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高い山のそのまた向こうの深い森の中のお話で御座います。 月の光のように美しい銀色の葉を持つ柳の木がありました。 その隣には澄んだ泉があり 長い時を経てあやかしの力を得た 立派なお髭を持つ魚が暮らしておりました。 柳の木と魚は仲がよく 魚はいろいろな物語を柳の木に聞かせてやりました。 魚はとても長い間、生きてまいりましたので はるか遠く人間の世界のことも知っておりました。 柳の木は目が見えませんでしたが、 とても耳が良かったので 水の中の魚の声もよく聞こえたのであります。 最近彼等のところに燕が飛んでくるようになりました。 此の春生まれたばかりの小さな小さな燕のようです。 燕は野の花を嘴に咥えてはまた何処かへ飛び去って行きます。 その様子を魚は不思議そうにながめ 柳の木は耳を澄ませておりました。 「燕や 燕や 何故花を摘むのかね お前の食べるものは花では無いだろう。」 「わたしはこの先の崖に作られた巣の中で生まれました。 でも どうやらそこは崖ではなく大きな大きな穴で その穴の底には餓えた人間のこどもがたくさんいたのです。」 人間とはこの世で一番優しい生き物であると聞いておりましたので そのむごいお話に魚と柳の木はたいへんに驚かれました。 「どうにか生き残った子供もいまだにつらい暮らしをしているようです。 なのでわたしは少しでも慰めになればと毎日その少年に花を届けているのです。」 そう言うと燕は忙しそうに飛び去りました。 春が過ぎ夏が過ぎても燕は花を摘んでは少年の元へ訪れています。 とうとう柳の木は言いました。 「もうすぐ秋がくるだろう お前は暖かい南の国へ渡っていかなければいけない。」 「わたしはもう少しあの少年を見守っていたいのです。 どうか良い方法を御存知でしたら教えてください。ずっと彼の傍にいれる方法を。」 「それには お前はあやかしとして生きていかねばならないよ。 しかし あやかしの命は気の遠くなるほどに永く 人間の命はあまりにも儚い。 彼が短い一生を終えたあと お前は気の遠くなるほどの孤独を生きていかねばならないよ。」 魚は水面から顔を出しこう申されたのであります。 「そして あやかしとなった代償に血塗られた道を歩むことになるだろう。 その少年が見た地獄よりもっと深い地獄をお前は見ることになるよ。」 燕は小さく頷きました。 「それでは この森に冬が訪れるまで待ってごらん。 真っ白な霜の降りる寒い朝にお前はあやかしの力を得てその姿を変える。」 燕が嬉しそうに羽根を震わせると飛び去って行きました。 柳の木と魚は心配そうに顔を見合わせました。 あまりにも哀れで冬が来るまでにどうにか燕が心を変えてくれないかと願ったのであります。 そして もし燕があやかしとなってしまったら少しでも手助けが出来ればと 心優しい二人はそう考えたのでした。 深い森に早い冬がやって来ました。 霜の降りた地面に小さな燕が冷たくなっておりました。 小さな骸が寒くないようにと雪が降って それを覆い隠していきます。 薄く積もった白い雪の上に足跡が三人分。 足跡は人の世界へと向かったようであります。 その足跡も やがて雪が隠してしまいました。 高い山のそのまた向こうの深い森の中のお話で御座います。 |
