西防波堤へ 9.12

ゴモを抜いてだけど久々いい感触。
  イソカジカとは違うようだ。
  小ぶりな並みのアブラコにしか見えないが。
  ウグイ?川のは細かった。
  せっかくコマイ君を撮ったのに暗くてボケた。

  俺はいつもあの灯台下にみすぼらしく座ってる…。

今月初日に買ったイソメを使えず、少しうずいていた。こんなはずじゃなかった。つまり昆布漁が出ないので沖根婦に行けないからで、ようやく呼び出された日、五時間昆布で屈んだら腰に来て、歩くのがやっとで釣りどころでなくなった。釧路の兄貴が昨日来てるはずなので沖根婦に電話してみると、十時半頃に帰った。兄貴がいれば付き合ってくれる。いないと聞いても、その気になってしまったものは止められない。ないことカレイモードになっている。磯の天燃物のイソメは弱くても(長持ちさせる方法があるとは思う)、市販のは半月は生きていると実証済みである。ただ雲行きがよくなく、道央では大雨洪水のニュースが流れている。

念のため百円レインコートを備え、一時頃、カレイ狙いで今年初めて西防に直行する。イソメも死んではいない。私は投げるポイントにはこだわらず、有利不利といったって3が2に減るくらいなら、姿勢が楽な方がいい。ただカレイに限れば灯台のところの実績が低いのは承知している。コマイは先月大釣りしたので、今回はおのずとカレイが頭にあり、すなわち西防を目指す。去年から満足のいく黒ガシラをあげてない。
 この港に来る釣り人の九割は西防に立つ。私が南防の灯台にするのは、広くてプラプラできるのと足場が低くてカニを手づかみしやすいのと、テトラ釣りに切り替えやすいからである。それに西防突端から船道の20m余りしか離れてない。無人なのはしばしばでも、道道から近くて、西防突端は沖根婦漁港の釣りのお決まりの場といえる。
 なお当釣りページにおいては改まって西防波堤、略して西防と書くが、沖根婦内ではマツイの方の岸壁とか呼ばれ、西なんて言おうものならポカンとされ、あっちが北でこっちが南でとすぐには通じない。人間年経ると東西南北の意識が薄れるらしい。私自身が海は南と思いこんでいて、ところが根室の町は北なのでとっさにはためらうことがある。防波堤は単に南側との区別なのだが、マツイだと即通となる。これは防波堤元にマツイさんの昆布を干す浜があることによる。私はその浜の領域が分からないし、自分からは使ったりしない。
「マツイのとこには誰もいない」などと日頃から聞かされ、どうもじれったくなる。ひとおもいに「マツイ岸壁」ならなんぼ楽なことか!私とて西防では味気ないとは思っている。ハタ坊の方がましだ。西域防衛軍とかの略なら面目が保てるのだけれど、やはり発想が稚拙である。実はこのマツイさん、親戚も親戚の叔母の家で私と同い年のイトコが継いでいる。彼は札幌のデザイン学校を経て東京に出て、杉並と中野と近くて二十歳前後は一緒に遊んだ。それが一年位新宿駅の中で根室のカニ売りをやっていた。沖根婦にはカニで有名な人がいて、そのつながりだった。この方は亡くなったが、今も国道沿いで息子さんが続けている。
「父さん母さんにやってくれ」もうかなりたつが、私が東京への土産のために寄ったとき、息子さんは兄貴にハナサキ三、四ハイ渡した。横道にそれるのも、カニ祭のことを書いたばかりで、またこの釣りページにおいてカニの存在は大きいからである。あゝ新宿のカニ売りがあったら志願したい。ワタ〜シは〜ア新宿のカ〜ニ〜売りよ〜(東京のバスガールで。ハイもう一回。イチニーサンシー、ハイ) オイオイ、調子に乗り過ぎだって。
 「マツイ岸壁」というのにイトコはまったく釣りをしない。子供のときから磯にも川にも登場しない。ただ跡継ぎとして根室に戻ってから潜水夫もやっていた。港湾だったりウニ捕りだったり、海底丸見え世界である。思いつかないもので、今度会ったら魚の様子を聞いてみよう。月面を歩くような潜水服の安全性の推移は分からない。ウニ漁をやっていた伯父のところに若いモグリさんが来ていて、陸ではベレー帽で真っ赤な車に乗って洒落者だった。命綱一本で彼が海底を歩いて直接ウニを捕るのだから稼ぎはいい。宇宙飛行士ばりの潜水服でみずから浮上なんてできない。酸欠を繰返して体に悪いからあの仕事は長く続けるものでないとはよく耳にした。夏休みにモグリさんが連れてきていた弟と親しくなった。一つ上で浜中町の中学砲丸投げチャンピオンだった。潜水のせいではないと思う。モグリさんはかなり前に亡くなったと聞いた。

