もしも願いが叶わないならば 02


  驚くべきことにスティーブは来年の春まで、一緒にこの離宮で過ごすことを許された。

 セーラは嬉しさ半分、照れが半分で落ち着かなかった。 スティーブの着替えを、そわそわと応接間を行ったり来たりしながら待っていた。

「セーラ、待たせたね」

 従僕が開けた大きな扉から、寛いだガウンに着替えたスティーブの姿を認め、またセーラの胸がどくりと波打つ。 セーラは内心首を傾げながら、緊張した面持ちで兄を見上げた。

「いっ……いいえ!」

 なぜか顔がほてり、返事もどもってしまう。 そんな妹姫にスティーブはくすりと笑うと両腕を広げ、哀しそうに抗議する。

「せっかく三年ぶりに会えたのに、お帰りのキスと抱擁もしてくれないのかい?」

「お兄様ったら……」

 セーラは薔薇色に染まった頬に両手を当てて照れると、おずおずとキスと抱擁をした。

「……会いたかった、セーラ――!」

 途端にぎゅうと力強く抱き寄せられたセーラは、その胸の中で幸せを噛み締めながらも己の感情と戦っていた。

「私もよ……お兄様――」

(私、どうしちゃったのかしら……どうしてお兄様なのにこんなにドキドキするのかしら――)

 しかし、セーラの幸せは長くは続かなった。

紅茶を用意してくれた従僕がテーブルから離れ、深々とお辞儀をした時、セーラは三年ぶりの長男との再会の理由を知った。

「シセリア公国公女様とのご婚約、おめでとうございます、皇太子殿下――」









翌日、最愛の兄の政略結婚を知らされたセーラは塞ぎこんでいたが、昨日よりは戸惑うことなく昔の様にスティーブに向きあえた。

「綺麗になっていて、びっくりしたよ」

 スティーブは大きな瞳を輝かせて妹を褒める。

「そんな、綺麗だなんて……」

「よく言われるだろう?」

「……いいえ。そんなことを言って下さる方なんて……」

 セーラはこの三年間、面会出来るのはレナルドだけで、他には身の回りの世話をする

使用人達としか顔を合していなかったのだ。  そのことに気付いたスティーブの顔が曇る。

「じゃあ、言ってあげるよ。私が毎日『セーラ姫は美しい』と言ってあげる」

「お兄様ったら」

 くすくすと笑いだしたセーラに、スティーブの瞳が細められる。  とくん。  またセーラの胸が跳ねる。

(まただわ……私……どうして……)

「やっぱりね。セーラは笑顔が一番可愛い」

 スティーブはそう言うと、昔からの癖である少し首を傾げる仕草をしてセーラに笑いかける。

「お兄様のその癖、変わりませんのね」

 嬉しそうに言うセーラに、スティーブはさらに首を傾げる。

「癖?」

「ええ。ほんの少しだけ首を傾げられるの。昔から変わりませんわ」

 いつまでも笑うセーラに、スティーブは少しへそを曲げる。

「なんだ。セーラにとっては、今の私は十八歳の頃と変わり映えしないのだね」

 その拗ねた様な物言いに、セーラはまあと驚く。

「そんな……その……お兄様はとても素敵になられましたわ」

「へえ。どこが?」

 しどろもどろと返す妹から主導権を取り上げた長兄は、面白そうに妹の顔を覗き込む。

「背もお伸びになられましたし……」

 顔が火照ってきたセーラは視線を逸らして俯く。

「背だけ……?」

「い、いいえ。お顔もとても美しく、精悍に……」

 はっと顔を上げると、目の前に悪戯っぽい笑みを浮かべたスティーブの顔があり、セーラはからかわれたのだと確信した。

「もう! お兄様ったら!」

「あはは、セーラは小さい頃からすぐに引っかかるんだから。からかいがいがある」

「お兄様〜っ!」

   逃げようとするスティーブを、セーラはまるで小さな少女の様に追い掛け回す。

 あっという間に捕まえたセーラは、スティーブのその両腕をしかっと握りしめる。

「あ〜あ、すぐ捕まっちゃった」

「私も成長したのですから、そう容易くは逃げきれませんわよ」

 息を上げてそう主張したセーラに、スティーブは破顔する。

「昨日は『えらくおしとやかな姫になってしまったな』と思ったけれど、やっぱり昔と変わらないな」

「なっ……? お兄様ったらはめましたわね! もうキライ!」

 またからかわれたのだと悟ったセーラは、捕まえていた兄の両腕を離すと、ぷいと後ろを向く。

「ごめん、冗談だよ……つい嬉しくて……」

 そう言ったスティーブは、セーラの身体を後ろからそっと抱き寄せた。

「会えて嬉しいよ、セーラ……夢にまで見たんだ……やっと会えた」

 ふわりとスティーブの爽やかな香水がセーラを纏う。  セーラは幸せそうに瞳を閉じると、少しスティーブに寄りかかった。

「これからは毎日お会いできますわ……」

 はにかんでそう呟いたセーラを、スティーブがさらにきつく抱きしめた。  そんな二人は幸福すぎて、窓の外からレナルドの腹心がこちらを伺っていたことに気付かなかった――。










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