背徳の楔 02


「つまり、七瀬は男の為に金髪にしたと……?」

 一臣がじろりと七瀬をねめつける。

「う……そうです」

「誰だ? 何年何組だ? 速攻退学にしてやる」

「ええ〜!? 何言ってんの、臣兄!」

「理事長代理と呼べ」

 一臣は二年と三年の生徒名簿を繰りながら、冷静に突っ込む。

「そんな、退学になるの分かってて、言うわけないじゃん!」

 七瀬はこぶしを握り締めて反論する。

「ふん……まあいい。とにかく続きは帰ってからだ。今日一日はかつらをして過ごせ」

「かつらじゃなくて、ウィッグ!」

 一臣は七瀬のどうでもいい突込みはさらっと無視して、忠告する。

「……いいな、もし一瞬でもかつらを外そうものなら、生徒会に捕まえさせて、皆の前で丸坊主にしてやるからな」

「ひっ……!」

(臣兄はやるって言ったら、絶対やる……!)

 七瀬は持っていたカバンから栗色のウィッグを取り出すと、ささと身に着けた。

「よし、もどっていい。……帰ったら覚悟をしておけ」











 桐敷の家は男子六人、女子一人の七人兄弟だ。
 上から……長男 一臣(かずおみ)、次男 京次(きょうじ)、三男 三月(みつき)、四男 卯月(うつぎ)、五男 皐月(さつき)、六男 睦人(むつと)、長女 七瀬(ななせ)。

 ちなみに三男と四男は双子で、その双子と五男の大学生組は、ただいまイギリスとアメリカに留学中だ。

 桐敷とは代々投資事業を基軸に、銀行業、医薬品製造販売、病院、学校等の運営を行っている大企業だ。
 七瀬達が通っている学園も桐敷の持ち物で、両家の子息子女を有する名門のお金持ち学園である。
 だからクラスメイト達は幼稚舎から一緒なのに『さん』付けで呼び合ったり、敬語を使ったりする。


 その中でも七瀬や果菜は異端の存在。
 果菜は幼稚舎の頃からそうだったが、平気で市井(しせい)の子達と同じ喋り方をする。


 一方の七瀬はいわゆる、高校デビューというやつだ。
 中等部までは普通に「御機嫌よう」とお嬢様然としていたが、高等部で谷町センパイに出会ってしまってから、必死にギャルっぽくふるまっているのだ。
 そしてそのせいで、桐敷の屋敷に帰って速攻、家族会議という名の一臣の独壇場で吊るし上げを食らっている。


「これ以上、桐敷の家紋に泥を塗るようなまねはするな」

「泥……?」

「言わないと分からないのか……?」

「兄貴、いいじゃないかもう。ななだって分かって……」

「睦人(むつと)、お前は黙っていろ」

「………」

 助けに入ってくれた睦人はあっさり一臣にしてやられる。

(ごめん……睦兄……)

 七瀬は心の中で睦人に手を合わせる。

「七瀬、お前は高校に入学してから、成績は主席から陥落して中の上。生徒会執行部への推薦も棒に振り……挙句の果てには、男を追いかけまわしてギャルになるなど。これが泥を塗っていないと言わないでなんだというのだ!」

「男を追い掛け回してなんかない!」

 あまりの言われ様に、かっとなった七瀬が噛みつくように反論する。

「男の好みに合わせるために金髪にしておいて、どこが追い掛け回していないって言うんだ」

「それは……!」

 言い淀んだ七瀬に、一臣は最後通告ともとれる脅しを突きつける。

「これ以上素行の悪い行動を取るなら、山奥の寄宿学校へ放り込む」

「そんなの横暴っ! 第一パパが許すはずないよ!」

 桐敷兄妹には母親はいない。
 七瀬を生んですぐに亡くなってしまったのだ。
 だからだろう。
 一臣は留守がちな父親に代わって、十も年の離れた妹をなおさら厳しくしつける。


「知らないのか、七瀬。社長は来月から一年間、ニューヨーク支店に在中だ。お前の教育については私が全権を任された」

「え……そんなの聞いてない」

「私が管理するからにはもう今まで通りの好き勝手はさせない。京次(きょうじ)!」

 一臣はソファーに座って事を眺めていた次男の京次を呼びつける。

「何?」

「これで七瀬の髪を染めろ」

「臣兄っ! やだ! せっかくサロンで綺麗に染めてもらったのに!」

「心配するな。これはヘアマニキュアだ」

 京次に渡された箱は、黒いカラーのヘアマニキュアだった。  ヘアマニキュアなら数日すれば元に戻る。  七瀬は内心ほっと溜息をついた。

「何を安心している? これは応急処置だ。数日以内に、美容室で黒く染めてくるように」

「黒! 冗談やめてよ。私の地毛は京兄(きょうにい)と同じ栗色だもん! その色まで戻せばいいでしょう!」

「駄目だ。お前が悪いんだぞ、大体地毛の色からして周りに染めていると思わせるような色だったのに。……今回金髪にしたことで、余計お前の信用が地に落ちだんだ。自業自得だろう」

「やだ! お願い……臣兄……ちゃんと地毛の色に戻すから。黒髪だけは勘弁して!」

 七瀬はとうとう瞳に涙を溜めて、一臣に懇願する。  しかしその様子をちらりと見やった一臣のその瞳は、まるで汚いものを見るような瞳だった。

「京次。さっさと染めろ――」










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