小説「日本のクレオパトラ」へ

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発迹(ほつしゃく)(けん)(ぽん)

 

 昼ごろになって、ようやく日蓮たちの一行は、本間六郎左衛門の屋敷に到着した。

 日蓮は酒を取り寄せて、兵士たちにふるまってやった。

「いや、このたびはご苦労でござった。なかなかにご迷惑をおかけしておりますが、

任務も一区切りついたということで、(いっ)(こん)差し上げましょう。遠慮なく召し上がって

いただきたい」

 日蓮は、兵士の一人一人にねぎらいの言葉をかけながら酒をついでやった。

 

 またまたぼくは、びっくりしてしまった。

 日蓮は、すんでのところで生命こそ助かったものの、罪人であることに変わりはな

い。その罪人が、罪人を警備する兵士たちに酒をふるまってやっているのだから、こ

れほど奇怪な話はないだろう。

 だが兵士たちは、それを少しも奇異には感じていないようだった。すでに彼らの間

では、日蓮を通常の人間ではないと感じさせる雰囲気が漂いはじめているらしい。

 ぼくは、再び日蓮の言動を注意深く眺めはじめた。

 

 ある兵士は、日蓮に深く頭を下げ、手をすりあわせて申し立てた。

「いやじつは、このたびあなたさまに会うまでは、われらが頼みにしている阿弥陀仏

の悪口をいう悪僧だという話でしたから、これは捨ててはおけぬと思っていました。

ところがこうして親しく間近にお会いしてみれば、じつに尊いお人だということがよ

くわかりました。これからは、もう念仏などは申しません」

 といいながら、彼は数珠(じゅず)を取り出し、引きちぎって捨てた。

 するとそれを見た者が、いま書いたばかりの誓状を差しだした。

「わたしもこのとおり、今日かぎり念仏をやめます」

 日蓮は、にっこり笑っていった。

「あなた方は、自分では気づいていないだろうが、じつは仏さまのお使いとして、こ

の世に出現したのです。ですから、これからは日蓮の弟子となって、法華経を(ひろ)めて

ゆくことです。それがあなた方がこの世に生まれた使命なのです」

 なんと、彼の弘法(ぐぼう)の手段、いわゆる折伏(しゃくぶく)をはじめたのだ。

 だが兵士たちは、少しも違和感を感じていないらしい。彼らは真剣な面もちで日蓮

の言葉に耳を傾けていた。

「わたしが、いましがた目の前に実現して見せたことは、魔術でもなければ幻術でも

ない。あなた方の生命の奥底に隠れている仏という心を取り出すことができれば、す

べての願い事は(かな)い、権力という悪からも身を守ることができるのです」

 兵士たちは、真剣な顔で日蓮の言葉を聞いている。

 その言葉には、彼らの心の奥底をくすぐる魔力のような力があった。ただ話を聞い

ているだけで、生命の底から燃え上がってくるような喜びを感じるのだ。

 それは、阿弥陀仏の名を(とな)えれば、死んでから西方(さいほう)極楽(ごくらく)浄土(じょうど)に行けると説く、浄土

宗の説法を聞いて、ほっとした安堵感(あんどかん)を覚えたときとはまったく違う、異質の感覚だ

った。なんといっても日蓮の話は、現実の、この世での話なのだ。

 そして事実、日蓮が引き起こした「奇跡」を、彼らは自分の目で目撃していた。

 兵士たちは、すでに日蓮を罪人だとは思っていない。彼らの目には、彼らの心の苦

悩を救ってくれる「聖人(しょうにん)」であるかのごとく(うつ)っていた。

 日蓮は、さらに言葉を継いでいった。

「仏法というものは、物事の道理です。そして道理とは、(しゅ)に勝つものなのです」

 日蓮のいう「主」とは、兵士たちがえる「主人」や幕府の権力者、執権などの、

民衆を抑圧し、弱者が恐れる存在をさす。それらの民衆が恐れる権威権力に、仏法は

勝つことができると教えたのだ。それも政治犯を処罰しようとするその場でだ。

 

 まさに常識という枠が通用しない怪物とでも形容するしかない。──ぼくは、あ然

として見つめていた。

 こんなけた外れな行動をみれば、日蓮を「世紀の怪僧」とよぶ学者がいるのも当然

だろう。一般的な常識の枠から完全に逸脱した人物なのだ。

 

