キングのナベコワシです。魚で何が食べたいと尋ねられたら、今は根室に住んでるので有難みがうすらいでても、冬場ならカジカ汁と答えるだろう。もちろん胆と卵がいっぱいの。子供時分は別段好きでもなく、デカイ胆が入ってるのは有難くなかった。人間大人になって口が肥えてくると怪しい部位が好きになってくる。ただカジカの種類までは頭になかった。
いつか高校で同級のMと西堤防でイソメの飼育談義をした。意外だったのは、科が違い教室が離れてはいたが、「俺より上だっけ、下だったっけ?」と訊いてきた。「おいおい、三年のとき、ときわ編集委員会で一緒だったろ」毎週月曜放課後の卒業誌作りの集まりで、各クラスから一人選ばれる。おのずと文系傾向が選ばれるせいか、二十一人中知る顔が多かった。私は初めの三回ばかり出てからまったく行かなくなった。卒業誌作りの主力は二年生と知ったせいもある。Mがけっこう溌剌としていたのは覚えている。
小学生の頃からMはたまに向かいの内山商店に来ていたので顔は知っていた。母親が沖根婦出身ということは内山のおばさんの妹になるのか。釣りは沖根婦でしかやらないという彼のイソメ飼育案は、捕ったのを入れた金庫を磯につないでおくというものだった。バカヤロー、毎日磯に見廻りに行けってか。塩エラコを分けてやると言ったらゴッソリ取りやがって。去年あたり市役所を辞めたと耳にしていたが、釣り場でそのへんを聞く気にはなれない。
イソカジカ。港で釣れるのはほぼこちら。腹に模様があります。
オクカジカ。頭がつぶれてるのが分かります。特に道東ではシラミを被らされてるのは、脇腹の白い斑紋らしく、半分蔑称なのか、味良しなら別な形容がついてたでしょうか?
ツマグロカジカ。横断面は円形に近いという図鑑の説明が悩ましくさせます。スリコギ型というのであれば一度だけ釣ったやつかも知れません。長い余計な前置きを勘弁願うとして、そのときカジカの話になった。食えるのと食えないのがいて、奥さんが見分けるのだそうだ。奥さんは釣りトップ地図では左(西)が切られて収まらなかった根室湾側ホロモシリの出という。Mがイソメ捕りを試みたが駄目だった磯もあり、もちろん港もあり、魚に詳しくても不思議はない。もっとも漁師の子ならば魚を知ってるとは限らず、主婦の目からだろう。食えないといって、毒カジカがいるはずもなく不味いだけと思い、こまかく聞きはしなかった。私が呑気に構えてられるのは母が判断してくれるからだ。そんなことより、内山の姉妹三人はそろって同じ年に男の子を産んだと気づいた。
根室榧古書店で買った図鑑では、ギスカジカ(イソカジカ、ゴモカジカ)は「それほど美味といえない」と書いてある。ゴモというのは、育った漁村近辺では食用にならない海藻類を指している。今回の写真はこの小さな図鑑を使っている。自分で釣って舌鼓を打ってた魚の評価が否定されては調べてみる気になる。するとほかでの評価は悪くもないのだ。ほかといっても一冊だけ、『北海道の自然2 海の魚』(上野達冶 北海道新聞社刊)で、食用として重要と書いている。味はマカジカやトオベツカジカには及ばない」となってるのはしょうがない。トオベツ=ケムシカジカはこの近辺にはいない。あとはブログでほぼ釣り人によるものなので、釣れるのはギスカジカゆえのヒイキはあれ、ウマイを連発している。釣り人に嫌われてるらしいオクカジカ(シラミカジカ)が図鑑では「トゲカジカより味は劣る」に留まっているが、『海の魚』では触れられてすらいない。イソカジカが魚屋にないのは不味くて売れないからではなく、漁船が網をかけるあたりにいないので獲れないという事情による。それでスーパーで鍋用に切り身でパックされたシラミを買わされる構図が見えてくる。
何冊か魚の本はあっても、カジカで触れられているのは御大のトゲカジカ(ヤリカジカ、マカジカ、ナベコワシ)ばかり。個人の著書ならその人の見方になるが、図鑑の場合編者四人として協議なんてするのだろうか。項目ごとに任せられているとしたら、担当の人の嗜好と見分がそのまま全員の見方であるようになってしまうのではないか。図鑑である。学者として優れ著名であっても、味の評価の信用性は別物だろうに、読む者はそのまま世間一般の見方と記憶する。美味の判断などそのときの舌の喜び具合に過ぎない。本人は10回位食べたのか。100人位アンケートでも取ったのだろうか。
種類については、自分で包丁で捌かなければ、試験でもない限りどこがどうなってるなんて覚えられない。カジカに限らず、食べるだけの人には覚える必要もない。私は餌にするサンマを三枚におろすしかできないし、それさえ下手くそ以前に、魚に対する判断力がなく、餅屋に任せるよろしく食用に切り分けるなんて考え及ばない。それでも釣り人として学んでおきたく図鑑を眺めたりする。しかし個体差もあり、数値並べられてもうるさく、実物を並べた方が勉強になるのは間違いない。
不思議に思うのは、10p前後のはよく釣れるし、後は35pクラスで、その中間にお目にかかったことがない。その時期のは浅場を離れるのだろうか。また、誰も記してないし初めは気のせいと思ったが、ハリを外しに小さいのを丸ごとつかむとき一瞬電気が来る。ただし私の左手は二十年も前から、小指から人差し指にかけ痺れがあってまともじゃない。
以上は四月頃(13年)の文である。このごろ20p大のも二度釣った。
七月下旬にトウベツカジカも。この半島にいない種類まで記さなかったが追加する。
図鑑ではそう気味悪くもないが。これがトウベツ?と重複する。
初めてのは七夕の日で気味悪くて放した。Mの言う食えないカジカとはコイツと思った。そういや、今年(8月21日現在)Mを見かけない。立ち寄ったベテラン風の方も、知ってる期待から見せたものの、虫が三、四匹むしろ骨ばった顔を這っていて首を傾げた。カジカには虫がつきやすいのか?先にあげた大物イソカジカと花咲蟹と一緒にしておくのは心穏やかでなかった。あとで写真に収めてから捨てようという気持ちが強くなった。しかし分からないままにしておくのもすっきりせず、現物があるのだし、今度のは母に確かめてもらうため持ち帰った。大物には見劣りしても35pはあるので、とんでもないカジカだった場合の処置が頭をかすめ、そうなりそうなだけに面倒ではある。まっ、大物があるので救われる。さて、それが母によりトウベツと判明した。沖根婦の沖でも以前は獲れていたと前回聞きはした。それが前触れのように今回が訪れた。もし大物がなくコイツだけだったら捨てていた公算が強い。得体の知れないのだけを胸張って持っては来れない。アイソのいい外観なら洒落にもなるが。だから皮ムキカジカと呼ばれるのも納得した。身だけにされ味のランクは高い。図鑑は鍋物でも美味となってるが、頭と皮がないのでは野趣に欠ける。しゃぶれないのではつまらない。いよいよもって図鑑が信用できなくなってくる。後日焼いたのを食べたが格別というほどでもなかった。焼き魚はなんぼ美味くても女のおちょぼ口向きで、やはり汁の放埓なワッショイ感にはかなわない。