低い一帯を占領してたが先端に寄ってくれた若い家族。隣まで行かなかったけれど。写真ほどには遠くない。
西防。カレイらしきはあがらない。なんとも穏やか。
砂浜から傾斜護岸にもあちこち人影があったが四時頃には消えた。
四人家族の奥様と話すポリ君。
コマイ26カニ4でした。
袖をまくったのは30分足らずなのに焼けた。室内だともっと濃い。私の腕なんぞの拡大写真はなし。高画質を御所望される方には格安にて申し受けております。ブッ。二日後公園にて。
これも二日後某所の蕗。参考のために。磯が釣り人でいっぱいと次兄。仕事する側の身になってくれと駐車の仕方でブツブツ言っている。釣り人たちは歩くのを嫌い、なるったけ海に近いところに車を置くと。一理あるし、マナーも悪いと思うが、昆布を拾う次兄にとっての都合から文句を言ってるのだ。
春先からずっと降水量が多く寒かったので、日曜で晴天ともなれば釣り好きは集まる。一週間後の道釣魚連全道大会も関係してるのかも知れない。私が磯に竿を持っていったのは去年、フノリかイソメで一度きりだ。ということは干潮のときで、岩にかがまってるだけではつまらないからだった。私の装備と技術では遠投もできない。すぐに根掛かりして続けなかった。
今日はアブラコにするか迷う。コマイは昨日で満足したためだが、天気もいいし、体が楽だし、灯台元二日目にする。
小川を渡ると、南堤防元に車が一台ある。一人と思ったら、灯台が近づくにつれ、親子と分かり、それがちっちゃいのが三人もくっついてる。遠慮して低い一帯には踏み入らない。カニがついたらそっちに移動すればいいと思うが、干潮なので手が届きそうもない。やたら「エイハブ船長」と聞こえる。白鯨のなのか、それをもじったアニメでもあるのか。クーラーに水を汲みに行って目の合った母親に挨拶する。子供たちの一番小さいのはまだ幼稚園くらいだ。あと二人は小生意気にも「キャスティング」と口にしている。
まだ昼前だ。コマイもつくが、昨日のオオマイサイズに及ばない。
「わあ、二匹一緒だ」親子は順調で歓声をあげる。
「○○引いてるよ。ほらっ」母親にさとされ園児が巻きだした。まったく話さない子に見えていたのに、コマイをあげた途端「やったぞやったぞ」と喋るわ喋るわ。しばらくして小学生がカレイをあげ一同最高潮に。
カニがつき、低いところとの境に寄せるが、手は無理だし、ハリがかかってるか分からないままあげると落ちない。子供たちが駆け寄ってくる。元気な子たちで口ぐちに喋られては負ける。
まもなく、もう二匹しかないよと聞こえ、おそらく1パック買ってきたイソメが、竿四本ではオシマイ寸前なのだ。見に行くと小さいバケツが満杯で、上に暗緑に星が瞬くようなカレイがいる。
「オレが釣ったんだよ」
「なにー。おじさんは今年まだ釣ってないのに。すごいな」と褒める。「エイハブ船長だから鯨も釣らなくちゃな」これは伝わらなかったようだ。母親がちょっと笑ったが知ってるかは分からない。そういえば、よく思い出せないが『釣りキチ三平』にもエイハブまがいが出てきた。
「おじさん、さよなら」
「お疲れさん」かくして家族は帰り、一足先に陸に行った父親が袋を手に戻ってきた。なるほどバケツが置きっぱなしだ。
「大漁でしたね」
「まさかバケツいっぱいになるなんて思わなくて」控えめな笑顔がいい。
さて、移動。しばらくして大小カジカのダブル。しかし大きいのは今まで見たことのない不吉な形態。模様もなく、背は黒く、灰色の腹がプチプチざらついてる。これが食えないカジカかと思いつき逃がしてやる。というよりキープしておくのが気色悪い。不細工と味は別でも、この滑らかでない腹を舌にするのが想像しかねる。しまった写真、手遅れ。
別な四人組が来て、私の方には寄らずに、二人ずつ港内と外に投げる。母親と息子、その友達といったところ。しばらくしたら、そこにパトが停まっている。例のポリ君のようだ。今日はカニ一盃なので引け目はない。ちょっとたってからやって来た。なんのかんのとあのカニの日から一年になるし、以来会ってなかったので、つもる話?もある。その最中オオマイの一荷。クーラーに入れるのを見て「あー、そんなに持っていて」「昨日ほどじゃないよ」彼は私を見かけなくなって少しは気にしてたらしい。「毎日アブラコやってましたものね」引っ越したのでそうそう来れなくなったと教える。
青いシャツに短パンのがカレイをあげて仲間が「写メだ」と騒いでいる。岩場の南防外でカレイなんて聞いたことがない。コマイにしたって私は一匹しかなく、もっともテトラ専門で、投げたのは何度もないせいもある。
