背徳の楔 07
京次としては身体をつなげてはいないけれども、七瀬の身体のすべてを知り尽くしているのだ。
それなのに七瀬は、唇と処女はこれから出会うであろう『運命の人』に操(みさお)を立てている。
妹が将来誰かのものになる――。
そう考えただけでシスコンの京次は気が狂いそうだったが、こればかりはしょうがない。
「そう言えば、聞いたか、なな?」
「なあに?」
腕の中の七瀬が小さく身じろぎする。
「臣兄、お見合いしたんだって」
「……いつもの事でしょう?」
一臣は長男――つまり桐敷家の跡取りだ。
縁談も降るように湧いて来る。
一臣は毎回顔色も変えずにお見合いをしては、お断りをしていた。
今回もそうなのだろうと、七瀬は関知しない。
「いや、それがさ。見合い、うまくいったらしいんだ」
「え……?」
京次の腕の中から逃れた七瀬が、上半身を起こす。
「相手は誰……?」
「菱沼銀行の頭取の娘らしい」
「菱沼銀行って……」
「ああ、今度うちと合併の噂が出ている銀行だ」
七瀬の心臓がどくりと鳴る。
「わ、私! お兄様に確かめてくる!」
七瀬は京次が止めるのも聞かず、寝室のシャワールームで軽く身体を洗うと、飛び出すように部屋を出て行った。
コンコン。
七瀬は震えるこぶしで一臣の部屋をノックする。
「七瀬です。入ります」
「……どうぞ」
くぐもった返事が聞こえ、七瀬は扉を開ける。
一臣の部屋に入るのは数年ぶりだった。
理事長室と同じように、調度はアンティークなもので揃えられていた。
全体的にダークな色合いの部屋が、何か見えない圧迫感を来訪者に与えていると思うのは、気のせいだろうか。
「どうした、こんな時間まで起きていたのか?」
壁に掛けられている時計を見ると、もう十二時を過ぎていた。
「京兄に数学教わってて……」
「こんな時間までか……お前も一応女なんだから、男の部屋にそんなに遅い時間までいるもんじゃない」
一臣は生地の薄いネグリジェを着た七瀬からすっと視線を逸らす。
「そ、そんな事より! お兄様本当? 菱沼銀行の頭取の娘と結婚するって!」
「……京次か……」
小さな溜め息が、一臣の形の良い唇から洩れる。
「誰でもいいでしょう! ねえ……」
「本当だ。来月に婚約パーティーも予定している。お前も出るんだぞ」
「やだ!」
「七瀬?」
「出ないもん!」
「また、反抗期か?」
七瀬の方を振り返り、一臣はポーカーフェースのまま返す。
「違う! ……だってお兄様、本当にその人の事、好きなの?」
「別に……好きでも嫌いでもない」
「じゃあ、駄目だよ! ……結婚なんかしちゃダメっ!」
「……もう決まったんだ。お前の一存だけで決定が覆(くつがえ)ることは無い。諦めろ」
一臣はそういうと、部屋に作り付けのバスルームへと消えて行った。
一臣に取り入る方法……それは――、
「お兄様、勉強教えてください!!」
これに限ると言っても過言ではない。
「……家庭教師はどうした……?」
長男で一家の長と言っても過言でない一臣が知らない筈がないのに、そんな回りくどい言い方で聞いてくる。
七瀬はちょっとムッとしたが、ここで怒っては意味がない。
「私がさぼり倒していたので、辞めてしまわれました……申し訳ありません……」
ぺこりと素直に謝罪する。
「ちょっとは成長したな……分かった。次の家庭教師を見つけるまでの間、私が見よう」
「バイオリンと、ピアノもね!」
調子に乗った七瀬がそう付け加える。
「そこまでの時間はない。教師が見つかるまで、自主練していろ」
「……はあい」
ぴしゃりとやられてしまったが、それでも七瀬は当初の目的が上手くいったことに満足する。
(お兄様と昔みたいな関係に戻って、絶対に結婚を阻止するのよ!)
七瀬にも、なんでこんなに兄の結婚が嫌なのか、正直分からない。
もしかしたら、自分だけの兄だと思っていたものを誰か知らない女に取られるのが嫌というだけの、幼稚な理由なのかもしれない。けれど――、
(嫌なものは、嫌なの――!)
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