潜水服といったら『冒険者たち』のコンゴの海底に沈んでゆくレティシアの水葬が忘れられない。それでふとYouTubeを頼ると、なんと二時間近いのが待機してるじゃござんせんか。画質はともかく久々に見た。もう五十年前になろうとする映画で、当時二十歳前後だった団塊の世代に人気が高い。淀川さんの解説でテレビで見たことはあったが、所詮テレビで吹き替えで、新宿の映画館まで出かけたことがあった。なんてったってジョアンナ・シムカスが可愛くて。息をひきとるドロンの顔もいい。残されたリノ・ヴァンチュラが切ない。一緒に暮らしたいと打ち明けてくれた女と無二の親友を失い、この先どうやって生きていくのだろう。魚を釣るシーンもあった。おっとと、本題に入らなくては。はかない夢、わがゴメ島はレティシアが見て育った要塞島にはなれない。レティシアへのオマージュとして別ページを作りたくもなるが、無念な写真だけに留めよう。ハッピーエンドを名画は拒む。悲劇をもって忘れられない戴冠をいただく。

前ふりが長くなった。
 先客が一人いてマツイ岸壁の外と内に竿を二本ずつ立てている。あまりよくないと言う。仕掛けの用意をしてるとビタビタビタッとカレイのはねる音。ふむ、港内でついた。よくないと言っておきながらと思ったが、なるほど気づかなかったが私の脇(ちょうど堤防が高くなるところ)のスカリをあげると、何時からか知らないが三、四尾しか入ってない。
 高いところから投げたくても、足場が狭いうえ足腰の痛みも残っている。カレイはすぐ来たがかろうじての持ち帰りサイズ。
「いるんですね」と言われ、どう答えていいものやら。気取らないいい人だ。もっといい型なら、ここの港はウチの庭の池もとい養殖場みたいなものでと知ったかぶりをこくところだ。
 一時間ほどして、アタリはあったが海藻のカタマリが重い。それを抜くと抵抗あり。30pちょい、今年一、二のカレイ。本願は果たした。そのあたりからコマイもまずまずそこそこつきだし、ただ10p未満のコマイが四匹釣れた。こんなコッコは沖根婦では初めてだ。
 重いのが来た。これはと思ったのに中ぐらいのカジカで、これまでのとは種類が違って見える。先客に尋ねたが自信がなさそうだ。私より十歳は上だからといって、釣り人が魚に詳しいわけではない。彼はあまりにもアタリがないので、外側二本の竿も内側に移してしまった。たまたまカレイがついたがたまたまは二度ない。私は内側では、あまり攻めたこともなく一枚しかあげたことがない。しかもアタリを見逃し、バカに糸がフケてるので巻いたらだった。長兄の同級生が内側で50枚越えしたことがあるとは聞いたけれど、ちょっと信用できないところがある。でも魚屋のシゲカツの息子、沖根婦育ちが50枚釣ったというのは本当だろう。ふだんはいないが、ときに集団となって内側に入り込むのだろうか。

それから西防ではあまりかからないアブラコも釣れた。25p程度だが、私はあげてもガズナギと勘違いしていて、ハリをはずしにかかって気づいた。すると別の竿がいい感じで揺れている。巻いたらダブルで、これは重くても一匹当たり半減されるので、必ずしも喜べない。先のハリのは30p近いコマイで、それをはずしながら、小さいもう一匹のウロコがギラギラしてると分かる。どれ、15pを切る。シャキッとしている。チカではない。ニシンだろうか。子供の頃に地引き網にかかっていたハタハタのわけもない。聞くにも先客は帰ってしまった。
 調べたかぎりウグイのようだ。ただズングリしている。そういえば一昨年横にいた二人から「ウグイか?」と声がした。コマイだったが、その時はウグイなんてなに寝言言ってるんだと思ったもので、まあ私が無知だった。つまり釣れることはあるのだ。ただ初めてな以上この港での私の釣魚種類確率からいえば千分の一で、極めて珍しい。