ポリ君はしばらく西防に行ってたが、またこっちに来て一団と話している。羨ましい仕事だ。生まれ変わったら警察官を目指そう。
今年一番の日差しで焼けそうだ。休日でもあり、向かいの陸の西防根元の砂浜から傾斜護岸は一番地(通称)の川にかけ十人余りいる。去年から一番多い。これも来週の大会の下見なのかは不明だ。
二時あたりから魚信が途絶える。凪がよすぎるのか。三時過ぎて四人組と私の間に一人入る。三十代か。私の倍はあるクーラーを携えている。ピュッと軽く投げてもかなり飛ばす。座らず竿を置かず歩きながらやる人で、雰囲気が上級者を漂わせている。しかしちょうど魚が休みだしてしまった。
もう一晩泊まるかと考えたが、バスに合わせ五時でやめる。そしたら四人組も帰り仕度をしている。釣れたら騒ぐので分かるのだが、アブラコは一本のようだった。隣に昨日今日の状況を教える。
「よく外側でカレイ釣れたね」青シャツは薄着と堤防の高いところに運動靴で駆けあがる身軽さから、高校生と思っていたのだが、なんと振りかえった顔は親父だった。
「珍しいのか。そうかい、ハハハ」どうせなら「すると俺は天才か」とでも言ってほしかった。
「ええもう。下にバカボンが付くくらい」と答えるのを逸した。
家に戻り片づけるうち、バスまで一時間を切っている。土日は最終便が早い。体が熱く、急いで焼酎のコーラ割りを立て続けにあおる。今年最高気温だった。
※ 9日根室新聞によれば6〜8日は夏日で、1916年以降、7月上旬に根室で夏日を観測したのは18日しかないそうだ。あくまで上旬に限るのだが、五年に一日って計算…根室改め氷室だ。
バスが発車して玄関前の母がこっちを見てるが、捜せないのか目は合わない。実家の敷地は停留所に接している。私が立ったまま手を挙げるので「お母さんですか、見てますよー」と乗車口のところの女性がわざわざ状況報告してくれる。前回同じ日曜のこの便は私の貸し切りで、話しかけてきた運転手が沖根婦の四つ下のアキラでびっくりしたものだが、なぜか六人も?乗っている。
「あの大きな蕗って食べられるのかしら?」ゴルフ場のあたりでさっきの女性が私の後二席目の男性に話かける。
「どうだろう。道路づたいにいっぱいですよね」どうも根室人ではないらしい。
「道路脇のは汚れて取らないけど、野原のはちゃんと食べられますよ」と口をついて出た。詳しくは知らない。二言三言交わし、あっと閃いた。今しがた母が煮てタッパーに入れたくれたばかりの、まだ温かい蕗を持ってるのだった。急いでバッグを開け、レジ袋の結びをほどき、タッパーの蓋をはずした。
「これですよ」
「いいんですか?」女性が手を伸ばし、後の男性も倣った。
「硬いかも知れないと言ってました」
「おいしいですよー」と二人は言った。まあ、この状況でマズイと言う人は100パーセントいない。
車内のあちこちにてんでばらばらになってるが、この六人は同じ一団の観光客なのだという。もちろんノサップ。路線バスを使うのは単なる知り合い同士なのか、どこからかも聞かなかった。天気が良かったのは幸運で、この辺りは霧が多くて気温も低く、リピーターはいないと思うなど私はにわか観光課になりすます。ただし何十年も地元を離れてたエセ添乗員だと付け加える。
「運転手さんにもいろいろ教えてもらったんですよ」まさかアキラじゃないだろうなと運転席に目をやっても帽子が覗くだけだ。イトコかカズヒコだって考えられる。行く手の自衛隊のレーダーに答えてるうちにバスは高校の坂をのぼる。
「それではよい旅を」と月ヶ丘分岐点でバスを降り(運転手は知らない顔だった)、左折するところまで来たが、ちょっと考え、バスを待ってコープ札幌への横断歩道を歩いた。通り過ぎるバスから後の三人が手を振っている。私も大きく返した。
根室を訪れた者にちょいと味付けしたかな。触れ合いなのである。私が旅行者と想像すれば、スケジュールのまま進むなかに、変なオヤジに蕗を食べさせられたのは記憶に残るだろう。好奇心ある女性の言葉に触発された形だが、人は口に出せば、黙ってるよりは遙かにヒントが生まれる。私の人生の失敗はそのあたりにあったのだ。ん?おいおい何じゃ急に、コマイ釣りが人生論かよ。
部屋に戻ってしばらくしてコープに買い物に出た。七夕だった。雲はなくても私の視力では天の川をとらえるのは難しい。私の銀河のロマンスはあのカジカだったらしい。道をはさんで花火をやっていて、コープ店内には北海盆唄のメロディが流れていた。市街地の盆は週末からだ。