
ユカが来たのは昼休みだった。食堂でマリと昼飯を食べた後、教室に戻るとそこにいた。どうやら昼飯はもう食べたらしく、殆ど誰もいない教室で本を読んでいた。俺とマリが教室に入ると、ユカは顔を上げてこちらに向いた。目は澄んでいて、体調は悪くないらしい。
「あっ、おはよ」
ユカが微笑みながら言った。いつ見ても可愛い、天使の微笑だ。
「おはよう。もう昼だけどな」
「おっ、どうだった?」
マリが訊いた。ユカは特に何も無かったと言ってから、椅子から立ち上がった。昨日と同じような服装で、タンクトップの柄が若干違うくらいだ。ユカは年頃の女の子としては、ファッションにあまり拘らないらしい……とマリは分析している。しかし同時に、ユカは何着せても可愛いから良いんじゃないの? だそうだ。同感。
「そうそう、ユカ。あんた夏休みなんか予定ある?」
マリが続けて訊いた。登校中に話していた話題だ。
「ん? そうだなぁ……八月は特にないかも」
「そうかぁ。どうしよっかなー……」
どうやら七月は去年と同じになりそうだった。細かいことは、その内広瀬家から連絡があるだろう。
「はぁ……。ま、夏休み入ってからでもいいかぁ」
マリは溜息を漏らしながら自分の席に戻って、鞄から化学の教科書を取り出している。そういえば、次は移動教室だったか。俺はマリに倣い、ユカを一瞥してから席に戻った。中学校から流用してきた黒い鞄から、教科書とノートを取り出す。気付けば、もう大半の生徒が教室に戻ってきていた。同じく教科書、ノートを取り出したユカは、入り口で待っている俺に駆け寄り、言った。
「んじゃ、行こっか」
「ん」
ユカに続いて、俺は歩き出した。
「じゃあ、今日はこの辺で。号令お願いね〜」
「きりーつ」
ショートホームルームももう終わりそうだ。少し抜けた感じの担任の言葉に対応して、俺の隣の斎藤が号令を掛ける。
「れい」
『さようならー』
チャイムと同時に挨拶し、教室が途端に騒がしくなる。今日一日の授業が終わり、これから部活動に行く者、帰路に着く者など様々だ。俺たちは当然前者で、今からTCG同好会専用の体育館へ向かう。俺とマリとユカ、それともう一人、このクラスにはTCG同好会の奴がいる。そいつは今まさに俺と会話しているところだった。
「ですから、何度言ったらわかるのです?」
「いや、だからな……」
縦ロールの茶髪に同色の瞳。そして所々にフリルの付いた高級そうなワンピース。容儀のどの部分を取っても「お嬢様」としか言えない、そして実際お嬢様なこいつは、普段ユカの後ろの席に居座る少女だった。名前は美崎日名子。通称ヒナ。
「あなたが絶対的に悪いのですわ。認めてください!」
何を話しているのかと言えば、至極どうでもいいことだった。簡単な経緯を説明しておくか。まず俺は昨日ヒナからの電話を受け、そこで「宿題をメモし忘れたのですわ。教えてください」と言われたので、俺は宿題は無いと答えた。しかし実際はバッチリ課題が出されていて、俺共々宿題を忘れた、と言うことだった。確かに俺が悪いんだが、何か腑に落ちない。というか、メモし忘れた方も悪いだろ。
「わたくしがメモし忘れたのは悪いと認めましょう。しかし、嘘を伝えたあなたの方が明らかに悪いんじゃなくて?」
「俺以外にも訊くとか、確かめる方法はいくらでもあるだろ」
「わたくしはあなたを信用しているというのに……。はぁ」
褒められてんだか貶されてるんだか。
「まあ、過ぎたことは忘れることにしましょう」
「お前が振ったんだよこの話題」
ヒナは無視し、さっさと歩いていく。溜息混じりに鞄に教科書を詰め込んでいると、今度は別の角度から攻撃が来た。
「おー、なになに。ずいぶん楽しそうに話してたじゃない。ユカというものがありながら」
「お前は黙っとけマリ。そして俺は全く楽しくない」
一蹴。しかし、次が待っていた。
「むー。ヒナちゃん綺麗だよねぇ……ねぇ?」
