 日蓮は十六年間にわたる遊学中に、京都や奈良にあったあらゆる文献を読破し、こ

うした事実を知っていた。だが幕府の武士たちは、八幡神は本物の神様だと信じてい

る。そしてその神の意志に逆らえば、大きな(ばち)があると信じ切っていた。

 いまや彼らには、日蓮は自分たちの想像を絶する怪物のように思えた。すべての武

士が絶対神のように信奉する八幡の神と、日蓮と、いったいどちらが偉いのか?

 兵士たちは、恐怖と畏怖(いふ)の目で日蓮を(なが)めた。

 彼らの信仰の根本が揺らぎはじめていた。

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