野草随想89
ノビル
23.05.28

ノビルの花
庭の一部の土に病気が入って、何を植えても葉が白くかびたり根が枯れたりしてしまう。殺菌剤で消毒していると、ノビルが土壌改良にいいと人に聞いて、それではと採ってきて植えてみた。
この場所はちょっと野菜を植えて楽しむところなのだが、ノビルは繁殖力があるので、3年ほどで我が物顔に繁茂してしまった。その効果があったのかどうか、幾分土の病気も治まっているようだ。
ノビルは食べると美味いので、春先になると太いのを採ってきて味噌和えにして、ちょっと酒のつまみにする。一瞬の贅沢である。
話は半世紀前にさかのぼる。
雪国では、ノビルとフキノトウは、待ち遠しい春の緑の、代表格だった。
子供らは雪解けが早く進んで土が顔を覗かせている墹々(まま:小さい段差の斜面)を求めて遊びに出かけて、暫くぶりの土の匂いや若草の緑を楽しんだ。うまくいくとノビルも採れることもあって、大声で
「のんびろびろびろ びっちょのけ」
なんて意味も知らずに合唱しながら持ち帰ると、母が
「ああ、もうこんなに出てた?」
と驚いてみせて、喜んで夕食の一品に設えてくれた。酒飲みの親父を中心に家族みんなが春を味わう。ノビルは雪からの解放が間近だと教えてくれる、そんな味だったのである。
春も進むとノビルは花茎を立てる。
子供らは、その茎を折って遊んだ。まず1センチくらいの幅で片方に、皮一枚を残して折り、折った皮で次につながるようにして、次に反対側を折って同様にして、左右に折り分けていくと、2本のつながりになる。ちょっとした首飾りのようである。それがどんなに綺麗に長くつながったかを、自慢しあう。
それだけのことだが、子供らには手にするものすべてを遊びの材料にしてしまう才能があった。
ノビルのムカゴ
ノビルの花は、茎の先に咲くのだがこれが少し厄介である。というのは、茎の先の塊りは、実は花にもなりムカゴにもなるのだそうだ。
ムカゴは散らばって繁殖する。ときとして茎の上にあるままで発芽しているのも見かける。
花はムカゴのところから花茎を伸ばして咲く。どうやら本来の花の一部位がムカゴになってしまうようだ。花が咲くほうが塊りが小さくて貧弱だ。
ムカゴという無性生殖と花という有性生殖が同じ場で行われるという、一筋縄でいかない繁殖能力をもっているのである。
若い頃仙台市で生活したことがあった。「野蒜」という海水浴場があったことを覚えている。仙石線で石巻に向かうと松島を過ぎてすこしのところである。
ところが3月11日の東日本大震災で、ここも大津波に列車が飲み込まれ犠牲者が出た。私はノビルという言葉から、いつもこの地を連想して、そこから時間のかなたに去った学生時代をぼんやり偲んでいたのだが、それが津波に置き換わってしまった。
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