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野草随想96

タデと腋臭(ワキガ)

23.11.03


    
 あかまんま(イヌタデ)

さわやかな秋晴れの日に、湿原をあるくとサクラタデ、ミゾソバ、イヌタデの群生にであい、華やいだ気持ちになった。

いずれもタデ科の花である。

タデ科は、花の一つひとつは小さいが、まとまって花穂になると人目を引く美しさになる。
種類もいろいろあり、花がまばらなものは区別がつけにくい。私もかつては湿地に屈みこんで小さい花をルーペで覗き、種を見極めようと努力もしたが、皆同じに見えてしまい、加えて最近は目も悪くなってきたのでそうした努力は放棄。この頃は目につくきれいなものだけ楽しんでいる。

なかでもイヌタデが群生して一面に紅色を広げた素朴な風景は、秋ならではの美しさである。
アカマンマとよばれて、昔はままごとのお赤飯につかわれたのだが、この粒々は実ではなく花であり、よくみると、いくつかは上部をうっすらと開いていて、花であることが分かる。

さらによくよく見ると、とてもきれいである。
小さいガラス細工を思わせる透明感をたたえ、まるで遠慮して口を閉ざしている少女のような感じがする。

図鑑によると花には花弁がなく、花弁状のものはガクに当たるらしい。

 


 ミゾソバ

ミゾソバは、茎を長く伸ばし、小さい瀬だと隠してしまうほどにびっしりと埋め尽くして咲くので、これも豪勢である。花は茎の先に丸くまとまっていて、白を基調にほのかに薄紅をさしているのが儚い品を感じさせて、可憐である。

サクラタデは、タデの中で花が最も大きく、真白な磁器のような、神秘めいた美しさをもっている。あたかも春のソメイヨシノの満開と似た雰囲気をもっている。

ところが、家に持ち帰って花瓶に差しておいたところ、どこからか何かへんなにおいがしてきた。嗅ぎ回ると、犯人はサクラタデだった。かるい腐敗臭とでも言えばいいのだろうか、鼻をつまむ、というほどの強い臭いでもなく、捨ててしまうほどの嫌な臭いでもない。

いわば、美女の軽い腋臭とでもいうのか。




   サクラタデ

「わきくさ物語」というへんな文章がある。
金関丈夫さんという博覧強記な学者が書いたエッセイとも論文ともつかない体裁で、岩波文庫の「木馬と石牛」に収録されている。

「匂う人種には匂う文学がある。」と書き出した文は、民族と匂い(体臭)の文学との関係について述べたもので、「わきくさ」とはワキガのことである。

氏は日本人の腋臭率は10.5%だという説をうけて、ヨーロッパ人の99%と比べると日本人は低い人種であり、日本の文学に体臭を扱った文学は少ないし、むしろ体臭を嫌悪し嘲笑する文学であると、実例を挙げて論証する。

一方、西洋は体臭を愛でる民族であり、フランス、ドイツ、イギリス、さらにアラビアの千夜一夜物語、インドのカーマスートラまで話をひろげ、縦横無尽に臭いの文学を渉猟している。氏にとっては楽しい知の遊びなのだろう。

この中から一つだけ体臭文学の例を、本文から引用しておこう。
フランスのユイスマン著「巴里の素描」にある「腋香」のなかで、舞踏室の女の腕の香について、次のように書かれているのだそうだ。

「その薫りはアンモニアと化合した纈草(けっそう)*の香である。塩素で置換した尿の香である。どこかに青酸の仄かな匂いの漂う、爛熟した桃の匂いを想わせて、しばしば激しい肉感をそそる」


わたしはこれを読んだことはないが、一体どう想像していいのか日本人には理解しにくいのではないか。
日本人はにおいに敏感だといわれ、テレビコマーシャルで流れているのは、体臭、トイレのにおい、車のにおいを消す消臭剤ばかり。特に最近は、老臭という単語も大流行である。これらは悪臭だというわけだ。そして消臭したあとに、化学薬品の合成臭で、何か花のような(私にとっては)きわめて臭いにおいを撒き散らして、それを文化的だと思わせている。
一方で香道のような繊細な文化を持ちながら、なぜ日本人は、上記のユイスマンのように、ねっとりと匂いを表現することがなかったのだろう。


話が飛んでしまったが、数少ない日本文学の例として、万葉集の次の歌があげられている。
ここに問題の、タデと臭いが出てくる。

「小児(わらは)ども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋草を刈れ」(巻16)

この歌は、平群朝臣(へぐりのあそん)が穂積の朝臣(ほづみのあそん)の腋臭をからかった歌らしい。
子どもらよ、草を、タデの穂を刈らないで、穂積の朝臣(ほづみのあそん)の臭う腋の毛を刈りなさい というような意味だろう。
おそらくわが国初めの腋臭の文学だということらしい。
八穂蓼(やほたで)の穂は穂積をひきだす修辞ではあるが、子供たちが蓼を刈ることがあったらしいことが分かる。

タデの中でもヤナギタデは辛味があって、周知のように料理店ではしばしば刺身のツマとしてその小さな芽が添えられてくる。

ヤナギタデは、江戸時代の後期に醤油が普及するまでは蓼や蓼酢が、欠かせない辛味料であり普通に栽培もされていたと、大場秀章氏は書いている。また古来、蓼は重用され「延喜式」(927年)や「本朝食鑑」(1697年)には、蓼の漬物、蓼の花序が穂蓼として食用にされたことなどが記載されているということだ。


想像以上に、タデは日本の食生活に大きな役割を果たしていたことを教えられる。
万葉集のこの歌で、子供たちが刈るのは、おそらくこうした食用のヤナギタデであったと想像できる。

ついでながら、イヌタデは辛味がなく役に立たないためにイヌ、と蔑まれた名称であることはわざわざ言うまでもないことだろう。

サクラタデが、ふと臭ったことから、ついつい「わきくさ物語」などを連想してしまった。
しかし、この程度の臭いは、日本人には異臭かもしれないが、「匂う人種」にとっては当たり前なことであり、むしろこれでは足りないと思うかもしれない、などと毒にも薬にもならないことを考えながら一杯飲んだ次第。

ちなみに、纈草(けっそう)とは、私は実物をまだ知らないのだが、カノコソウともいいオミナエシ科で5,6月頃オミナエシに似た淡紅色の花をつける、という。別名はハルオミナエシ。

オミナエシは非常に臭いので、部屋に活けるものではない。
サクラタデと同じに、これも美女の腋臭かもしれないが、こちらはチョッときつい。

 

(参考)

「木馬と石牛」の「わきくさ物語」 金関丈夫  岩波文庫
「道端植物園」大場秀章 平凡社新書



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