ウグイは本州ならハヤ、このあたりではユゴイと呼ばれ、沖根辺川の軌道跡下の池のように膨らんだところにいた。深さもある。その一帯はやはり以前あったらしい家にちなみ「ハシモトの川」と呼ばれていた(ハにアクセント)。小学二年とき一瞬真っ暗になったら水の中で、泳いだことなんてなく必死にもがいた。それが一緒に来た友達は助けようとするどころか、よっぽど泡食ったおかしい姿らしく、アハアハ笑い声が止まらないのだ。今もあの声を思いだせる。ったく。あいつ東京で何してるのだろう。それは忘れてと、そこにあるときユゴイが群れていて、しかし餌のミミズを落としても食いつくことはなかった。というより、釣ったことがあるようなないようなハッキリしない。アカハラとも呼ばれるようだが、あまり見たことがなく、腹が赤いというのがピンと来ない。種類が違うのかも知れない。
 川釣りはザッコ(雑魚)釣りと呼ばれても鱒類狙いだったから、カジカとゴタッペ(ハゼの仲間)は嫌われた。トンギョは番外である。ユゴイは水面から見れば銀白色の動きがスマートで嫌われるのは免れても、しかし釣り対象ではなかった。釣れもしないし、釣れても別段ナントモという感じだった。低学年はハシモトの川で遊び、上級になりかかると沼から細い川伝いに茂みを縫って上流を歩いた。ただこれはどの年代に当てはまるものでもない。すぐ近所に同級で冒険家のガキ大将ケンがいたからだ。あるときケンはハリを舌に刺してもちろん抜けない。詳しいことは思いだせないが、治療には半月程度はかかっただろう。「舌の下に別な舌みたいなのができた」と言った。
 山なし県にあらず、オホーツクと太平洋に分断する半島、海の魚が豊富な地域において、川魚がカス扱いなのはやむを得ない。私たちも勘づきつつ、それはそれ遊びは遊び、食用なんて考えず竹竿持って酪農家の牛糞からミミズをとって川に向かった。

出血大公開 沖根婦港釣りポイント
  参考にしても裏切られるのが釣りの常です。

手のひらカレイ二枚加え、コマイはけっこういいサイズが来だしたが日没が迫る。盆より一時間早い。花火大会のときは六時半でも釣っていたから、まだ九月中旬に差しかかったところなのに、日が短くなるのは寂しい。それは冬が近づくことでもある。カレイモードで一枚だけ30pちょい、四枚だったから甘い採点で及第としよう。重量挙げで踏ん張れる自力と違って釣りには相手がいる。いない場合はどうしようもない。もっともいるかいないか海の中は確かめられない。モグリさんに調べてほしいものだ。しかし反面、分からないからこそ私たちは心待ちにするのだ。まるで徒労になるのを楽しむかのように。

母から電話が来た。カジカは汁にしたがちょっと身が硬めだったと。アブラコが微妙で、外見はそうでも、このサイズで卵を持ってるからハマオトコだという。いつか魚を卸してる兄さんが教えてくれたのはホッケに似たカラーの少ない別物だった。確か本では道東でハゴトコ(ハマオトコ)と呼ばれてるのはアイナメの若齢魚と間違われているケースが多いとなっていた。正式にはスジアイナメで、またまたこんがらかってくる。私のどこかのページでアブラコとしては格下で、ダンディでない浜の男みたいな蔑称と書いた覚えがある。これは失礼で訂正しなければならないが、私自身が浜の生まれゆえに書けたのである。ダテオトコでもヤサオトコでもマオトコでもないのは確かだ。魚ほど呼ばれ方がちょっと離れただけでバラバラな生き物はいない。由来が確かでないのもいる。カジカ最高級のナベコワシは旨過ぎて鍋の底までつつくからだというが、地域変わって同じ呼び方をされるのに、そちらは不味くてブーイングで鍋を叩くのだそうだ。さらに魚は種類、亜種も多い。人は近辺で使われている呼び名を耳にして育つ。私にハマオトコはなく、気になる名前として意識したのは成人後だったと思う。しかし実物を指してのものではなく、姿形がセットになってない。この日のはカジカもウグイらしきといい、ひねりの利いた先生のニヤリとしたテストみたいで迷わされる。

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