「ユカ……。とりあえず暇ならヒナに聞いてみろ。あいつは俺のことなんか男としてすら見てないぞ」
ヒナは小学校時代の友達だった。中学で別れたが、こうしてまた高校で再会したと言う、少し複雑な関係だ。まあ、マリ同様にあいつはただの友達として俺を見ている。それはあいつを見れば分かるし、実際本人がそう言っている。
「ヒナちゃんが思ってるかはどうでもいいの。問題はソウくんがどう思ってるのかでしょ!」
ちょっと怒った様子でユカは頬を膨らませる。可愛い。
「俺は片思いに青春懸けたいとは思わないし、それにヒナは俺のタイプじゃない」
「じゃあどんなのがタイプなの?」
愚問だな。
「ユカみたいなの」
「ホント?」
「ああ」
「うれしい……」
と言って俺に抱きついてくる。数秒経ってからユカは身体を離し、今度は腕を絡めて来た。俺はユカと一緒に教室を出て、まず階段へと歩き出した。その時、マリがボソッと呟いた。ユカには聞こえなかったようだが、俺には聞こえた。
「ひゅー。ラブラブだねぇ」
「あらぁ、腕なんか組んじゃって。ラブラブねぇ」
俺たちが専用の体育館に入ると、そこには例の蒼井先輩がいた。薄手のワンピース――それもかなり露出の多いもの――を纏っていて、かなり涼しそうだ。マリ程では無いがかなり長い茶髪は、今はサイドテールにしている。髪は地毛ではなく染めたもので、去年は黒かった。茶髪と言ってもユカのように薄いものではなく、黒に近い茶色だ。
この体育館は入り口が二階にあり、そこから階段で降りなければならない。先輩はその階段の最上段に座り、何か通させないようなオーラを発していた。まずは挨拶。
「こんにちは。とりあえず通してください」
俺がストレートに要求すると、先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべながら返した。
「え〜?」
「『え〜?』じゃないですよ……」
ユカとマリは応じる気がない。しょうがなく俺は会話を続ける。
「じゃあさ、ちょっとこっち来てよ。一人で」
俺はマリとユカを交互に見た。二人はかなり怪訝な表情をしていたが、一応頷いた。
「はぁ……」
溜息を吐きつつ俺は歩いていく。大体三メートル程だろうか、俺は先輩の所まで歩いていった。途端――
「えいっ♪」
「いっ!?」
――いきなり押し倒された。足元を掬われて後ろに倒れ、受身を取る前に先輩の掌が俺の後頭部を支えた。完全にマウントポジションを取られた形になり、その上互いの顔同士の距離は三十センチない。はっきり言って、第三者から見れば目を逸らしたくなるだろう。
「キスしよっか」
「何故そうなる……」
今日二回目をセリフで否定するものの、対する先輩は怯む気配なし。というか、後ろの方から凄い負のオーラを感じるんだが。
「じゃないと通してあげないもん」
わざとらしく言った後、先輩が顔を近づけ、先輩の吐息がより顔に当たるようになる。顔はもう十センチ程しか離れていない。
「ソウくぅん……キスしてぇ」
あと五センチ。しかし俺はアクションを起こさない。なぜなら、この人はキスする気が全く無いからだ。
「ユカが怒るからそろそろ止めにしてくれませんか。既に怒ってますけど」
「あぁ……ソウくんの吐息、あったかいよ……」
セクハラで訴えるぞ。
「うりゃ」
「痛ッ!」
ごつん、と唐突に頭突きをしてくる蒼井先輩。勝手すぎるが、まあ離してくれたので良いとしよう。
「ったくもう、つまらない男ね」
「…………」
俺が無言で睨んでいると、先輩は肩を竦めてから階段を降りて行った。追うことはしない。なぜなら、それどころじゃないからだ。
「……ちょっと」
「……どうした、ユカ」
「あー、あたし先に行ってるね」
マリはそそくさと階段を降りていく。二人にしないでくれ。
「どうした、じゃないでしょ?」
ユカはかなり怒っているようだ。静かな口調が逆に怖い。握り締めた拳が震えている。
「こっち来て」
