
タイトル通り、ボンカレーならぬ盆カレイである。ただし爆釣は誇張。しかも証明する写真が一枚もない。味気ないのでどっかから拾ってきて飾るなり、工夫しないといけない。
13日。前夜来た弟家族も、親父が言ってたのを守ろうと海は取りやめ。通院からこの日解放の長兄も加わり墓参り。
14日。朝早くには長兄と弟は温根元へ行ってすでにいない。実は一年で二番目に嫌な日、誕生日なのだ。四年に一度にしてもらえないか。それを汲んでみんな知らんぷりしてくれるのか、それとも盆という特別期間に紛れてしまう。口にしたことはない一番嫌で重い日は姉の命日…。

例年盆には帰省し、釣りも必ずやってきた。しかし去年が空白になった。思考がまともでなくなり、現実と想像の境い目がつかないことがらが増えてきて、体もフラフラ、東京を引き払ったのが翌月になるのだから無理もない。その空白を埋めてくれるページが見つかったのは望外である。
ネット上で釣り場として沖根婦が紹介されていても数行に過ぎない。ところが、釣行記録としてのものを初めて発見したら、それがなんとなんと去年の盆であり、誕生日14日の釣行記録なのだ!これは<後の百太郎>の救済に匹敵するではないか。
根室 双沖港のコマイとクロガシラ しっかりしたブログで釣りが詳しく相当な腕前です。この漁港を記事にしてくれただけでも敬い、身代わり釣行はアリガタヤとひれ伏します。
台所の窓から見える南防波堤に5,6人影があるので気になり、義妹と散歩がてら様子見にゆく。
やはりテトラ穴。近づくとちょうど釣れたのが、なんと、私があげたことのない黒ソイ30p。上ると男女6人グループで、生魚をまな板で切って餌にしている。みな五十前で、かなり慣れているようだ。こりゃ根こそぎ釣られたら、私の目論見がはずれるれるではないか。兄貴と弟がカレイを持ち帰るから、アブラコにする予定だったので。頼むから、竿呑み穴までは辿り着かないでくれよ。まあ、まだ四十メートル先だ。
上らないのでテトラを見れない義妹は先端の灯台に着きかかっている。二人の親父が呑気そうに折りたたみ椅子にいて北(陸)側に糸が向いている(先のブログの主は西へ一直線で、海藻にはかかりやすい)。一人のジャンパーの背には誇るように漢字で姓名が入っている。釣り会それともパークゴルフチーム用なのかは分からない。義妹は後ろから、反応と竿扱いの鈍いのを呆れて笑っている。一人に花咲がかかり、相棒がドッコラとバカ長い柄のタモですくう。と、途端黒ガシラをあげた。聞くと、昨日は西防で二人とも10枚越えたという。私らが13日で海禁日にしたのに。つまり席を反対側に引っ越しても、狙うポイントは変わらない。海の状態はいい。義妹はかなりムズムズしてきたようだ。
あの調子だと粘ると心配したテトラの連中が11時頃になって消えた。よし出陣。
竿呑み穴へ。親父二人のとろい姿が見える。イマイチ。途中、誰か来るのが見えると、麦藁を目深にした甥。温根元の二人はまったく駄目で、またどこかに向かい、弟が私に生イソメをということ。アブラコに高価な虫はもったいないと持ち帰らせるが、一応「やってみるか?」と聞いて、甥は首を横に振った。釣りをやらなくなったと聞いてはいた。
あれは十二、三年前、甥が小学高学年あたり、やはりこの時期に、しばらくは定番だった裏(太平洋側にとって)のトサブ(=トーサムポロ)に行ってもかんばしくなく、弟は車を半島付け根のホロモシリまで向かわせた。20km以上の移動になる。暗くなりかけ釣れだして、甥もはしゃいでいたのが思い出される。彼は母親を名前にさん付けで呼ぶのだった。
さて、釣果は30センチを切るアブラコ4、カニ4。陸寄りに移るにも、めぼしい穴は荒らされた後で期待できず、二時過ぎてやめにする。
家に戻ると、弟はすれ違いに灯台でウズいた妻と次男とで西防に行ったらしい。三時近くなって電話してみると、いい感じだから来ないかという。一日に再釣行は初めてになるが、しゃあない。やはり盆はF家つどっての釣り会でなくちゃ。今書いてても思うのは、ここからのわずか三時間を渋るのと渋らないのとで、実際の楽しいやりとりもさることながら、生涯の思い出も加減するということ。
例のカレイのオバサン夫妻たちが消え、やりやすそうだ。オバサンは義妹にこの場所がいいよと譲ってくれたらしい。やはり女は少数派であり、同属意識が働くのだろう。
先端になる。向かいの灯台にはまだトロ親父二人の姿があり、その横に若いやつら四人ばかりが加わっている。甥が幸先良く二枚あげてからは渋っているようだ。間もなく顔見知りの二人組が現われ、弟たちとの間に入ったので、突堤のホントの先っぽに動く。若い方とは話が合う。この二人は親子ではないかとも推測している。
四時あたりから上向きだし、いつか兄貴も加わり、高いところに座った。釣らない甥も見物に来た。向かいでようやくスロー親父たちの車が去り、若いやつらはカレイがあがると歓声。いいね、素直に開放的で、欲がない。実はオマツリして、引かせたらバカに時間がかかり、じれったくなりかけた自分が恥ずかしい。
結果、私は四枚(二枚はいい型)とコマイ10匹ほど。大物賞といい、一番手は義妹。弟もアワセは自分よりうまいと認めている。釣りに付き合わされだした頃はイソメに触われなかったらしい。実はこの二人、七、八年前のスポーツ(釣り?)新聞で、網走管内の栄浦漁港だったと思うが、夫婦で87枚と写真入りでトップ?を飾ったことがあるのだ。
帰りかけ、恒例の花火大会が始まっていた。あくまで双沖一丁目のもので、予算も知れ、ドデカイ花も開かず、30分ばかりの催しだ。でもこれはこれでいい。盆踊りがなくなって久しい。中一のときか、墓地の肝試しで私の顔は絵の具だらけだった。盆踊り会場はわがF家前で行われていた。気になる女の子とフォークダンス曲が懐かしい。
帰って全員のを発泡に入れたら満杯。30枚以上ある。兄貴のもオレのも全部持ってけ。このとき写真を撮るべきであった。
かくて翌日、弟一家は旭川への帰路についた。そのとき甥が、気に入ってるんだという麦藁をくれた。いい記念になると嬉しく受けとった。
弟は不良品と断言し、これのせいで何度か痛い目にあったというダイワのリールを、それでももしよかったら置いていくと言っていた。私があまりに惨めなものしか使ってないのが分かるのだろう。数日後袋をあけてみたら、同じリールが二つ入っていた。おかしいのだけ残してゆくのは気が咎めたのだろうか。それで電話したがつながらず、あくまで身内のことで、そのままになっている。