 こうして「竜の口事件」以後、日蓮は常識ではとらえきれない怪人物として、権力

者たちから恐れられる存在になっていった。

 いよいよ日蓮が、身にまとっていたヴェールを脱いで、その本性(ほんしょう)の姿を(あらわ)しはじ

めたのだ。

 これを日蓮は、後に「発迹(ほっしゃく)(けん)(ぽん)」といった。

 発迹顕本とは、(しゃく)(はら)い、(ほん)(あらわ)す、と読む。迹とは仮の姿をいい、その仮の姿

をうちはらって、本性の姿を顕す、という意味だ。

 日蓮は、房総半島の貧しい漁村の漁師の子として生まれた。この時代にあっては、

生き物を殺す漁師という職業は、(いや)しい最下層の人種に属する。そんな生い立ちにあ

って、日蓮は、まったく後ろ盾を持たぬ一個の人間として生き抜いてきた。

 そしてその低い地位の出自(しゅつじ)の人間であるということが、彼の誇りでもあった。

 (しか)していま、最高の権力者である幕府の高官による弾圧にもうち勝つ、という実証

を示してみせたのだ。

 この事実は、日蓮という人間は、なんの力もない最下層の出身でありながら、その

生命の内奥には、仏という無限の力を秘めた実在があるという事実を証明してみせた

ことになる。

 この「仏」という最高の生命の実在を証明することができるかどうかが、日蓮のめ

ざす「広宣(こうせん)流布(るふ)」(世界中に日蓮仏法を弘めること)を実現させることができるかど

うかの鍵だった。

「しかし、ご無事でなによりでした。不本意ではありましたが、私どもはあなたさま

を殺そうとしたのですから」

 一人の兵士が神妙な顔をして、日蓮の顔を上目遣(うわめづか)いで眺めながらいった。

「いやいや」日蓮は笑いながらいった。「今朝、竜の口で、昨日までの日蓮は首を斬

られて死んだのです。いまここにいるのは、新しく生まれ変わった日蓮です。この日

がくるのを、わたしは待ち望んでいた。それをかなえてくれたのは、あなた方です。

だからわたしは新しい門出(かどで)を祝い、心ばかりではありますが、こうしてお酒をふるま

って、あなた方に感謝の心を示しているのです」

 日蓮は終始(しゅうし)にこやかな表情でいったが、その言葉の真意がわかった者は誰もいない。

いや現代においても、その言葉の奥底にあるほんとうの意味を理解している人間はほ

とんどいない、といってもいいのではなかろうか。

 それほどまでに、この言葉には深甚(しんじん)の意味が含まれていた。

 

 やがて幕府から通達があり、「日蓮は無罪であるようだ。しばらくして釈放される

かもしれないので、早まったことをしてはならぬ」といってきた。

 だがそのまま二十日あまり依智で過ごす間に、鎌倉では大変な事件が起きていた。

 街の中で放火の疑いのある火災が頻繁(ひんぱん)に起こり、さらに殺人事件も数多く発生した。

鎌倉の人々の間では、「日蓮一派のしわざではないか」とのうわさがもっぱらだった。

 だがこれは、すべて良観と平左衛門尉がしくんだ陰謀だった。しかし警察組織の頂

点に立つ男がこの陰謀を仕組んでいるのだから、真相は闇に葬られたまま、これらの

放火や殺人事件は、日蓮一派のしわざに違いないということになってしまった。

 これにより、日蓮は当初の予定どおり、佐渡流罪に処することに決定した。

 平左衛門尉は、ほっと胸をなで下ろした。

 暗殺には失敗したが、佐渡流罪になれば、死刑と同じことだ。なにしろ、佐渡流罪

になって生きて帰ってきた人間は一人もいないのだから。

 だが日蓮としても、佐渡流罪は望むところだった。

 二度と生きては帰れぬ地獄の島――佐渡ヶ島から生きて帰れば、また「奇跡」が一

つ増える。

 日蓮は、佐渡で一生涯を終えようというつもりはまったくない。佐渡で一生を終え

てしまえば、広宣流布など夢のまた夢に終わってしまう。

 佐渡で死ぬわけにはゆかない。生きて再びこの本土の土を踏んでみせる。

 日蓮の魂に、また熱い炎が燃えたぎっている。

 結果的に、日蓮は、佐渡流罪から生きて生還した史上初の人間になるのだが、彼に

は、佐渡で死ぬわけにはゆかない理由があった。

 もし日蓮が佐渡で死んだとすれば、鎌倉やそのほかの土地に残した弟子たちは、厳

しい迫害を受けて投獄され、殺されるだろう。営々(えいえい)として築いてきた組織も壊滅して

しまうに違いない。

 すると、日蓮が説いてきた真実の仏法も消え去ってしまう。

 したがって、日蓮はいま死ぬわけにはいかなかった。死にたくても死ねないのだ。

それが、末法に法華経を弘めようとする菩薩軍の頭領(とうりょう)上行(じょうぎょう)菩薩の宿命というも

のなのだ。

 ただし、いまの日蓮は、上行菩薩の衣を脱ぎ捨て、末法の本仏としての本来の姿を

顕している。これ以後の日蓮は、その自覚を真正面にうち立てて進み、本来仏として

の王道を突き進んでゆく。

 いっぽう平左衛門尉は、一時は執権をもしのぐほどの権勢を誇ったが、永仁元年(一

二九三)、反逆罪で捕らえられ、次男とともに竜の口で首を斬られた。また長男は佐

渡へ流罪となり、ここに平左衛門尉一家は滅亡した。

 また蒙古襲来の戦費拡大が直接的な引き金となり、幕府の財政が破綻(はたん)した。政権の

威信は地に()ち、歴史の一ページをきらびやかに飾った鎌倉幕府も崩壊していった。

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