「……ああ」
俺は歩いていき、ユカの目の前に立った。さて、何をされるんだか。
「こんの――」
俺は目を瞑った。
「――馬鹿ァッ!!」
殴られた。グーで。
「っ……まだ痛いな。あいつは手加減ってやつを知らないのか……」
壁に縋って殴られた頬をさすりながら、俺は横に目をくれた。そこには、ヒナが同様に壁にもたれている。事情を話したところ、ヒナは「ご愁傷様です」と大して気にもせず、至極適当に返した。当人のユカは、先生に呼ばれてさっき出て行った。
「喧嘩するほど仲がよいと言うではないですか。愛のムチですわ」
「俺のせいじゃ無いんだけどな……。まったくあの人は……」
俺は前に視線を移した。そこには、カードを繰る蒼井先輩の姿がある。
「不用意に近づいたあなたがいけないのです。彼女がそう言う人だということは、重々分かっているのでしょう?」
「まあな……。しっかし、いきなり押し倒されるとは思わなかった。どうせ本気じゃないことも分かってるが、ユカは違うらしいな」
「ユカさんは純情ですものね。恋愛に関しては」
こいつもマリと同意見か……。まあ、俺もそう思う。
「……暇だな。一戦どうだ?」
俺はカードの束を鞄から取り出して言った。ヒナは頷き、
「いいですわよ」
こちらもカードを取り出した。
この学校の体育館の壁は中が棚になっていて、そこに物を収納することが出来る。この体育館でも例外ではなく、ここの棚には無数のデュエルディスクが仕舞ってある。俺とヒナはそこからそれぞれ1つずつディスクを取り出し、適当に空いている場所に行った。
「お手柔らかに」
「そっちもな」
向かい合い、一瞬の沈黙。そして、宣言。
「「デュエル」」
「わたくしのターン、ドロー」
先攻はヒナ。こいつのデッキは、はっきり言って普通じゃない。
「まずは《おろかな埋葬》を発動しますわ」
来たか。
「《暴勇のドラゴン》を墓地へ。そしてカードを5枚セットしてターン終了ですわ」
《暴勇のドラゴン》。それこそヒナの切り札。手札さえなければ、何度でも蘇る。しかし、そのタイミングが絶妙で、コントローラーのスタンバイフェイズに設定されている。スタンバイフェイズに手札をゼロにするには、ドローフェイズがスキップされるか、あるいはドローフェイズに引いたカードを即使わなければならない。そのため、ヒナのデッキには速攻魔法の類が大量に投入されている。
「ドロー、メインフェイズ。まずは《封印の黄金櫃》を発動し、《手札抹殺》を除外する」
フィニッシャーサーチ。それまでに手札を保持しないとな。
「《暗黒界の狂王 ブロン》を攻撃表示」
反応は無い。俺は続けてバトルフェイズに入る。
「《暗黒界の狂王 ブロン》で直接攻撃。通るか?」
「いいえ。《死者への供物》を発動しますわ」
ちっ……しまった。ドローフェイズスキップか。
「メインフェイズ2でカードを2枚セットし、ターンエンド」
一応対抗策はあるが、どうなるか。
「わたくしのターン。スタンバイフェイズに《暴勇のドラゴン》の効果が誘発しますわ」
「……ああ」
体育館内は音がよく響く。《暴勇のドラゴン》の咆哮も、実によく響いた。体育館内にいた全員が、その咆哮を聞いてこちらを向いた。その中の一人であるマリは、「派手にやってるねぇ」とでも言いたげな表情をしていた。まあ、このドラゴンはその咆哮が無くても相当目立つ。なんせ、地に足が付いているのに体育館の天井を突き抜けるほど大きいからな。
「そのままバトルフェイズに入ります。《暴勇のドラゴン》で直接攻撃」
ドラゴンはもう一度咆哮、そして飛翔した。体育館を突き抜け、消えたと思った途端、その巨体が一直線に突っ込んできた。
「させるかよ。《閃き》を発動する」
ピィンと一筋の光が走る。その光はドラゴンを縦一直線に切り裂き、ドラゴンは光の粒となって消えていった。《閃き》。汎用性の高いカードで、無条件に表側モンスターを破壊できる。当然デメリットはあるが、この場合それはメリットになり得る。
