背徳の楔 05


 今まで誰にも見せたことのない、一臣の隙。

(あんな顔もするんだ――)

「ふうん。兄貴の好みは清楚なお嬢様なんだな。知らなかった」

 ぽんと頭を叩かれ、京次を見上げる。

「なんだ、お前までぼうっとして。さては臣兄に惚れたとかいうなよ! 泣くぞ俺は!」

「んなわけないじゃん!」

 顔を真っ赤にした七瀬は、くるりと踵を返し「お休み!」というと、自分の部屋へ走って戻った。









 次の日。

 睦人(むつと)と連れ立って車で学園へ着くと、車を降りた途端、七瀬を見た皆がざわざわと騒ぎ出した。

「だ、誰ですの……? あの超絶美少女は?」
「睦人様と一緒にいらっしゃるわ」
「ってことは、七瀬さんじゃないのか!」


「お、おはよ、みんな。どしたの? なんか怖い……」

 いつもとは様子が違い、じりじりと近寄ってくる生徒達に、七瀬はおどおどして背の高い睦人の背に隠れる。

「か、可愛い……」
「なんだ、あの庇護欲をそそる行動は!」
「七瀬さん、とてもよくお似合いですわ」


 七瀬が髪を黒くして薄幸の美少女風に生まれ変わったという話は、あっという間に学園中に広まった。
 休み時間には廊下に、覗こうとする生徒達の行列ができるほどだ。


「ってか、何? ただ髪の毛黒くされただけなのに、なんでこんなパンダみたいな珍獣扱い?」

 昼休み。  半べそをかいた七瀬を屋上へ拉致した果菜が、面白そうに笑う。

「そりゃ、なな。あんためっちゃ可愛くなったもん。黒髪にして超正解! 一臣理事長、やる〜!」

「そ、そお?」

「うん。これで昔の言葉遣いに直したら、ばりばりの深窓のご令嬢で間違いない」

「臣兄(おみにい)……そういうのが好みなのかな?」

 ぼそりと呟いた七瀬の言葉に、果菜が首を傾げる。

「うん?」

「昨日髪染めた私を見て、臣兄が固まってたから。そうなのかなって」

「ああ、そうかも。だって一臣さん、ギャル苦手じゃん。大学の時あんなにモテてて、ミスキャンパスのギャルっぽい子に告られたのに、あっさり振って……結構地味目の令嬢と付き合ってたもんね」

「……そういえば」

「まあ、私は断然、睦人センパイ派だけどね。爽やかなスポーツ少年! 光る青春の汗。血沸き肉躍る魂の叫び!」

 果菜は訳の分からない事を喚きながら、一人妄想の世界へ旅立ってしまった。
 こんなのは小さい時から日常茶飯事なので放っておく。


(でも……今の私の見た目で、中等部までの令嬢風の話し方に戻せば、超、臣兄の好みってこと――?)

「ふうん……いいこと考え付いちゃった!」

 七瀬はそう一人ごちると、にやっと不敵に笑った――。









「お帰りなさいませ、お兄様」

 夜九時。
 玄関に車が寄せられる音を聞きつけた七瀬は、走らないよう気を付けて玄関へと近づく。
 声を掛けられた一臣は、はっと顔を上げて七瀬を見つめたが、ポーカーフェースで頷いただけだった。


「ご飯まだでしょう? 待っていたの。一緒に食べましょう?」

「……なんだ。何が目的だ?」

 一臣は今度は少し怪訝な表情で、七瀬の顔を見下ろす。
 あまりの言われように、七瀬は一瞬ギャル語に戻りそうになるが、必死で耐える。


「ひどいわ。ただ……」

「ただ……?」

「本当にただ、久しぶりにお兄様と一緒にお食事がしたくなっただけなの……」

「………」

「駄目……?」

 七瀬は上目使いになりすぎないように気にしながら、一臣を見上げる。

「駄目なんかじゃない……驚いただけだ」

(わっ! 驚かせるの成功した!)

 七瀬は一臣の手を取ると、にっこりと笑って引っ張る。
 一臣は一瞬戸惑った様な仕草を見せたが、七瀬は気付かないふりをして、ダイニングへと導いた。


「あっ。食事の前に着替えたほうが良かった?」

 スーツ姿のままの一臣に、七瀬はそう気遣う。

「いや、大丈夫だ。上着は脱ぐ」

 ばさりと音を立てて脱いだ上着を受け取ると、七瀬はばあやに手渡す。

「今日は七瀬お嬢ちゃまもお手伝いしてくださったんですよ」

「へえ……高等部に上がってからは珍しんじゃないか?」

 言外に「中等部まではいい子だったのに」と言われた気がして、七瀬は頬をひきつらせたが、「そうでもないよ」と軽く流した。

「まあいいから、食べましょう?」

「ああ、頂きます」

 そう言って手を合わせた一臣は、気だるげに片手でネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ開けた。

 隙間から、張り出した喉仏が露わになる。
 その仕草が妙に婀娜(あだ)っぽくて、七瀬の心臓がとくりと跳ねる。











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