祭曇天 10.3

ゴメ島もパッとせず。
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祭くらい晴れてちょーよ。
  灯台をアップで撮るのは初めて。

去年の祭はソイが釣れ、山車の通るのを眺めた。巡行コースは分かっているので、それから竿を畳んでも、実家裏に回ってくるのには楽に間に合った。
 ところが今日あるべき山車の巡行が、天気予報から昨日に前倒ししたため、やや気落ちしている。山車を見たからどうってことはないのだが、子供の頃の鼓笛隊パレードや奉納相撲はすでになく、祭といっても夜の余興まで何もない。今回は釣りは頭になかったのに、予定がはずされ、時間潰しの釣りなのである。イソメはない。まあ、去年と同じくテトラならサンマでいい。確かに雲行きはよくない。祭はやはり色彩が必要である。どうも海も十月に入ったばかりというのに、曇りのせいか覇気がない。こりゃハッピ着て踊らにゃ魚も乗ってくれんぞ。魚偏の漢字の大半は読めないのであるが、ツクリに祭の魚がいる。コノシロ。北海道人には馴染みがない。コハダの大きくなったやつである。

二時頃から南防テトラ、並み以下のアブラコがすぐ来たあとはまったくアタリなし。四、五か所移ったが気配なく、「ソイ再び」を諦めるまでに一時間半、ゴメ島を眺め続けた。二十年も前、この間にロシアの船が座礁したことがある。貨物船といったところで魚介を積んだ錆びた鉄船である。花咲港と間違ったと聞くが、重要港湾とこんなちっぽけな漁港を間違えるとは呆れたものだ。問題はロシアの船主が撤去費用を払おうとせず、そのまま放置されたことである。昆布漁船とは図体の違う黒い船が舳先を上向かせて、帰省した私には見慣れた海の美観から気味悪いものだった。どれ位のさばっていたのだろうか。そこは昆布漁場であるので市が撤去費用を負担した。国、道からも補助はあっただろうが詳しい数字は分からない。
 さて、余興まで三時間ある。仕方なく私はいつもの灯台脇に移ることにした。突端が濡れているので低まる前のところに座った。西防先には五人ばかりいる。金曜、平日にしては多い。これは釣れてるってことか?彼らは祭だなんて知らないだろう。

すぐにコマイが来た。イソメがないからカレイはまず無理。釣り欲?が湧いてこないので、今まで思いつかなかった灯台の文字盤を撮ったりした。昭和63年10月になっている。つまり昭和の終わる三か月前に出来たことになる。もちろん東京に住んでいた。あの頃ダラダラしてたから…と思いかけて振り払う。
 と、海草だろうと巻いたらハナサキが見えた。心構えがなかった。こんな時期にもいるとは。あげたらなんとか甲幅8pギリギリ、小さいくせにフジツボがついているのは脱皮ではない。コマイの型はいいし、ふだんであればテトラで粘ったのは失敗だった。しばらくして、またハナサキが来た。前のより大きい。ここは真剣になった。余興に向かう前の酒の肴にしなければ。難なく(って運よく)あげる。カニ祭にカニは買えないフトコロでも、祭の日にカニを釣って食べると。これぞ貧乏釣師の本領よ。

五時近くなって西防の糸とからむ。ふっ、今度は祭にオマツリか。向こうがはずしてくれる。
「一本バリかいー?」彼は一本を欠かしたのか気になったらしい。
「そうですよー」短竿の仕掛けはテトラのまま換えてなかった。
 そこから日没は早い。五時半リミット。暗くなる前にやめて、歩きだしてから仕掛けのからんだ彼に一礼しようとすると、けっこう大きいカレイをちょうどあげるのが見えた。私は見てましたと伝えたく、彼がハリをはずすまで立ち止まった。気を遣ってもらった人へのハイタッチである。

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