「ほら、引けよ」
「く……」
ヒナは渋々カードを引く。ヒナはそれをそのままセットした。これでまたフィールドが埋まる。こうすることで、次のターンの《暴勇のドラゴン》の蘇生を妨ぐことができる。ヒナはターンを渡した。
「ドロー、モンスターをセット。さらにカードを1枚セットしてターンエンド」
「ま、待ってください。エンドフェイズに《サイクロン》を発動しますわ。対象はあなたのセットカード」
ヒナは俺がさっき伏せたカードを指差して発動を宣言した。待ってましたと言った感じで、俺はもう1枚をリバースする。
「《魔宮の賄賂》を発動する」
「なっ……」
レスポンスはない。逆処理で《サイクロン》を無効にし、そして――
「……まったく、酷いものですわ」
――ヒナはカードを引く。そしてドローフェイズにもう1枚。
「メインフェイズ、カードを1枚セットしてターン終了ですわ」
「残念ながら、お前は俺に勝てないよ」
俺は唐突に切り出した。ヒナは怪訝な表情で言う。
「……どういうことですの?」
「なぜなら、俺が次のターンで勝つからだ」
ヒナの表情はいっそう怪訝そうなものになる。俺は無視してカードを引く。
「スタンバイフェイズに《封印の黄金櫃》で除外した《手札抹殺》を手札に加える」
さて、行こうか。
「メインフェイズ。まず、セットから《大嵐》を発動する」
「……《大嵐》をセットするとは、中々見られないプレイングですわね」
皮肉を言ったつもりだろうが、これは戦略だ。ヒナに《サイクロン》を撃たせ、そして《魔宮の賄賂》を発動するための布石だ。ヒナのデッキには《サイクロン》がフルに積まれている。5枚埋まっているなら尚更、無理やりにでも撃ってくるだろうからな。
「チェーンは?」
「……ありません」
あいつのデッキはやたらカードを伏せる割に、カウンター罠を搭載しない。なぜなら、《暴勇のドラゴン》の妨げになるからだ。ヒナの許可宣言と同時に、《大嵐》のエフェクトが発動する。互いに魔法・罠が消し飛ぶ。俺は0枚、ヒナは5枚。
「そして、手札からカードをセット」
俺は先程手札に加えた《手札抹殺》を伏せた。
「次に、セットモンスターを反転する」
「め、《メタモルポット》!?」
「ああ」
《メタモルポット》。ダークサイドにおけるエンジンの1つで、ドローソースも兼ねる。
「まず俺は手札を1枚捨てる。そして5枚ドロー」
ヒナも倣ってカードを5枚引く。同時に、俺はモンスターを展開する。
「《暗黒界の武神 ゴルド》を特殊召喚する。そして、さっき伏せた《手札抹殺》を発動」
再びの手札入れ替え。ヒナの表情がだんだんと険しくなっていく。
「《暗黒界の武神 ゴルド》をもう1体出す。そして《暗黒界の狩人 ブラウ》で1枚ドロー」
ヒナは少し安堵した様子だった。まあ、ダークサイドが手札5枚から《手札抹殺》でこの程度なら、ホッとするのは分かる。しかし、俺には次の一手がある。フィニッシャーその3、ってな。
「《メタモルポット》を生け贄に《魔王ルシファー》を召喚する。どうなるかは、分かるだろ?」
「……まったく、容赦ないですわね」
ヒナはガクッと肩を落とした。魔王を中心に、左側には金色、右側には銀色の悪魔が2体ずつ。合計ダメージは、数えるまでも無く致死量だった。
《暴勇のドラゴン》 ☆9 炎属性 ドラゴン族 2800/2800
効果:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフポイントに戦闘ダメージを与える。各スタンバイフェイズにこのカードが墓地に存在し、自分の手札が1枚も無い場合、このカードを特殊召喚する。各スタンバイフェイズに自分の手札にカードが1枚以上存在する限り、このカードを生け贄に捧げる。
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